第71話 ウソをつく時はいつも 2/3
俺の部屋に中田くんと上がる。
中田くんは自分の部屋から食材をとってきてくれて、うちの台所で調理してくれるらしい。
「お邪魔します」
「あんまりそわそわしないでー、あなたはいつでもキョロキョロー」
「な、なんでラムのラブソング歌ってるんだ?」中田くん言う。
「別に。気にするな。俺はおべべを替えてくるから、悪いが飯を頼む」
中田くんと出会った時に力んで出してしまったのは、果たしてただの屁なのか、それとも実体を伴ったビチクソなのか。まずはそれを確認しなくてはならない。
部屋でお着替えをする。うむ。被弾してなかったようだ。ちょっとナイーブになり過ぎていたようだな。
しばらく待つ。しかし、あれだな。助けてもらって、さらに飯まで作ってくれるとなると、俺も中田くんに何か恩返しをしなくては。
「中田くん。ねえ、オイル塗ってあげようか?」
「
むう。喜んでくれなかったな。最近の十代はほんと何考えてるか分からん。
なんか、台所からいい匂いがする。そう言えば、手料理って久しぶりだな。氷雨は釜揚げうどんしかできないしな。
実家を思い出す。餃子屋さんが忙しい親父が、合間に持ってきてくれる餃子。加えて毎日、栄養を考えた野菜炒めや具だくさんのスープ。たまに兄嫁が作る、味の薄い味噌汁。桃と二人で食卓を囲む、いつもの風景。
ああ、さっきのケンカで、また体温上がってるな。だからこんな情けないセンチメンタルを覚えるのだろう。
「中田くん?」
「ん?」
「一人暮らしは長いのか?」
「いや、高校入ってからだから、まだ半年。風邪ひくと思うよな。家族の温かさ。当たり前だけど当たり前じゃない、毎日出てくる飯。俺さ、陸上の特待で桜花高校に来たんだ。うち四人兄弟でさ、あの騒がしい日常が、今はウソみたいだ。夢のためにこっち来たけど、やっぱ一人は辛いよな」
「夢か」
「麻生は何かあるか、自分を賭けられる、夢って」
「俺は、この国の国軍に入りたい。誰もが安全で、笑顔でいられる国を守るのが、俺の夢だ」
ちょっとカッコつけ過ぎか? だが、こんな恥ずかしい言葉も、きっと今しか言えないのだろう。いつか大人になって、何かの仕事をして、それが日常になってしまえば、恥ずかしくて遠い目をして言う、青春の夢見た夢。
「国軍か。ちょっと驚いたけど、案外似合ってるかもな」
「ああ、しかし俺の夢は叶える夢だ」
「俺も、実現させるよ、俺の夢を。さあ、できたぞ」
野菜入りの鶏ささみの炒め物。そして卵たっぷりのおじや。
「いっぱい食って、早く治せ。温かいうちに食いな」
飯を食っている時に誰かがいる。
それがなんか、嬉しかった。
朝、騒音で目が覚めた。
うちの玄関のドアがボコボコにノックされている。ふざけんな、朝の八時だぞ。
扉を開ける。氷雨とエリーが、買い物袋を提げて笑顔をみせる。俺は扉を閉める。
「ダーリン。開けてくれ。カノジョの手料理だぞっ、栄養とらなきゃいけないんだぞっ」
「将。ふり研を一週間も休むなんて、わたくしが許しませんわ!」
ああ、うるせえ。俺は扉越しに言う。
「腹は一杯だ。今は何より睡眠がとりたい。俺のためを思うならお前らは真っ直ぐに家に帰れ」
「イヤだっ!」
「断りますわ!」
「うるせーんだよ! 寝かせてくれ! ここ何日か、夢にガンダムが出てくるんだ。いい加減、安眠がとりたいんだ」
「それはキュベレーなのか?」
「それともガンタンクなんですの?」
「何でもいいだろうが! ああ、もうウルセー! さっさと入れ。隣の中田くんに迷惑がかかる」
「ごめんなすって」
「ごめんあそばせ」
アホ二人が入ってくる。
「ったく、お前らは。魔界のオジギソウくらい気が荒いな。なんだ、飯か?」
「うん。心細いであろうダーリンのためにエリンギスパゲッティを作ろうと思ってな」
「エリンギは好きだが、何だお前、釜揚げうどん以外にも作れるようになったのか?」
「練習してきた。秋限定、キノコのクリームパスタだ。スパゲッティとパスタって何が違うんだ?」
「知らんわ、wikiで調べろ。俺は寝る。作ったらさっさと帰れ」
「ダメだ。ダーリンの風邪が治るまで、私は帰らないと決めたんだ」
「わたくしもですってよ。幸いにも今日は土曜。月曜は祝日ですから三日間は滞在できますわね」
「お願いします、帰ってください」
「やだ」
