80話 「時代の終焉」


 巨人を倒したことで、僕やリリスは兵士達に喝采を浴びた。

 もちろん他の英雄も勇猛に戦ったと誰もが褒めたたえたのだ。


 特に今回の戦で目覚ましい働きをしたのは日輪の翼だった。

 罠にはまった軍を助け、天狼傭兵団を退けた功労は大きかったようだ。


 結果的にヘルグリズリーの乱入により帝国軍は殲滅してしまったけど、そんな不測の事態も含めて戦争とは行われる。僕達は勝ったのだ。


 王国軍はすぐに本営の撤収作業に取り掛かり、将軍は次なる命令を全軍に下した。


「これより五万の兵を率いて、帝都パルメザンへ侵攻する。残りの戦力は王都へ戻り、防衛強化に勤めよ」


 十五名の軍団長と五人の英雄が揃うテントの中で将軍はそう言ったのだ。僕は内心でようやく王都に帰れると思っていた。


 でも将軍の話は続く。


「五万の兵にはロビン殿と大友殿に同行願う」


「え? 僕ですか?」


「もちろんだ。なんせ大友殿は、英雄の中でも飛び抜けた実力者と露見したからな。それにクランもなかなかの猛者ぞろいと来た。帝国まで着いて来てもらうぞ?」


 ゴリラ―ド将軍はいたずらっ子のような笑みを見せる。反対にロビンさんは表情を変えずに沈黙していた。


「では会議は終わりだ。すぐにここを出立するぞ」


 将軍の言葉により会議は終了した。



 ◇



「いつになれば王国を落とせるのかしら? もう兵を送り出して一ヶ月よ」


「フローラよ、そう焦るな。王国には四人の賢者が居るのだ、簡単に落とせるような相手ではないだろう。我らは吉報を待てばいいだけだ」


 皇帝であるミシェルは、皿に乗った肉をナイフで切るとフォークで一口含む。ここは帝都パルメザンにある王城のダイニングである。煌びやかな銀の食器に、部屋の内装は贅を凝らし金やクリスタルがふんだんに使われている。


 食事を見守るのは十人のメイドであり、いずれも美人ぞろいであった。彼女たちはミシェルの夜の世話も担当しており、帝国中から集められた妾候補である。そんな光景を何とも思わないフローラは、メインの料理を食べ終えるとグラスに入ったワインを口にする。


「ふぅ、今日の料理は落第点ね。料理長はなんて言う名前なの?」


 フローラの言葉にメイドの一人が答える。


「本日の料理長はロズンという者でございます」


「そう、じゃあクビにしてちょうだい」


「かしこまりました」


 その様子を見たミシェルが眉を顰める。


「今月に入ってクビにするのは二十三人目だぞ? さすがに多すぎやしないか?」


「何を言っていらっしゃるのかしら。私はいずれ王国と帝国を支配するだろう者の母親よ? 超一流の私には超一流の料理が出されて当然」


 ミシェルは押し黙った。彼女との結婚生活はこんなことの繰り返しだからである。しかし、ミシェル自身も皇帝として贅沢三昧を常として生きてきたこともあり、彼女の言葉に反論する意味を見いだせなかった。


 そこへ騎士が部屋へ飛び込んできた。


「陛下! 大変でございます!」


「なんだ騒々しい。今は食事中であるぞ」


「そのようなことを言っている場合ではありません! すぐにここからお逃げください!」


 騎士の狼狽えぶりに、ミシェルやフローラは顔を見合わせて笑い始める。軍事強国である帝国の皇族が逃げなければならないなど、彼らにとって笑い話としか聞こえなかったのだ。事実、帝国が建国されてただの一度も皇族が帝都から逃げ出すことはなかった。常勝の帝国と呼ばれるゆえんである。


