108話 「魔王」
僕らは思わず後ずさりする。
まさかこんなところで邪神と会うなんて予想外だった。
「あらあら、怯えなくていいのよ? すぐに殺したりはしないから」
指が頬を撫でる。
すぐに後ろを見ると、先ほどまで魔王の横にいた邪神が立っていた。
「いつの間に!」
槍の石突で突こうとすると邪神は姿を消した。
「神様は敬うものと聞かなかったのかしら?」
邪神は再び魔王の近くで立っていた。
あまりに速い移動は僕の中で違和感を感じる。
「……瞬間移動か」
「正確には転移ね。神族には一般的な移動方法だけど、これだけで人と神が戦うことの馬鹿らしさが分かるでしょ?」
転移に驚いたけど、それよりも神族と言う言葉に僕は反応した。
「神族?」
「文字通り神の一族よ。貴方が住んでいた地球も、そしてこの世界も全ては神族が創り出した物。貴方達人は神の掌で暮らしているのよ」
唖然とする。あまりにも突拍子もない話。
もしこの場に学者がいたとすれば、証拠を出せと怒り狂っていたであろう。
「だったらどうしてこの世界を滅ぼそうとする。あなたが神様であると言うなら、平和な世界を作るべきじゃないのか」
「別に滅ぼそうとは思ってはいないわ。ただ、邪魔なヒューマン共を排除しようと思っているだけよ」
「どうして!?」
邪神の言い分に怒りすら感じた。
あまりにも理不尽であり、人間を害虫としか見ていない発言。今まで沢山の人々が殺されてきたことに何も感じないのだろうか。
「そう怒らないで頂戴。これでも貴方だけは高く評価しているのよ?」
「評価?」
「ええ、私の力が封じられている石を破壊してくれたでしょ? あと一個破壊すれば完全に復活するわ。あの忌々しい女神にも復讐できる」
邪神は壁に目を向ける。
魔王が座る玉座は壁を背にしており、その壁の上方に大きなクリスタルが飾られていた。それは霞が要石と呼んでいた邪神の封印だ。
「アレは私では破壊できないのよ。貴方ならできるんじゃないかしら?」
ここにきて僕は迷う。邪神を復活させることは霞を復活させることと同義だ。だからこそ僕は迷いを持たなかった。けど、もし僕が邪神に勝てず霞も勝てなかったとしたらどうだろうか? 邪神は間違いなくこの世界からヒューマンを排除してしまうことだろう。僕の決断は本当に正しいのだろうか。
「たっちゃん、自分を信じて」
セリス……いや、霞だ。セリスの中に居る霞が僕の背中を押してくれている。そうだ、僕は霞を取り戻すと決めたんだ。今さら迷うなんて卑怯じゃないか。
「霞、封印を解いてくれないか」
「うん、分かったわ」
霞が右手を掲げると、封印石は光となって消えていった。
これで邪神は完全に復活してしまった。もう後戻りはできない。
「……まだ力が馴染んでいないわ。女神を相手するには猶予が必要ね」
邪神は自身の手の平を見ながら呟いた。
その様子を見ていた魔王が玉座から立ち上がる。
「では我が時間を稼いでやろう」
「ええ、お願いするわ」
魔王は首や肩を鳴らすと、僕と霞に視線を向ける。
「我が戦うのは随分と久しい。まずは準備運動から始めないといけないな」
そう言って急加速する。
一秒にも満たない時間で僕へ迫ると、鋭い回し蹴りが僕の頬をかすめた。
「っつ!」
反射的に避けたが、次に繰り出された後ろ回し蹴りは僕の腹部へヒットする。重い一撃に壁まで吹き飛ばされると、魔王はすぐさまセリスへと肉薄した。
「女神と戦えるとは光栄だ!」
「残念ね! ここに居る私は女神の分身みたいな物よ!」
とてもセリスとは思えない動きで、魔王の蹴りをギリギリで避ける。さらに流れるような動作で蹴りの軸足を足で払うと、床に転んだ魔王の顔面めがけて足を落とす。
ドンッと床が揺れるほどの踏み込みを後転することで避けた魔王は、バク転を繰り返して霞と距離を取った。
「さすが一万年以上も生きているだけのことはある。我よりも体術は上のようだな」
「当然よ。というか年齢がバレるような事は口にしないで」
瓦礫から這い出した僕はすぐに霞に駆け寄る。
「ごめん、油断していたみたいだ」
「大丈夫たっちゃん? 魔王は三千年以上生きている相手だから気を付けて」
三千年以上!? じゃあ目の前にいるこの魔王はムーア様や竜王と戦った相手!??
