第52話 黒の魔女 2/2


「鈴木です」

「佐藤です」

「そうか。で、さっきの続きだが、思春期のヒッタイト族が…」

 一年のモブ二人とのあいさつも無事終わり、俺たちは二年生の到着を待つ。しばらく話していると。

「すまん。待たせたな。おっ、麻生くんと碓氷くん。ちゃんと来てくれたね」

 部長の早乙女カケルが俺たちに声をかける。そしてもう一人。

「副部長の綾小路あやのこうじみるくよ。二人とも、入部ありがとう、歓迎するわ」

 うむ。確かにペンネームにみるくと付けるだけの事はある。巨乳だ。ただし、全体的にも巨乳だ。ちなみに顔は土佐犬に似ている。

「おい、みるくはどうでもいいわ。黒の魔女はどうしたのだ」俺言う。

「待て待て。きみはルックスだけでみるくを判断したようだが、それは早計だぞ。みるく、自己紹介してやれ」

「趣味は生クリームの吸引よ」

「見た目通りだったっ!」

「あとお菓子作り。見て、今日はミルフィーユ焼いて来ちゃった」

「みるく先輩のケーキは絶品なんですの事よ。モブ、紅茶を入れなさい」エリザベス言う。

 一年のモブ二人がパシリに使われ、目の前には温かい紅茶とミルフィーユ。山百合会と名付けたい。

「おかしいわね、そろそろ来ると思ったんだけど」みるく言う。

「黒の魔女か? 結構ジラしてくるな。これだけ引っ張られると余計に期待が高まるな」

「どうする? もう先に食べてしまおうか。紅茶も冷めるし」カケル言う。

「黒の魔女。黒の魔女か」

「ん? どうした氷雨?」

「いや、黒の魔女という異名…」

「聞き覚えでもあるのか?」

「いや、カッコいいなあって。私も異名欲しい」

「チビすけってあだ名をさっき付けてあげたでしょう」エリザベス言う。

「こんにちは、チビすけの碓氷氷雨です、じゃおかしいだろうが」

「そうか? 逆に結構可愛いぞ」俺言う。

「か、可愛いか。そ、そうか、可愛いのか。なんか、ダーリンあんまそういう風に言ってくれないから、嬉しいぞ」氷雨が照れる。ふむ、もうとっくに慣れてはいたが、実際改めてみるとやっぱり氷雨は可愛いな。カレシバカってやつか。

「それならば将。わたくしにも何かあだ名を付けていただけませんか?」

「それは構わんが、そもそもお前みんなから何て呼ばれてるんだ」

「い、言いたくありませんわ」

「バカだ、絶対バカって呼ばれてる」氷雨がぼそっと言う。

「聞こえていましてよ。あ、でも、そうそう。黒の魔女からはエリーって呼ばれていますわ」

「エリーか。別にいいんじゃないか? それなら俺もこれからはエリーと呼ぶことにしよう」

「将が、わたくしの事を愛称で…」

「いやか?」

「とんでもないですわっ! エリー、大変結構ですってよ」

「エリー、心臓に虫ついてるぞ」氷雨言う。

「あなたには呼ばれたくないですわ」

「悪かったな淫獣」

「そっちはもっといやですわ」

 そんな話をしていると、廊下から足音が聞こえてくる。

 来たっ! ドックン、ドックン、ドックン。心臓が早鐘のように鳴る。どんな女なんだ、胸は、顔は、そして足の裏は。

 関係ないが、夏にコーヒーショップとかに行くと、イスに座った足先のミュールが脱げている女がよくいるが、それを見るのが好きだ。足裏がてゅるんてゅるんの女は、イイ女が多い。皆さんもぜひ試していただきたい。もし顔がハズレの女がいたら、コーヒーかチャーハンをかけてやればいい。責任は取らん。

「今日も暑いわね」声が聞こえる。

 俺は今、扉に背を向けて座っている。振り返るだけでいい。そこに、憧れの黒の魔女がいる! よし、行くぞ。ヒィウィゴっ!

「って涼子かーいっ!」

 保険医で顧問の米倉涼子がそこにいる。きつかった、期待してただけに余計にきつかった。オツコトヌシの目ヤニくらいきつかった。

「何、麻生? ずいぶんなご挨拶ね。せっかく憧れの黒の魔女が来たって言うのに」

「う、うそだ。うそだろ…。黒の魔女って、涼子の事だったのか…」

 そっか、そういうオチか。なんか、なんだろう、俺は何故か無性に、清水寺の紅葉が見たくなった。

「勘違いしないで。私の後ろよ。ほら、黒須、挨拶してあげなさい」

 えっ?

黒須くろすじゅんだ。きみが麻生くんだね? これからよろしくな」

 凛、とした声音。歩み寄ってきたその姿を見て息が止まる。髪は濡れたように輝くセミロングのソバージュ。その色は漆黒。目は鋭く、鼻は高い。眉は濃い目で、その印象から鷹を彷彿とさせる。

 サウジアラビアとかインドとか、西洋の血が混じったアジア人の、更にその中でも一握りの美人、みたいなルックスだ。肌は褐色で、夏服のセーラー服から伸びる手足がすらっと、ほどよい肉付きで煽情的だ。

「あままままま」

「壊れたか。まあ、最初はみんなそうだ」カケル言う。

「ダーリンっ! 他の女をエロい目で見ていた報いを受けるがいい。氷雨・マウンティング・パワーボム!」

 バキィっ!

