100話 「公爵令嬢争奪戦3」


『武闘大会もクライマックスとなりました! 大波乱が巻き起こっている今大会を制するのは一体誰なのでしょうか! それでは準決勝です!』


 舞台へバートンとテリアが上がる。

 互いに笑みを浮かべながら一礼した。


「テリア君、君が勝ちあがってくることは想定済みだったよ」


「それは嬉しい話ですね。俺もバートンさんとはどこかでぶつかると思っていましたから」


 二人は静かに火花を散らす。

 クランメンバー同士の戦いはこれまで訓練として散々経験していた。互いに実力を把握しており、手の内も分かっている。だからこそ手加減はない。


「そう言えば、テリア君には仲のいい女友達がいませんでしたか? ほら、定食屋のミーナちゃんとか」


「ミーナにはちゃんと恋人がいます。それを言うならバートンさんだって喫茶店のアミちゃんと仲が良いじゃないですか」


「アミさんとは友人の関係です。まぁ告白されたことはありますけどね」


 テリアは精神にダメージを受けた。

 女性から告白など一度も受けたことがない彼にとって、あまりにも羨ましい話。それだけで経験の差が歴然としていた。


「ま、まだ負けたわけじゃない! 俺はクララ様と結婚してイチャイチャするんだ!」


 バートンは薄暗い笑みを浮かべる。


「まだまだ子供ですねテリア君。貴族の女性は君が考える以上に大人だ。もちろん経験だって豊富。果たして君の知識と技術で満足させてあげられるかな?」


「嘘だ! 愛さえあれば知識や技術なんて必要ない!」


「あははははっ、そこがお子様なんだ。クララ様も最初は君の愛に満足するかもしれない、でもそのあとはどうだい? クララ様の心をつなぎとめるすべを持っているのかな?」


 テリアは愕然とした。

 彼の言う通り自分は何も持っていない。知識も技術もクララを繋ぎとめるすべを持ち合わせていないのだ。それでもテリアの心はもう一度浮上する。


「これから努力する! 満足させられるように頑張るさ!」


 バートンは呆れたように首を横に振る。


「それじゃあ遅い。そもそも君はどうやって努力するつもりかな?」


「ダメなところがあれば直す!」


「やっぱり遅いね。その前に君の事を見限ってしまうよ」


「そ、そんな……」


 テリアは打ちひしがれた。

 司会者は戸惑っていた。試合前にもかかわらず勝敗が決しようとしているのだ。慌てて試合開始を告げることにした。


『えーっと、よく分かりませんが試合開始です! さぁ戦ってください!』


 ゴングが鳴らされると、テリアは槍を床に投げ捨てる。


「負けました……」


『ちょっ!? テリア選手どうしたんですか! 戦ってください! ほら、槍を持って!』


 司会者は槍を掴むとテリアに持たせようとする。

 しかし、彼は暗い顔でそれを拒んだ。


『予想外の展開です! テリア選手戦う前に敗北を認めました! 恐ろしきはバートン選手の話術! これは前代未聞です!』


 観客からはブーイングの嵐。

 負けたテリアは槍を持ってとぼとぼと舞台から降りていった。


「だから子供なのです。私に言い負かされてしまうようでは、まだまだですねテリア君」


 バートンは黒い笑みを浮かべ呟いた。

 男としての戦いはバートンへと軍配があがったのだ。


『それでは決勝戦です! テリア選手が戦わずして敗退という前代未聞の結果を打ち立てたあとに、どのような戦いが繰り広げられるのか非常に不安です!』


 舞台へフィリップが上がる。

 二人の選手は互いに一礼すると言葉を交わす。


「久しぶりだなバートン」


「ええ、フィリップさんもお元気で」


「貴殿がこの大会に出場ということは、没落したロッテス家の復興か?」


「そうですね。ロッテスの栄光を取り戻したいという狙いは確かにあります」


 王国にはかつて公爵家が二つあった。

 一つはハーデン家。もう一つはロッテス家である。

 しかし、歴史の中でハーデン家は残り、ロッテス家は衰退していった。バートンが生まれたころには貧乏貴族としてなんとか存続していたが、それも終わりを迎えバートンが成人を迎えるころに破産してしまう。かつての栄光は遠く、ロッテス家は今や仮住まいのボロ屋に住むような状況へと追い込まれていた。


