第55話 テルの休日 3/3


「飽き足りないんだね、次は何が欲しい?」

「普通に言え」

「じゃあこのジャガビーで」

 第一回、男三人アメイジングぶっちゃけ大会開催中。

 俺たちは床に置いたクッションの上で丸くなり、だらだらと過ごす。

「将くんってさ、昔からそんな感じだったの?」テルが俺に話を振る。

「そんな感じとはなんだ。だがまあ、性格は昔からそう変わらないな。兄貴が死んで母親が入院してから少し変わったが、まあそれは育ててくれた親父と兄嫁の影響だろうな」

「あれ? お前のお母さんって亡くなってたんじゃないのか?」太一が聞く。

「ん? まあ、その、色々あってな。兄貴が死んだときに母さんも入院して、それからはずっと家に戻ってないんだ。だから人に話す時には死んだ、と言っていたのだ」

「そう、だったんだ」

「悪い。言い辛い事聞いちゃったな」

「いや。少し前に心境の変化もあってな。最近なのだ、やっと素直にあの人の事を母さんと呼べるようになったのは」

「氷雨さんも知っているの?」

「うん。夏休みのあいだに会わせた。お互いがお互いを見て、大泣きしてたな」

「そっか。でも将、仲間だからって全部話す必要ないぞ。言いたくないなら言えないって言ってくれればいい」

「分かっている。安心しろ、知られたくない話はしていない」

 秘密か。みなにも、氷雨にも言っていない秘密は確かにある。そういうとこも話せるのが本当の仲間と言うものだが、難しいものだな。

「そう言えば、今日ごてんいないね。氷雨さんのところ?」テルがフォローする。

「ああ。せっかくだから男三人でと思ってな」

「そうだな。そして、男同士でする話って言ったら、やっぱあれだよな」太一も雰囲気を察してノッてくる。

「あれえ、もうそんな話しますぅ?」

 テルが悪い顔になっている。だが分かるな。ワンピースの話は女子とでもできるが、下ネタは男子としかできない。

「何からいく? よし、テル、お前が決めろ」

「うーん、そうだなあ。じゃあ最初は無難に、身近な女の子の話かな。二人とも鏡花さんをどう思ってる?」

「柴田か、今更聞かれてもな。昔から知ってるし、いい子だけど恋愛って感じじゃないな」

「あの子は、エロいよ」テル言う。

「な、なんで分かるんだ」

「分からない? 香ってるでしょ、メスの香りが」

 テル、新たな境地を開拓しつつあるな。ぶっちゃけ面白いからしばらく泳がせておこう。

「テル的には鏡花はありって事か?」

「三人ともありだよ。遊び、ならね…」

 テルが伏し目がちにしっとりそう言うと。ピローン。ピローン。ピローン。俺のスマホがラインの着信を告げる。

「なんか、急に鳴ったね」テル言う。

「気にするな。公式アカウントだ。それで、遊ぶって、具体的にどうするんだ?」俺が煽る。

「ふふっ。子猫たちを、キスだけでイカせてやりますよ」

 ピローン。ピローン。ピローン。ピローン。ピローン。ピローン。

「な、なんかめちゃくちゃ鳴ってるんだけど」

「公式アカウントです」


 それから二時間後。

「おい、テル。飲んでいるか? お前のポークビッツは血走っていますか?」

「やだなあ。ほらこの通り、おギンギンですよ」

「はははっ、俺も酔っぱらってますよー。ああ、風が気持ちいなあー」

 太一が酔いつぶれる。いつの間にか普通に酒が入っていてこの有様だ。そしてテルも俺もスーパーハイテンション。テルもここまで酔っていれば、口も滑らかになるだろう。俺はテルに近づき肩を組む。

「なあ、町内会バレーで可愛い子はいなかったのか?」

「ん? まあ何人かいるよ。学生は中学、高校、大学生もいるし、普段働いてる人もいるからね」

「ふーん。じゃあさ、お前昨日練習だっただろ、練習前って何してたんだ?」俺は昨日の事を思い出してそう聞く。みんな気になっていたプライベートのテルの話だ。

「学校終わってから練習まで、その女の子たちと会ってたんだ。毎週そうやって時間潰してるらしくて、僕も先週から誘われてたんだ」

 なんだと、テルのくせにハーレムルートか。男一人に周りはみんな女の子。例のミキさんと言い、こいつ、案外遊んでるな。

「お前が上機嫌だったのはそれが理由だったのか」

「まあね。それでね、みんなは僕の事マスコットみたいに扱うんだ」

「まあ、そうだろうな」

「ふふっ」

「なんだ」

「そこがすでに落とし穴なんだよ。僕は無害なマスコット。子猫たちはそう思っている。でも、そのマスコットにはおちんちんが付いてるんだよ。分かる? 彼女たちはマスコットを愛でているように見えて、実はマスコットのおちんちんに愛でられているという」

「いいぞ。どんどんいこう」

「僕は夢想する訳ですよ。マスコットとしてひたすら耐え、愛嬌を振りまき、道化になる。そして、満を持して牙を剥くその時を! プッシーキャットよ、お前が愛でていた物はマスコットでも何でもない、包皮に包まれたグロテスクな怒張だったんだよっ! ってね、ははっ、ふははっ、ふははハッハア!」

