89話 「ドキドキ大作戦!」


 力の塔から出た僕らは、グリム様の指示に従いひとまず街をブラブラする。

 お金は全てグリム様が払ってくれると言うらしいので、好きなだけ買い物ができるらしい。けど、これってデートじゃないのかなぁ。


「ロキはどこに行ったの?」


 僕の隣でロキを探すリリスは、きょろきょろと落ち着きがない。

 いつもと少し印象が違って見える。


「ロキは屋敷に戻っている筈だよ。ほら、身体が大きくなったしあまりウロウロしていると野生の魔獣と間違われるし」


「た、確かにそうね……まぁいいわ」


 リリスはスタスタと歩いて行く。ただあまり僕の方を見ないから、すごく不自然に感じた。いつもの不遜なリリスじゃない。


「リリス、どうしたの? もしかして賢者様達の話がショックだった?」


「違うわ。私も、魔族とヒューマンがかつて共に暮らしていたなんて知らなかったから驚いたけど、達也と私の関係を見るとそれほど不思議なことじゃないと思ったの」


「じゃあどうしてそんなに緊張しているの?」


「緊張? これが緊張って言うの?」


 彼女はようやく自分に起こっている状態に気が付いたみたいだ。今まで緊張感とは無縁だった彼女らしい言葉だと思う。


「そう言えば、帰り際にビアンヌさんから何か話をされていなかった?」


「え? あ、うん……ちょっとね」


 言葉を濁す。一体どんな言葉を貰ったのだろう? 

 もしかすると、リリスの緊張もそれが原因だのだろうか。


「ね、ねぇ、この店とかいいじゃない? ちょっと寄りましょうよ」


 リリスが指さした店は、最近オープンしたばかりの喫茶店だった。王都では紅茶が流行の波に乗っており、次々に喫茶店らしき形態の店が出てきている。それと付随して菓子の需要も高まり、景気が上昇傾向だとか。


 僕がドアを開けると、設置されたベルが鳴らされ店内に来客を知らせた。


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」


「二名です」


「それではこちらのお席にどうぞ」


 そこは窓際の席だった。

 ガラス越しに街を眺めることができ、通り行く人々を観察することができる。もちろんテーブルや椅子も凝った作りになっており、店内はアンティーク調で統一されていた。


「へぇ、おしゃれじゃない」


 椅子に座ったリリスは店内を見て嬉しそうだった。

 僕も椅子に座って周りを見ると、騎士や修道士がケーキを食べながら紅茶を飲んでいる姿が見えた。こうしてみると不思議な光景だ。やっぱりここは異世界だと実感する。


「リリスは何を頼むの?」


「紅茶とケーキね」


「じゃあ僕もそれが良いかな」


 店員さんに注文すると、数分ほどかかり運ばれてきた。

 僕達の周りに紅茶の甘い香りが漂う。ケーキはふっくらと焼きあがったパンケーキだ。横には生クリームが添えられ、女性客だけでなく男性客も虜にすることは間違いないだろう。


「ここの紅茶はいつもの物と変らない香りね」


「うん、王都の紅茶はB&T紅茶会社が独占しているからね、香りも甘味も僕のと変わりないと思うよ」


「それでも達也の淹れた紅茶の方が美味しいわ」


 リリスは頬をピンクに染めて顔をそむけた。

 自分で言って恥ずかしいのだろう。ただ、やっぱりいつもと反応が違う。

 ますますビアンヌさんの言った言葉が気にって仕方がない。


「このケーキも美味しいね。ふわふわして中がしっとりしてる」


「本当ね。美味しいわ」


 僕はケーキをあっと言う間に食べてしまった。とにかくここのケーキは絶品だ。そんな事を考えていると、目の前に何かが差し出されていることに気が付いた。


「わ、私の分も少しあげるわ」


 リリスがフォークに一口ほどのケーキを突き刺して、僕の前に差し出していたのだ。これはまさか……。


「早く食べなさいよ。それとも私が口をつけたものは嫌なの?」


「あ、いや……」


 彼女は顔が真っ赤だった。まるで熟れたリンゴのようだ。

 僕は少しだけドキッとしてしまう。そんな彼女が可愛いと思ったからだ。


 恐る恐るケーキを口に含むと、感じた事のない甘酸っぱさが脳を痺れさせた。

 コレって間接キスだよね? と、何度も反芻すると同時に罪悪感を感じる。


 僕は霞を裏切っているんじゃないのか?


