104話 「魔都」
建物の陰に隠れながら先を進む。
時折、魔族を見かけるが、随分と慌てているような感じだった。もしかして皆が善戦しているのだろうか。そうだと嬉しい。
「今よ」
リリスの指示に従い、建物の陰から陰へ移動する。
魔族の街と言うだけあって、どこもかしこも強い気配が漂っている。魔族は老若男女問わず、全てが戦士であり兵士であるらしい。なので、魔族には軍隊という概念は存在しないそうだ。
「やっぱり人が少ないわね……」
リリスが建物の陰から街の中を窺いつつ不思議そうにしていた。
「戦場に向かったんじゃないかな?」
「それでも少なすぎるわ。街を守るためにもっと居ていい筈よ」
「じゃあ、他に敵がいるとか」
「ヒューマンの他に此処へ攻め込む奴らが居るって事? それはないわ。ここは鉄壁よ、同じ魔族でもない限り攻め込むことは不可能だわ」
魔都と呼ばれる魔族の街は、王都とそれほど変わりはなかった。木造の建物が建ち並び、時々だが石造りの豪華な家を見かける程度。この目で見るまでもっと禍々しい街だとばかり思っていた。
対照的に中心部にある黒の王城は嫌な空気を漂わせている。身体に纏わりつく濃密な気配に気味の悪さを感じずにはいられない。
「こっちよ。着いて来て」
リリスが再び動く。
人気のない大通りを横切り路地裏へ入ると、そのまま入り組んだ道を走る。
「ねぇリリス。この道で合っているの?」
「五月蠅いわね。黙ってついてきなさいよ」
リリスは慣れた感じで路地裏を突き進む。
半身にしないと通れないような道を通り抜けると、塀の上をよじ登ってそこから近くの家の屋根へと飛び移る。さらに屋根から屋根へ飛び移ると、先を歩いていたリリスが身を伏せる。
「伏せなさい、見つかるわよ」
指示に従って身を低くすると、視界の先には黒い壁があった。
どうやら魔王城を取り囲んでいる外壁の近くにたどり着いたようだ。僕らの潜んでいる近くには門が設置されており、そこから魔王城の内部へと入ることが出来そうだった。
――ただし、門の前に居る二十人ほどの魔族がいなくなればの話だけれど。
「ふむ、俺達が潜伏していることを悟られたか?」
「それはないわ。魔族はヒューマンと違って気配を探るのは得意じゃないの。私たちがここに居ることすら気が付いていない筈よ」
「では門からではなく、別の場所から入るか……」
アーノルドさんが身を乗り出そうとすると、慌ててリリスが引き留める。
「馬鹿っ! 魔王城にはドワーフ製の防御結界が張られてあるのよ! もし強引に入ろうとすれば、城中に大音量のサイレンが鳴り響くんだから!」
「む、それは困るな」
外壁は確かに飛び越えられない高さじゃない。その代りに警備体制は強固なようだ。そうなるとやっぱり門から入るしかない。
どうやって門から入ろうかと考えている最中に、爆発音のような音が耳に届いた。同時に怒声と悲鳴も聞こえる。音源は徐々にこちらへと近づき、僕らの視界に映った。
「おぉおおおおお……」
魔族の死体が大群を形成し門へと押し寄せる。
まるでゾンビ映画だ。
よく見ると魔族の死体だけでなく、スケルトンやアンデッド系の魔物が大量に紛れていた。二十人の魔族達はなすすべなくアンデッドの波に飲み込まれると、腕や頭部に噛みつかれて悲鳴を上げていた。
その場に生者が居なくなると、アンデッドたちは獲物を求めて再び移動を始める。まさかとは思うけど、魔族の街でバイオハザードが起きたのだろうか?