「おい、痛いだろ、このおバカ者っ!」

「なんかきみたち仲良さげだな。恋人同士なの?」

「はい」氷雨言う。

「いえ、ただの知人です。ボクフリーなんで」俺言う。

「ダーリン」

「冗談だ」

「なるほど。きみはそういうキャラか。それで、きみの方はなんて名前?」

「こんにちは、チビすけの碓氷氷雨です。氷雨とお呼びください」

「あはは、自分でチビすけって。氷雨は可愛いな」

 氷雨が小さくガッツポーズする。どうやら味を占めたらしい。

「おい、氷雨だけ呼び捨てはズルいぞ。俺の事も名前で呼んでくれ。あと俺の方からの呼び方は純姉さんを希望する。姉御っぽいって言われないか?」

「ああ、たまにね。兄弟が上も下も男だから、なんか話し方こうなっちゃって。それに女っぽさ出すの苦手なんだ」

 うむ。サバサバ系だな。女っぽくはないが、なにせこのルックスだ。そこが余計にクるものがある。

「それにしても、黒須センパイは美人だな。私が生まれてから見た霊長類の中で一番の美人だ」氷雨言う。

「うむ。俺もだ。これまでにもイイ女はいっぱいいたが、事ルックスにおいては綺麗さの次元が違うな。はっきり言おう。タイプだと言っていい。金色のシールをあげたいくらいだ」

「いらんわ。それより名前で呼べって言ってたけど、きみ、下の名前はなんて言うんだ?」

「ああ。申し遅れた。麻生将だ。実家は餃子屋さんをしている」

「オッケー、ショー。じゃあ私も改めて。ショー、氷雨。我がふり研へようこそ。この場所が二人にとって有意義な場所になるといいな。これからよろしく」

「こちらこそ」

「ああ、よろしく頼む」

「さあ。とりあえずお茶にしよう。みるくがミルフィーユ作ってきたんだ」

 カケル言う。そう言えば居たな、そんなやつ。姉さんに夢中になり過ぎてすっかり忘れていた。


 お茶とケーキ。部員八人プラス涼子で卓を囲む。

 俺はもう姉さんをガン見だ。視線を逸らすつもりは一切ない。氷雨が横でふて腐れていたが、まあ後で可愛いって言っとけば大丈夫だろう。最低だろう? 笑いたければ笑え。

「あ、麻生くん。見過ぎだろう。普通はもうちょっとこっそりやるものだぞ」カケル言う。

「黙れ。今、心のHDDに録画中なんだ。帰ったら早速再生してお楽しみするつもりだ」

「本人の前でよく堂々と言えるなあ」

「はははっ、きみほんと変わってるね。一年のあいだじゃ奇人って呼ばれてるんでしょ?」

「ん? ああ、一部にそう言うやつがいる事は否定しない。だが奇人とはエリーのようなやつの事だろう。俺は自分のどこが変わっているのかいまいち分からん」

「さっそく、エリーって呼ばれてしまいましたわ」

「エリーは天然だけど、ショーはなんだろう、知性ある野獣って感じだよね」姉さん言う。

「将くん、碓氷さん。あなたたち、実家はどちらなの?」みるく振る。

「私は駅の北側にある碓氷寺の娘だ。ダーリンは、ほら、動物園のある…」

「ああ、あっちの方。じゃあ餃子屋さんって、もしかして『クパピ』のこと?」姉さんが答える。

「おおっ、『スーパーマリオブラザーズ ~クッパとピーチがシャランラン~』の愛称、『クパピ』を知っているとは! 姉さん、もしかしてうちの餃子のファンか?」

「うん。あそこ美味しいよね。そうか、きみあそこの息子か」

「あそこの息子って、なんか卑猥だな」

「もう黙れお前」カケル言う。

「姉さんはカレシとかいるのか? さぞモテるだろう」俺聞く。

「いや。そういう勘違いしてる人けっこういるけど、恋愛にそんな興味ないんだよね。恋ってそんな重要?」

「黒須センパイ。恋はいいぞっ! 私もダーリンと付き合うまでは恋愛否定派だったけど、知ればもう別世界だ」

「そうですわ。わたくしも将を想うだけでイモ三個はいけますわ」

「おい、私が話してるんだ」

「そっちこそ黙ってなさい」

「ケンカしないの。そう、でも意外だね。ショーってこんな女の子に人気あるんだ」

「それは俺が主人公だから当然だろう」

「何の話だ」

「縁もたけなわね。じゃあみんな。最後にアレをして終わりましょう」涼子が言う。

「あれ?」

「ああ。ふり研の儀式みたいなものだ。この機会に二人も覚えてくれ」

「じゃあ行くわよっ! 今日のオチは、黒須、お前だっ!」涼子言う。

「了解。いくよっ! アーユーレディ?」

「イエエ」

「ヘーイヘイヘイヘーイヘーイ」

 パーパッパーパーパー。

『ヘーイヘイヘイヘーイヘーイ』ハモる。

「あいつもこいつもラララララ、ララランランラララーン」

「うおいっ! そこは替え歌じゃないんかいっ!」

「しかもうろ覚えだ」

「ナイス、オチ」涼子泣く。

 ちゃんちゃん。

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