奇人、部活に入る

言葉の園に

第48話 言葉の園に 1/3


 パコパコ。パコパコパコっ。

「ダーリン。もういい加減にしてくれないか。さすがにスタミナがもたない」

 恋人の碓氷うすい氷雨ひさめが上気した頬を染めて俺、麻生あそうしょうの顔を見つめる。

「まだだ。まだ足りないんだっ! 氷雨、もっと、もっとだっ!」

 若い。高校一年生の、夏休み最終日。俺たちはひたすらパコパコする。

「腕が、腕がもう限界なんだ! あっ、ああっ、くっ」

「もう少しだ。もう少しで出る。だから…」

 パコパコ。パコパコパコっ。パコパコパコパコっ!

「来たっ! 氷雨。氷雨えっ!」

「ああっ、ああぁっ!」

 ポッコン。

 いった。ついに、到達した。便器から、つまっていたおうんちサマが浮上してくる。ブラックサブマリンと名付けたい。

「はあっ、はあ、はあ、はあ」

「氷雨、すごくいいよ」

「ややこしい言い方するな。くっ、成し遂げたのに、視界に映るのはもやし入りウンコか。ダーリン。少し砕いてから、速やかに下水に流してやってくれ」

 命令通り、先がゴム製のパコパコ棒でおうんちサマをちょっとデストロイして、再びトイレの大のレバーを引く。

 しゅごお、しゅごおおぉ。

 うむ。今度は流れたな。ララバイ、排泄物。略してララハイだ。

 冒頭でエロシーンを期待した読者諸君、マジご愁傷さまだ。人生はそう甘くはない。

 夏休み最終日。明日からはもう二学期が始まる。

「ショウ。仕事終わった? ボク、そろそろお腹空いちゃった」

 見れば、ペットの茶色い毛玉、犬のごてんが腹を空かせてくるくると回っている。

 俺はごてんのペットフードを用意しながら、もやし味噌ラーメンは月に一回にしよう、と思っていた。


 九月第一週の木曜日。

 ついに登校日が来てしまった。ほんと、マジブルーだ。

 俺は氷雨との待ち合わせのバス停であいつを待ち、共に登校する。街に注ぐ日差しはまだ暑く、夏服の俺たちは校門をくぐり、教室に入る。

「あ、将くん。氷雨さん。おはよ」

 見ると同じ魔法チーム、「オウカ」のチームメイトの湯本ゆもと照美てるみ、通称テルが俺たちを見つけ、チビでブサイクな顔をほころばせて笑った。

「ようテル。早いな。二週間ぶりくらいか?」

「おはよう湯本。夏休みの別荘警護バイト以来だな。元気そうで何よりだ」氷雨が言う。

「それにしても二人とも、付き合ってから毎日一緒に登校してくるよね。将くんって案外マメだったんだね」

「ん? まあ付き合ってすぐに氷雨がケガしてたからな。それで仕方なく迎えに行ってたのだが、今はもう癖になってるな」

「それで、りんりんたちはまだなのか?」

「あれ、聞いてなかったの? 太一と凛子は鏡花さんと一緒に来るって言ってたよ。鏡花さんにとっては今日が初めての登校日だし、クラスの目もあるし」

 テルがそう言って、俺は納得する。

 柴田しばた鏡花きょうか。太一と凛子と同じ中学出身で、高校に入ってからはずっと不登校だったロリっ子の事だ。

 太一とは仕切りたがり屋さんのノッポ、井上いのうえ太一たいち

 そして凛子とはポニテ巨乳の須藤すどう凛子りんこの事だ。付け加えるなら凛子は俺の嫁だ。

 俺。太一。凛子。テル。氷雨。そして鏡花。この六人が今日、やっと揃う。思えば長かった。「オウカ」は六人一チームなのに、鏡花はブッチしてたし、氷雨が入る前なんて四人だったんだぞ。

