第66話 物語の女の子は今でも 2/2


「太一さま、この後予定ありますか?」

「あ、いや、俺たちこれからいつものジョナサンに…」

「私も行きたいですっ!」

「いや、でもさ…」

「太一、連れてってあげなよ。太一の事好きな人なんて、この世に柊子ちゃんしかいないかもよ」

「テル、お前な」

 太一、テル、柊子がじゃれ合っている。鏡花と凛子は後片付け。道場の中はドタバタと人が移動している。

「ダーリン」

 床にあぐらをかいていると、氷雨が傍に来て、俺の横に座った。

「氷雨。お疲れさま」

「ふん。疲れてなどいない。私は結局見ていただけだったからな」

「分かってないな。お前の気持ちが、俺たちを動かしたんだ。凛子がただ結果だけを気にする女か?」

「私は、認めてほしかったんだ。りんりんに、認めてほしかったんだ。一方通行じゃない、本当の意味で仲間だと」

「お前は大バカ者だな」

「なんだと?」

「誰が見てもお前は凛子の親友だ。友だちなら、口ゲンカくらいするものだ。あいつは大概直情思考だが、他人にあんな風にキレたりはしない。甘えられてたんだよ、お前は」

「甘えて…」

「お前はもっと堂々と、親友だって思っていろ。友だちに定義なんてない。約束もいらない。友だちに経験値があるなら、あいつはお前の十倍は経験積んでる。お前は今まで通り食らいついて行けばいい。お前のうっとおしい友だちだよねアピールも、あいつは楽しんでいるぞ。安心しろ。あいつは笑いながら、受け入れてくれるよ」

「………」

 そう言って、俺は氷雨の手を握った。

「震えてるのか?」

「怖かったんだ。すごく、怖かったんだ。もしりんりんが負けて、私が勝たなきゃ、りんりんが結婚するかもしれないって思ったら。こわ、かったんだ…」

「よしよし」


「麻生くん。完敗だ。きみは強いな」

 ローリーが歩み寄って来て俺に右手を差し出す。

「おい、語尾が間違っているぞ」

「きみは強いなござりましたてまつる~」

「うむ」

「これ、ずっと言わなきゃダメなのかござりましたてまつる~」

「俺と話す時は生涯付けろ」

「あんまりだござりましたてまつる~」

「うるせえっ!」

 俺はローリーを追い払う。

「麻生くん」

「なんだ?」

「少しだけ、真面目に聞いてくれないか?」

「言うだけ言ってみろ」

「僕はね、ここが大好きなんだ。弱虫だった昔の僕を育ててくれた、この道場が。だから、衰退していく今の状況を見ていられなかった。師範にも凛子くんにも迷惑をかけた。だが、それでも僕はここで、自分にできる事を成したいんだ」

「その心根に、ウソはないな」

「無論だ」

「ならば、俺に断りを入れる必要はどこにもない。信じた道が違えば、同じ道を歩む事は難しい。だがお前は、気持ちを違えながら、それでも永琳たちと同じ未来を目指していたんだ。こんなに心強い仲間はいないだろう」