「公爵令嬢のクララ様と結婚すれば、かつての公爵家の復活が望めるか。だが、そもそもはロッテス家の浪費癖が原因ではないのか?」


「それは否定しません。私の先祖は浪費癖があったのは事実ですからね。そのせいで私たち家族が苦労するのは許せないことです。ですが、打ち立てた偉業は私たち子孫の誇りでもあります。だからこそもう一度、公爵家として栄光を取り戻したい」


「それにしてはさっきの戦いは酷かった。純粋な青年を騙してまで負けを認めさせるとは可哀想だとは思わないのか?」


「事実を言ったまでです。貴族の令嬢という幻想を追いかけるよりも、自身に見合った素晴らしい相手を探す方が人生は楽しいはずですよ」


「それは同意する。しかし、人生には幻想を追いかけることも必要なことだ」


 バートンとフィリップは武器を構えた。


『武器を構えましたね! それでは始め!』


 司会者の声と共に、ゴングが鳴らされた。

 二人はバックステップで距離を取ると、杖を掲げて魔法を行使する。


水斬ウォーターカッター!」


紅き刃フレイムブレイド!」


 水の刃と炎の刃が空中でぶつかり合う。二つは小さな爆発を起こし相殺された。


「やはりゲルドの元に居ただけのことはある。彼はクズだったが、魔法使いとしては一流だ」


「ええ、あれでも賢者ビアンヌ様の元で修行をした英雄でしたから、随分と参考にさせていただきました。救いようのないクズでしたけどね」


 互いに相手の魔法を避けながら、次々に魔法を放つ。

 舞台は魔法によって徐々に破壊され、数分で穴だらけとなった。


「悪くない。もう少し力を見せてもいいかもしれないな」


「そう言って魔力はあまりないのでしょう? 貴方は元々魔力には恵まれていない。だからこそ工夫を凝らし一撃で終わらせようとする」


「……良い観察眼だ。言う通り私は魔力には恵まれなかった。それでも英雄になれたのは、魔法を使うセンスがずば抜けていたからだ」


 フィリップが杖を振ると、真横に炎の鳥が出現する。

 それを見たバートンは足元から水を創り出し、舞台全体を薄い水の膜で覆った。


「私の足元をとる作戦はなかなかだ。只の魔法使いなら負けを認める状況だろう」


 フィリップは「ただし」と呟き、炎の鳥へ飛び乗る。


「あいにく私は英雄フィリップだ」


 鳥は彼を乗せたまま飛翔する。

 バートンは足元にある水を操作して捕まえようとするが、紅き大鳥は優雅に羽ばたき空へと上がった。


「不味い。これでは空から集中砲火を浴びることになる」


 バートンの予想通り、空を舞うフィリップからいくつもの火球が射出される。振り注ぐ炎の雨に、バートンは逃げながら応戦する。


「はははっ! どうしたバートン! 大英雄のロッテス家はこんなものか!」


 地上から放たれる水の刃を華麗に避けながら火球を撃ち続ける。その姿に観客は歓声を上げフィリップの名前を叫んだ。勝利を確信したフィリップコールである。


 舞台へ着弾した火球は爆発と共に、床を満たしていた水を蒸発させる。

バートンは爆発を掻い潜り逃げることで精いっぱいになっていた。


「どうした反撃はしないのか?」


 上空で停滞した火の鳥からフィリップは言葉を投げかける。

 舞台は辛うじて形を留めているものの、すでに戦えるような場所ではなかった。無数のクレーターが形成され白い煙が立ち昇る。その中でなんとか立っているバートンは、憎々しげに空を見上げていた。


「これほどの実力差があるとは思っていませんでした……」


「当然だ。私は英雄であり、貴殿は没落貴族の――ふぐっ!?」


 フィリップは喉を押さえた。自身の異変にようやく気が付いたのだ。

 バートンは表情を一変させニヤリと笑う。


「呼吸が出来ませんよね?」


「き、貴様……なにを……した?」


 丸眼鏡を指でクイッと上げると、彼はネタバラシを始める。


「簡単なことです。貴方が蒸発させた水は私の魔力であり、水蒸気になったとしても私の影響下から抜けることはありません。なので、少しずつ吸わせて喉に水の蓋を作ったのです」