 そんな気持ちが沸き起こった。

 ただし、事情が複雑なだけに、本当にそうなのかすら判断できない。


「よくやった! いいぞ!」


 どこからか声が聞こえて店内を見渡す。

 客は先ほどと変わりなく、騎士や修道士が静かに紅茶を飲んでいる。店の奥で四人組が紅茶を飲んでいる姿も見えるが、頭から茶色いフードをすっぽりとかぶり顔は見えない。先ほどの声は彼らだろうか?


「どうしたの達也?」


「うん? 何でもないよ。それよりもこの後はどうする?」


 僕の質問に、リリスは窓から外を覗くと一軒の店を指し示す。


「あれよ。あそこへ行ってみましょ」


「雑貨屋さんかな? そう言えば、シェリスさんが家庭菜園をしたいとか言っていたし、何か役立つ物でも買ってあげようかな」


「あのエルフ、完全に順応しているわよね。最初は奴隷として戦ってくれるのかと思っていたけど、メイドの位置にすっぽり嵌っているじゃない」


「うーん、そう言うけどシェリスさんは元々世話好きな人だったし、メイドが性に合っていたのかもね。ああ見えてご近所づきあいも上手くいっているみたいだし、隠れファンもいるみたいだから順風満帆じゃないかな」


 屋敷に騎士や貴族がやって来て、シェリスさんに花束を渡す光景を何度も見たことがある。彼女を大金を払って引き取りたいと言う人もいて、そのたびに僕は断っているのだ。

 特に困ったのは、エクスペル家当主のシルベスターさんまで身請けを申し出た事だろう。どこでシェリスさんを見つけたのか分からないけど、何度も屋敷に来ては話を持ち掛けて来る。僕としてはシェリスさんの判断に任せているので、勝手には決めるわけにはいかないと説明した。そのせいか最近は、シルベスターさんが屋敷に来て彼女の仕事を手伝うという珍事まで起きている。


 侯爵がメイドの仕事を手伝うって不味い気もするけど、熱心な彼を見ると止める気にもなれなかった。恋人や奥さんも居ないわけだし、シルベスターさんの恋心が成就すれば僕としても嬉しい。


「そろそろ出ましょ」


「そうだね」


 僕とリリスは店を出て、近くの店へと足を運ぶ。

 店内はガラス瓶やジョウロが置かれ、他にも人形や日用雑貨が所狭しと置かれていた。シンプルでお洒落な店だ。


「ヒューマンはこんな物どうするの?」


「それは飾りだよ。家の中に置いて、過ごしやすい雰囲気を作るんだ」


 リリスはリスの人形を眺めながら、感心をした様子だった。戦いを好む魔族はきっと、生活様式も実用性を好むのだろう。だから人形を飾る意味が理解できないのかもしれない。


「屋敷にあった鎧みたいな物ね。ヒューマンは本当に変わっているわ」


「それを言ったら魔族だって――うわっ!?」


 店の中でドンッと背中を押された。

 僕は目の前にいたリリスにぶつかって、胸の谷間に顔を埋めてしまう。

すごく柔らかくて、甘い匂いがする。思わず興奮してしまった。


「大丈夫?」


「う、うん……」


 すぐに離れたけど、彼女は純粋に僕の心配をしているようだ。反対に僕は恥ずかしくて顔が熱を帯びて行くのが分かる。生きていてあんなに柔らかくて心地のいい物に触れたのは初めてだ。胸が好きだと叫ぶ男の気持ちが理解できる。


「成功だな」


 声が聞こえて振り返ると、後ろには背中を向ける四人組が居た。茶色いローブを身に纏い、頭にはフードを被っている。先ほど喫茶店で見た人たちだろうか?


