ウソをつく時はいつも

第70話 ウソをつく時はいつも 1/3


 俺はもう、死ぬかもしれん。

 なんか頭とか超痛いし、鼻はかみ過ぎてピリピリする。たぶんトイレットペーパー三ロール分はかんでる。おまけにこの咳だ。

「ごほごっほ、おえぇ、ぐっ、ごほっごほっ」

 ああ、マジかよ。もう一週間、毎日こんな調子だ。俺はめったに風邪なんぞひかんから、一度ひくとこの様に長くしつこい。

 ほんと最悪だ。この風邪のせいで、体育大会は欠席。俺にとってイベント事がいかに大切か風邪さんは分かってないらしい。

 そもそも元をただせば、全ては太一のアホが悪いのだ。

 鼻水じゅるじゅるで学校に来て、「大丈夫、もう治ったから」とか言って、暇さえあればごほごほ。100パーセント中の100パーセントでこの風邪は太一からうつされたものだと断言できる。

 たいして取り柄なんぞないのだから、せめて他人に迷惑かけるなと言いたい。

 ああ、今何時だ? 夜中の一時か。

 一日中寝ていたから、夜目が覚めるととにかく寝付けない。

 そう言えば今日、飯食ったっけ? ダルすぎて買いに行くのも作るのもしてなかったな。

 コンビニ、か。めっちゃシンドいけど、食わなきゃ死ぬ。

 汗を吸った寝間着を脱いで、ロンTとジーパンに着替える。その上からパーカーを羽織って俺はアパートを出る。


 やべえ、すげえ息が上がってる。頭もボーっとする。歩くだけでこれなら、全力でブレイクダンスしたらどうなってしまうのだろう?

 街は静かだ。闇に慣れた目に街路灯の灯りがやけに眩しい。

 家に一番近いコンビニにお邪魔して、売れ残りの中華飯と皿うどん、カップラーメンと生卵を買う。

 全部食って早く治す。それしかない。ちなみに昔は卵、一日一個まで、などと言われていたが、実際今では何個食ってもいいらしい。科学の勝利だ。

 そう思ってコンビニから出ると、何かを踏んだことに気付く。なんだ、これは。感触は犬のクソを踏んだ感じに近い。やってしまった、と思って見ると、気付いたら胸倉を掴まれていた。

「おいおい、お兄さんよ。人の足踏んどいてそのままスルーか?」

 頭の悪そうな同い年くらいのガキが三人。なるほど、俺は絡まれているらしい。コンビニにタムロとか、すげえ個性がないな。だが、俺の胸倉を掴んでいるガキは、フットボールアワーの岩尾に似ている。

「大丈夫だ。心配するな。目立たないくらいなら、いっそそれくらい面白い顔の方が人生楽しいぞ」俺言う。

「カッチーン」岩尾言う。

「綾野さんが気にしてる顔の事を。おいあんた、覚悟できてるんだろうな」モブAが言う。

「おい、俺には分かってるぞ。その顔で綾野さん? とか思ってるんだろう? 綾野さんに謝れっ!」モブBが言う。

「擁護する事で逆に傷つけてるじゃないか。綾野さん、心配はいらない。誰もお前を見て綾野剛なんぞ連想しない。強いて言うならインカのめざめくらいだ」

「お前、綾野さんがジャガイモに似てるって言いたいのか。そ、そんな事ないですよ。全然、全然男前っすよ。綾野さん最高っす」モブB言う。

「気遣いが逆に痛々しいな。って言うかお前ワザと言ってないか?」

 ワザとだったら、逆にモブBセンスあるな。

「もう無理。もう無理。こいつは完全に俺のアレをアレした。しっねえぇーーー!」

 綾野さん、死ねの言い方、面白いな。と思っていると頬に衝撃。頭が揺れる。

 あれ、えっ、俺、足に来てるのか? 躱せない。

 ブローが来て、なす術なく胸に食らう。

「がっ」

「なにこいつ、チョー弱えぇ」

 綾野さんのハイキックが左側頭部に決まる! そこからボディへの連打! こんなショボい攻撃が、目で追えない。

 この国には、法律がある。公共の場でエーテルを使うのは、一部の緊急事態を除いて処罰の対象になる。

 だから綾野さんもエーテルを練っていない。普通の人間の、普通のケンカだ。

 それなのに、俺はボコボコにやられている。

 俺は尻もちをつく。そこに、三人からの蹴りの嵐!