「笑っている場合ではありません! 帝国軍は八割を超す戦力が失われ、現在王国軍がこの帝都へ迫ってきております!」


 騎士の言葉を聞いたミシェルとフローラは驚愕のあまり押し黙る。そして、ミシェルが口を開いた。


「わ、我が軍は負けたのか?」


「敵は本軍を殲滅し、我々の補給路すらも分断していました。そのせいで報告が遅れたのです。すでに奴らはこの帝都の目前まで迫っております」


「あり得ぬ! 我が軍は三十万もの軍勢を誇っていたはずだぞ! なぜ負ける!?」


 ミシェルはテーブルを叩いたが、騎士は黙ったまま片膝をついていた。騎士ですら何故敗戦したのか分からないからである。


 フローラはすぐに立ち上がると、ダイニングから出て行った。無我夢中で子供部屋へ駆け込むと、まだ赤ん坊であるケイオスを抱いて身支度を整える。


「フローラ! 何処へ行くつもりだ!?」


 ミシェルがフローラへ駆け寄ると、彼の手を振りほどき喚き散らした。


「私は王国へ帰るわ! お父様に保護していただくの! ケイオスが居れば、お父様も私をどうにかしようなんて思わない筈だわ!」


「お前は今さらになって王国へ亡命するつもりなのか!? しかも我が子を使って! 許さぬぞ!」


「最初からこんな国へ嫁ぎたくなかったもの! 貴方がどうしてもというから、わざわざこんな堅苦しい国へ来たの! 全部貴方のせいよ!」


 ミシェルは絶句した。目の前の女は、全ての責任を自分に押し付けようと言っているのだ。彼の中でフローラへの愛は砕け散った。


「貴方はせいぜい処刑でもされればいいわ。帝国はもう終わりよ」


 フローラが部屋から出ようとすると、城内に叫び声が聞こえた。大勢の足音に何がが壊される破砕音。二人は恐怖のあまり動けなくなり、ただただ立ちすくんでいた。


 キイィィと木製の扉が開かれ、一人の男が部屋へと踏み入る。


「ここに居たか……」


 ロビンはミシェルとフローラを見て呟く。


「ぶ、無礼者! すぐにこの部屋から出て行け! 我を誰だと心得る!」


 ミシェルは自分がこの国の皇帝だと言い放ち、腰にある剣を抜こうとする。


 ――が、剣の柄に手を置いたままミシェルは床に倒れた。


 眉間には一本の矢が突き刺さっている。


「さて、次はそこの女性か。名はなんと言う?」


 淡々と質問するロビンに、フローラは表情を明るくした。


「お父様が助けを寄越したのね! 私はフローラよ! 早く保護して頂戴!」


「そうか、お前がフローラか」


 ロビンは目にもとまらぬ早業で矢を放った。そしてフローラの眉間に突き刺さる。床に音を立てて倒れた彼女の腕には、赤ん坊が握られたままだった。


 突然の出来事に赤ん坊は泣き始める。


「赤子……」


 赤ん坊を抱くと、数分ほど何かを考える。

 何度も二人の死体を確認し、赤ん坊の顔を眺めた。


「……」


 ロビンは赤ん坊を抱いたまま部屋を後にした。



 ◇



「閣下、王城を押さえました」


 兵士の報告に将軍ゴリラ―ドは頷く。


 帝国軍を倒してからの王国軍の動きは素早かった。帝国までの最短距離を駆け抜け、途中にあった砦すらも、ものの数時間で落としてしまう驚異的な侵攻作戦を実現した。さらに無駄な時間を省き、一気に帝都へと攻め入ったのである。


 帝都の守りは薄く、大友が街への門を破壊したことにより一気に帝都内へなだれ込んだ。その後は街を制圧し、ゴリラ―ド率いる王国軍は帝国を陥落させたのだ。


 報告を受け取ったゴリラ―ドの元へロビンがやってくる。


「ゴリラ―ド将軍、皇帝と后は処分したぞ」


「それはご苦労。ところでその赤ん坊はどうした?」


「不憫な子なので引き取る事にした」


「……そうか。では、吾輩は見なかったことにしよう」


 将軍は誰の子供なのか察したが見逃す事にした。良心からという訳ではなく、現国王オースティンの孫であると言う事に配慮したからだ。もちろん王国で正式に引き取るわけにはいかない。皇帝の子供でありフローラの子供という事実は、いかにオースティンであろうと焼けた石を飲み込むような行為である。


