86話 「第三の封印」
「この辺りに居るはずだけど……」
僕は大きくなったロキに乗って、街の中を探索する。リリスの気配を追ってここまで来たけど、魔物の死骸だけで姿は見えない。どこに行ったんだろう?
「わうぅ」
ロキは鼻を鳴らして一軒の店に入る。すでに人はいないはずだけど、奥から何かを焼いている臭いがするのだ。
「駄目ね。達也みたいに上手く料理できないわ」
調理場を覗くと、リリスが魔物の肉で料理を作っているようだった。ステーキだろう肉は、表面は焼け焦げとてもじゃないが料理とは言い難い。ひとまず声をかけることにした。
「リリス。何をしているの?」
「達也! 良いところに来たわ! すぐにこの肉を焼いてほしいの!」
「お腹が減ったの?」
「違うわよ! 避難しているヒューマンを見つけたから、何か食べさせてあげようと思ったの!」
僕はリリスの言葉に感動した。
ヒューマンと敵対していた彼女が、彼らの為に食事を作りたいと言っているのだ。嬉しくて泣きそうになった。
「なによその顔は……」
「ううん、嬉しいんだよ」
「そう、とにかく達也が作って。私だと――」
リリスは僕の後ろに居るロキにようやく目が止まった。
「ロキが大きくなったんだ。せっかくだし、リリスが作ったステーキは僕とロキで食べるよ」
「それはいいけど……随分と大きくなったわね」
リリスはロキに近づいて顔を撫でてやる。
僕以上に可愛がっていた彼女だから、本当に驚いたのだろう。ロキは嬉しそうに、リリスの頬をぺろぺろと舐めた。
「小さいのも可愛いけど、これくらいのサイズも悪くないわね。毛並みもサラサラでふかふかだし、ロキの上で眠れそうだわ」
「布団代わりにはしないでね」
一応注意しておいたけど、ロキのもふもふに夢中で話を聞いている感じではない。時間を無駄には出来ないので、さっそく魔物の肉を切り分けると、フライパンに乗せて焼き始める。香ばしい匂いが調理場に充満した。
五十人分の料理が出来たところで、リリスに案内されて避難所へ移動する。
避難所では、三十人ほどの人々が隠れていた。子供連れが多く、とてもじゃないが魔物と戦える人はいない様子だ。僕は持ってきた食事を地面に置くと、子供たちが先に食べ始め次第に大人たちも口を付ける。
「美味しい! これってリリスおねぇちゃんが作ったの!?」
一人の女の子がリリスに話しかける。
「違うわよ。私は下手だから、達也に作ってもらったの。遠慮せずにたくさん食べないさい」
「うん! リリスおねぇちゃんの彼氏さんは料理が上手なんだね!」
彼氏? 疑問を感じてリリスを見ると、彼女は顔や耳を真っ赤にして固まっている。きっとカップルと間違われて、怒りを感じたのだろう。ここは僕がちゃんと否定しておかないといけない。
「違うよ。リリスと僕は恋人じゃないんだ」
「え? そうなの? リリスおねぇちゃん、おにいちゃんの事を嬉しそうに話してたのに……」
少女は納得のいかない様子だった。一体どんな話をしたのだろう?
リリスと見ると、彼女は僕を睨んでいた。
気配に怒りの感情が混じっているのだ。
「なにか不味い事でも言ったかな?」
「知らないわ!」
リリスは避難所を出て行く。
「おにいちゃんは女心が分からないんだね……可哀想」
少女に哀れみの目を向けられて、言葉が出なかった。
◇
「魔人と魔物は私たちが全滅させた。残りは西へ逃げていったそうだが、まだ安心とは言えない」
「ふはははははっ! 俺の筋肉に恐れをなしたか!」
「五月蠅いぞアーノルド! いちいち筋肉を見せるな!」
僕達は結界が張られている大聖堂近くで集合した。
現在はフィルティーさんから報告を受けているけど、アーノルドさんが戦いの興奮が冷めないようでしきりにポージングを披露していた。僕はずっと目を逸らしている。
「これ、お前たち。少しは落ち着いたらどうじゃ」
グリム様はそう言って、女性の裸が描かれた本を熱心に読んでいる。誰かに”この方は賢者様か?”と聞かれれば全力で否定することだろう。
「どうでもいいけど、あの結界を超えて中に入る方法はないの?」
リリスが切り出した言葉は、僕も考えていたことだ。
何度か結界へ攻撃をしてみたんだけど、全てが跳ね返されて侵入できる感じじゃなかった。このままだと、大聖堂へ入れないままここを離れなければならなくなる。
