105話 「魔王の娘」
「どいうこと……?」
僕はリリスに声をかけた。
彼女が四強の一人だなんて初耳だ。
「面倒だから言わなかったけど、私は魔族四強の一角であり魔王の娘なの」
「魔王の娘……」
僕らは絶句した。
確かに強いとは知っていたけど、四強の一人であり魔王の娘だったんて。
「リリスは私たちを騙したのか!」
フィルティーさんが剣を抜く。僕は慌てて彼女を止めた。
「待ってください! きっとリリスにも事情があったんです!」
「し、しかし……!」
フィルティーさんは渋々剣を収める。
反対にアーノルドさんやセリスは沈黙していた。リリスの告白に驚いたものの、僕と同じように只の魔族ではないと心のどこかで思っていたせいだろう。それくらいリリスは強い。
「ありがとう達也」
リリスは微笑む。それは僕が必ず信じてくれると思っていたような表情だった。
「でも、どうして言ってくれなかったの?」
「……最初は面倒だから黙っていたわ。でも、だんだんと周りのヒューマンと私は違うんだって考えるようになったの。もし、私が四強の一人で魔王の娘だと知られれば、達也やみんなが離れて行くような気がしたの」
「そんなことないよ! 僕らは仲間じゃないか! ずっと一緒に戦ってきた!」
「そうね。もっと早く告白すればよかったと思ってる。ごめんなさい」
あのリリスが初めて謝った。
だからこそどうしても言えなかったと言う気持ちが理解できる。きっとずっと悩んでいたに違いない。僕は本当に鈍感だ。
「違う、謝らなければいけないのは僕の方だ! リリスの気持ちに気づいてあげられなかった僕の責任だ!」
そう言うとリリスは目を見開く。
そして笑った。
「達也が鈍感なのはずっと前から知ってたわ」
「ごめん」
「ううん、謝るのは私の方だもの」
僕とリリスは互いに笑う。
また一つお互いに歩み寄れた気がしたからだ。魔王の娘なんてどうだっていい。リリスはリリスだ。
「おい、いつまで駄弁るつもりなんだ?」
バーゲンはハンマーを肩に担いでつまらなそうな顔をしている。
リリスは奴に顔を向けると、僕らに先に行けとジャスチャ―した。
「一人で戦うつもりなの?」
「私のことは気にせず先に行ってちょうだい。この程度の相手、すぐに倒してみせるわ」
「……分かった。僕らは先で待ってるよ」
「ええ、すぐに合流するわ」
僕は”戦え”と命令する。
リリスの脇腹にある魔方陣が紫色に光った。
僕とリリスとのつながりはすでに奴隷契約だけではない。だけれど、あの日僕が契約をしたからこそ今のつながりがある。これも運命なのかもしれない。
さらに命令を言葉する。
「”勝って僕の元に戻って来い”」
「……うん」
リリスは泣きそうな顔で頷いた。
僕は霞を愛している。それは揺るぎない。でも、リリスだって好きだ。彼女を失いたくはない。僕は我儘なんだ。だから生きて戻ってきて欲しい。
僕らはリリスを置いて次の部屋へと進む。
「大友は実はプレイボーイだったのですね」
「え!? どういうこと!?」
「あんな命令は普通の男性は口にしませんよ? というかほぼ告白ですし」
よくよく考えてみれば、さっきの命令は告白ととられてもおかしくない物だ。そう考えると顔が熱くなってくる。穴があったら入りたいほど恥ずかしい。
「ふははははっ! 鈍感な主人が告白したのだ、さすがのリリスもイチコロだったな!」
「私もあのような告白を受けてみたいものだ。さすが大英雄。言うことが違うな」
「止めてください三人とも! そんなつもりで命令したんじゃないんです!」
ニヤニヤとする三人の言葉に僕は耳を塞ぐ。
リリスが僕の事を好きなのはみんな知っていることだけど、僕がリリスに対してどう考えているのかは誰も知らない。別に隠すような事じゃないけど、こう見えて僕は未だにその手の事は臆病だ。だって恥ずかしいじゃないか。
第一の部屋を抜けると、すぐに次の扉に行きあたる。