「悠久を生きた我に勝てると思うな」
魔王は再び攻勢に出る。
鋭い蹴りを槍の柄で受け止めると、奴の胸に魔法を放つ。
「
「甘い!」
奴が右手を振ると、魔法は一瞬にしてかき消される。そして、魔王の左フックが内臓を抉るようにして僕の脇腹へめり込む。
「ぐぶぇ!?」
「もう一発だ」
右ストレートが顔面を捉えた。意識が飛ぶほどの激烈なパンチは、顔の骨をきしませそのまま床を転がるようにして飛ばされる。
「たっちゃんをよくも!」
霞が攻撃を仕掛ける。風を切るような拳は、急所に向けて繰り出される。対する魔王も後ろに下がりつつ的確に攻撃をさばいていた。
「あの程度のヒューマンを差し向けるとは、もはやかつての力はどこにもないようだな」
「違う! たっちゃんは強いわ! ヒューマンも魔族も共に暮らせる世界を誰よりも願っているもの!」
「かつてムーアも同じような事を言っていた。ヒューマンと魔族が共にだと? 愚かにもほどがある。魔族とヒューマンは相容れぬものだ。それは歴史が証明した」
「それも違う! 魔族は邪神の心に引っ張られているだけなの! 本当はお互いに理解し合える筈なのに、あの女が邪魔をしている! 正気に戻って! 女神だったフリュダはもういないの!」
僕は体を起こして立ち上がった。
「霞……女神だったってどういうこと?」
魔王と霞は距離を取ると、互いに構えたままにらみ合う。
「たっちゃん、邪神は元々女神なの。名前はフリュダ。私がこの世界に来る前に世界を管理し秩序を守っていた女神よ。そもそも私が女神になったのもフリュダが原因なの」
「その通りだ。我が神はこの世界を統べる女神であり、ヒューマンやエルフにドワーフなどは後からやって来た女神が勝手に創った物。真の支配者が邪魔者を排除するのは当然のことだ」
僕の頭は混乱する。
邪神は本当は女神で霞も女神だから女神同士で戦っているって事?
霞は話を続ける。
「神族が唯一恐れることは、憎しみによって起こる邪神化よ。フリュダのようになってしまうと、もう元には戻せないわ。憎しみの対象が消えるまで破壊を繰り返すだけの存在になるの」
「じゃあやっぱり邪神を倒すしか道はないんだね……」
「悲しいけどそうなるわ。同じ女神として憎しみに苦しんでいる彼女を助けてあげたい。でも私にはその力はなかった。封印することで精いっぱいだったの」
神族や邪神化なんて僕にはよく分からない。
あいにく頭の良い方じゃないから、難しい事情は平凡な僕には理解できない。
けど、魔王も邪神も倒さなければ霞を取り戻すことはできない。それだけは分かっているんだ。
「
全身に闘気を流し、脳も闘気によって活性化する。
朱いオーラが僕の身体を覆う。魔王が準備運動と言っていたが、こちらもそれは同じだ。ここからが本番。
強化された足で疾走すると、魔王へ攻撃を仕掛ける。
「バーストブレイク!」
爆発によって床は爆砕され、もうもうと土煙が舞い上がった。
煙の中から魔王が飛び出すと、すぐに追随した霞が一撃を加える。
「うぐっ!?」
霞の掌底打が魔王のあばらへ沈む。
重い一撃によろけるが、すぐに持ち直して僕らから距離を取った。
「女神の一撃はさすがに効くな……このままでは分が悪い」
魔王の身体が朱いオーラに包まれた。
まさかとは思うが、魔王は闘術を使うのか?
