107話 「戦士としての誇り」
ザイードは二人の猛攻に逃げることしかできなくなっていた。
「二対一とは卑怯だぞヒューマン!」
鎌を巧みに操って剣と斧を防ぐが、二人の一撃は重く徐々に防ぎ切ることが難しくなっていた。
「何を言うか! ヒューマン相手に本気を出すまでもないと言ったのは貴様だろ!」
「ふはははは! 俺達はすでに本気だぞ! さぁザイードよ、どうする!」
剣が頬をかすめると、次に来るのは斧の一振りだ。
鎌で防ぐと、ザイードの身体を浮かせるほどの強烈な一撃が腕を痺れさせる。すぐさま床をすべるようにして逃げると、追随してフィルティーが連撃を繰り出してくる。ザイードは二人を侮っていたことを深く反省した。
「待て!」
ザイードの声に二人は止まる。
「お前達を軽んじていたことは詫びてやろう。よって俺も本気を出すことにする」
敵の申し出に二人は驚いた様子だったが、すぐに笑みを浮かべた。
「そうでなくては面白くないな。なぁアーノルド」
「うむ、俺達は魔族を倒すために此処まで来たが、どう戦うかは俺達の自由だ。ならば、殺すに値する敵を堂々と倒してこそ誉れ高い」
この二人は普段は話がかみ合わない。
しかし、こと戦いに至っては奇妙なほど意気投合する。その理由は戦士として生きてきたことが理由だろう。戦いこそが己が最も得意とするところであり、完膚なきまでに敵を叩き伏せることこそが真の勝利と信じていた。要約するとただの戦闘狂である。
だが、ザイードにとっては大きなチャンス。
魔族の奥の手である
「ではそこで待つが良い」
すぐに構築を開始する。目の前のヒューマンがいつ気が変わるか分からないからだ。
黒き水がザイードの全身を取り巻くと、次第に鎧へと形作って行く。
身体を鎧が覆い、下半身は魚のような尾びれを形成する。左腕には銃のようなものが備わり、口元にはマスクが装着された。
「どうだ俺のフォームアップは? 素晴らしいだろう?」
「「…………」」
二人はこう考えていた。
水がないこの場所でどうやって泳ぐのだろうかと。
「おおっと、この姿に疑問を感じているようだな。では待ってもらった礼に一つ教えてやろう。俺はどうやって床を滑っていたと思う?」
ザイードの質問に二人ははっと気が付く。
二人が居るこの部屋は妙に湿っているのだ。
「気が付いたようだな。そうだ、俺はずっと薄い水の上を移動していた。そして、この部屋は魔王城の中でも特に密閉性を高めている」
ザイードの足元から大量の水があふれ出る。
瞬く間にアーノルドの腰あたりまで水で満たすと、ザイードは水の中へ姿を消した。
「しまった! これでは敵の独壇場ではないか!」
「ふはははは! これは水泳にちょうどいい!」
「筋肉バカ! 少しは危機感を持て!」
アーノルドの足元からザイードが飛び出す。
鋭い鎌は首めがけて振られるが、反射的に斧で防いだ。
「アーノルド、そいつを捕まえろ!」
フィルティーが剣を振ると、ザイードは素早く水の中へ逃げる。
「くそっ! 水の中ではうまく動けない!」
「落ち着くのだ。この水は透明度が高い、よく見れば位置くらいは分かるだろう」
二人は足元に注意を向ける。
すると今度は遠くから水の弾丸が射出される。
「ふっ!」
フィルティーは弾丸を剣で切断する。
左腕の銃から水弾を放ったザイードは、すぐに水の中へ姿を消す。
「遠距離攻撃もお手の物か……これではやられるのも時間の問題だな」
「ふむ、そう悲観することもあるまい」
アーノルドは斧を振りあげると、水面に向かって一気に振り下ろす。その瞬間、大量の水は吹き飛ばされ、アーノルドを中心に床が丸見えになった。
すぐに水は押し寄せて元の状態に戻るが、それを見たフィルティーは感心したように頷く。
「なるほど、剣圧で水を弾き飛ばすわけか。悪くない作戦だ」
「ふはははは! 魔法などねじ伏せてしまえばいいのだ!」
その様子を見ていたザイードは疑問を感じる。
二人のヒューマンの余裕な態度が妙に気にかかるのだ。
あのような態度は経験上、何らかの切り札を隠していることが多い。ましてや魔王城に攻め込んでくる敵なのだからザイードの考えつかない攻撃方法を隠し持っていても不思議ではないのだ。
すぐに決着をつけるべきだろうとザイードは判断した。
「
左腕の銃から水の槍を射出する。水で生成している為、弾は無限に形状も自由。どんな魔族でも彼の前に立てば蜂の巣にされてきた。
「不味い! 俺の後ろに隠れろ!」
アーノルドは斧を盾にしつつフィルティーを背後に隠す。
凄まじい水槍の嵐が二人を襲った。
「早く死ね! 死んで俺を安心させろ!」
水槍は機関銃の如く連射を繰り返す。二人が隠れている場所は水しぶきが上がり、誰が見ても生きていることは絶望的に思えるだろう。
「ふぅ、これくらいでいいか。流石に形も残っていまい」
ザイードは射撃を止めると、死んだと思われる二人へ近づいた。壁を背にしていたせいか、二人は瓦礫に埋もれ隙間から大量の血液が流れ出ている。唯一見えているのは盾にしたであろう巨斧のみだ。
「ヒューマンにしては良い戦いっぷりだったぞ」
ザイードがニンマリと笑うと、瓦礫の一部が崩れる。
「うがぁぁああああああ!!」
