101話 「集結」
整列する軍は約三十五万。
王国領土内にある兵力をかき集めてようやくこれだけの戦力が整った。
それだけではない。グリム様主導の飛行船製造も完了しており、この場には約二十隻の小型飛行船を見ることもできる。
王国内はかつてないほど緊張していた。
それは当然で、今まで守りに徹していた王国が総攻撃を仕掛けるのだ。
向かう先は西の魔族の国。
すでに賢者様からの報告で、魔族が戦力を集めていることは把握している。この機会に人間を根絶やしにするつもりなのだろう。
王都の外で整列する兵士らは、外壁に目を向けている。
今から国王の出発前の御言葉があるからだ。
王様らしい豪華な服を身に纏ったシンバルさんが姿を現す。
相変わらず身体の左側はマントで隠されているが、それすらも気にならない程に威厳に溢れていた。やっぱり親子なのだと思わされるほどに、陛下とシンバルさんの立ち姿は僕の中で重なる。
「俺達はこれまで何度も奴らに辛酸を飲まされ、大切なものを失ってきた! だが、それも終わりだ! もうそこまで俺達の時代が来ている! だったら戦うしかねぇだろ! 剣を持て! 誇りを掲げろ! そして勝利を掴め! エドレス王国に栄光あれ!」
兵士達は歓声を上げながら「王国に栄光あれ!」と叫ぶ。
シンバルさんの言葉は兵士達の心をつかんだようだ。
「とうとう始まりますね……」
僕の隣で呟いたのはセリスだ。彼女の表情はどこか晴れない。
きっと多くの兵士が死んでゆくことに悲しみを感じているのだろう。でも、それは僕も同じ。出来るなら誰も死んでほしくないし、それぞれが人生を全うして幸せになってほしいと思う。
「彼らは僕らの為に道を開いてくれる。すべては魔王を倒し邪神を倒すために。彼らの為にも僕らは下を向いてはいけないと思うんだ」
「そうですね……希望を失ってはいけませんよね」
セリスは微笑む。人々の希望であろうとする彼女らしい強がりだ。
僕とセリスは外壁の上から三十五万の兵を見つめる。
出陣式には大英雄の僕と元聖女のセリスが象徴的位置づけとして、シンバルさんと同様に顔見せをすることとなっていた。もちろん四人の英雄も来ていて、外壁の上から兵士達に手を振ったりしている。
外壁の下から僕を見る兵士は年取った者もいれば、少年と言うほど若い者も居る。彼らは志願兵として今回の戦いに参加しており、国の為に奮い立った勇者達だ。全ては僕を魔王の元へ送り届ける為。そして、王国に平和をもたらすためだ。
彼らの期待は僕に痛いほど突き刺さる。
大英雄の僕が平和をもたらすと信じて疑わないのだから。だからこそ、僕は彼らを裏切れない。死んでも勝たなければいけないと思い知らされる。
「そういえば、聖王の所在がようやくわかりました」
「え? まだ探していたの?」
「当然です。民を騙し民を捨てた王に責任を取らせないといけませんからね。ですが……それももはや無理なことでしょう」
僕は首を傾げる。
この国へ聖王が逃げ込んだことはすでにはっきりとしている。何処にいるのか見つけたのなら責任を取らせることは可能じゃないかなと思う。
「聖王はすでに処刑されていました。阿修羅のぺぺさんに頼んで調べてもらったのですが、おそらく事実だと思っています」
「処刑された? 誰に?」
「前国王です。聖王は王都に来てからすぐに連行されたらしく、しばらくは投獄されていたそうです。処刑は私たちが王都へ戻って来てからすぐにと聞きました」
「じゃあもうこの世にはいないってことかぁ……」
死んで良かったとは思わないけど、聖教国の人たちに罪滅ぼしはしてほしかった。聖王が保身ではなく、民の事を考えていれば助けられた人も沢山居たはずだからだ。なんだか悔しい。
「それでですが、この事を私と大友だけの秘密としてはもらえませんか?」
「僕も賛成だ。きっとフィルティーさんはショックで寝込むかもしれないからね」
「ええ、それに元聖教国の民も信仰を変えたとはいえ、少なからず聖王に対し信仰心が残っています。もし聖王が死んだと知れば、生活を立て直そうとしている彼らの足を引っ張ることになりかねません」
セリスの言う通りだ。難民として王国へ来た人たちには、聖王に構っている余裕はない筈。ここは彼女の言う通り伏せておく方がいいだろう。
「では出陣!」
シンバルさんの声が聞こえて、三十五万の兵が動き出す。
どうやら出陣式は終了したようだ。僕達もすぐに出発しないといけない。
「大友」
式を終えたシンバルさんが近づいて来る。
国王は戦いには参加できないので、次に僕と会うのは数か月後になる筈だ。
「師匠、行ってきます」
「ああ、魔王を倒して来い。そして、この国を救ってくれ」
師匠は僕を抱きしめた。
僕も抱き返すと、シンバルさんは笑う。
「やっぱり運命だったな」
「え?」
「こっちの話だ」
シンバルさんは僕と身体を離すと、固い握手を交わして背中を向けた。僕も背中を向けて、己の居るべき場所へと向かう。
僕の人生が運命で定められているのだとすれば、勝利の運命であってほしい。
心の底からそう願う。
◇
行軍は二回目だけど、前回ほど余裕のある物ではなかった。
理由は魔族領までの道のりが険しいことと、出没する魔物が強いことだ。
次から次へと魔物が現れ、そのたびに戦力が削られる。もちろん英雄や実力者が対応はしているけど、彼らもすべての兵を守り切れるわけではない。
