71話 「招集」
ゲルドの件から一週間が経過した。
僕がお城に行き、大臣に直接かけ合ったことが大きな要因だろう。最初は大臣も英雄を糾弾することに渋い顔をしていたけど、だからこそ国民からの支持が集まると説明すると同意を示してくれた。そこからオースティン陛下へ話が昇り、英雄にあるまじき者だ。と王命を出された。
もちろんだけど僕が証言者や証拠を揃えていたから起きた出来事だ。そうでなければ見逃されていたかもしれない。ゲルドは王命によって出された召喚状を拒否した。そして逃亡。現在も捜索中だけど、奴はまんまと逃げおおせたのだ。
ゲルドによって引き起こされた事件はひとまず収束したけど、B&T紅茶会社の評判は少し下がった。やっぱり変な輩に目を付けられたと言う事は、悪い意味で目立ってしまったのだ。でもビルさんは「こんなこと日常茶飯事だ」と笑い飛ばした。もしかすれば商人の方が、冒険者よりもたくましいのかもしれない。
悪いことばかりではない。ゲルドの右腕とされていたバートンさんが日輪の翼に入ってくれたことや、阿修羅との関係も近くなったことなどプラスの出来事もあったのだ。こういう事を雨降って地固まると言うのだろう。
けど、そんなことが吹き飛ぶくらいの大きな”嵐”が、このエドレス王国に迫っていた。決定的だったのは王城からの英雄招集命令だった。
「大友達也殿に登城命令が出ている。貴殿は指定された日時に王城へ参られよ」
「一つ聞きますが、拒否権は?」
「これは王命である。拒否をすれば反逆罪が適応されると心得ていただく」
赤い全身鎧を身に纏った男性が、僕にそう告げた。今は屋敷の玄関なのだけど、騎士や兵士が急に訪ねてきて言葉を淡々と述べたのだ。バートンさんに先に聞いていなければ驚いたことだろう。事前に教えてもらっていて良かったと思う。
僕は騎士に深く頷くと返答をする。
「承知いたしました。指定された日時に王城へとはせ参じます」
「では我々はこれにて」
騎士は兵士を引き連れ屋敷を後にした。以前も見たことがある人だけど、きっと騎士の中でも位の高い人なのだろう。赤い鎧は見事だし、放つ気配も唯者ではない。
「あれは宮廷騎士だ」
後ろを振り返ると、フィルティーさんが立っていた。
「宮廷騎士?」
「ああ、騎士の中でも実力高しと判断された者は、更に高みへと昇る。それが宮廷騎士だ。主な任務は王族の警護と王城の護りを統率する事。それ以外には王命を目的の場所へ届ける役も担っている」
「へぇ、じゃあさっきの人も相当の実力者ですね」
「もちろんと言いたいところだが、やはりその点では英雄や英雄候補に負けているな。騎士と言うのは独創性を求めていないからな、その辺りが枷になっているのかもしれない」
なるほどと思う。騎士はいわば軍人だ。彼らは推奨された多くの技術を学ぶ。そこに個人の考えは求められていない。だからこそ一定の強さを保証してくれるけど、逆により強さを極めようとする者には足かせになる場合もあると言う事だ。戦争では彼らのような人たちと肩を並べると思うと、もう少し知っておきたい気もする。
「フィルティーさん、皆を会議室へ集めてもらえませんか? 今後の事で話があります」
「戦争の事だな。分かった」
僕は会議室へクランの全メンバーを集めた。
◇
「皆には覚悟してほしい。きっと日輪の翼は戦争に参加すると思うんだ」
会議室の一番前でメンバーに話を切り出した。総勢百五十五名のクランメンバーは床に座り、座りきれないものは立ったまま話を聞いている。手狭な部屋ではやっぱり入りきらない感じだ。
「主よ、ちなみにどこに配置されるのかは分かるのか?」
アーノルドさんの質問に、僕は少し考えてから返答する。
「まだ分かりません。もしかすれば冒険者と言う事もあって前の方に配置される可能性もあります。聞いた話によると、過去の戦争では傭兵や冒険者は陣の最前列に置かれたこともあるらしいです。今回もそう考えた方がいいと思います」
メンバーがざわざわと小声で話し始めた。やっぱり誰だって戦争は怖い。しかも最も敵の近い場所に配置されるとなると、恐怖だって感じて当然だと思う。だからこそ僕はここでみんなに聞いておこうと思った。
