第45話 雨空 3/3


 俺、氷雨、太一、テル、凛子、麗美。そして柴田鏡花。親父に桃、マリちゃんに兄嫁は、山間の屋敷跡から麗美の別荘へと帰って来ていた。

「しかし、わざわざ師匠が来るなんて、何でなんですか?」俺は疑問を口にする。

「ああ。それは俺が免停になったからだ」それを兄嫁ではなく親父が答える。

「免停? 事故でも起こしたのか?」

「いや、自分の車が何キロまで出るか知りたくてな。高速で試してみたら、160キロを超えたところでオービスが光りやがったのだ」

「バカ過ぎるな」

「すげえ、将の性格ってやっぱ遺伝だったんだな」太一が納得したように親父を見る。

「太一くんから、鏡花ちゃんと餃子のデリバリーを頼まれたからな。せっかくだから詩織さんをみんなに紹介するために運転手になってもらったのだ」親父言う。

「お母さん、口ではめんどくさそうにしてたけど、お兄ちゃんの仲間を見るの、楽しみにしてたんだよ」桃がニコニコとぶっちゃける。

「こ、こほん。桃、黙ってな。問題児の義弟の初カノジョも見たかったしな。他の子たちも、みんないい子そうだ。将くん。良い仲間を持ったな」

 場所は別荘リビング。普段一緒にいるあいつらと同じ場所に家族が勢揃いというのも変な感じだな。

 まあいい。問題は、雇い主であるのに苦労をかけた麗美と、のこのこやってきた柴田鏡花だ。

「麗美。世話をかけたな。今さらだが紹介しよう。親父と姪っ子の桃、そして兄嫁だ」

「初めましてー。アイドルやってまーす。平野麗美だぞ~。ラブ・リー・キュン!」

 ドンドンドンドンっ!

 いつの間にかテルが太鼓を叩いている。

「うむ。キレカワ美少女だな。ビビンバのタイプだ。広瀬すずに似ている」

「言っちゃダメー!」俺は声を張り上げる。

「皆さまお疲れ様でした。今お茶を入れてまいります」マリちゃんが言う。

「で、当たり前のようにマリちゃんがいるな」氷雨言う。

「こんだけ愛されたら、そりゃダッチワイフも本望だろ」凛子がツッコむ。

 その横で、柴田鏡花が居心地悪そうに黙っている。

 そりゃそうだ。こいつにしたら凛子と太一以外はほぼ初対面なのだ。

 ぶっちゃけ俺はこいつを許していない。読者の皆さん、覚えておいでだろうか。こいつは始業式以来、一度も学校に来ず、迎えに行った凛子や太一の気持ちを踏みにじった自己中ロリっ子だ。

 そんなこんなで我が家族は餃子の準備のためにキッチンへ向かった。

「ところでさ、疑問だったんだけど、結局あの部屋にあったボタンは何だったの?」凛子が麗美に聞く。

「ん? あれはね、将くんの中学のブレザーの第二ボタン。昔、私が助けてもらった時もらったのよん」

「そんな事あったか?」

「平野、私に譲ってくれ」

「だーめ。私の宝物なのよん」

 そうだったか。記憶とはあんがい不確かな物だな。俺が覚えているのは卒業式で誰にもボタンが欲しいと言われなくて、道に捨ててきた事だけだ。

 そんな話をしていると、マリちゃんと執事たちが茶を運んできた。

「あ、私のは部屋に運んで。さすがにちょっと疲れちゃった。みんな、ゆっくりしててねん」

 麗美がリビングから去る。あいつ、気を遣い過ぎだ。柴田鏡花が馴染んでいないのを見て俺たちオウカだけにしてくれたらしい。自分の別荘なのに、麗美はこういうとこでやっぱり気が利くな。

「柴田。来てくれてありがとう。改めて紹介するよ。麻生将くんと湯本照美くん、それにあの時はいなかったけど碓氷氷雨さんだ」太一が紹介する。

「し、柴田鏡花です。みなさん、その節はご迷惑おかけしました。本当にすみませんでした」

「鏡花さん。僕たちはこれから仲間になるんだよ。前は前。もういいじゃないか」テルがフォローする。

「碓氷氷雨だ。柴田、初めて顔を合わせるな。よろしく頼む」

「ありがとう、碓氷さん」

 そして、柴田鏡花は怯えたように俺の顔を見る。

「麻生くん。麻生くんの言葉、ずっと胸に刺さってた。あの時、初めて会うわたしに、麻生くんは真剣に道を示してくれていたのに。わたしがバカでした。自分だけ辛いと思っていた。でもっ、これからっ、頑張るから。みんなの力になれるように頑張るから。だから、いつかわたしを許してください」

「悪いが、お前と仲良くするつもりはない。太一や凛子の友だちだから一緒にいるだけだ。俺は、お前が俺たちのオウカに入るのを許すつもりはない」

「将」太一と凛子が俺を見る。

「い、今は無理でもいつか…」

「いいか。弱い人間は、一時の感情で簡単に強くなった気になって、弱い自分の過去をあっさり許す。だが他人はそうじゃない。俺はお前の弱さを知っている。仮に戦闘中にお前の心がぽっきり折れたら、俺たちは全滅だ。そんな危うい仲間などいらん」