 気持ちを切り替えると、シェリスさんの為に植物の種とジョウロを購入した。リリスには白い小さな小物入れをプレゼントする。全面に細かく花が彫られており、開けばオルゴールが鳴る綺麗な物だ。


「ありがとう、大切にするわ」


「うん」


 リリスは柔和な笑みで小物入れを抱きしめていた。こんなに素直な彼女を見たのは初めてだった。僕は今、本当の彼女を目にしている気がする。いつだって我儘でマイペースだけど、真ん中にあるのは素直で優しい心なんだ。そう思えた。


 外へ出ると、すでに空は暗くなっていた。


「そろそろ夕食の時間だね。それにしても、僕たちはこんなことをしていていいのかな?」


「さぁ? 賢者は街をブラブラして来いって言っただけだし、これでいいんじゃないのかしら?」


 そんな会話をしていると、目の前をセリスとアーノルドさんが走り去って行く。


「セリス! アーノルドさん!」


 声をかけると、二人は振り向いて僕とリリスを確認した。


「大友ですか。このような場所で何をしているのですか?」


「それは僕のセリフだよ。二人とも何をしているの?」


「もちろん聖王探しです。集めた情報では、やはりこの王都へ来たらしいのです。なので、私たちは足取りを追っているのです」


 まだ聖王を探していたんだと呆れる。

 ということは今頃フィルティーさんも走り回っていることだろう。出来れば三人が喧嘩をするような事態は避けてほしい。……あ、アーノルドさんは関係ないか。


「ふはははははっ! 聖王よ! 早くでてこい! 俺がこの筋肉で懺悔させてやろう!」


「筋肉では懺悔できません! 何度言ったら分かるのですか!」


「なに!? 出来ないのか!? 俺はいつも筋肉に懺悔しているぞ!」


 セリスとアーノルドさんが言い合いを始める。内容は筋肉の事ばかりだ。

 僕はリリスと一緒にその場から離れることにした。


「筋肉バカって脳みそも筋肉なのかしら?」


「あはは……」


 否定できない。アーノルドさんはきっとすべてが筋肉で出来ているんだ。


 僕とリリスは適当な店へ入ると、夕食をとることにした。

 高級料理店とは言えないけど、なかなかの店だ。中にはちらほら貴族らしき姿も見かけ、誰もが男女で席に座っている。その中で異質な人物がひたすら酒を飲んでいた。


 フィルティーさんだ。


 がやがやと男女が楽しそうに食事をする中で、一人だけ酒を飲む姿は明らかに周囲から浮いている。しかもテーブルにはいくつもの空になった瓶が置かれ、ダラリと身体を動かしてはグラスに入ったワインを飲み干すのだ。完全な酔っ払いだ。


