72話 「戦乱の訪れ」
「この度の英雄招集は、これから起こるだろうダハード帝国との戦争の為だ。街ではすでに噂になっていると聞く。貴殿達もすでに戦の為の準備を進めている頃だろう。永きに渡り我が国は他国との戦争を避けてきた。それは魔族の不意打ちを警戒してのことだ。だが、今の帝国は以前とは違うようだ。我が国を本気で落とすつもりらしい。よって我が国も本気で応戦する構えだ」
陛下の言葉はエドレス王国がいかに平和を重んじ、人間同士の戦いが愚かだと語っているようだった。本来なら魔族に対抗するために国同士が協力しなくてはいけないと思う。なのに戦争だなんて帝国は何を考えているのだろう。
陛下の言葉は続く。
「戦いは激戦になるだろう。だが我が国の英雄は決して逃げてはならぬ。兵の前で敵へ背を向ければ、士気は低下し誰もが希望を失くしてしまうだろう。兵だけではない、民も英雄を信じておる。英雄である証を再びこの戦いで打ち立ててみよ。帝国にエドレス王国の英雄が最強だと知らしめるのだ」
『御意』
僕達五人の英雄は声を揃えて返事をした。陛下のお言葉は力があり、僕の中で沸々と闘志が湧き出る。僕も英雄と呼ばれる頂点の一人。成果を出さなければと思う。
「さて、話を続けるがここから先は他言無用だ。誰にも話してはならぬ」
僕達五人に緊張が走った。
きっと約束を破れば、問答無用で処刑されるはずだ。聞きたくないけど、仕事だから仕方がない。
「我が娘フローラを殺すのだ」
陛下の言葉に王の間に居た数人の騎士と僕達英雄が驚く。
「静まれ。分かっておる。我も実の娘を殺したくはない。しかし、父親だからこそわかるのだ。今回の戦は我が娘フローラが関係しておる。直接か間接かは分からぬが、我が娘はすでに帝国を実効支配しておるはずだ。皇帝だけを殺したとしても、元凶を滅さねば再び牙は王国に向くことは明白。英雄達にはこの極秘任務をこなしてもらいたい」
僕は固唾をのんで陛下の話を聞いていたけど、なんだか納得が出来なかった。父親が娘を殺せなんてひどい話だ。でも、陛下も簡単にその決断をしたのではないと思う。先ほどから陛下の気配に強い悲しみの感情が混ざっているのだ。だからこそ、引き受けるべきなのだと感じる。バートンさんもフローラ様のことを悪く言っていたけど、真実を自分の目で確かめて判断すべきだ。もし陛下やバートンさんの言う通りならそのときは……。
『御意』
僕達英雄は声を揃えて返事をした。
「では話は以上だ。恐らく帝国は半年以内には動くことだろう、我らは一週間で防衛の為に出立をする。準備は決して怠るな」
陛下に僕たちは深々と頭を垂れ、王の間からそれぞれ出て行く。僕は最後に入ったので、一番最後に出て行くつもりだ。
「大友は話がある」
陛下の言葉に僕は緊張した。話って何だろう?
僕以外の英雄や騎士たちが部屋から出て行くと、陛下と二人きりになった。この国の王様と二人きりなどと考えると緊張が膨らむ。
「そう身構えるな。大した話ではない。一つ聞きたいことがあるのだ」
「なんなりとお聞きください」
「噂によれば、大友は空を飛ぶ魔法を会得していると聞く。ならばそれでシンバルを迎えに行くことはできるか?」
「シンバルさんですか?」
拍子抜けした。もっと重要な話かと思ったけど、やっぱり陛下も息子のシンバルさんを心配しているんだ。
「そうだ。それでだが、魔法でシンバルを連れてくることはできるのか?」
「はい、一週間もあれば往復できると思います」
「武術だけでなく魔法も一流とはさすが英雄だな。ならば、頼みを聞いてほしい。もし無理なら叶えてくれとは言わぬ」
うわぁぁぁ! 陛下から頼みなんて大事じゃないか! 全然大したことのない話じゃないよ!