「グリム様、何か方法はないでしょうか?」
僕が尋ねると、グリム様は本から少し目を上げる。
「そうじゃの。そろそろ行くか」
グリム様が立ち上がると、持っていたはずの本がいつの間にか消えていた。そのまま杖を突いて結界の傍へ近づく。
「全員こちらへ来い」
指示に従って結界の近くに行くと、グリム様は杖を振った。
一瞬で景色が変わり、結界の内側へ移動したのだ。突然の出来事に理解が追い付かない。
「これってどうなっているんですか? どうして僕達は中へ?」
「五月蠅い」
ぽかっと杖で頭を叩かれた。
ひどい、なにが起きたのか知りたかっただけなのに。
僕達は大聖堂の中へ入ると、空気がひんやりとしていて肌寒さを感じた。
大勢の気配が漂い、確かにここに人が居ることを知らせている。
さらに奥へ進むと、礼拝堂のような場所へたどり着く。そこでは大勢の人たちが、静かに祈りをささげていた。
「ん? あんた達、見ない顔だな……」
一人の男性が僕たちに気が付いて声をかけて来る。
「はい、結界の外から来ました。魔族たちは倒しましたので、ひとまずは安心できると思います」
「魔族を倒した!? それは本当か!?」
「ええ、ですがまだ魔物が潜んでいるかもしれませんので警戒は必要です」
男性の声に大勢の人が反応した。
複雑な感情が礼拝堂内で渦巻くも、皆が喜びの言葉と共に涙する。
彼らの姿を見ると、救えてよかったと心の底から思えた。
助けられなかった人は沢山居る。それでも助けられた人もいるんだ。
「な、なぁ、あんた達。助けてもらったところで悪いんだが、食糧とかは持っていないか? しばらく何も食べていなくて、みんな腹を空かせているんだ……」
男性の言葉に、僕はストレージリングから食糧を取り出す。
ドサリと置かれた大量の食材に、誰もが歓喜の声をあげた。全て大迷宮産だ。感謝はあの三体のロボットにしてほしい。
女性達がすぐに調理に取り掛かり、その間に謁見の間へ移動した。グリム様が皆に見せたいものがあるらしい。
豪華な部屋へ案内された僕たちは、内装や装飾に見とれる。さすが謁見の間と呼ばれるだけのことはある。白と赤を基調とした、実に華やかで洗練された部屋だ。
「ここがかつて聖王と呼ばれる王が居た場所だ」
グリム様の言葉通り、部屋には金色の大きな椅子が置かれていた。玉座だ。
「聖王はどこに?」
「逃げたのじゃ。玉座の後ろを見てみよ」
僕は椅子の後ろへ回り込んだ。床には四角い穴がぽっかりと口を開いている。
きっと脱出路へ通じているのだろう。僕の中で怒りが沸き上がった。
「そこはもう使えぬ。逃げ出した聖王が壊したようじゃ」
「でもどうして壊す必要があったんですか? みんなを連れて逃げれば、もっと沢山の命が助かったのに……」
「聖王はそうは考えなかったと言う事じゃ。ここに残る民を囮に使い、限られた食糧を持ち去った。死んでゆく者達に食糧は必要ないからの」
「じゃあ彼らは王様に見捨てられた?」
グリム様は無言で頷く。
話を聞いていたフィルティーさんは絶句している。何故なら彼女はデザイト教の信者だ。聖王に対しても絶大な信頼を寄せていた。
「わ、私は……」
彼女にかける言葉が見つからない。
同時にセリスの事が心配になった。ここに居るはずだけど、姿を見かけないのだ。
「アーノルドさん、セリスの姿を見ましたか?」
「いや、見ていないな。だが、聞いた話によれば、聖女は確かにここに居るそうだぞ」
「ちょっと探してきます」
「じゃあ私も着いて行くわ」
僕とリリスは大聖堂の中をうろうろと探索する。
だが、何処にもセリスの気配がしない。
残るは礼拝堂の中となった時、強い頭痛と眩暈が襲ってきた。
「……よ……あ……と………かえ…」
頭の中で老人が僕に何かを話しかけている。でも、顔はぼんやりとしていて見えない。言葉も途切れていて全く聞き取れなかった。
映像は僕の頭の中で再生されている。
分かったのはそれだけだ。すぐに映像は消え、頭痛や眩暈はなくなった。
「ねぇ、達也! どうしたの!?」
リリスが心配して僕に声をかけている。いつの間にか床に倒れていたようだ。
「大丈夫。もう平気だよ」
立ち上がると、自分の身体を確認した。
どこにも異変はない。アレは何だったのだろうか?