 とは言え、見過ごすこともできず僕らはフィルティーさんへ近づく。


「フィルティーさん? どうしたんですか?」


 テーブルへ顔を付けていた彼女は、顔を上げて僕とリリスを確認する。眼はウルウルと涙ぐみ、今にも泣きそうな表情だった。


「聖王様が見つからにゃいのだ……」


「そうですか……」


 何とも言えない。僕としては賛成も否定も出来ないので、濁すことしかできなかった。ひとまず彼女の居る席へ座ると、店員に瓶を下げてもらい料理を注文する。


「ちょっと、しっかりしなさいよ! 貴方、英雄候補でしょ!?」


「そうにゃ、私は英雄候補だにゃ……ぜいおうざまの一人や二人くらい…………むにゃむにゃ……」


 フィルティーさんはグラスを持ったまま眠ってしまった。

 彼女がここまで酔っぱらう姿は初めて見た。いつもは毅然とした態度なのに、よほど聖王が見つからなかったことにショックを受けたのだろう。


「ご注文の料理をお持ちいたしました」


 店員が豪華な料理をテーブルへ乗せる。

 そして、グラスにワインが注がれた。


「ここには二人しかいないけど、とりあえず聖教国での戦いお疲れ様」


「ふふ、二人っきりで食事って初めてね」


「あれ? そうだっけ?」


 よく考えてみれば、いつだって誰かが傍にいた。今日もフィルティーさんがいるけど、カウントするのはどうかと思う。だから今日は初めての二人っきりだ。


 料理を食べると、ワインを一口含んで味わう。

 この世界に来て数年だ。僕も確実に年を取っているし、ワインくらいは呑めるようになった。自覚がないまま大人になってゆくのだと知らされる毎日だ。


「悪くないわね。でも達也の料理の方が美味しいわ」


「あはは……ありがとう」


 そう言うことは心の中で言って欲しいけど、リリスが僕の思う配慮を理解してくれるとは思えない。なので注意はしない。


 ふと、以前から考えていた疑問が浮かんだ。


「僕と出会った時、リリスは本気を出さなかったよね? どうして僕を殺そうとしなかったの?」


 質問にリリスは顔を赤くする。


「殺そうと思ったわ。でも……感じた事のない気持ちになって本気が出せなかった」


「感じた事のない気持ち?」


「あの時は分からなかったけど今なら分かるわ。私は達也を愛していたのよ。だから私は達也を殺せなかった」


 ようやく当時の僕がリリスに勝てた理由が分かった。

 僕は霞の愛に助けられたのだ。リリスは知らぬ感情に戸惑い、僕を殺すことを躊躇った。そう考えれば、勝っても負けても僕は死ぬことはなかったのかもしれない。結局、リリスは僕の奴隷になっちゃったけどね。


「後悔はしてないの?」


「ないわ。私はこの気持ちを知れてよかったと思ってる。達也の傍に居られることが何よりも幸せだもの」


 彼女の横顔は綺麗だった。

 告白に失敗した”あの日”の霞の横顔よりも美しいと感じてしまう。同時に僕の中でぐるぐると霞とリリスへの感情が渦巻く。それは静かな嵐の如く、心の中で激しく暴れた。


「僕は……どうすればいいか分からない」


「達也……」


「僕は霞を愛している。でも、リリスも好きだ。どちらかを選ぶ必要はないのも分かっている。でも霞だけを一生愛すると決めたんだ。あの日、眼を開けなくなった霞の顔を見てそう誓った。だからどうすればいいかわからないんだ……」


 リリスは僕の手に手を重ねる。


「それでいいの。ずっと待つわ。ずっとそばにいて待つから」


「リリス……」


 僕は器用な人間じゃない。二人の女性を愛せるほど器用じゃないんだ。でも、リリスはそんな僕を待ってくれると言っている。この想いに応えられない自分自身に嫌気を感じた。それでも僕は霞だけを愛している。この気持ちは悲しいほど揺るがない。


「目の前でイチャイチャするにゃ!」


 寝たいた筈のフィルティーさんが目を覚ましたようだ。


 ただし、目が座っている。


「私がぜいおうざまを必死で探しているのに、イチャイチャしやがってにゃ! 許さないにゃ! ……ヒック」


 そう言って再び酒を注文する。慌てて注文を取り消すと、フィルティーさんを背中に抱えて三人で店を出ることにした。


「おら、なに見てんだにゃ! ぶっ飛ばすぞにゃ!」


 背中にいるフィルティーさんは、道行く人々に声を荒げて喧嘩をふっかける。酔っぱらうとここまで人が変わるとは知らなかった。キャラが変わりすぎて怖い。


「今日はこれくらいにして帰ろうか」


「もう帰るの?」


 リリスは挙動不審だ。チラチラとどこかを見ている。

 視線の先には、この街で一番大きな宿があった。確か宿泊料が高くて、上流階級くらいしか使わない超高級宿だ。僕は首をかしげる。


「ふむ、この状況では最後までは行けぬだろうな」


 声に振り返ると、茶色いローブを羽織った四人組が立っていた。被っているフードをとると、グリム様やシヴァ様の四人の賢者が顔を見せる。


「あれ? どうして此処に?」


「ずっと後ろをつけておったが、儂らに気が付かぬとはまだまだじゃの」


「え? 後ろをつけていたんですか?」


 そもそも今日のデートはグリム様達の命令だ。あとをつけていたのと関係があるのだろうか?


「儂らは大友とリリスの絆を深めようと考えていた。今日のゴールはホテルで朝を迎えてもらうつもりじゃったが、とんだ邪魔者が入ってしもうたの」


「ホテルで朝を迎える……?」


 顔が熱くなった。

 それってまさかあれだよね……。


「リリスは知っていたの?」


「し、知ってたわ。賢者から最後にそこのホテルに行けって……」


 うわぁぁぁぁあああ! そんなのあんまりだぁあああ!

 僕だって好きで童貞でいる訳じゃないけど、初めては霞と一緒にってずっと考えていたのに!!


