103話 「人魔大戦2」
「テリア君は左からの敵をお願いします! モカさんは右を!」
「「了解!」」
日輪の翼は前線で戦っていた。
指揮を取るバートンを中心に、臨機応変に魔物との攻防を繰り返す。その様子は小さな魚の群れがグネグネと形を変えながら、大きな生き物へ擬態しているかのようだった。
主力のテリアは眠り属性をフル活用し、迫りくる魔物たちを次々に眠らせていた。モカは敵を引きつけつつ大盾を使って攻撃を逸らす。
「あぉおおおおおんん!!」
日輪の翼の周囲を、白き狼が凄まじい速度で駆け抜けた。
血飛沫が舞い、魔物に紛れていた魔族ですら刹那の時に命を刈り取られる。死神とも言うべき白き風に臆した魔物たちは急速に後退し始めた。
「ぐるるるる……」
ロキは唸り声をあげ、魔物たちをけん制する。
主人である達也に頼まれた命令を忠実にこなしているのだ。
「ありがとうございますロキ君」
バートンがロキを撫でると鼻を鳴らして返事をする。
達也はロキに、クランを守ってほしいと命令した。
それはロキの力を信じてのことだったが、ロキは達也と共に行けないことに不満を感じていた。もちろんだが、今回の戦いの重要さをロキ自身も自覚している。この戦いは今までとは明らかに違っていたからだ。敵の数も質も気迫も全てが違う。
命令は正しかった。この人間たちは守ってやらないとすぐに死んでしまう。ロキは戦場とクランメンバーを見てそう感じた。
「はぁ、はぁ……」
「テリア君、少し休んで下さい」
「でも、もう何人も……くそ……」
日輪の翼も無傷ではない。
すでに十数人も死傷者を出しており、生きている者も極度に疲労を蓄積していた。それでもまだマシだと言える。同じ冒険者クランである阿修羅では三分の一が死亡し、黄金虎の咢に至ってはすでに半数が死んでいた。
「ここは耐えましょう。悲しむのは全てが終わってからです」
「……分かってます」
テリアは拳を血が出るほど握りしめた。
その様子を見ていたモカは、気を引き締めて戦場へ視線を戻す。
彼女の目に奇妙なものが映った。
「あれはなんだ?」
青く透明な箱が、次々に魔物を閉じ込めて行く。
ミノタウロスやオーガですら、箱に閉じ込められると脱出は出来ないようだった。
とうとうグリムの魔法が発動したのだ。
戦場の約半分が青に染まると、兵士や冒険者達は光景をただ茫然と見守る。
「なんだあれ?」
「恐らく賢者グリムの大魔法でしょう。かつて数万の魔物を一瞬で消したと聞いたことがあります」
「大魔法……」
テリアとバートンは会話をするも、目の前の光景から眼が離せなかった。まだ箱に囚われた魔物たちは生きているからだ。誰もがこの先の展開を知らない。
箱は眩く輝くと、一瞬にして魔物と共に消えて失せた。
一つ目が消えると次々に箱は消えて行き戦場から魔物が消えていった。それはまるで手品を見ているかのような不可思議な出来事。戦場から箱が完全に消えると、魔物の大群も姿を消していた。
「勝った……のか?」
テリアは呟く。王国軍に静けさが広がっていた。
「俺達は勝ったんだぁぁああああ!!」
誰かの声が響いた。
それを皮切りに歓声が上がる。ようやく何が起きたのか理解できたのだ。
わぁぁあああっ!!と兵士や冒険者や魔法使いは互いに抱き合う。多大な犠牲を払いながらもつかんだ勝利に歓喜した。
「まだ終わっておらぬ! 気を抜くでない!」
声が木霊し、空から四人の賢者が着地した。
広がっていた勝利ムードは一瞬にして打ち壊される。
「あ、あの……まだ終わっていないとは?」
近くにいた兵士が四人の賢者へ質問する。
聞きたくないが、どうしても知りたい。そんな雰囲気を漂わせていた。
グリムが口を開く。
「先ほどの敵は先兵に過ぎない! 敵の主力はこれから出て来るのじゃ!」
王国軍に絶望感が訪れる。
すでに総数は二十万を切っている。これ以上の敵が現れるとなると壊滅は確定していた。なにより、戦える者達がすでに限界を迎えていたのだ。
「け、賢者様……」
フラフラとおぼつかない足取りでやってくるのはカエサルだった。
至る所から血を流し、美しかった鎧は見る影もないほどボロボロに破壊されている。これがあの英雄カエサルかと誰もが目を疑った。
「カエサルか……よくぞここまで戦った……」