瓦礫を弾き飛ばして傷だらけのアーノルドが姿を現した。
後ろからは無傷のフィルティーが顔を出す。
「な、なぜ生きている!? 俺の攻撃は防ぎきれなかった筈だ!」
咄嗟に銃を構えようとすると、壁を蹴って跳躍したフィルティーがすれ違いざまに左腕を切断する。
「ぐぁぁあああああ!!?」
「ふはははは! 俺達の防具は竜王に近しと言われた、サファイヤドラゴンの鱗を使って出来ている! そのおかげで、どうやら水属性の攻撃は効果が薄いらしいな!」
「くそっ! やはり切り札を隠し持っていたか!」
二人に挟み込まれたザイードは、苦虫を潰したように顔をゆがめる。四強の一角がヒューマンに負けることだけはあってはならない。魔族にも魔族なりの誇りがあるのだ。
「
鎌を回すと、三日月状の水の刃が周囲に無差別に放たれる。左腕を失ってなお、ザイードは戦う意思を見せたのだ。
「ぐっ!」
フィルティーは刃を体に受けつつも、剣を握ったまま意識を集中させる。アーノルドは刃を全身に受けながらも前に進んでいた。
「これだけの攻撃を受けて前に進むか!」
「無論だ。外では仲間たちが戦っている。そして俺も戦っている。だったら前に進むだけだ」
刃に切られた傷を気にすることなく、アーノルドは斧を構える。
「アーノルドフルスイング!!」
振られた斧は部屋の水を吹き飛ばす。水で満たされていたはずの床は突風によって晒され、三人の周囲から水だけが除外された。
「今だ!」
フィルティーが走り出す。
剣は輝きをますます強め、気配はますます研ぎ澄まされていた。
彼女の剣は深々とザイードの胸を貫く。
「うぐっ!!」
大量の血液を吐くとザイードは、最後の力を振り絞って目の前のアーノルドへ鎌を振り下ろした。
「魔族にしては良い戦いっぷりだったぞ」
鎌の切っ先はアーノルドの胸の赤い鱗で止まっていた。
ザイードの最後の攻撃はあまりに弱弱しく、避けることを
「…………」
ザイードはすでにこと切れていた。
フィルティーがザイードの心臓から剣を引く抜くと、部屋の中にあった水は霧散してゆく。それと同時に二人は床に倒れた。
「闘気の使い過ぎのようだ……もう動けない……」
「ふは……ふはは……どうなるかと冷や冷やしたが……ギリギリで勝てたようだ……」
実のところは二人とも限界が近かったのだ。
生命力である闘気を強引に引き出すことで肉体を強化していたのだから、当然それが尽きると死んでしまう。二人は使いきるギリギリで勝利をもぎ取ったのだった。
「大友……あとは頼んだぞ……」
「主人よ……魔王を……倒すのだ……」
二人は気を失った。
◇
漆黒の大きな部屋。何本も柱が建ち並び赤い絨毯が奥へと続く。
さらに絨毯に沿って蒼い炎が灯っており、最奥には二人の男女がこちらを見ていた。
男性は白銀の髪に血のように紅い眼が特徴的であり、黒い服に黒い靴と見た目だけで他者を圧倒するような印象だ。さらに髑髏を模した黄金の椅子に座り、王者の風格を無制限に垂れながしている。
女性は濡羽色である美しい黒髪に、漆黒のドレスと黒いハイヒールを着こなしている。その容姿は美女と言う概念を体現したような、冷たくも鋭くもあり、恐ろしいまでに魅了する。控えめに男の後ろで立っているが、不思議と男よりも女の方が恐ろしく感じてしまう。
「あれが魔王ですね。しかし、あの女性は何者でしょうか?」
「うん、ここに居る以上は油断は出来ない。もしかすると、魔王の妻かも知れないからね」
「と言うことは……リリスのお母さんでしょうか?」
「そうなると思う……」
僕とセリスは会話をしつつ魔王の元へ歩みを進める。
戦うと決めているけど、もしかすれば分かり合えるかもしれないからだ。魔族だって人間だ。言葉が通じるってことは理解し合える可能性があるんだ。
僕らは魔王の前に到着すると声をかけた。
「僕はエドレス王国の大英雄大友達也です。あなたは魔族の王ですか?」
男性は僕を見ると鼻を鳴らして笑う。
「いかにも、我は魔族の王にしてこの国の王。バヌエル・ジェノバ・ソルティークである」
「やっぱりリリスのお父さんなんですね……」
「リリスが魔族を裏切ったことは知っている。だが、そんなことはどうでもいい。貴様が此処へ来たと言うことは、我を倒しに来たのであろう?」
僕とセリスは驚きで顔を見合わせた。
どうして魔王がリリスのことだけでなく、僕らが来ることを知っているのだろうか?
「なに、驚くことはない。我の傍にはこの世界のすべてを見通す者が居るのだからな」
魔王の後ろから女性が進み出る。
歩くたびに白く豊かな胸が揺れ、思わず胸の谷間に目が行ってしまう。こんな時でも本能は働くのだと悲しくなった。
「始めまして。大英雄にして異邦人の大友達也」
「なっ!?」
女性の言葉に反応して、すぐに槍を構えた。
僕を異世界人だと知っているのは、僕とセリスと霞だけだ。明らかに正体を知った言葉は僕の中の警報器を作動させた。
「そう身構えることもないでしょ? どうせこの後で戦うのだから」
「……何者だ?」
「私は貴方が探している存在。そう、邪神よ」
僕とセリスはあまりの驚きに言葉が出なかった。
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