「謝ってほしいなあ。綾野さん、すっごく謝ってほしいなあ」言いながら、綾野さんの蹴りが蹲る俺に当たる。

 このガキがっ! 一瞬、我を忘れて殺気を放つ。

 普段の俺の眼力がんりきなら、目力めぢからだけでザラキの効果がある。だが、今はなにせげっほんげっほんだ。

「おい、やられっぱなしで、何睨んでんだよ。お前ほんとに…」

 その時。

「おいっ! 何やってるっ!」

 大きな声が聞こえた。

 なんだ? 何が起こった? 蹴りが止んだ。耳に聞こえるのはガキ共の痛がる声と打撃音。誰かが来てくれたのか? 助けられるとか、俺は何やってるんだほんと。

「おぼえてろっ!」

 三人が逃げて行くのが分かった。そして、俺にかけられる声。

「大丈夫か? ケガは?」

 顔を庇っていた腕を解いてメシアを見る。視界がぼやけている。だが、相手が息を呑むのが分かった。

「あ、麻生かっ! お前、何でこんな奴らに? と、とにかく大丈夫なのか?」

 心配そうに顔を覗き込むその男の顔は、なんと隣のクラスの中田くんだった。

「な、なかっ、中田くん、はわ、はわわっ、ぶりっ♪」

「あ、麻生。今の音って…」

「果たして、屁なのかビチクソなのか…。確率はイーブンだ」

「偉そうに言うな。お前、俺の前だとなんか変だよな。まあいい。よく見ると風邪っぴきっぽいな。送っていくから肩に掴まりな」

 正直立てない程じゃないが、中田くんに触れるチャンスだ。

 ちょっとワイルドで可愛い顔。背が高く、逞しい身体付き。ドキドキしてる、わたし…。俺の中の処女膜が引き千切ってよと雄たけびを上げる。

 二人寄り添って夜道を歩く。

「お前、何でこんな時間に出歩いてたんだ? ああ、その袋。飯?」

「おまんまを買っていたら図らずも小僧の足を踏んでしまってな。そっちこそこんな時間に外出か?」

「いや、なんか隣の部屋が騒がしくて。今日金曜だから友だち同士で騒いでるんだろうな。だから、ちょっと走ってたんだ」

「そうか。陸上部だと言っていたな。何にせよ助かった。この借りは必ず返す」

「別にいいよ。それより、家どこなんだ?」

「ああ、そこをそっちに曲がったとこにあるデカマンコ荘だ」

「えっ?」

「なんだ?」

「俺もアパート、デカマンコ荘なんだよね。驚いたな、同じだったのか」

「そうか。お前は朝練あるから今まで会わなかったのかもしれんな」

「ああ。でも、同じアパートに知り合いがいて良かったよ」

「それって、奇跡だよね…」わたし言う。

「え、何が?」

「い、いや、別に」

 つ、伝わらなかったか。まあいい。同じアパートならこれからも会う事はあるだろう。まずはコミュニケーションからだ。

「お前、部屋何号室だ?」

「206」

「え、206って、隣じゃないかっ! あれだろ、週末になると獣のようなセックスしてる部屋だろ?」

「え、俺ら隣だったのか? って言うかそんなに音聞こえてるのか?」

「ばっちりだ。お前たちがヤッている夜は俺は徹夜すると決めているんだ」

「最低だな。とにかく、ウルサイのは205側だから、お前は207?」

「ああ」

「そう言えば、なんかゴホゴホ聞こえてきてたな」

 そして我らがデカマンコ荘に着く。中田くんとの楽しいおしゃべりもここまでか。そう思っていると、中田くんが口を開く。

「良かったらさ、ちょっと台所貸してくれないか? そんな飯だけじゃ体調も戻らないだろ?」

 こ、これはチャンスなのか? だが、こんな深夜に男の子と部屋で二人っきり。体を求められてもおかしくない状況だ。まあいい。清水きよみずの舞台からフライアウェイする気でオーケーしよう。

「い、痛くしないでね…」

「………」中田くんが固まる。

「冗談だ。びっくりし過ぎて黙んな」

「お前の冗談は分かりづらいな」

「なるほど。そうだったのか。これは本部へ連絡しておこう」

「本部ってなんだ」

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