「ゲス過ぎて逆に輝いているな。俺は今、お前と言うロリチンポの化身を尊敬し始めている。じゃあ、その中で狙っている子猫はいるのか?」

 いつの間にか、俺も女の子の事を子猫と呼んでいた。だが、そこに気付いた時、俺は一種の高揚感に包まれていた。

「ご想像にお任せしますよ」

 テルは赤くなっただらしない顔をさらに緩めて不敵に笑う。アニメ化されたアメーバみたいな顔だな。

 しかしまあ、お互い悪ノリしてるが、テルとこう言う話をするのもなかなか楽しいものだ。こいつもごてんと同じで、女の前では猫かぶるからな。

「ところでさ、将くんはもう氷雨さんとした?」

 テルがカクテルの缶を舐め、その奥からねばりつくような目で俺を見る。

「うむ。夏休みに例の別荘警護のバイトがあっただろ。最後の夜にまあ、そういう流れになったな」

「ふーん。やっぱりか。そういうのってどんな流れで持っていけばいいの?」

「まあ、ちょっと真面目な話しをすると、お互いの気持ちを言葉だけでは伝えきれなくなって、それでも伝えたい気持ちが、気付いたら身体を重ねるって行動につながったな。エロいことはもちろんしたかったが、ただの性欲だけじゃなくて、触れる肌の愛おしさでしか分かり合えない気持ちって、確かにあると思うぞ」

「それが、愛してるって事なんじゃないの」テルが言う。

「そうかもな」

 そこで少し会話が途切れる。テルは冷蔵庫から新しいカクテルの缶を取りに行き、俺は寝ている太一を踏んで起こす。

「将。もう無理だ。もう飲めないって」

「バカを言え。テルはまだまだ行く気だぞ。いいから起きてろ。あいつは今日、無駄に輝いてるんだ。見なきゃ損するぞ」

「分かったよ。じゃあとりあえず凛子のコップに注いでくれ」

「よかろう」

 俺が使っていた凛子のコップを太一に渡し日本酒を注ぐ。太一は俺が口付けたところを一回拭いて、それから一周、ぺろーと飲み口を舐めた。

「太一、それムッツリ過ぎだよ。欲望とエンターテインメントを両立させなきゃ」

「その通りだ。テルがこれだけ己をさらして頑張っているのだぞ。お前も恥という殻を脱ぎ捨ててみろ」

 そう言うと太一はコップを床に置き、そしてその前にうつぶせに寝る。そして、床に激しく腰を打ち付け始めた。

「凛子、凛子お! 将さん、テルさん、これ最高だよお! たまんねえよお! みんなでやろうよお!」

 アホだこいつ。

 その時! ピンポーン。チャイムが鳴る。

「誰だろう?」

「さあな、おおかた新聞の勧誘だろう。ちょっと出てくる」

 扉を開けると、凛子と氷雨と鏡花がいる。

 みんな、すっげー笑顔だ。笑顔なんだけど、めっちゃ青筋立ってる。

「あの、すいません。うちは新聞いらないんで。それかアレですか? 高価な壺とか…」

「いいから入れろ」凛子言う。

「はい」

「凛子、凛子オオぉ! 腰が止まんないよお! あれ、幻が見えるな」太一がまだラリっている。

「あの、あの、僕はその…」テルが青ざめている。

「湯本。話がある」氷雨が部屋に入ってくる。

「ちょおっとお邪魔しますねえ」鏡花もその後に続く。

 完璧に忘れていたが、そう言えばカメラ回したままだったな。俺は抵抗する気力も湧かない。

「テル、太一。諦めろ。無抵抗に正座するんだ。俺は今から姫君たちのお飲み物を買ってくるから一旦、席を外す。大丈夫だ、決して逃げたりはしない。俺はメロスくらい友だち想いだからな。よし、うん、じゃあ行ってくる」

「待てダーリン。飲み物はいらない。そのかわりまずコップを洗ってくれ」氷雨の声が震えている。

「そうだね。麻生くんは、碓氷さんへの愛があったから許しましょうよ。どうですかセンパイ」鏡花が凛子を見る。

「まあいいだろう。あのセリフがなけりゃお前も同罪だったけどな。許してやるから真心を込めてコップを殺菌消毒しとけ」

「ありがたき幸せ!」

「将、お前一人だけ逃げる気かっ!」正座した太一が叫ぶ。

「僕は、僕はなんか盛り上げようと思って。違うんです。やりたくなかったんです。だけど…」

「テル。あんたはもう無理だ。無駄な抵抗はやめろ」凛子さまが言う。

「そうだぞ。口答えするな」俺はコップを洗う手を休めずに言う。

「殺せよ、いっそ殺せよ!」テルが壊れる。

 女三人のエーテルが部屋を包む。

「始めようか。子猫たちの晩餐を…」

「了解だりんりん」

「ラジャーザット」

「お前たち、しっかり反省しとけっ!」俺言う。

『やっぱあんたも正座しろっ!!!』


 激しくボコられた事は、言うまでもない。

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