第34話 放課後のデッドゲーム 2/2
和子の一声で会場は興奮のるつぼだ。和子め、何をするつもりだ。その時、内野に入った太一が俺の耳に口を寄せる。
「将」
「た、太一。ちょっと待て。ここじゃダメだ」
「お前はアホか! ちゃんと聞け、内緒話だ」
「なんだ。そうならそうと早く言え」
ふむふむ。なるほど。そうかそうか。
「良し。その作戦を採用だ。不意打ちで行くぞ」
「ああ、チャンスは一回。確実に決める」
太一との話が終わり、俺は今の作戦を凛子に伝えに行く。
「なるほど。その可能性はあるね。その作戦、乗った!」
「うむ。それでこそ凛子だ。俺たちがやられっぱなしってのは性に合わないからな」
伝令してコートに戻る。タイム前のまま慎二がボールを持っていてそこから試合再開。
慎二は助走のために一旦距離を取る。自コートの奥まで下がり、しかも身体の向きと視線はあからさまに俺狙い。上等だ。例の作戦。必ず決めてやる。
「いくぞぉ」
慎二がゆっくりと走る。俺はコート中央で仁王立ち。太一、麗美、男子モブは俺の後方に避難する。
助走が早くなる。駆け、そして跳んだ。
その時、氷雨が声を張り上げる。
「おおっとぉ、なんと、助走からのバックパスだあ!」
空中で反転した慎二が和子にボールを送る。相手コート奥、最深部からの、ワインドアップの「右投げ」!!!
「さあ、死んじゃダメよ」和子が不敵に笑う。
や、ヤバい! 恥も外見もなく、全力で床に転がる。
俺の真後ろにいた男子モブの胸にボールが当たる。しかも、何だあの球、後ろに弾みやがった! つまり、ボールの威力にモブの身体は完全に持っていかれたって事だ。
ドッジボールでそんなこと有り得るか? 鉛でも入れてんのかよ。
幸い、和子のシュートは威力があり過ぎて外野も取れない。遠くに飛んで行ったボールをモブが追いかけているうちに態勢を整える。
「あんなの当たったら死ぬぞ。どうする将? これで内野は俺とお前と平野さんだけだ」
「太一、さっきの作戦は一旦忘れよう。前の作戦のコードネームを前戯、今から言う作戦が後戯だ」
「なになに、どうするの?」麗美がブリッキングしながら俺の腕に抱きつく。ブリッキングを見るのは嫌いだ。だが俺に向けてブリッキングされた場合、それは魔法へと昇華される。
「二人とも。ハンター×ハンターは知っているか?」
「うん」
「知っているも何も国民的人気マンガじゃないか」
「そもそも今回の着想は完全にハンター×ハンターからのオマージュだ」
「それはパクリって言うんじゃないか?」
「そんな事言ったらみんな天下一武道会をパクッてるだろ。それに問題ない。富樫義博に会う事など一生ないだろう」
「結局何が言いたいんだ、お前は」
「あの和子の球、三人で捕ろう」
「もしかして合体か? 一人が受け止め、一人が踏ん張り、そして一人が包み込む」
「俺もそこまでパクる気はない。だがあの発想はいただきだ。任せろ。必ずあの球止めてみせる」
「こんな時だけ、相変わらず良い顔してるよな。良し、よくわからんがお前に任せた。平野さんも、俺たち二人で柔軟に将に合わせよう」
「将くん。私もガンバルンバ!」
「おっしゃ! 反撃だ!」
敵外野は和子のあの球を見て、完全に和子頼みの思考になったようだ。取りに行った球は内野に投げ返され、再び和子が投球態勢。
「二人とも、いいな。俺を信じろ」俺は二人に声をかける。
「さあ、山寺教諭の掟破りの剛速球。果たしてダーリンチームはどう止めるのかあ!」
和子が二度、三度とボールをバウンドさせて呼吸を整える。そして鋭い視線。来るっ!
和子がモーションに入った。
「いくぞっ!」
俺が正面。間に麗美。最後方に太一。一瞬でフォーメーションを組み、砲弾に備える。
放たれた! 目の前に唸り来るドッジボール。
「あ、あれはまさに合体!」氷雨が吠える。
俺は振り向きざまに麗美を押し倒し、正常位ポジションで腰を振る。
「そ、その合体じゃない。相手タレントだぞっ!」氷雨ツッコむ。
だがもう遅い。完全に意表を突かれた太一の顔面にボールが当たり、やつは死ぬ。
バイーンと跳ね返ったボールの落下点に、再びジャンプトス体制のテル!