「ひどいよグリム様!」


「そんなことは知らぬ。お主には我々人類の存亡がかかっておるのじゃ、一発やって愛を深めれば儂らは救われるのじゃからの」


「一発って……」


 そりゃあ僕が我慢をすればみんな救われるのかもしれないけど、僕にだって心の準備ってものがあるしリリスにだって……。


 そう思ってリリスを見ると、彼女は僕の腕を握ってホテルへ行こうとする。


「この際、邪魔者が居てもいいわ! 私と達也は全てが結ばれるのよ!」


「ま、待って! まだ心の準備が!」


「大丈夫よ! 私に任せて! 私も初めてだけど、優しくするから!」


 ええええ!? さっきは待ってくれるとか言っていたのに、変わり身が早すぎるよ!


 僕はグイグイと引っ張るリリスに反抗して踏みとどまる。賢者様達はそろってニヤニヤしているし、背中のフィルティーさんは「男だろ! やっちまえにゃ!」と騒ぎ立てる。


「ぼ、僕は帰ります!」


 武装闘術スピリットオブコンバットを発動させると、フィルティーさんを背負ったまま空へと飛びあがる。もちろんリリスの手も握ったままだ。そのまま二人を連れて屋敷へと戻ることにした。



 ◇



 ここは王城の遥か地下にある牢獄。

 湿気が漂い、床を灰色の鼠が走っていた。


「ううう……ううぅ……」


 地獄の底から響くような声。

 それは牢屋の中から響いていた。


 足音が聞こえる。

 重く鎧を着こんだ男の足音だ。ゆっくりと牢屋に近づき、そして止まった。


「おい、お前の処遇が決まったぞ」


 兵士であろう男は、牢屋の中に居る男へと話しかける。

 牢屋の中で横たわり、身につけている物は白いズボンのみ。上半身には、いくつもの赤いみみず腫れが痛々しい。


「わ、我は聖王だぞ……このような仕打ちは天罰が下る……」


「悪いけど、俺ぁデザイト教徒じゃねぇんだ。そう言う説教は信徒にしてやってくれ」


 兵士は牢屋の鍵を開けて、聖王を引きずり出した。


「おら、ちゃんと歩け」


「我の処遇とは……なんなのだ? この聖王に相応しいものなのだろうな?」


 手足に嵌められた手錠をじゃらりと鳴らしながら、聖王は冷たい通路を歩いて行く。行く先は地上のようだった。


「ああ、聖王に相応しい処遇らしいぞ。保証してやる」


「ふん、ならば最初にお前の首を切り落としてやるからな」


 聖王は兵士へ殺意を向ける。

 王都に来てからすぐに拿捕された聖王は、王城の地下にて拷問を受けた。聖教国の情報と、魔族の情報を得ようとしたのだ。しかし、聖王は王国が求める情報を持ってはいなかった。それどころか、すでに国民から見放されているという情報すらグリムよりもたらされていたのだ。


 利用価値はない。オースティン現国王はそう判断した。


 聖王を連れた兵士が地上へ出ると、大勢の兵士が居る場所へと移動した。

 そこは石畳が冷たく、周りには高い外壁に囲まれていた。ただ、青空だけが鮮明に聖王の目に映る。


「聖王よ」


 床に座らされた聖王の前に、現国王オースティンが歩み寄る。


「オースティンか……久しいな」


「貴様はどうしてここに居る? 貴様は一国の主ではないのか?」


「愚問だ。我は聖王であり、民は我の手足。いざとなれば民を切り捨て、生き残るのも率いる者の務めではないか?」


「その点は同意しよう。だが、貴様が王でいられるのは民の信仰によってだ。信仰を失った貴様に王と名乗る資格はない」


 オースティンの言葉に聖王は憤慨する。


「我は女神の子孫だぞ! 我が半身は神であり、生まれながらに世界の王としての資格を有している! お前は我に跪くべきだ!」


「……やはり貴様はこの国では受け入れられぬな」


 オースティンは兵士達に視線を送ると、数人が動き出し聖王を床へ押さえつけた。


「何をする! 止めろ! 我は聖王なるぞ!」


 斧を持った兵士がゆっくりと近づき、聖王の首の真上で斧を構える。


「まさか……やめろ! 我を殺せば天罰が下る!」


「いや、貴様こそ天罰を受けるべきなのだ。恩を忘れた愚か者よ」


 オースティンが呟くと、斧が振り下ろされた。




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