第50話 言葉の園に 3/3


 んで。

 鏡花が弓道部の部長と話していて、長そうだったので俺たちは校舎の方に戻ってきていた。

「ほんとに、鏡花、戻ってきたんだなあ」凛子が呟く。

「ああ。あの頃が帰ってきたみたいだな。それに今はテルも将も碓氷もいる」

「なあ、本人がいないとこで聞くのもどうかと思うが、柴田は何で不登校になっていたんだ?」氷雨が疑問を口にする。

「きっかけはね、小さい事だったんだ」凛子が言う。

「ほう?」

「高校の入学式の時、上級生の男子に少し絡まれたんだって。そこに謎の男子が現れて助けてくれたって。だけどそいつら、それで鏡花の事目の敵にしちゃって。それからだよ。一日休んだのが二日になって、三日になって、ずるずるここまで来ちゃったんだって」

 俺はそれを聞いて思い出していた。おもむろに口を開く。

「ふーん。そうか、それは災難だったな。そう言えば俺も似たような話を知っているぞ。あれもそう、ちょうど入学式の時だった。俺はクラスの最初のあいさつでダダスベりしてイライラしていた。そこにクラスで見かけたような女が上級生に絡まれていたんだ。俺は殴った。それはもうボコボコに殴った。スベッた怒りと悲しみを拳に乗せてただ殴った。殴られたやつらに俺は言った。文句があるならこの女に言え、俺はこいつに頼まれただけだとな。それからだ。偶然、クラスの女が不登校になったのは。俺は思った、善意って紙一重で悪意にもなるんだなあーって」

「………」

「……、あ、あんたそれ…」

「思えば不思議な偶然だな。殴ったあいつら、今頃どうしてるかな? 確かに俺は殴ったが、殴った俺の拳もまた痛かったんだ」

「将。ちょっとこっち来い」

「私もだ。話がある」

「ん? どうしたのだ二人とも。握った拳が白く震えているじゃないか。俺の武勇伝に興奮したのか?」

「ダーリン、行った方がいい。たぶん、行った方がいい」

「うん。さすがにこれは庇えないな」

「え、なんだ? おいどうした、ハッピーか? おい、なんでトイレの個室に俺を連れていくんだ?」

 ブシュウ、ザクッ、パパパパン、ジュビッ、パアン、パアン、パアン、パアン…。

 ………。

「ごめんなさいと言え」

「ご、ごめんなしゃい」

「絶対に、ぜえったいにっ、今の話を鏡花にしちゃダメだからねっ!」

「な、なんでですか?」

「命令に質問で返すなっ!」

「ふぁい」


 そうこうしていると、どこかからか声が聞こえてきた。なんだ、これは?

「だったらワニと同じじゃないっ!」

 えっ、なんだ、ワニ?

 今の声はこの教室から聞こえてきたな。何かの部の部室なのか?

「トマトの肝臓っ!」

「肝臓、肝臓、肝臓っ!」

「ミートソルジャーっ!」

「ビコーズこれだけは言える」

「それはなに、フウっ!」

「今日もエロいことをする人たちで世の中は溢れてるっ!」

「サポーテッドバイ?」

「電通」

 ………。

「な、何なんだ、今のは…」凛子とテルが唖然としている。

「ふむ。なかなかセンスのある言葉選びだったな」

「いや、待て。聞いた事があるぞ。離れ校舎の一階には、なんか謎の奇声を上げている部活があるって。もしかしてこれの事か?」太一が説明する。

「みんな。考えていても始まらない。行こうっ!」氷雨がためらいなく教室の扉を開ける。こういう時のこいつの行動力の源は何なんだ? まるで夜中にお腹空いた時くらいの行動力だな。