 そう思っていると教室の扉が開き、くだんの三人が入ってくる。

「おす、みんな。おはよう。柴田連れてきたぞ」太一が手を上げる。

「おっはよ。鏡花、席こっちだよ」凛子が鏡花の手を引く。

「み、みんな。おはようございます。今日から改めてよろしくね」鏡花が俺たちに頭を下げる。

「お願いしますを付けろ。親しき中にも礼儀ありだぞ」俺言う。

「お、お願いします」

「いきなりイジメんな! 鏡花、大丈夫?」凛子が鏡花の顔を覗き込む。

「うん。でもやっぱり、ちょっと緊張しちゃうな。足が、あははっ、震えちゃって」

「それならば良い方法がある」氷雨が声を上げる。

「ほう、それは何だ」

「足を切断すればいい」

「お前本当にJKか? デザートは脳みそですとか言うんじゃないだろうな」

「ダーリン、動物をこよなく愛する淑女に向かって失礼だな」

「どこが淑女やねん」

 俺たちは席に着き、話しながらホームルームまでの時間を過ごす。

 クラスのモブたちは二学期の始まりに取り柄のない顔をほころばせ、それぞれのちっぽけな青春を謳歌していた。

 そして、予鈴のチャイム。

 皆が席に着き、そこに我らが担任、山寺やまでら和子かずこが到着した。

 学期初めのお決まりの注意事項などを一通り述べた後、和子は視線を鏡花に向け、そして俺と太一を見つめる。

「柴田、どうする。無理にとは言わないけど」太一が鏡花に話しかける。

「ううん」鏡花は首を振り、そして俺を見た。

「麻生くん。ビシッと、決めてくるから」

「ああ、行って来い!」

 鏡花の手の震えは、弱さじゃない。握られた拳と、その表情は、自分に打ち勝とうとする者だけが持つ意思の煌きに満ちていた。

 鏡花が教壇に歩いていく。そして、想いを声に乗せる。

「柴田鏡花です。一学期のあいだ、ずっと休んでいました。学校からも、自分からも、ずっと逃げていました。でもわたしはもう逃げません。皆さんにかけた迷惑を、これから、ちょっとずつでもお返ししたいと思っています。わたしが変われたのは、クラス委員の麻生将くんのおかげです。麻生くんが学校で奇人って呼ばれている事は知ってます。変な人だって、わたしも思ってます。でもね、最高に、カッコいいんです。

 わたしは、麻生くんみたいに、強く変わりたい。そしていつか、わたしがいっぱいいっぱい頑張って、わたしが得た強さを、クラスのみんなにも分けてあげられるくらいに、頑張ります!」

 鏡花が話し終えると教室は静寂に包まれた。鏡花、良く頑張ったな。考えてきた言葉じゃない、心からのお前の声が、やっと聞けた。でも、良い事を言ったんだが、それなら黒板を向いてじゃなく、こっちを向いて言わないと良さが半減だぞっ。

 俺は目に映る鏡花の背中を見てそう思っていた。

 やがてそこに、一つの拍手。

 大原おおはら正人まさとだった。オウカは違えど、なにかと関わりのある友だち。そこに正人の恋人の小原おばらめぐも続く。

 パチパチ。パチパチパチ。そして、歓声! 鏡花がやっと振り向いて、恥ずかしそうに笑顔をみせる。

「鏡花! 鏡花! 鏡花!」

「奇人! 奇人! 奇人!」

 ああ、ほんと、うちのクラスのモブたちはアホばっかりだな。

 事ここに至れば、俺のやる事は一つしかない。

「えー。ご紹介に預かりましたプリンスこと、麻生将です。本日はお日柄もよく、晴天に恵まれましたね。これもひとえに、皆さまの日頃の行いがよろしいからでしょう。

 それにしても、やっと始まった二学期。餃子が恋しい季節ではありませんか? 馬、肥ゆる秋、と申します。餃子がご入用な方はぜひ、当方の実家、『スーパーマリオブラザーズ ~クッパとピーチがシャランラン~』までご一報頂ければと存じます。なお、営業時間は…」

「黙れー、奇人」

「いいぞー、奇人」

「えー、盛り上がってまいりました。ところで性器が穴である方の皆さま方。夏過ぎてまだ処女でハズカピーというお悩みをお持ちのあなた、伝説の木の下で待っていてください。必ずやこの麻生将、貴殿の…」

「シネー、シネー、キ・ジ・ン!」

「シネ、シネ、キジン。クタバレ、クタバレ、キジン。ワアーー」

 一瞬にしてアウェイだ。人の心はかくも移ろいやすいと言う事か。

「ふざけんなぁ! 文句があるならかかってこいやあっ!」

 その瞬間、モブの男子たちが怒号を上げて襲いかかってくる。

 ああ、今日も桜花高校1-C組は平和なのであった。

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