「クランを抜けたい方は遠慮なく言ってください。僕は戦うことを強制したりはしません。ですが、戦うと決めた以上はしっかり働いてもらいます。だからみんなにはここで今一度選択をしてほしい。戦うか戦わないかと言う事を」
誰もが黙った。痛いほどの沈黙。
数分ほどしてテリアさんが手をあげた。
「ちなみにですが褒賞みたいなのは出ますか?」
「うん、戦果をあげた者には国から褒賞が出るそうだよ。それと重ねてクランからも出すつもり。いい結果を出した者には相応のモノが与えられるのは当然だと思うんだ。だからお金に関しては戦った分だけ出そうと思う」
「だったら迷うことはないです! 俺は参加します! ここで日輪の翼がドカンと名をあげるいいチャンスですし、金だってちゃんと出るなら命を懸ける意味はあると思う! 逃げたい奴は逃げればいいさ! けど俺は戦うぜ!」
テリアさんの言葉は勢いがあった。何というか僕にはない求心力を持っているのだろう。それをきっかけに大勢のメンバーが参加を表明していった。
その中でいつもの明るい表情ではない者が居た。セリスだ。
彼女はヤル気に燃えるメンバーを見ながら気まずい表情だった。気になったので僕が傍に行くと、彼女は声を抑えて話し始めた。
「どうしたのセリス?」
「じ、実は本国から帰還命令が出ているのです…………」
セリスの故郷はローデン聖教国と言う国だ。もともと彼女は聖教国よりこの国へ派遣された聖女であり、冒険者と言うのは本業ではない。なので命令があれば国へ帰らなければならない身なのだ。でも、どうしてこのタイミング? と思わなくもないけど、象徴である聖女が命令に逆らう訳にはいかないだろう。
「うん、事情があるなら仕方ないと思う。別にクランを抜けるとか言う話ではないんだよね?」
「ええ、詳しい内容は知りませんが帰還せよとの命令なのです。なので用件が終わればこちらに戻って来られると思います」
「だったらいいんだ。セリスは今じゃあなくてはならない存在だし抜けられると困る」
僕がそう言うとセリスは顔を赤くして小さくつぶやく。
「聖女ではなく私を求めているのですね…………」
何だか彼女は嬉しそうだった。
◇
僕はロキや仲間を屋敷に置いて、王城デストロイヤーキャッスルへやってきた。門前には二人の兵士が、直立不動で周りに睨みを利かしている。どちらも体格は非常にいい。
お城の周りは水の溜められた堀に囲まれているので、僕は門へ行くために大きな橋を渡る。門の手前まで来ると兵士が僕を止めた。
「待たれよ。王城に入るには相応の身分か許可証が必要だ。貴殿はどちらかを持っているのか?」
どうやら顔パスという訳にはいかないみたいだ。それに僕の顔はそれほど知られている訳ではない。なので素直に身分証を提示する事にした。
「僕は英雄の大友達也です。これが証です」
首にかけた英雄のネックレスを見せると、二人の兵士は納得したように頷く。
「失礼した。これも仕事ゆえ気を悪くされるな。中へ進まれよ」
兵士に「気にしていませんよ」とだけ述べると、僕は王城の敷地へ足を踏み入れた。見上げるとお城はまだまだ遠く、広い敷地を通ってゆかなければならない。
前回のゲルドの件でお城に来た時も思ったけど、とにかく敷地が広いのだ。例えるなら東京にある皇居くらいだろうか? 皇居は元々江戸城跡地に建てられていて、とてつもなく広い。歩くだけで大変だと思う。
敷地を歩くと清々しい風と木々の音と香りが僕に届く。小さな池や野原のような場所が心を穏やかにしてくれる。やっぱり何度も来ても宮廷は美しいと思う。
王城へと続く石畳を歩き続けると、見知らぬ男性と出会った。馬に乗り全身は茶色い威厳ある鎧を身に着けている。それに赤いマントもだ。
馬に乗った男性は僕の進行方向からやってくると、その足を止め渋い声で話しかけてきた。
「もしや新たな英雄となった大友殿ではないか?」
男性は馬から降りると、被っていた兜を脱いでわきに抱えた。その顔はスキンヘッドで、まるでゴリラのような感じだった。けど、その眼は鋭く視線だけで人を殺しそうだ。あと、顎が割れていた。すごく目のやり場に困る人だ。
「はい、貴方はどのような方でしょうか?」
「失礼、自己紹介が遅れた。吾輩はエドレス王国将軍ゴリラ―ドと申す。噂で聞いていた英雄大友と話をしたいと思っていたのだ」
ええ!? 将軍!? そんなすごい人とこんなにあっさり会えていいの!?