「麻生くん…」

「違う。麻生さまだ」

「申し訳なくござりましたてまつる~」

 ローリーは泣いていた。


 んで。

「てめーら。準備はいいな?」

『おー!』

「それでは、チーム、将くんと愉快な下僕たちの完全勝利を祝して…」

『かんぱーいっ!』

 場所はいつも通り例のジョナサン。俺たちはグラスをぶつけ合って乾杯する。

 メンツはいつもの六人、プラス柊子。

 ボックスのテーブルにはこれでもかってくらいの料理が並んでいる。

「みんな、今回は本当にありがと。今日は私のオゴリだ、好きなだけ飲んで食って騒げっ!」

「おっしゃー」

「じゃあ僕、そこのピザ食べちゃおうかな? ピザ、ピザ、ピザ、ここはヒジ、はあはあ」

 テルの息が上がる。

「キャラ変わってるじゃないか。お前ピザ好きだったのか」

「僕は、おにぎりが、好きなんだな」テル言う。

「そこはピザじゃないんかい」

 皿に乗ったピザを見て、恍惚の表情を浮かべるテル。

 見渡すと、鏡花が一心不乱に唐揚げを平らげている。こっちは唐揚げか。なんで動いてない二人が一番食ってるんだ。

「しょうがないなあ」凛子が笑う。

「あの二人は見てるだけだったからな。かえってストレス溜まってたんだろ」

 そう言って太一が凛子とグラスをぶつけ合う。

「太一さま、私とも」

 柊子が太一の腕に抱きつく。太一のくせにハーレムルートか。しかも姉妹丼の属性までついている。

 ここは当然、邪魔するしかないでしょう。

「凛子。俺のグラスが空だ。注いでくれ」

「いいよー。なに飲む?」

「俺の勇姿を見て濡れまくったラブジュースを」

 ゴン、ゴゴン。

「痛いな、何事じゃ」

「お前には俺が注いでやるよ」太一言う。

「バカかお前は。俺は女のお酌がいいんだ」

「では、私が注ごう」氷雨がしゃしゃり出る。

「じゃあ親友のさめさめには、私が注ごうかな」

「し、しんゆ…」

「ゴメンね、さめさめ」

 凛子がぽつりと言う。

「リリリリンリン! リリリリンリン!」

「興奮すんな」

 それからは、バカ騒ぎ。学校近くの店なので酒こそ頼めないが、酒なんぞなくても俺たちはスーパーハイテンション! 店員たちは、またあいつらか、みたいな顔をしているが知った事か。

 あと、関係ないが、半ば俺たち専属になっている店員は、俺のボケが好きらしい。澄ました顔で料理なんかを運んでくるが、裏に入った途端、爆笑しているのを何回も聞いている。

 男なのがいまいちなところだが、多分ライン聞いたら教えてくれるくらい俺のファンだ。

「でもさ、この試合負けてたら凛子はどうするつもりだったの?」

 やっと腹いっぱいになったのか、鏡花が口を拭き、凛子に尋ねる。

「確かにね。僕も気になってたんだ。負けたけどやっぱヤダです、とは言い辛いもんね」

 皆の視線が凛子に集まる。

 凛子は茶豆をプチプチしてから、こう言った。

「太一と付き合ってて、お腹には子どもがいます、って言うつもりだった」

「リリリリンコぅー! メテオバーニン! オラクルベリーにいたジカンイチバンナガイー!」

「ぶっ壊れすぎだろ」

「しかもドラクエ5のネタだな」

「まあ、真面目に言うと、私の初恋って志木さんだったんだよね。優しくて、カッコつけで、純な人なんだ。昔は今より痩せてて、ちょっとカッコよかったしね」

「うん。昔は姉さま、家に帰ると志木さんの話ばっかりだった」

「今のあいつを知ってる俺には信じられんがな」俺言う。

「と言うか、話を聞いてるとりんりんは結構恋多き乙女だな」

「ふふっ」

「どうしたの柊ちゃん」太一が聞く。

「姉さまはね、今でも夢見がちなの。王子さまが自分をさらってくれるのを待ってるんだよ」

「え、大叔父さま?」氷雨言う。

「殺すぞっ!!!」

「そ、そんなにキレなくても…」

「物語の女の子は今でも、大叔父さまを待ってるの。知ってた?」

 凛子がいたずらっぽく笑ってグラスを飲み干した。

「将」

「なんだ?」

「大叔父さまって、やっぱり志木さんの事なのかな? あいつまだ志木さんの事…」

「お前も大概バカヤローだな」

 一人、思考の迷宮に入る太一を見て、凛子はため息をつき、柊子は笑い、俺たちは生温い目で太一を見守る。

「え、あ、そういう事? なに、え、もしかして俺?」

「将の事」凛子が笑う。

「あ、そ、そっか。やっぱお前、将の事…」

 やれやれ。

 太一以外の卓を囲む俺たちは、声には出さずに、目で笑い合った。

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