そんな事を考えていると、何処からか笑い声が聞こえる。
「ははははっ! 魔族と言っても死者にはどうすることもできないようだな! そうだ、これこそが私と魔族の本来の関係なのだよ!」
声の主は建物の屋根に立っている男だった。
「あいつは……」
僕のつぶやきは男に聞こえたようだ。
「……ん? おや、懐かしい顔がいるじゃないか」
僕らに気が付くと、シルクハット脱いで一礼する。
ぼろきれのような黒い服を風にはためかせ、肩にいる一羽の黒い鳥が「かぁ」と鳴く。
その男は忘れもしない、あのバルドロスだった。
「バルドロス……どうして?」
「死んだはず、と言いたそうだな。もちろん死ぬほど痛かったさ」
僕はすぐに槍を構えた。
まさかこんなところで再会するとは思っていなかったけど、今の僕ならバルドロスに余裕をもって勝つ自信がある。
けど、バルドロスは両手を広げて僕を止める。
「待った待った。君と戦うつもりはない。こう見えて私は忙しい身でね」
「どういう意味?」
「以前にも言ったと思うが、私は魔王を倒したいと思っていた。それは私が魔人として自由な人生を謳歌するために必要な事だと判断したからだ。ああ、魔族が気に入らないと言う事も理由に含めておかないといけなかったな」
「じゃあ僕らの邪魔をする気はないと?」
僕の言葉に奴は拍手する。
小馬鹿にされているみたいで、少しだけムッとしてしまう。
「ご名答。それに今の私はヒューマンに価値を感じなくなった。求めるは魔族の死体だ」
「死体?」
「そもそも考えれば簡単なことだったのだ。君のような強い素材を手に入れることも魅力的だが、やはり強さも数もある魔族には敵わない。そこで私は君に倒された後で、魔族の死体を手に入れることに奔走した。こうして魔族の国へ攻め込めるのも、集めた死体のおかげだ」
「じゃあさっきの死体の集団はお前の配下なのか?」
バルドロスは「ご名答」と言って再び拍手する。
けど、まだ大きな謎が残っている。奴がどうやって生き返ったのかだ。
僕が質問をする前にリリスが答えを口にした。
「ああ、そう言う事。あんたアンデッドなのね」
「大正解だ。私は魔人化した際に不死の存在へと進化した。死者でもなく生者でもない究極の者こそアンデッドなのだよ」
「単なる死にぞこないでしょ? アンデッドなんて私たち魔族からすれば、ヒューマンより劣る使い走りよ。ああ、でも死なないのは便利よね。永遠の下僕には最適だもの」
リリスの言葉にバルドロスは怒りを露わにした。
「それだ! 魔族はそうやって我々アンデッドを見下そうとする! 配下になれば、その女が言った通り永遠の下僕とするのだ! 私が魔族と魔王に牙を剥く理由がよく分かるだろう!」
バルドロスの言葉に少しだけ同情する。それでも奴が多くの人を殺していたことは揺るぎようのない事実だ。ただ、あいにく僕らは別の敵と戦っている暇はない。バルドロスも敵意はないようだし、ここは見逃すことにする。
「分かりました。それではお互いに今日のところは見なかったことにしましょう」
「それがいい。まぁもう会う事もないかも知れないがな」
奴は意味深な言葉を口にすると、シルクハットをとって一礼する。
瞬きをすると、次の瞬間には姿を消していた。
「ふははははっ! 主人よ、これは好都合だな! 奴が目立てば俺達は見つかりにくくなる!」
「そうですね。今だけはバルドロスに感謝しましょう」
僕らは屋根から飛び降りると、門へ近づいて扉を開ける。
お城まではまだ長い敷地を抜けなければならないようだが、不自然なくらい人の気配は感じられなかった。
門から続く石畳に沿ってお城へと向かうと、ほどなくして城内に入るための門を見つける。
「ここから先はさらに危険です。覚悟はできていますか?」