「あ、僕の方こそ失礼しました。新たな英雄となりました大友達也です。以後お見知りおきを」
「ぶっははははは! すまん、驚かせてしまったようだな! 吾輩の悪い癖だ!」
将軍は頭をぺちぺちと叩くと「王城まで歩きながら話そうではないか」と、僕を散歩へと誘う。まだ時間はあるので雑談くらいは大丈夫だ。
「さて、大友殿は今回の招集命令は理解しているか?」
「戦争のことですよね? 帝国が怪しい動きをしていると噂で聞きました」
将軍は深く頷くと、視線を進行方向に向けながら話を続ける。
「噂の通りだ。現在帝国は軍備を整えているそうだ。しかもこれまでにない規模で兵や武器を集めている。本気でやり合うつもりなのだろうな」
「侵攻は止められそうですか?」
「我々が止めるのだ。向こうは数で攻めてくるだろう、しかしはこちらは英雄という飛び抜けた戦力がいる。吾輩の予想では五分五分だろうな」
「と言う事は運があった方が勝つと言う事でしょうか?」
将軍は「そうだ」と短く返事する。
「そこでだ。吾輩は英雄大友率いる日輪の翼に勝利の鍵があると踏んだ。貴殿らは新参者であり、その実力は未知数だ。特に貴殿に関しては魔族を倒し、大迷宮を踏破するほどの者。吾輩の物差しでは測れない類い稀なる人材だと判断した」
「僕ですか……ご期待に添えるように頑張るつもりですが、期待過剰はおやめになった方がいいと思いますよ」
「ぶふっ! 貴殿は謙虚だな。あれだけの偉業を成し遂げておいて、期待するなと言う方が無理だろう?」
それもそうだ。僕に期待が寄せられるのは普通のことかもしれない。でも僕は無我夢中でやってきたことが積み重なっただけだ。あまりに大きい期待はプレッシャーになりそうで怖い。
「話の続きなのだが、吾輩は日輪の翼に遊撃隊を務めてもらおうと思っている。戦場では臨機応変に、敵の攻撃や味方の援護をお願いしたい。引き受けてくれるだろうか?」
「遊撃隊ですか? 今すぐに返事は出来ないのですが……」
「ああ、もちろん持ち帰ってから返事をしてくれていい。吾輩はだいたい城に居るので、来てもらえればすぐに会える筈だ」
「そう言う事なら分かりました。一度持ち帰って返答したいと思います」
話が終わるころには目の前に王城が見えていた。将軍は「では返事を期待している」と言い残し王城とは真逆の方向へ去って行く。恐らくだけど、将軍は最初から僕と話をするために歩いていたのだろう。そんな気がする。
王城の中へ入ると、兵士の一人に案内されて謁見の間へと連れられてゆく。今回が三度目の王城訪問だけど、いつ見ても豪華で煌びやかだ。生まれも育ちも一般人の僕には落ち着かない空間が続く。
そして謁見の間に入ると、そこにはすでに四名の男が片膝を突き頭を垂れていた。どうやら将軍と話をしてしまったことで、一番最後の登城となってしまったようだ。慌ててその場に片膝をつくと、陛下に遅れたことを謝罪する。
「よいよい、約束の時間にはまだ十分も残っておる。それに偶然、ゴリラ―ド将軍と出会ったのかもしれぬからの」
「寛大な御心、誠に感謝いたします」
慣れない敬語を使いつつ陛下に感謝を述べた。けど、陛下は僕と将軍が話をした事を知っているような口ぶりだった。こうなると日輪の翼が遊撃隊になることは、ほぼ確定していることなのかもしれない。
僕も四人の並んでいる列に加わると、ラッパが吹き鳴らされる。
それを合図に、陛下は話を始められた。
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