「闘術がヒューマンだけの専売特許だとでも思っていたのか? 永きを生きる我が使えないわけがなかろう」
魔王が跳躍すると、僕に向かって拳を叩き込む。
なんとか槍で防いだが、その威力は先ほどまでの比ではない。あまりの衝撃で僕の足は床を砕いて沈むほどだ。さらに圧は強まる。
「
霞が白光する鎖を左手から出すと、魔王に向かってじゃらららと蛇のように伸びる。鎖は魔王の左手に巻き付いたが、怯むことなくそのまま霞ごと壁へ叩き付けた。
「あぐっぁ!!」
叩き付けられた霞は、手に持った杖を支えにして立ち上がる。
僕は魔王を力任せに弾き飛ばすと、すぐに霞の元へ駆け寄った。
「霞!?」
「大丈夫、女神の力で身体を守っているから心配はないわ。それよりも魔王の属性に注意して。奴はかつての竜王と同じ、魔力をはぎ取る属性を有しているの。倒すとすれば直接攻撃しかないわ」
「竜王と同じ……」
奴が僕の魔法を片手でかき消したことを思い出す。だとすれば正面からの魔法攻撃はいくら撃っても無駄だと言う事。恐ろしく厄介な敵だ。
「我に魔法は効かないと忘れたか女神よ。どのような魔法だろうと、我が属性の前では児戯に等しい」
魔王は朱いオーラを滾らせて近づいて来る。
圧倒的強者にして魔族の支配者である魔王は間違いなく強い。隙は無く技術も経験も身体能力も全てにおいて他を隔絶している。まさしく魔王。
「霞、後ろに下がって」
「でも、たっちゃん一人だけで……」
「今の霞はセリスの身体を借りている。僕としてはあまり無理をさせたくないんだ」
霞は小さく頷くと、遥か後方に移動した。これで僕と魔王だけの戦いだ。
「とうとう諦めたか?」
「いや、僕はまだあきらめていない。魔王だろうと勝って見せるよ」
「妄言だな。お前ごときが我に――うぐっ!?」
魔王は立ち止まると、その場でもがき始めた。
その姿はまるで巨大な蜘蛛の巣に引っかかったかのようだ。
「動けないよね? いくら魔力をはぎ取る属性だからって魔法が全く効かない訳じゃない。ましてや見えない魔法には対処は難しいんじゃないかな」
「見えない魔法だと!? なんだこれは! ねばねばして取れないぞ!」
魔王はジタバタともがいている。
僕が行使した魔法は不可視光線による蜘蛛の巣だ。強力な粘着属性を付与しているから、例え上手く脱出したとしても身体に纏わり続ける。
そう、正面が駄目なら裏から行けばいいだけなんだ。
幸い僕の魔法は光属性であり、見えなくすることが可能だ。さらに自由自在に属性を付与できることから使い方次第ではどんな魔法だって使える。これを使わない手はないだろう。
「喰らえ! トルネードチャージ!!」
槍を回転させながら魔王の腹部へ突き刺した。周囲には暴風が巻き起こり、竜巻状となった風が魔王を巻き込みながら壁へと叩き付ける。風は壁にめり込んだ魔王をさらに押し付け、メキメキと蜘蛛の巣状に亀裂が走った。
風が止むと、魔王は床に落ちる。
倒れたまま全く動かないので、もしかして倒したのかと勘違いしてしまったほどだ
「く……くく……くは……はははははははっ!」
笑い始めた魔王に僕は警戒心を強めた。
「血肉沸き立つこの感覚をすっかり忘れていたようだ。礼を言うおうヒューマンよ」
その瞬間から魔王の気配が変わった。
先ほどまでどろりとしていたものが鋭く針のように尖り始め、全てを押しつぶすような重圧がどっと身体にのしかかる。奴の動き一つ一つに殺意が感じられ、全身の毛穴は奴と接する空気を拒絶するかの如く収縮した。
とうとう魔王が本気になったのだ。
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