僕たちは犠牲者を出しながら歩みを止めなかった。止められるはずがない。僕らの背中には多くの人の命を背負っているからだ。それは兵士一人一人が理解している。誰かが死のうとも、悲しみを原動力にさらに前へ進む。
そして、行軍を開始してから二週間後。
たどり着いた平原で、兵士の一人が望遠鏡を覗きながら報告する。
「将軍、ここはすでに魔族領です」
「では、ここに本陣を築く」
ゴリラ―ド将軍の指示が下り、兵士達はテントを作り始める。さらに防衛のために近くの木を伐採して外壁を建設。
本営が完成する頃にはさらに一週間が経過していた。
「ようやく準備は整いましたね」
建てられた
三十五万もの軍が生活する場所は、町と呼んでも差し支えのない規模だ。
「そうだな。ここを最前線基地とし、すでに王都までの補給路も確保できている」
ここに来るまでに、僕らはただ歩いていた訳ではない。
グリム様が古代文明の書物を参考に作った、魔獣避けの魔道具を設置していたのだ。これによって王都までの安全な道筋は確保できている。
「あとは敵の動きですね」
「うむ、吾輩の予想ではいつ動いてもおかしくない状況なのだがな……」
本営を設置した場所は広い平原地帯だ。
周りは森に囲まれており、魔族の住む場所は平原の中央と聞いている。
地平線には街のようなものがかすかに見え、魔族たちの住まう場所が目と鼻の先にあった。
「大友殿に言っておくことがある」
「なんですか?」
「吾輩が死んでも戦いは止めるな」
ゴリラ―ド将軍は真剣なまなざしでそう言った。
僕は彼の覚悟を受け止めて頷く。
これは今までの戦争じゃない。最後の一人になっても退いてはいけないのだ。将軍は僕にそのことを伝えたかったのだろう。
「分かっています。例え将軍が死んだとしても僕らは足掻きますよ」
「それでいいのだ。この戦いに勝たなければヒューマンに明日はないのだからな」
この世界には十一の国があった。
いずれもヒューマンの国であり、エドレス王国とも少なからず交易がある。しかし、帝国と聖教国が消えてしまい、現在では九の国しか存在しない。
それらの国々は魔族に対抗できる人材が乏しく、魔獣と魔物と戦うことが精一杯なのだ。もし、エドレス王国が負けたとするなら、残された国々に対抗できるすべはない。すでにこの戦いは世界の命運を賭けたものとなっていた。
ふと、僕の目に何かが捉えられた。
地平線から何かがこちらへ向かって来ているのだ。それも膨大な数。
僕は叫ぶ。
「敵襲です!」
「とうとう来たか! 全軍戦闘準備!」
兵士達は本営から飛び出すと、すぐに陣を形成する。
将軍は馬に飛び乗り、兵士達に指示を飛ばしていた。
「少しでも時間を稼がないと……」
櫓から飛び降りた僕は、
「待つんだ。貴殿が行ってはいけない」
「フィリップさん……」
僕の腕をつかんだのは英雄のフィリップさんだった。
「貴殿は我らの切り札だ。ここで力を使っては魔王との戦いに差し支える」
「ですが……」
「言いたいことは分かる。だからこそここは私が行こう」
フィリップさんは炎の鳥を出現させると、背に乗って大空へ舞い上がる。その姿は美しく僕の目に焼き付いた。
後ろから馬に乗った誰かが近づく。
振り返ると、英雄のカエサルさんが馬から見下ろしていた。
「大英雄よ、この時は私が貴殿の刃となろう」
「カエサルさん……」
カエサルさんは、初めて僕に笑いかけた。
その微笑みは僕の目に伝説の騎士のように見せる。
カエサルさんが走り去ると、今度はアーストさんが背中を叩く。
「よぉ、大英雄! 残念だったな! 手柄は俺がいただくぜ!」
「アーストさん!」
「ああ、弟の件は感謝してる。あいつも今回の戦いに参加しているから、俺が守ってやらねぇとな」
彼は白い歯を見せて笑うと、手を振って走って行った。
後ろ姿は伝説の戦士のように映る。
すると、誰かが僕の肩を叩く。
「大英雄よ」
「ロビンさん」
「我ら英雄は大英雄の刃となり、貴殿を必ず魔王の元へ届けると決意している。全ては国の為、守るべきものの為だ」
「はい」
ロビンさんは口角を少しあげると、わずかに笑みを浮かべる。
颯爽と走り出した彼の姿はとても大きく、僕なんかでは敵わないような強さを感じる。
歯がゆさのようなものを感じた。
みんなが戦うのに、僕だけ見ているなんて。
「達也」
いつの間にかリリスや他のメンバーが集まってきていた。
僕と同じように温存させられるのは四人だ。
リリス、アーノルド、フィルティー、セリス。
僕を合わせて五人が魔王との戦いに備えなければならない。
「うん、分かっているよ。クランはバートンさんに任せているし、きっとこの戦いに勝ってくれるはずだ」
「ふははははっ! 主人よ、エドレス王国の者達を舐めるでないぞ! なんせ今回は四人の賢者が来ているからな!」
「そうでしたね。賢者様が四人も居れば、間違いないですね」
賢者様達は小型飛行船でこの地へ来ている。
さすがに高齢なのでほとんど船室に籠っているらしいけど、今回の戦いの要とも言える四人だ。グリム様は「戦いの勘が鈍っておるかもしれぬのぉ」とブツブツ言っていたけど、聖教国での戦いで魔族に勝っているのだからきっと大丈夫だろう。
僕は拳を握りしめて戦いを見守ることにした。
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