グリムは表情も変えず淡々と話しかける。
しかし、カエサルは口角を上げて微笑する。
「御冗談を……私はまだ戦えます」
「ならば英雄カエサルよ。死して大英雄となれ」
「御意」
僅かに地面が揺れる。
地平線に黒く巨大な影がいくつも現れ、空にも黒い影が出現する。王国軍にどよめきが起こった。
「マジかよ……アレを相手しろって言うのか……」
「どうやらそのようですね」
テリアとバートンが見ているものは黒き巨人だった。
地平線より現れた巨人は百体を超え、空にも魔族たちがカラスの群れの如く飛翔していた。賢者の言う通り、本当の戦いはこれからだったのだ。
「臆するな! 我らは誉れ高きエドレス王国民ではないか!」
カエサルの声に、誰もが目を覚まされる思いだった。
彼はボロボロになった体を奮い立たせ、剣を天に向ける。
「戦える者は私に続け! 我らこそ英雄である!」
カエサルの鼓舞に広がっていた絶望は消えた。
兵士が一人ずつ立ち上がると剣や槍を握る。右腕を失ったゴリラ―ド将軍もゆっくりと立ち上がり、剣を杖代わりに前に進み始める。
そんな光景を見ていたシヴァが呟いた。
「そろそろ増援が来るの」
王国軍の真上に音もなく巨大な黒い影が現れた。
ソレは地上に降りるとグリム達へ視線を向ける。
「久シブリダナ、小サキ者共ヨ」
「やはり来てくださったか、ベリニウム殿」
「竜王トノ約束ダカラナ」
全長三十mにして、頭部からは雄々しい二本の角が生えていた。金色のたてがみは風になびき、全身を覆う紅く透明な鱗はルビーのように光を乱反射する。圧倒的な巨躯と隆起した筋肉が生物としての強さを誇示していた。
ルビードラゴンである。
突然のドラゴンの出現に王国軍は戸惑った。
敵とも言うべき竜族がこの地に来たこと自体が予想外であり、新たな敵の出現とすら兵士達は感じたのだ。
しかし、それだけでは終わらなかった。
次々にドラゴンたちが戦場へ降り立つと、王国軍には目も向けずに魔族へ牙をむき出しにした。色とりどりの美しいドラゴンたちが平原に整列し、総数は一万を超えた。だが、まだまだドラゴンたちは数を増やし続ける。
「仲間ヲ集メルノニ、時間ガカカッテシマッタ」
「いやいや、十分に間に合っておりますわい。竜王様の
四人の賢者はベリニウムと呼ばれるドラゴンへ頭を垂れた。
ベリニウムは翠の縦長の瞳孔で、賢者達の様子を一瞥してから空を見る。
「槍ヲ持ツ、小サキ者ヲ見タ」
「大友達也でしょうな。あの者が魔王を倒すはずじゃ」
「魔王ヨリモ邪神ガ問題ダガ、対策ハ出来テイルノカ?」
「それも抜かりはありませんわい。ムーア様が使えなかった究極の魔法を授けてあるのですからな」
「ナラバ、ムーアガ言ッタ時ガ来ルノダナ。我ガ夫モ、ソノ言葉ヲ信ジテ力ヲ貸シタノダカラ」
ベリニウムは空へ向けて大口を開くと、口内から巨大な閃光を吐き出した。それは暗雲を吹き飛ばし、平原に青空を作り出した。
「今コソ協力シヨウゾ。我ラ竜族ハ、コノ世界ニ真ノ安寧ヲ取リ戻ス」
ベリニウムの言葉に賛同するかのように、ドラゴンたちが咆哮をあげる。戸惑っていた王国軍も、ドラゴンが味方になると分かるとそれぞれが剣を高く掲げる。太陽光に照らされ、平原は眩しいほどに光を放っていた。
「なんだか勝てそうな気がしてきたな」
テリアも槍を握りしめると、ボロボロになった防具や服を脱ぎ捨てる。
「おや、テリア君はアーノルドさんと同じ趣味を……」
「違う! これは気合を入れただけだ! アーノルドさんみたいに露出狂なんかじゃない!」
「なるほど。それでは私も気合を入れましょう」
バートンもローブや服を脱ぎ捨てた。上半身が裸になったバートンに、クランの女性メンバーは頬をピンクに染めてため息を吐く。
「くそぉ! また負けた!」
「まだまだですねテリア君」
バートンは丸眼鏡を中指でクイッと上げた。
◇
戦場で皆が戦っている頃、僕らは魔族の街に潜入していた。
実は三十五万もの軍勢は巨大な
皆が魔族を引き付けている間に、僕らは飛行魔法でぐるりと背後に回り込み、魔法で姿を消したまま魔族の住む街へ入り込む。そこから魔王の住む場所を特定して討伐と言うのが一連の流れだ。
