空
夏空
第39話 夏空 1/2
七月。盛夏。つまりくっそ暑い。
あっという間に時は過ぎた。
梅雨も明け、一学期の期末テストも終わり、終業式までは午前授業、午後は校内清掃というスケジュールが一週間続く。
今日はその四日目。明日は終業式だから今は教室の床や廊下にワックスを塗る作業を行っている。
「なんか、思えばあっという間の一学期だったな。お前たちと出会ったのがたった三カ月前って、信じられないな」最初に口を開くのは、言わずもがな仕切りたがり屋さんの太一だ。
「だね。明日から夏休み! バイトに夏フェスに海水浴! いやー、胸が高鳴るね」凛子が胸のボタンを外してうちわで中を扇ぐ。夏服になって露出度が上がり、より一層おっぱいが存在感を主張する。
「夏休み、楽しみだなあ。ねえ、みんなでどこか行こうよ」テルが目を輝かせる。
「お盆の時期以外なら大丈夫だ。うちは寺だからその頃が一番忙しい。ダーリンもそう心得ておいてくれ」氷雨、これだけ蒸し暑いのに汗一つ書いてないな。実は女優みたいに顔の汗腺をコントロールできるのかもしれない。
「おい、お前たち。夏休みは俺の言う日にちは死んでも空けておけ。ちょっと手伝って欲しい事がある」俺はみなを見回す。
「頼み事する人間の態度って知ってるか?」凛子がジト目で俺を見る。
「正確には俺の頼みではない。だがお前たちの望みも結果的に叶うだろう。まあ期待しておけ」
「よく分からんが、まずは最後の掃除だな。小原たちが準備してる。俺たちも手伝おう」
机を部屋の隅に寄せた空間には、バケツやモップが並んでいる。その周りでああだこうだと笑いながら作業するクラスメイト。
教室を通り過ぎる風。香るワックスの匂い。バカみたいに暑い室内。
空は高く、夏なんだって、言ってる。
「泊まり込みでバイト?」
その日の夕方、俺たちはいつものジョナサンでダベる。俺が発言するとまず凛子が食いついた。
「ああ。席替えドッジボールの時に来てたタレントの平野麗美がいただろう。あいつが今度休みをとって別荘に行くらしく、警護をして欲しいと連絡が来ていたのだ」
「ダーリン。麗美と連絡先を交換してたのか」氷雨が呟く。
「そうか。とりあえず詳しく説明してくれないか?」
太一に促され、俺はスケジュールを説明する。
話はこうだ。
八月の三週目に、とある海沿いの街で約一週間、麗美が別荘に滞在する。お忍びでの滞在なので目立つ警護を嫌うらしく、彼女が街に出る時や、過激なファンやストーカー対策として人手がいるらしい。かと言って知らない人間と居てもつまらないので、麗美直々に俺に声をかけてきたという事のようだ。
「ふーん。まあ一週間でその時期なら剣道部の合宿にも被らないし、俺は構わないけどな」速攻で太一の参加が決まる。
「うん。私も参加できそうだ。というか、平野とダーリンを二人っきりにはできん。前言撤回、絶対に参加する」氷雨決定。
「ごてんの生活費も稼げるし一石二鳥だね! 僕も大丈夫だよ」理由はないが、テルは絶対参加する気がしてた。これで三人目。
「おい、凛子はどうするのだ?」
「うーん。どっしよっかなー」
「予定でもあるのか?」
「いやあ、別にないけど。でもなあ」何だか煮え切らないな。何だと言うんだ。
「ああ! そうか。もしかしてお前…」
「なんだ太一?」
「お前その時期って誕生日なんじゃないか? それで迷ってるんだろう?」
「あ、当たり。高校生だよ。花の高校生だよ。それが誕生日の日にバイト。ちょっと切ないでしょ」