「かかった!」
俺は跳ね起きて、テルがトスを上げる前にそのボールをトスする。
トスは綺麗な弧を描き、味方外野へ。
「おっしゃ! ばっちこーいっ!」
浮いた球に、凛子渾身の右ストレート!
反応する間もなく、高速の弾丸が慎二の足にヒットし、味方外野へと高く上がった。
「おっしゃあ。リベンジ成功っ!」
凛子が声を弾ませる。
「太一。生きてるか?」俺は倒れ込んだ太一を踏む。
「しょ、将。お前。最初から俺をいけにえにするつもりだったな…」
「まあ聞け。お前の提案した前戯。こちらがボールを浮かせれば必ずまたテルがトスに来る、そこを躱して外野から慎二を撃つ。あの作戦に俺の後戯、合体作戦をミックスしたのだ。見ろ! 作戦は見事にはまって残りは和子とテルとモブ一人のみだ」
「お前、いつか殺す」
太一は苦しみながらなんとか立ち上がった。そのあいだに凛子が相手モブをアウトにして残り二人。だがボールは和子。もう一度、あの球を何とかせねばならん。
「躱すぞ。外野はモブたちと慎二だけだ。外野に行ったボールをなんとかカットだ」
和子の三投目、ぶっちゃけ新幹線より速い。だが避ける事は辛うじて可能だ。
ボールはノーバンで外野へ。モブ走る。また和子投げる。ノーバン。モブ走る。
「はあ、はあ」
いいぞ、和子の息が上がってきている。和子はその年齢が仇となって抑え投手ぐらいのスタミナしかない。連投はきつい筈だ。
「太一」俺は合図する。
「ああ」伝わったようだ。
和子の五投目。良しっ、最初の勢いはもうない!
またノーバンで外野へ。
外野のモブから高い山なりのパス。
「今だっ!」
俺はコート前方へ猛ダッシュする。そして振り向き、バレーボールのレシーブ態勢で両腕を前に出す。そこに走り込んできた太一が足をかけ、大ジャンプ!
マリオより高く飛んだ太一がパスカットする。だが身体はセンターラインを越えている。
「麗美っ!」
俺は声をかけ助走を取る。
太一からの返球を麗美が山なりにトスする。ウィングレフトのオープンスパイク。これぞエースの証だっ!
「くらえっ!」
空中で吸い付くように俺の右手に絡みついたボールは、次の瞬間、和子のおっぱいに突き刺さる。ボールが弾み、和子アウト。巨乳だったら捕られていたかもしれない。
観客からは大歓声! 俺は太一とハイタッチして麗美もそこに加わる。
あとはもう消化試合だ。外野とのパス交換で執拗にテルを走らせる。ブサイクな顔面は汗だらけ。これ以上見るのはシンドいからもう終わらせよう。
「テル、止めだ。必殺! ビクトリー・アイアン・ギャラクティカ・シルバー・アメイジング・フェラチオ・カウパー…」
「早く投げろっ!」
普通に投げて普通に当たる。
テルはセッター。レシーブは苦手らしい。
「そこまで、勝者ダーリンチーム!」
わあ、と最後のあっけなさで盛り下がっていた観客が気を遣って歓声を上げる。
「やったね、将くん。勝った勝った」麗美があざとく飛び跳ねる。アイドルって大変なんだな。
「俺のおかげだと言いたいところだが、今回はチームの勝利だ。尊い犠牲の果ての栄冠だ。麗美、お前もよく頑張ったな」
俺は麗美の頭を撫でる。
「あっ…」
「どうした?」
「また、将くんに頭撫でられちゃった」麗美がその可憐な瞳で俺を見つめる。
「また?」
「ふふっ。やっぱり覚えてないよね。二年前。夏の夜。あの日、私たち出会ったんだよ」
「どういう事だ?」
「いいよ。ほら、カノジョさん睨んでるよ。あー、楽しかったぁ。みんなぁ! 麗美勝ったよお」
麗美がモブに手を振り、俺は心で首を傾げる。
「これより、優勝チーム発表と、ダーリンの公開処刑を行います。お時間のある方は…」
「ちょっと待てえ!」
こうして、席替え大会は終わった。
優勝チームの俺たちと準優勝のテルは軒並み、窓際後ろの席で固まり、氷雨も普通にくじを引いて、俺たちの傍になった。一人モブの女子が謎の負傷で三日学校を休んだが、深くはツッコむまい。
まさか、学級委員の氷雨が不正を働くなど。
まさか、まさかね。
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