僕が扉を開けると、部屋の中心部ではやせ細った男が立っていた。身体には灰色の布を纏い、右手には大きな黒い鎌。くぼんだ眼はぎょろり動き、僕らを見定めた。
「イポスを倒したと言うヒューマンか?」
男は床をすべるようにして素早く動くと、一瞬の隙をついて鎌を切り上げる。狙いは僕だったようだが、鎌を剣と斧が甲高い音を立てて阻んだ。
「大友、ここは私たちに任せて先へ行け!」
「ふははははっ! ようやく俺の出番だな! さぁ主人よ、魔王を倒してくるのだ!」
アーノルドさんとフィルティーさんが鎌を防いだまま叫んだ。
「ですが……」
「私たちのことは気にするな! 何のために此処へ来たのか忘れるな!」
僕は二人の眼を見て頷いた。
そうだ、僕らは魔王を倒すために此処までやって来たんだ。だから先へ進まなければならない。
「死なないでください! 勝って王国へ帰りましょう!」
「当然だ!」
「主人よ、またあとで会おう!」
二人を置いて走り出す。
部屋を出ると、通路を駆け抜け次の部屋へ飛び込んだ。
誰もいない部屋。
「誰も居ませんね……」
「ここはイポスかリリスの部屋だったんだ。だから誰も居ないんだ」
セリスと会話を交わしつつ、次の部屋へ向かう。
予想通り次の部屋も無人であり、部屋の中心には豪華な椅子だけが置かれていた。黒に金の装飾が施された椅子は、リリスが座ると良く似合いそうな感じだ。
「いよいよ魔王との対面ですね」
「うん、この奥から嫌な気配が漂っている。間違いなく魔王がいるはずだ」
扉を開けると最後の通路が目に入る。
床も壁も天井さえも黒曜石で造ったかのように真っ黒だ。壁には魔道具らしきランプが青い光を仄かに放ち、冥界へと誘っているかのようだった。
僕らは静かに通路を歩くと、終着点へとたどり着く。
「これが最後の扉だね」
最奥には黄金で造られた重厚な扉が行く手を阻んでいた。
向こうからは濃密にしてどろりとした気配が流れ出し、常人なら触れるだけで気絶するような狂気を帯びている。
「セリス、大丈夫?」
「ええ、すごく寒いですが耐えられないほどじゃありません」
僕はほっとした。セリスは大切な回復役だ、ここで気絶でもされると負傷した仲間を助けることが困難になる。なんせ相手は魔族の王。一筋縄では勝てない相手だ。
「じゃあ開けるよ」
ゆっくりと扉を開ける。
◇
「ぐひひひっ。お前はヒューマンに興味を持っていたからな、いつか我らを裏切ると思っていたぞ」
「ヒューマンだろうと魔族だろうと、選ぶのは私の自由でしょ。それとも味方として戻ってきて欲しいのかしら?」
「とんでもない。最強と呼ばれるお前と戦う為に、俺はわざわざ四強の一角になったのだぞ。どれほどこの日を待ちわびた事か」
「四強同士は戦いを禁じられているものね。でも、私は最強ではないわ。魔王がいるもの」
リリスがそう返答すると、バーゲンは自身のツルツルの頭をぺちりと叩く。
「魔王様は別格だ。あの方はもはや魔族の枠を超えた何か。我らと同じ次元で語る御方ではない」
「お父様は確かに化け物ね。その点は同意するわ」
リリスは「ただし」と付け加える。
「私に勝てると思われているのは心外だわ」
バーゲンの顔面にリリスの蹴りがめり込む。
瞬きほどの刹那の時に攻撃を仕掛けたのだ。強烈な一撃にバーゲンは壁へと吹き飛ばされた。
「うぐ……今のは効いた……さすがリリスだな」
むくりとバーゲンは起き上がる。強烈な攻撃を受けたにもかかわらず、彼の顔は喜びに満ち溢れていた。笑みを隠さない彼にリリスは気味の悪さを感じる。
「何がおかしいのかしら?」
「ぐふふふ。やはりお前は最高だ。だからこそ俺の妻に相応しい」
「は?」
「前々からお前を気に入っていたのだ。どうやって俺の物にしようか考えていたが、やはり答えは同じだな。力づくで屈服させるしかないようだ」
そう言ってバーゲンは懐から一枚の布を取り出す。ピンクの小さな布であり、ハンカチにしては小さくひらひらとしていた。