潜入はリリスの指示に従って上手くいった。姿も消しているし、何より魔族であるリリスが警備の手薄なところを教えてくれたからだ。そのおかげで上手く入り込めたけど、フィルティーさんは首を傾げていた。
「ここまで来れたのはリリスのおかげなのだが、どうしてそんなにも魔族に詳しいのだ?」
フィルティーさんはリリスが魔族だってことを知らない。
アーノルドさんが時々「魔族っ子」と呼ぶことも冗談だと思っているし、なにより彼女は魔族が人間であることすら最近まで知らなかった。
まぁ大体の人は魔族をモヤモヤした黒い何かだと思っているので、魔族の本当の姿を見てもそうだとは認識できないだろうけど、さすがにもう誤魔化しきれない感じはしている。
「はぁ? そりゃそうよ。私、魔族だもの」
リリスの言葉はあっさりとしていた。
フィルティーさんは目が点になると、数秒程してから大声で叫ぶ。
「なんだとぉ――もがががっ!!?」
「静かにしてください。ここに居ることがバレてしまいます」
咄嗟にセリスがフィルティーさんの口をふさいだおかげで、ここに潜んでいることはバレなかったようだ。僕は窓から周囲を確認してほっとした。
僕らが潜んでいる場所は、街のはずれにある一軒の空き家だ。
魔族の街はエドレス王国の王都並みに広い。至る所に武装した魔族がうろつき、姿を消した状態でも近づきすぎると気配を探知されてしまうのだ。
僕らはひとまずリリスの案内で空き家へと隠れることにしたのだけれど、街の外では皆が戦っていると思うと、やはり焦りのようなものを感じずにはいられない。早く魔王の元へ行かなければならないのに。
「大丈夫だ、もう落ち着いた……」
フィルティーさんは冷静さを取り戻して凛とした表情に戻る。すぐに僕を睨むと、質問をしてきた。
「大友はリリスの正体を知っていたのだな?」
「ええ、知っていました」
「何故、教えてくれなかったのだ!」
声を荒げる彼女に、僕らは静かにとジャスチャ―する。
ただ、フィルティーさんが怒る理由も分からなくもない。
「魔族と言っても見た目はヒューマンと変らないですし、中身だってそこまで違いはないです。先入観がなければ仲良くできるかなと思って黙っていました」
「確かにそうだが、魔族は我々の敵だぞ!? ヒューマンを根絶やしにしようと考えている相手だ!」
「もちろんそういった魔族が居るのは事実です。でも、リリスとは仲良くできたじゃないですか」
「…………」
僕がそう言うと、フィルティーさんはリリスを見て黙り込んだ。
ヒューマンと魔族の溝が深いことは知っている。でも、言葉が通じるのなら相手を理解することもできるんじゃないかなと僕は思うんだ。
それにかつて人と魔族が共に生活をしていた時代もあると賢者様は言っていた。だったらいつかまたそんな時代が来てもいいように思う。どちらかが消えるまで殺し合いなんて悲しいよ。
フィルティーさんはセリスに顔を向ける。
「セリスは……」
「もちろん知っていました。私の中の女神さまが全てを教えてくれたのです。それにリリスには何度も助けられました。種族など関係なく、信じるに値する仲間だと思っています」
「信じるに値する仲間……」
フィルティーさんはリリスを見つめる。
反対にリリスは窓から外の様子を窺っている。元々魔族だと隠すつもりはなかったみたいだし、バレたからと言って態度を変えるつもりもないようだ。
「人の数が少ないわね……これなら魔王城へ行けるかもしれないわ」
「魔王城って?」
「街の中心にお城があって魔王城と呼ばれているの。ただ、簡単には入れないと思う」
「魔族四強が居るって事?」
「そう思っておいた方がいいわね」
イポスは強かった。同程度の敵が他にもいると考えると、魔王までは時間がかかりそうだ。
「主人よ、四強とは俺が戦う。無用な心配はするな」
アーノルドさんは僕の肩を叩くと白い歯を見せる。
彼はいつだって僕を導き励ましてくれた。変態なところもあるけど、心の底から信頼できるお兄さんのような存在だ。僕の中で不安は掻き消えた。
「そろそろ出るわよ。魔王城に行くなら今しかないわ」
「うん、行こう!」
そっと空き家を抜け出すと、最後の戦いの為に魔王城へと駆け出した。
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