 将軍はロビンを見て意外だと感じた。子供に興味を持つような人物には見えなかったのだ。彼が何を考えて引き取る事にしたのか、それは本人にか分からない。


 一方、日輪の翼は帝都の外で警戒を行っていた。


「とうとう戦争が終わりましたね。なんだか呆気ない気もします」


「戦争というものは何時だってそう言う物ですよ。いくつもの国が栄えては滅ぶのです。今回は勝ちましたが、王国だっていつかはそんな時も来ることでしょう」


 達也はバートンと空を見ながら話をしていた。帝都の周りは見晴らしのいい草原に囲まれ、遠くには山々が見える。青い空に白い雲のコントラストが達也の心を癒しているようだった。


「あ、そう言えばゲルドが死んだそうですね。バートンさんの奴隷契約も破棄しないといけませんよね」


「できれば私自身でケリをつけたかったのですが、そうはならなかったようですね。ですが、私を正式なメンバーに迎えていただけるというなら喜んでお受けします」


 バートンは眼鏡を指で上げると、顔を緩ませて笑顔を見せる。まるで憑き物が落ちたかのようだった。


「ねぇ、何か飛んできているわよ?」


 達也の近くに居たリリスが空を指差す。

 王国があるだろう方角の空に、確かに白い何かが飛んでいた。


「あれはグリム様の飛行船だよ。こっちに向かっているみたいだけど、何かあったのかな?」


 飛行船は帝都の近くに降りると、賢者グリムが杖を突いて達也へ歩み寄る。


「どうやら帝国を落としたようだな。これで王国は後方の憂いが無くなり、戦力と広大な領地を手に入れたわけだ。結構結構」


「あの、どういう意味ですか?」


「大友よ、これで終わりと思うな。戦いはすでに始まっておる」


 達也は首をかしげる。戦いは終わったばかりではないかと思ったからだ。


 傍にいたバートンは、ハッとした表情でグリムに質問した。


「まさか……魔族ですか?」


「そうじゃ。もう嵐はそこまで来ておる。儂がなぜここに来たか分かるか?」


 達也やバートンは考えてみるが、分からない様子だった。むしろ嵐がこの戦争のことを指しているとさえ思っていたからだ。


 グリムは近くにあった岩へ腰を下ろすと、しばしの沈黙の後に理由を述べる。


「聖教国が滅んだ」


「……え?」


「魔族によって三日前に滅ぼされたそうじゃ。儂は大友を迎えに来た」


 達也は力なく地面に座ると、脳裏にセリスの顔が浮かぶ。


「ああああああ…………」


 空虚な声が漏れ、どっと悲しみの感情が押し寄せる。まるで霞をもう一度なくしたかのような錯覚に陥った。


「下を向くでない! 何のために儂が来たと思っておる!」


 グリムは達也の頭を杖で叩く。


「でも……滅んだと言う事は……」


「まだ生き残った者達はいるはずじゃ。魔族も聖教国のすべてを壊し尽くしたわけではない。お主はそれでも下を向くか?」


 達也の心に温かさが戻る。


「お主はすでにムーア様が予言した真の英雄の道を歩んでおる。ならばその力で聖教国の者達を救ってみせよ。儂を失望させるな」


 達也は立ち上がると、リリス、アーノルド、フィルティーの顔を見た。三人は何も言わず頷く。


「分かりました。僕は聖教国へ向かいます」


「うむ、お主の活躍を期待しておるぞ」


 達也はバートンへ顔を向けると頭を下げる。


「しばらくの間クランをお任せしていいでしょうか?」


「もちろんです。私は日輪の翼の参謀ですよ?」


 バートンの言葉に安心した達也は、グリムと共に飛行船へ乗り込む。


 大空へと舞い上がった飛行船は、帝都の上空を旋回すると北へ向けて飛び発った。



 向かうはローデン聖教国。




 第四章 <完>




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