「それはまさか……」
「そうだ。お前の下着だ」
リリスの下着を鼻に当て、バーゲンは犬のように臭いを嗅いだ。それを見たリリスは鳥肌を立てて後ろへ下がる。俗にいう生理的悪寒である。
「ぐふふふ。お前の匂いはいいなぁ。甘い香りで涎が出てしまいそうだ」
「うげぇ……気持ち悪い……」
「だが、もうこれは必要ないな。もうすぐお前自身を手に入れるのだから」
手に持った下着を放り捨てると、持っているハンマーを肩に担ぐ。その瞬間からバーゲンの気配は研ぎ澄まされてゆく。身体からは闘気が漂い、脂肪だと思われた丸い身体には太い血管が浮き出た。
相対するリリスも戦闘態勢に移ると、細くしなやかな体を半身に構える。同じように強い気配を放ち、生命の根源から闘気を放出し始めた。この場に人間が居れば、確実に死を覚悟することだろう。
「ふんっ!」
先に動いたのはバーゲンだった。
跳躍と同時に振り下ろしたハンマーはリリスの居た場所を粉砕する。床は陥没し、いくつもの亀裂が蜘蛛の巣のように広がった。
攻撃を避けたリリスは瞬発的に魔法を発動させた。
「ストームウォール!」
分厚い空気の壁がバーゲンへ直撃する。その威力はバーゲンを巻き込んだまま、城の外へと押し出すほどだった。
リリスはバーゲンを追って城の外へと飛び出すと、背中の翼を広げて飛翔する。
「この辺りに落ちたわね……」
街の上を旋回し、落下したはずのバーゲンの姿を探した。
あの太った身体なら、そこまで高くは飛べないだろうとのリリスの思い込みがそうさせていたのだ。
「せいっ!!」
真上から急降下してきたバーゲンのハンマーは、リリスを地上へ叩き落とした。
激烈な衝撃に、リリスは何が起きたのか分からないまま地上にある建物へ墜落。レンガ造りの家の屋根を破壊して瓦礫に埋まってしまった。
もうもうと上がる土埃は攻撃の威力を物語っている。
「ぐふふふ。俺はこう見えて動きは速いのだ。大体の奴は見た目に騙されて油断する」
「……そう言う事。私も騙されていたわ」
瓦礫を押し退けてリリスが姿を現した。
片手で服に着いた埃を払うと、翼を羽ばたかせゆっくりと上昇する。
「四強の中で最弱と呼ばれているのも嘘なわけね」
「ぐふふ。確かに攻撃力だけならイポスの野郎に負けるが、戦いってのは総合力だ。結局は勝てる場を整えた方が勝ちなんだよ」
「卑怯者の言いそうな言葉」
リリスは魔法を構築する。
闇の風は彼女の身体へ絡みつき、瞬く間に金属のような物質へと変化を遂げる。
魔族の奥の手である
「ならば俺も本気を見せるか」
バーゲンの身体に黒き砂がまとわりつく。
それらはザザッと音を立てて鎧と変じ、全身を覆い隠した。
頭部には牛のような二本の角に、身体には丸太のような腕が四本。
身体を守る鎧からは数え切れないほどの針が刺々しく突き出していた。
「どうだぁ? かっこいいだろう?」
「ダサいわね。反吐が出そうな姿だわ」
リリスはバーゲンの
しかし、バーゲンは気にも留めない。
「この姿を見て笑った奴らは全て死んだ。だがリリス、お前だけは殺さずに生かしてやるぞ。ぐふふふ」
「あっそう。じゃあ私を倒してみなさいよ」
急加速したリリスは、一本の線を描くようにジグザグに空を飛行すると、軌道を変えてバーゲンへ攻撃を向ける。超高速によって威力が増大されたリリスの蹴りがバーゲンの胴体へ当たった。
空気を震わせる重い音が広がり、バーゲンの鎧をわずかに砕く。
「堅いわね……」
「俺の鎧は何層にも作られている。ヒビを入れただけでも驚きだ」
バーゲンは笑みを浮かべたまま微動だにしない。
リリスは至近距離で蹴りの連撃を繰り出すが、先ほどのようにヒビを入れるほどには至らなかった。
「さぁ俺との結婚式を始めようじゃないか!!」
バーゲンのハンマーがリリスを捉えた。
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