 ガララッ。

 扉を開け、教室の中を覗くと、男女数人の生徒がイスを円形に並べ向かい合って座っていた。そして一人、立って円陣を見守る白衣の女の姿。

「あら、麻生たちじゃない。なに、どうかしたの?」

 あっ! オツコトヌシ、じゃなかった。保険医の米倉よねくら涼子りょうこじゃないか。やっぱり名前とのギャップがあってすげーブスだな。

「廊下にいたらこの部屋から声が聞こえたので気になって来てみたのです。米倉教諭、ここは何の部活なんですか」氷雨が聞く。

「不測の事態におけるリアクションを日々磨いていこう研究会の部よ」

「長げーよ」凛子ツッコむ。

「みんな、前に話したわね。一年生に天才がいるって。この男の事よ。麻生。あんたの実力、みんなに見せてあげてくれないかしら?」涼子言う。

「よかろう。頼られるほど頑張れる。それが男だ」

 そう言うと、メガネでインテリっぽい男が俺の前に立つ。

「部長の二年、早乙女さおとめカケルだ」

「ペンネームか?」

「もちろんそうだ」

「37点だな」俺は言う。

「なっ、なんだとっ!」

「早まるな。50点満点中の12点だ」

「それならいいけど。って言うか減ってないか?」

「うるさい。いいから来い。格の違いを教えてやる」

「では行くぞ! コロッケそこのけ、あれ、俺のシャーペンどこだっけ」

「いつもいつも笑顔の裏側」

「小さな宇宙がそこにある」

「逆メルヘン!」

「ワイキキ、ワイキキ、キキララはキキが弟!」

「仲良すぎて憎しみに変わる」

「来るわっ! オチよっ!」涼子が言う。

「ビコーズこれだけは言える」俺言う。

「それはなに、フウっ!」カケル言う。

「焦らすことが上手さだと思ってた」

「あの優しかった歌は今でも?」

「てやんでえシンドローム」

 しーん。終わった。部室が静まり返る。

 余韻ののち、涼子が言う。

「それでは、総評を始めます」

「そ、総評とかあるんだ…」テルが呟く。

「まず早乙女。さすが新部長ね。初めての対戦でもいかんなく実力を発揮してきたわね。さすがよ。ただ、リズムに頼り過ぎるクセは直しなさい」

「普通にダメ出しされてるっ!」太一ツッコむ。

「そして麻生。言う事はないわ。自分の世界観、ちゃんと作り上げてるじゃない。充分全国レベルよ」

「全国で大会とかあるのかな?」凛子言う。

「よせ。俺に競う気はない。ただ溢れる気持ちが口から溢れて、風呂の追い炊きを二回押しちゃったみたいな感じになっちゃっただけだ」

 俺がそう言うと、会場は少し沸いた。

 そして、部長のカケルが座っていた部員を見渡し、頷き合う。

「麻生くん。脱帽だよ。僕たちにはきみの力が必要だ。全国の舞台で、いや、いただきの景色で、その実力、発揮してくれないか」

「止してくれ。争いは争いしか生まない。俺は自由だからこそこの空を飛べるんだ」

 俺がそう言うと部員たちがまた頷き合った。

「なあ、麻生くん。美人は好きかい?」

「愚問だな。かつて親父は言った。イイ女を目で犯すことこそ、天から与えられた至上の喜びであると。俺もそう思う。俺は全ての美しい女の味方だ」

「うちの部はね、何の因果か、一年と二年のマドンナが二人、在籍しているんだ。今日は来てないけど、二人とも垂涎の美女だ。頼めばBくらいはさせてもらえるかもしれないぞ」

「えっ、って事は、おっぱいとか、あるいはおっぱいとか、いずくんぞおっぱいとか触れちゃうのかな?」俺の息が上がる。

「充分に可能だ」カケルが親指を立てる。サムズアップってやつだ。

「か、確認するぞ。ブスの胸についているやつじゃないぞ。美人のおっぱいだぞ」

「ああ」部長が深く頷く。

「うむ。別におっぱいがどうとかじゃなくて、ただ純粋に、この部の活動に感銘を受けたから、入ってもいいかなー、みたいなね」俺言う。

 そう言うと、保険医で顧問の涼子は含み笑いし、氷雨を見る。

「あらぁ、麻生入部するんだあ。そっかあ。これは碓氷としては黙ってられないわよねぇ」

「米倉教諭。マネージャーとしてわたくし碓氷氷雨。入部を宣言します!」

「そう? じゃあこれからよろしくー。みんな、二人に拍手を」

 パチパチパチ。部屋に拍手が響き渡る。涼子、悪魔かこいつ。

 こうして、俺と氷雨の二人は「不測の事態におけるリアクションを日々磨いていこう研究会の部」、通称、「ふり研」への入部が決まったのであった。

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