「そん……なばかな……」


「この方法は一対一で相手が人間でなければ使えない奇策。カエサルさんの時もこの方法で勝利しました。貴方が炎を使って水を蒸発させることは織り込み済みだったのですよ」


「あの水は……その為か……私の……負けだ」


 バートンが魔法を解くと、フィリップは舞台に降りて敗北を宣言した。

まさかの展開に観客は二人に拍手を送る。


『フィリップ選手敗北! 大会を制したのはバートン・ロッテス選手だあぁぁああああ!!』


 大歓声の中でバートンは勝利をもぎ取った喜びを嚙みしめていた。念願の公爵家の復活が成し遂げられる、彼は今までの不幸を思い返し拳を握りしめた。


 彼の前に公爵が歩み寄る。


「よくぞ激戦を勝ち抜いた。我が娘のクララと結婚し、ロッテス家を再興するがよい。もちろん私も手を貸そう」


「ご厚意に感謝いたします。必ずやクララ様を幸せにし、ハーデン家とロッテス家が共に支え合う未来を築き上げて見せます」


「うむ、娘をよろしく頼む」


 公爵家当主とバートンは固い握手を交わした。

 それを見ていたクララも笑顔で拍手を送る。


 第836回・公爵家令嬢争奪武闘大会は、バートン・ロッテスの優勝として幕を閉じた。



 ◇



 一週間前に行われた大会で華々しい勝利を飾ったバートンさんは、ハーデン公爵の力を借りてロッテス家を再興させていた。

 屋敷や家財を買い戻し、王家はロッテス家へ領地を再び預けた。まぁ帝国を領土にしたせいで土地は余っているくらいだから、任せる人間がいることは喜ばしいことなのだろう。シンバルさんは公爵家の復活を歓迎しているようだ。


 公爵家令嬢のクララ様を娶ったバートンさんは、何故だか日に日にやつれていた。貴族としての仕事が忙しいのかなと思っていたけど、ロッテス家の当主は存命らしくバートンさんはその手伝いをしているだけとか。

 なので詳しく話を聞くと、クララ様は早く子供が欲しいらしく、毎夜に小作りを求めるらしい。そのせいでバートンさんは疲れていると言っていた。


「そ、そんなに疲れるような事をしているんですか?」


「ええ、クララ様は想像以上の方でした。まさかあれほどとは……」


 僕は話を聞いて興奮した。あれほどってどれほどなんだろう?

 ごくりと喉が鳴る。


「バートン! 何処に居るの!? 早く子供を作るわよ!」


 ドアを開けてクララ様が入って来た。ここは日輪の翼なの屋敷なんだけれど、お構いなしにバートンさんを連れ去ろうとする。


「クララ様、まだ真昼間です! 私はクランの仕事がありますので!」


「何を言っているの! ロッテス家の未来は私たちの子供にかかっているのよ! さぁ帰って小作りよ!」


「ひぃいい!」


 そのままバートンさんは怯えた表情で引きずられて行く。

 僕は彼を見送るしかできなかった。

 

 反対に準決勝まで進んだテリアさんは、喫茶店のアミさんという女性に告白して付き合うことになったそうだ。

 実は以前から彼女のことが気になっていたらしく、試合が終わってすぐに告白したらしい。じゃあどうして大会に出場したのかと聞きたいけど、彼は「令嬢は男の夢なんだ」と言ってはにかんだ。僕にはよく分からない。


 うっかり負けたアーノルドさんは、いつもと変わらず筋肉を育てている。

 結局、彼にはクララ様はどうでもよくて、武闘会にだけ用があったと言うことなのだろう。きっとアーノルドさんは一生独身な気がする。


 試合に負けたカエサルさんとフィリップさんは、自身を見つめ直すために現在は力の塔へ通っている。バートンさんに負けたことが相当ショックだったようだ。


 ぺぺさんは、クララ様と結婚がしたかったと言う訳ではなく、人数合わせとして出場したらしい。なので、ロベルトさんと一緒に負けたことは特に問題はなかったそうだ。その代りだけど、ぺぺさんとロベルトさんの仲がさらに悪くなったのは言うまでもない。




 そして、月日はあっという間に流れて半年が経過した。




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