ふと、僕の横を黒い蝶が横切る。
ぱたぱたと飛び、不思議と蝶に視線が向けられていた。
蝶は礼拝堂の中へ入って行くと、最奥にある扉へ消えていった。
僕は導かれるままに扉へ近づこうとすると、座っていた大勢の人々が一斉に立ち上がって進路を遮る。
「退いてください。僕はあの扉へ行かなければならない」
「いや、退かねぇ。助けてくれたあんたには悪いが、この先は行かせねぇぞ」
老若男女を問わず、僕の前を大勢の人が体を使って塞いでいる。あの扉へは近づけさせないという明確な意思を感じた。気になった僕は、礼拝堂の地下へ意識を向ける。
「まさか……」
感じたのは強い圧力だった。
これほどの圧力を発するものを僕は知っている。
邪神の封印だ。
「皆さんには悪いですが、僕は先へ行かなければなりません」
僕は魔法で人々を眠らせる。
バタバタと床に倒れて行く姿は、すこし罪悪感があるけどそれでもあきらめるつもりはない。
扉の前に行くと、リリスが不思議そうな顔だ。
「その奥に何かあるの?」
「うん、霞が居るんだ。だから僕は行かないといけない」
「霞? 前から気になっていたけど、その霞って女は達也の何なの?」
「僕のすべてだ」
そう言うと、一瞬だけリリスは悲しそうな表情を見せた。
「いいわ、私も着いて行く」
「わかったよ」
僕達は古びた扉を開けて中に入った。
◇
「いつまで歩くの?」
「もうすぐ着くよ」
洞窟のような通路はひたすら下へ続く。
空気は冷たく、地の底へ通じているような錯覚さえ起こすのだ。でも、少しづつだが気配は近づいていた。
そして、大きな部屋へたどり着く。
「とうとう来てしまいましたね……」
部屋の中心部には封印が置かれ、その前にセリスと見慣れない女性騎士が立っている。僕らを見つめる目は冷たい。
「セリス! こんなところに居たんだね! 心配したんだよ!」
「ご心配おかけしました。ですが、すぐにここから立ち去ってください」
セリスは封印の前から動こうとはしない。
そこで僕はハッとした。
「霞に……女神に封印を壊させるなって言われた?」
「ええ、大友がこの国の民を救い、そして邪神の封印を壊すと女神より聞きました。私は信じてはいませんでしたが、こうやって大友が現れたと言う事は本当のことなのでしょう……」
「うん、僕は封印を破壊する」
「何故ですか!? これを壊せば、邪神が復活しこの世は滅びてしまいます! 貴方は英雄ではありませんか! 人々を救うのが貴方の仕事のはずです!」
セリスの言葉はもっともだ。でも、僕はそれでも霞に会いたい。
もう二度と会えないと分かっていた最愛の人と会えるなら、僕は悪魔にでも魂を譲るだろう。
「僕は霞に会いたい。邪神が現れると言うのなら、僕が倒すつもりだ」
「愚かな! 英雄になって思いあがってしまったのですね! 人が神に勝てるなどあり得ません!」
「じゃあずっと女神に封印をさせるつもりか! 霞一人だけにずっと邪神を背負わせるつもりなのか! 僕はそんなの絶対に許さない!」
「そ、それは……」
セリスは悔しそうな顔をして黙る。
だが、横に居た女性騎士が前に進み出た。
「私は女神に封印をしていただくことに異論はない。何故なら、我々は無力であり儚い存在だからだ。女神のように邪神を封じるなど、出来ることではない。それでも封印を解くと言うのならば、私が相手する」
騎士は剣を抜いた。
意地でも僕を通すつもりはないらしい。
「僕も退くつもりはありません」
槍を構える。こればかりは誰かに理解してほしいなんて思わない。僕は僕の為に封印を破壊するのだから。
騎士が飛び出し、僕も呼応するかのように対応する。剣と槍が打ち合わされ、甲高い音が部屋の中で何重にも聞こえる。騎士の動きは遅くはない。けど、僕の目にはスローモーションに見える。
騎士の顔は必死だ。魔族を倒したであろう僕に、剣を向けることがどれほどか分かって戦っているのだろう。
「貴殿ほどの英雄が何故!」
「僕は英雄だけど、それ以前に一人の人間です! 愛する人のためなら、邪神でも倒して見せる!」
「でまかせだ! 人の身では神には勝てない! それに女神は貴方が封印を解くことを拒んでおられる!」
「それでも僕は霞に会いたい!」
僕の槍は、騎士の剣を弾き飛ばした。
宙を剣がくるくると舞い、勝敗は決したかのように床へ落ちた。
「なぜ、これほどの英雄が……」
騎士は悔しそうに床に膝を突いた。
「僕の勝ちですね。封印は破壊します」
封印へ近づく。
「駄目です! 破壊は許しません!」
セリスが立ちふさがった。眼は僕を見据えている。
「霞を取り戻し、そして邪神を必ず倒すつもりだ」
「嘘です! 神を倒せるのは神だけです! 大友では倒せません!」
「それでも僕は霞に会いたい。だからごめん……」
僕はセリスに催眠をかける。
彼女は床に倒れた。
封印に視線を向けると、大きなクリスタルの中で制服姿の霞が眠っている。
それだけで僕の心は強く締め付けられた。
僕の心は”あの日”で止まっている。
前に進むには、もう一度霞と話をしなくちゃいけない。何かが変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。それでも僕は霞に会いたい。
槍を振り上げると、封印に向けて振り下ろそうとした。
けど、槍が止まる。いや、僕が止めたんだ。
「やめてたっちゃん……」
霞が封印の前に現れたからだ。
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