「謹んでお断り申し上げますわ」
「そうなのですね…」
もういい。もう勝手にしろ。
氷雨が台所で格闘している。エリーは部屋の掃除とか、ベッドカバーの交換。意外だな、エリーってちゃんと家事するんだな。聞いてみる。
「なあ、お前ってお嬢さまだろ? 家にお手伝いさんとかいるのか?」
「ええ。でも毎日じゃないから、お休みの日はマミーとわたくしで家事くらいしますわ。それに家事は女の嗜み。絶賛勉強中なんですわファイナルファンタジー」
「その割には一学期にやった調理実習ぼろぼろだっただろうが」
「あれを機に始めましたの」
ふうん。まあいい。そう言えば、俺が風邪をひいて以来、ごてんは凛子が預かっている。体調が悪い時に、あのやかましいごてんの世話ってのも面倒だが、確かにいつもいる話し相手がいないってのはちょっと寂しかったところだ。そこに来て今、氷雨とエリーの訪問。退屈しのぎには良かったのかもしれないな。
そう思っていると。
「あら、将の家って初めてですけど、プレステ2があるんですのね。ソフトはどこですの?」
「その収納の中だ。一人ではやらんが、誰か来た時のために対戦系も用意してある」
「じゃあ後でこれやってみたいですわ」
「勝手にしろ。どうせ俺は飯食ったら寝るだけだ。氷雨と適当に遊んでいろ」
「ダメですわ。将も一緒じゃなきゃ」
「お前何しに来たんだ」
そうこうしている間に、氷雨の調理が終わる。
「ダーリン。出来たぞ。自信作だ。さっそく食べてくれ。って言うか私たちも食べるんだけど」
三人でこたつ机を囲む。
エリンギ、マッシュルーム、ベーコンの具が濃厚なクリームソースと絡まって熱々の湯気を上げる。
一口すくって食べる。む、旨いな。意外だと言っていい。
「ど、どうだ?」
「うん。旨い。ただ、ごほっ、湯気がのどに来てむせる。だが旨いぞ」
「そ、そうかっ! 良かった。じゃあ、ふーふーしてあげよう。そうすればむせない筈だ」
「うむ。頼む」
「ふーふー」
「ずるずる。うむ、適温だ」
「わたくしもですわ。ふーふー」
「ずるずる。うむ、ちょうどいいぞ」
そう言うと、二人がにらみ合っていた。
「私がふーふーしてるんだ。邪魔をするなっ!」
「わたくしだって将にふーふーしたいんですの。引っ込んでいなさい、チビすけ」
「やんのか淫獣」
「ケンカすんな。追い出すぞ」
「では、一緒にふーふーすれば良いのではなくって?」
「望むところだ。いくぞ。ふーふー」
「ふーふーふー」
「む、貴様、ちょっとふーふーし過ぎだろう。少しは遠慮しろ」
「早い者勝ちですわ」
「負けるかっ! ふーふー。ぶふうーーー」
「きええぇー。ぶっひゃりふふぅーーー」
「ぶぷぷぶひゃりぶふふーーー」
「汚いわっ! てめーらほんと大概にしとけよ」俺言う。
「次は洗い物勝負だっ!」
「こてんぱんにしてさしあげますわ」
こいつら…。ああ、なんかすんげーダルくなってきた…。
午後一。
氷雨とエリーが、ドラクエで対戦している。っていうかドラクエで対戦ってなんだ。
三十分交替で、ストーリーを多く進めていく対決。だがやってる事はゲスだ。自分が交替する直前で、装備を全部捨てている。おまけに、回復アイテムとかは惜しみなく使って相手ターンに残さない。瀕死状態でダンジョン深くで交替になって、さっき氷雨が半泣きだったな。敵が落とすひのきの棒がこんなに役に立つアイテムだとは思わなかった。バカにかかると、ただのゲームも意外な楽しみが見つかるものだ。
午後二。
二時を過ぎた。さすがにおバカなRPG対決は飽きたらしい。次はレスリング。部屋の中でドタバタとホコリが舞う。小回りの氷雨と力押しのエリー。結構良い勝負をしている。氷雨の高速タックルが入った。寝技に持ち込む。ピンフォールをかけようとするが、柔軟なエリーが躱し、グラップル。俺は言う。
「外でやってこい」
午後三。
お昼寝対決。お互い目をつぶって横になり、どっちが長く耐えられるかの勝負だ。別名、耐久寝ない対決。時を超えて今、伝説の闘いが甦る。
「チビすけ。寝てしまったんですの?」
「ま、まだだ」
十分経過。
「淫獣。もう限界か?」
「ま、まだですわ」
若干、エリーが有利だな。何でかは知らんが。
俺は言う。
「よそでやれ」
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