 そう言うと場は静まり返った。

 勘違いされやすいが、ことオウカの中で、一番メンタルを必要とされるのは回復役のビショップだ。時に仲間を切り捨てる非情さ。逆に、何があっても仲間を見捨てない強さ。

 柴田鏡花は見た目も幼いのなら、内面はもっと幼稚だ。

 自分の考えてきた言葉が、そのまま他人にも響くと思っている。そして、俺には響かなかったと分かれば黙り込み、助けを求める。

「証明してやろうか。氷雨、本心で言え。こいつがいない事で俺たちは迷惑をこうむっていたな」

「初対面の相手に言うまいとは思っていたが、私たちは五人だった。授業やオウカ同士の模擬戦でも、五人というだけでいつも苦労していた。井上は何も言わないが、五人である事に不満を言う対戦相手にいつも頭を下げていたのは井上だ。りんりんも例外じゃない」

「そ、それは…」柴田鏡花が言葉を飲み込む。

「分かったか。俺たちは友だちじゃない。お前の幼稚さの尻拭いをしてきた他人だ。このオウカの連中はそろいもそろってバカ野郎たちだが、心の芯は強く、そして自分の役割をちゃんとこなしてきた。表面で取り繕ってお前を迎え入れるのは簡単だがそうするつもりはない。もう分かったな。真に仲間になりたいなら、自分が信頼に足る人間だと証明してみせろ」

「でも、どうすれば…」

 でも、だって、けど。

 こいつ、何も変わってない。こいつの弱さがやっぱり俺には許せない。気に入らないんだ。まるで、昔の、あの情けなくなるくらいちっぽけだった自分を見ているようで。

「柴田」氷雨が声を出す。

「はい」

「信頼とは、これをすれば上がる、なんて簡単な物じゃない。貴様は出会う前からその信頼を食いつぶしてきた。貴様がすべき事は言われて傷付く事じゃない。言われてどうすればいいか自分で考える事だ。それからダーリン。もういいだろう。今日はりんりんのめでたい日だ。シリアスなダーリンなど、ダーリンらしくないぞ」

 氷雨が笑って手を叩く。

「そうだな」

 俺は氷雨を見て思った。こいつも、いつの間にか成長していたんだな。前はサボテンの針のようにとげとげしかったのに、いつの間にか人を、仲間を思う心が備わっている。

 それは毎日、仲間と共に過ごしてきたからだった。


 ダイニングではみなが餃子を肴に大騒ぎしている。

 もちろん、さっきの俺の発言で凍った空気を何とかしようとしてだ。

「将くん。ちょっと来な。話がある」兄嫁がベランダから俺を呼ぶ。

 行ってみると、そこには太一も一緒にいた。太一のやつ、さっきの話を師匠にしたのか。仲間の前で師匠と話すのは少しいやだが仕方ない。

「柴田鏡花の事でしょう。最初はわざと反対してあいつの心の底をみようとしていたが、気付いたら好き嫌いでイジメていました」

「うん。太一くんの懸念もそこだった。きみらしくないってな。きみが柴田さんを見て憤る気持ちは理解できる。人は『自分』の弱さを目の当たりにすると攻撃的になるものだ」

「師匠の言っていた、自分の弱さを知れって言葉、今なら少し分かる気がします。弱さを受け入れないのを見るのは、あんな気持ちになるんですね」

「きみの心の底にある言葉は潔癖だ。それは悪い事じゃない。が、それは同時にきみの度量を狭めている。人の心は透明な上澄みだけじゃないんだ。底には人に言えない泥が混ざっている物さ。それはきみだって例外じゃない」

「肝に銘じます」

「うん。あとは太一くんと話し合え。少し話しただけだがなかなか器の広い子だ。良い影響を与え合う関係になりな」

 そう言って師匠は去った。俺はその背を見届けてから言う。

「太一、悪かったな。チームのためにキツい事を言うつもりが、逆にみなに気を遣わせてしまった。人がそれぞれなのは分かっている。あの子が優しい子なのも分かる。あの子にぶつけた発言の半分は、自分に対するイラ立ちだった」

「それはもういいよ。柴田のためにも、誰かが悪役になるのが必要だと俺も思っていた。友だちの俺からじゃ言いにくい事を将は言ってくれたと思ってる。でもさ、そう簡単に変われないのが人なんだ。俺が気付いた将の欠点。言っていいか?」

「なんだ?」

「自分にも他人にも厳しすぎるんだよ。特に凛子とテルは、当たり前のように技術と心の強さを要求するお前に追いつこうとずっと必死で、お前に悟られないようにずっと頑張っていた。そういう意味での強さを、あの二人はたまたま持っていた。でも柴田は違う。ポジションの技術は高い。だけどまだ俺たちにある覚悟を彼女は持ってない。逆に言えばそれだけなんだ。将はすごいよ。だけど、すごくない普通の感覚の人間の気持ちが分からないんじゃ、お前はいつまでたっても、ただ強いだけの一人の兵隊だ」

「忠告感謝する。なあ、一度しか言わないが、誰にも言うなよ?」

「何を?」

「俺はお前をライバルだと思ってる」

 そう言うと、太一は目を丸くして、それから笑い出した。

「はははっ」

「おい、笑うな」

「違うって。驚いただけ」

「ふん」

「最高に、嬉しいよ」

 俺たちは餃子で乾杯して夜空を見上げる。

 雨はもう上がって、雨上がりの温い風がベランダを通り過ぎた。


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