今一度、仲間の顔を見る。
「主人よ此処まで来て退くなどあり得ぬ。それに危険は筋肉を育てるのだぞ」
「アーノルドの言う通りだ。私たちは先へ進むだけだ」
「多くの方が戦ってくれています。私たちは魔王の元へ行かなければなりません」
「達也、心配しないで。貴方の命は絶対に護るわ」
四人の強い視線が僕を貫く。
物語に出て来る勇者はきっとこんな気持ちなのだろう。罪悪感と強烈な感謝。
「みんなありがとう」
礼を言ってから、僕らは魔王城の扉を開けた。
とうとう魔都の中枢へ踏み込んだのだ。
◇
「……静かですね」
セリスが呟いた。言う通り不自然なほど静かすぎる。魔王城と言うのに敵らしき姿も気配も捉えられないのだ。
……いや、絶えず城の最上階から嫌な気配だけは感じている。確実に魔王は居るのだ。だったら迷うことはない。
「警戒しつつ先を急ごう」
僕らは階段を見つけて上へと昇る。
魔王城はどこを見ても煌びやかで豪華な装飾が施されていた。ヒューマンのように壺や絵を飾る習慣はないようだけど、その分武器が飾られている。印象は質実剛健。力を重んじる魔族らしいお城だ。
「みんな、何かいる」
三階へ上がったところで僕の索敵に反応があった。
物陰に隠れると、通路の先からフラフラとやって来る人影が見える。敵だろうか?
「なんでぇい。アレを作れこれを作れって偉そうに言いやがって。俺達はお前らの手下じゃねんだぞ……ヒック」
ブツブツとぼやくのは酒瓶を握ったドワーフだった。
口元には黒々とした豊かな髭を蓄え、低い身長の割に腕の筋肉ははちきれんばかり。頭には小さな王冠を被り、服装はどことなく王様のような感じだ。
リリスが様子を窺いながら説明をしてくれる。
「あれはドワーフの王ね」
「え? ドワーフの王様がどうして魔王城に?」
「人質みたいなものね。王族を手元に置いておけば、民が大人しく従うと魔王は考えたのよ。実際はその必要もなかったみたいだけど」
コンラートさんの話だとドワーフは土地に縛られていると言っていた。彼らはこの国から逃げたくても逃げられないのだ。
僕は物陰から飛び出すと、フラフラと歩くドワーフの王へ駆け寄った。
「あ、あの……ドワーフ達を引き連れて、このお城から逃げてくれませんか?」
「あん? あんた誰だ?」
「僕は魔王を倒しに来たエドレス王国の者です。もうすぐこの城は危険な場所になりますから、どこか安全な場所へ避難してください」
「…………ぶふっ! ぶはははははっ!」
僕の言葉にドワーフは大笑いする。
酔っぱらっていることは分かっていたけど、よほどツボにはまったのかもしれない。床を叩いて笑い転げていた。
「久々にスゲェ笑える冗談を聞いた! ありがとよ! これですっきり仕事が出来そうだ!」
笑顔で立ち去ろうとするドワーフを僕は引き留める。
「待ってください! 本当にここは危険な場所になります! すぐに避難をしてください!」
「おいおい、冗談はもういいんだ。俺はこれから仕事をしなけりゃいけねんだからよ」
「だから冗談じゃありません!」
ドワーフの王様は僕の言葉を信じていない様子だ。
それならとコンラートさんに聞いていた秘策を使う。
「これをあげます。その代り僕の頼みを聞いてください」
「そ、それはまさか……! ドラゴン殺し!?」
リングから取り出した酒瓶は古びていてラベルには”ドラゴン殺し”と書かれていた。これはドワーフの間で幻の酒と言われており、今のドワーフ達にはどうやっても入手できない超希少品だ。
「頼みを聞いてくれますか?」
「もちろんだ! 何でも言ってくれ! だから早くそれを!」
王様は僕にすがりついて酒を懇願する。