「で、ではまずはその内容を……」
「そうだな。とは言ってもそれほど難しいことではない。もし、我が死ぬようなことがあればシンバルを王城へ連れてきて欲しい」
「え!?」
陛下が死ぬ!? どどどどどう言う事!?
「慌てるでない。我もすぐに死ぬつもりではない。だが、見ての通りすでに老人であり棺桶に片足を突っ込んでいるようなものだ。いずれ我にも時は訪れるであろう。その時に我が息子に死に顔を見てもらいたいのだ」
陛下の気持ちは僕にはよく分からなかった。なんせ僕の両親は交通事故で他界している。父と母の死に顔も見たけど、その時の僕には理解できなかった。ただもう会いないと言う事だけが幼い僕にも分かった。
親は子供に見送ってほしいのだろうか? やっぱり僕にはわからないけど、陛下の覚悟を尊重したいと思う。それにシンバルさんも父の最後を見ておきたいと思うかもしれない。
「分かりました。陛下の願いを、この大友が必ずや叶えて見せましょう」
「うむ、頼んだぞ」
僕は陛下に頭を垂れると、今度こそ王の間から退出することが出来た。
さぁ帰ろうかと王城を出ようとすると、玄関のすぐ近くで四人の男達がコソコソと話をしている。英雄達だ。
「あの大友とか言う新参者がゲルドを嵌めたらしい」
「ふっ、私は元々ゲルドは気に入らなかったのだ。いなくなってせいせいした」
「そういえばカエサルはゲルドと仲が悪かったな。それよりも問題は英雄が英雄を潰したと言う事だ。これはあるまじき行為だぞ」
鮮やかなオレンジ短髪の男性が三人を引き留めるように話をしていた。名前は知らないけど、英雄の一人だろう。その顔は少し垂れ目のイケメンだ。
「本人が居ない場所でコソコソと言うのはあまり好きではないな私は。では用事があるので帰らせてもらう」
魔法使いのフィリップさんが優雅にお辞儀をするとその場から去っていった。
「私もそう言う話には興味がないな。そんなことよりも剣の腕をもっと磨いたほうがいいぞ」
今度はカエサルさんがこの場から離れていった。やはりあの二人は只者じゃない。きっと僕の気配を読んだからこそ、この場を離れたのだろう。そして僕も気配を隠していない。だってこのままだと気まずくて外に出られないじゃないか。
「ちっ、臆病者どもめ! あんな奴らが英雄だと思うと俺は吐き気がする!」
「……」
オレンジ色の髪の男性は怒りをまき散らしているけど、もう一人の青い髪の男性は黙ったままだ。そして静かに立ち去って行く。
「おい! ロビン! お前も大友とか言う奴を認めるのか!?」
ロビンと呼ばれた男性は少し振り返ると、オレンジ髪の男性に述べる。
「気が付いていないのはアースト、お前だけだ。もう少し気配探知の技術を練磨した方がいい」
青髪でありポニーテールのような髪型の男性は、ミスリスの軽装備を身に纏っている。そして背中には大きめの弓が装備されていた。細い眉に切れ長の眼。一目で美男子だと分かる容姿だ。
「あ? 気配探知?」
ロビンさんの言葉にようやくアーストと言う男性が辺りの気配を探る。
「っ!? いつからそこに!?」
振り返ったアーストさんは僕が居ることに戸惑った。
いや、ずっと後ろにいたんですけどね。アーストさんが玄関を塞ぐようにいるから、帰れなかっただけ。けっして盗み聞きをしていた訳じゃない。
「えっと……帰ろうと思ったのですが、出入り口を塞ぐようにして話をされていましたので終わるまで待っていました」
「嘘だ! お前は俺が何を話していたか盗み聞きしていたんだろう!?」
アーストと言う方は白銀の鎧に身を包み、腰には大きめの剣が装備されていた。身長も高く、目の前にいると随分と威圧感を感じる。僕が後ろにいたのが気に食わなかったのか、彼は勢いのまま剣へ手を伸ばした。
僕とアーストさんの間で火花が散る。剣と槍が打ち合ったからだ。
「俺は背後をとられるのが一番嫌いだ! ぶっ殺す!」
「止めてください。ここは王城ですよ。例え英雄でもこんなところで戦えば罪になります」
しばらくつばぜり合いが続き、ようやく冷静になったのかアーストさんが剣を鞘に納めた。
「ちっ、今日のところは見逃してやる。けど、おめぇの面は覚えたからな」
「ええ、新参者の英雄ですが顔を覚えてください。自己紹介が遅れましたが、僕は大友達也です」
「かーっ! なんだコイツ! 俺の言葉が堪えねぇのかよ!」
アーストさんは頭を掻きむしり何かに苦しんでいるようだ。一体どうしたというのだろうか?