なるほど。そういう訳か。考えてみたら氷雨の誕生日の時は、まだ付き合って間もなかったから誕生日会はしていない。ここに来て凛子が誕生日だと言うなら、仲間内で盛大に祝ってやるのがリーダーの務めと言う物だろう。
「凛子。お前は参加決定だ。どうせ今さらカレシなどできん。それなら俺たちと思い出作りをしろ。いいな。計画実行委員は太一だ」
俺は意味ありげに太一とアイコンタクトする。太一、嬉しそうだな。ふむ、下僕のために面倒を見てやるリーダー。さすがは俺。
「りんりん」
「なに」
「私はダーリンの妻としてのりんりんを尊重している。りんりんは良い奴だ。だから私が誕生日を祝ってもらえなかった事なんて全然気にする必要ないからな。それはもう全然。一ミリも気にしてないからな」
「さめさめ。寂しかったんだね」
「な、夏休み、た、楽しみだなあ」テルがフォローする。
「テルよ。お前は本当に良い奴だな。今度お礼にダンゴムシ持ってきてあげるからな」
「ぜんぜん嬉しくないんだけど」
そして時は過ぎ、八月三週目の水曜日の朝。
「ごてんちゃん。また大きくなったわね。これから一週間。おばさんと仲良くしてね」時雨がごてんを抱っこして頭を撫でる。
「うん。ボクいい子にするよ。ワン、ワン、オー!」
「それでは時雨、後は頼む。獣姦とかすんなよ」
「黙れお前」
「母様。行ってまいります。父様に挨拶を済ましたらそのまま行きますので」
「ありがとうね、将くん。主人に気を遣ってくれて。それじゃ、二人とも行ってらしゃい」
寺の入口で時雨と別れ、そのまま竹林へ。
大岩のある竪穴を降りると明に声をかける。
「明。麻生将だ。起きろ」
「父様。おはようございます。氷雨です。ご機嫌はいかがですか」
「能書きはいいんだよ」明言う。
「中尾彬のマネをしとる場合か。ふむ、着実にボケが出来るようになってきたな」
鉄格子の奥、桶の中から明の笑い声が聞こえる。
「はははっ。おはよう、二人とも。今日から旅行らしいね。楽しんでおいで」
「うむ。夏休みは女子高生が処女喪失する一番の季節だと聞く。帰ってきた氷雨がどこか色っぽくなっていたらお赤飯を炊いてやってほしい」
「父様の前で下ネタを言うな!」
「それしたらお前マジ殺すからな」明言う。
「冗談だ。土産話を期待していろ」
「ああ。氷雨。楽しんできなさい。将くんと仲良くな」
「はい」
明に別れを告げ、駅前でみなと合流し、電車は一路、海の街へ!
車内で会えなかった半月の話をしていると列車はトンネルを抜け、眼前には広がるオーシャンビュー! ギラギラ太陽。青と青の空と海。
「おお、見ろテル、太一、海だぞ! 見るからに暑そうだな。浜を見ろ、水着の娘さんがたくさんいるぞっ! 俺は白い肌も好きだが、夏の小麦色の肌の娘さんも大好物だ。ここが
「ああ、もうウルセー」
「将くん静かにしなよ。周りにもお客さんがいるんだから」
「冷めた奴らだな。おい、凛子、氷雨、盛り上がってるか?」
俺は横のボックス席に並んだ二人を見る。
「ああ。聞いてくれダーリン。りんりんが…」
「ピーピーピーピピーピピーピピーっ! ピーピーピーピピーピピーピピーっ!!!」
「将よりテンション高いやついたっ!」
「リオのカーニバルかっ! 電車に笛持ってくんなっ!」
「ギラ☆ギーラ☆ギラー まなつーの愛なんて たいよーのせーにしちゃあたらあぁぁー」
「おい、キンキ歌うな。ジャニーズとジャスラック敵に回すぞっ!」
「抱かーれて翻弄さあーれたーい ナ・ツ・ダ・カー・らあー」
「ウルセ、ウルッセ!」
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