話には聞いていたけど、想像以上にドラゴン殺しはすさまじい威力だ。大の大人が土下座しそうな勢いなのだからドン引きだ。
「だったらドワーフを引き連れてこのお城から逃げてください」
「わかった! 安全な場所へ逃げるからそれをくれ!」
そっと酒瓶を渡すと、王様は封を開けて酒をラッパ飲みした。
「ぐはぁぁあああ!! こりゃあ効く!」
「それじゃあ約束は守ってくださいね」
僕らは先へと進もうとすると、後ろから「待ってくれ!」と声がかかった。
王様は先ほどとは違って、真剣な顔つきで僕を引き留めたのだ。
「本当に魔王と戦うつもりなら、四階は通らねぇ方がいい。あそこには警備の為に魔族がウロウロしているぞ」
「ですが僕らは最上階へ行かなければなりません。魔族が立ちふさがると言うのなら戦うだけです」
「そりゃあ勇ましいことだが、魔王と戦う前に死に急ぐことはないだろ? せっかくだし酒の礼をさせてくれ」
彼は近くの壁を探り始めると、カチッと何かを押した。
すぐに壁の一部が動き始め、隠されていたもう一つの階段が現れる。
「この階段は?」
「最上階まで直行できるドワーフ専用の隠し通路ってところだ。もともとこの城はドワーフが建造したものだからな、至る所にこういった裏道が隠されているのさ」
「僕らが使ってもいいんですか?」
「構いやしねぇ。酒の礼はちゃんと返すのがドワーフってもんだからよ」
「ありがとうございます」
僕らは王様に感謝を述べると、階段を駆け上がった。
「もうすぐですね」
「大友、油断は禁物だぞ」
「はい、分かっています」
もうじき魔王と戦えると思うと、体の芯が熱くなるようだった。アストロゲイムも心なしか熱を帯びている気がする。
階段を昇り切ると、行き止まりに足を止める。
石の壁でふさがれており、これ以上は先へ進めないようだ。
アーノルドさんとフィルティーさんが壁を触る。
「どうやら壁をスライドさせて開く仕組みのようだ」
「ふはははっ! 開かなければ俺の斧で壊していたところだ!」
「どうでもいいから早く壁を押せ!」
二人は壁を横へ押し始めた。
ゴリゴリと重い音を響かせながら壁が開ききると、どこかへの通路に出たことが分かった。
「もうすぐ魔王の部屋よ」
リリスは通路の先を指差す。
赤いカーペットがどこまでも続き、最奥に扉が見えた。この先に魔王が……。
「安心するのはまだ早いわ。魔王の部屋の途中には魔族四強の部屋があるの。私たちは四つの部屋を超えなければいけないわ」
「やっぱり四強とは戦わないといけないんだね」
イポスを倒したことから四強の残りは三人。
まさかイポスが四強の中で最弱だったなんてことはないと思いたいけど、まだまだ気は抜けない。さらに強い敵が出てきてもおかしくはない場所だからだ。
扉へたどり着くと、リリスが迷うことなく開け放つ。
一番目の部屋の中心には一人の男性が胡坐をかいていた。
身長は三m近くもあり、その体は脂肪に覆われ全体的に丸いフォルム。茶色い肌にツルツルの坊主頭は妙な愛らしさすら感じさせた。それでも背中には翼を生やし、右腕には大きなハンマーを握っている。間違いなく魔族なのだ。
「おやおや、誰かと思えばリリスではないか」
「バーゲン久しぶりね」
男とリリスは親しげに会話する。
バーゲンと呼ばれた男は、僕らを一瞥すると口角を上げた。
「その様子では裏切ったか?」
「ええ、私はヒューマン側に付くわ。貴方もその方が面白いでしょ?」
「ぐひひっ! そりゃあ朗報だな!」
男はゆっくりと立ち上がる。
「四強の一人であるリリスと戦えるのを楽しみにしていたぞ」
その言葉に僕は心臓を掴まれたようだった。
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