「……まぁいい。俺はアースト・グレイブだ。せいぜい戦場では背中に気を付けることだな。ふん!」
彼は捨て台詞を吐くと僕の前から去っていった。直情的な人のようだけど、ゲルドのような嫌な感じは受けなかった。悪い人ではないと思う。
あれ? グレイブって苗字をどこかで聞いたけど、何処だったかな? 思い出せないや。
僕は気持ちを切り替え王城を後にした。
◇
早くも一週間が経過した。
日輪の翼は戦の為の準備を整え、すでにいつでも出立できる状態だ。武器はもちろん食糧や日用品など多くの物資を揃えている。けど一番は訓練だろう。
今まで魔獣や魔物相手に戦っていたが、今度は人間が相手だ。そう考えると、今のままではいけないと考え直したのだ。だから僕を含めたメンバーは一週間の間に対兵士用の戦闘技術を学んだ。
講師はぺぺさんだ。
知り合いのよしみで、阿修羅に訪問して技術を教えてもらう事になったのだが、ぺぺさんは想像以上のスパルタだった。あまりに厳しい訓練に、連れて行ったメンバーが泣きだしてしまう始末。アーノルドさんだけは筋肉が育つとか言って喜んでいたけどね……。
とにかく僕やリリスなどの主力メンバーはともかく、他の百五十一名のメンバーが誰一人として欠けることなく戦争を終わらせたいと思っている。日輪の翼はすでに僕だけのクランじゃない。みんなの家だし家族だ。だからギリギリまで生き残る努力をしておきたかった。
そして、その日が来たんだ。
王都の大通りに、兵士が長い隊列を組んでいる。最後尾には日輪の翼が配置された。これがどういった意味なのかは分からないけど、行進を急かされる必要がないのでありがたいと思う。
街の中でラッパが吹き鳴らされた。
どうやら出発の時が来たみたいだけど、建物の窓から隊列を覗く人々は不安そうな表情だ。身内が戦争に行くなんて喜べることではないし、この国の行く先を不安に思う筈だ。
「帝国と話し合いは出来ないのかな……」
僕がそう呟くと、フィルティーさんが小さな声で囁く。
「それは難しいな。国王陛下が話し合いを申し出たそうだが、向こうは突っぱねたらしい。この戦いはすでに避けられない状況だ」
「やっぱり戦わないと駄目なんだね……」
溜息を吐くと、遠くから声が聞こえた。
「大友! 頑張ってください! フレーフレー、日輪の翼!」
大きな旗を建物の屋根から降っているセリスを発見してしまった。聖女がそのようなことをしている為か、目撃した兵士や民衆はざわざわとどよめきが起きた。
「あわわわ……恥ずかしいからやめてほしい……」
「いいじゃない。セリスは今回は連れて行けないんだし、私はああいった応援は好きよ」
「あおーん!」
リリスはセリスの応援に微笑んでいる。
僕の頭の上に居るロキもセリスに遠吠えを聞かせた。まるで”行ってきます”といっているようだ。
セリスは僕たちが出立した後、すぐに王国を出発するらしい。聖教国に帰ると言ってたけど、少しだけ心配だ。セリスは聖女だし、教会のシンボル的な存在だから戻って来ない可能性だって十分にある。
彼女の中の霞も大切だけど、大切な仲間であるセリスと会えなくなるのはもっと悲しい。だから、また会えることを願って僕は彼女に手を振った。
隊列のすべてが歩き出し、僕たちも前に進む。
向かうは大平原【フリジア草原地帯】だ。
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