56話 「リヴァイアサン」
僕は槍を握ったまま固まっていた。頭に居るロキもぶるぶると震えているのが分かる。
リヴァイアサンは至近距離で牙をむき出して僕を眺めていた。その目は圧倒的捕食者の視線だ。ますます縮み上がる。
「その臭いはアストロゲイムか……忌々しい」
リヴァイアサンは吐き捨てるようにそう言うと、僕から距離を取った。
「そんな物を持っていると言うのなら腕に自信はあるのだろう。ならばしばし待ってやる。我と戦う準備をせよ」
「へ?」
リヴァイアサンが何を言っているのかよく分からなかった。どうして僕の槍の名前を知っているのか。そして、どうして最大のチャンスに攻撃をしてこないのか理解できない。
けど、待ってくれると言うのならここは言葉に甘えよう。
頭からロキを下ろすと、頭を撫でて話しかける。
「ロキ、僕は本気で戦うから傍に居ると危険なんだ。陸に送ってあげるからそこで待っていてほしい」
「あおーん!」
ロキは分かってくれたようだ。槍を握りしめるとすぐに戦闘態勢に移る。
「
全身に闘気が漲り背中からは一対の腕が伸びる。その上から物質化された魔力が鎧化し、光り輝く日本鎧が姿を現した。口元に武人の口を模したマスクが装着され、兜からは二本の飾り角が天を衝くように具現化する。
僕の身体はふわりと浮かび上がると、ロキを乗せた魔法の絨毯は陸地へ向けて飛び発ってゆく。ロキは僕に向けて何度も遠吠えを繰り返していた。頑張れと言うことなのだと思う。
視線をリヴァイアサンに向けると槍を構えた。すでに
「これで正々堂々と貴様を殺せるな」
リヴァイアサンは顔を上げ攻撃動作をとった。何となくだがドラゴン特有のブレス攻撃かもしれない。僕は未だに陸へ向かっているロキを守るために防御魔法を使用する。
「
五重の光の壁が僕と後方に居るロキをカバーする。防ぎきれるか分からないが、アイギスの壁はかなり強固だ。もしかすれば一枚目の防壁で十分かもしれない。
空気の振動が僕へと伝わり、リヴァイアサンの口から極太の水流が発射された。勢いは音速を越え、もはやレーザーとも見間違うほどの凄まじい威力。
ブレスが防壁に当たると、やすやすと三枚を貫通し四枚目で威力が激減し五枚目でようやく防いでいるという状態だった。
「ヤバい最後の壁にヒビが入ってる……」
ぴしりと壁に亀裂が走り、貫通する予感がざわざわと這い上がって来る。数秒間が数時間にも引き延ばされようやく終わりの時を迎える。
壁が崩壊する寸前でブレスは勢いをなくし辺りに水が飛散。水を吐ききったリヴァイアサンは顔をゆがませると吐き捨てるように言葉を漏らす。
「我のブレスを防ぎ切るとは、ヒューマンのくせに小癪な。このままかみ砕いてやる」
体をくねらせ僕に向かって大口を開く。
がちんと身の毛もよだつ甲高い音が響き、鋭い牙がぎりぎりで避けた僕の傍で鈍く光りを反射していた。
すぐに海面すれすれを飛行して逃げるが、奴は体をくねらせると猛スピードで追いかけてくる。眼下では青い海が目まぐるしく景色を変え、太陽の光によって鏡のように僕の姿を映し出している。
追随してくるリヴァイアサンは、周囲に水の球を創り出すと僕に向けて射出してきた。その威力は海面に当たると爆発をしたように何十mもの水柱が立ち昇り、当たればただでは済まない。
僕は必死でくねくねと蛇行を繰り返すが、砲撃の雨は止むことがない。完全に僕が後手に回っている。もう少し地球で戦闘機のTVゲームをしておけばよかったと反省する。空中戦は僕には苦手なようだ。
「けど、逃げてばっかりじゃあ埒が明かないよね」
高速飛行のまま後ろへと姿勢を変え、槍に闘気を込めて技を放つ。
闘槍術 【オーラスラッシュ】
三日月の闘気が矛先から放たれ、リヴァイアサンの身体へと当たる。しかし、その攻撃は頑強な鱗によってわずかに切れ目を入れる程度だ。諦めずに何度も技を放ってみたけど、やはり大ダメージを与えるほどではなかった。
「ぐはははっ! 我を倒そうなど矮小なヒューマンには五千年早いわ!」
奴は速度を上げると、体をうねらせて僕へと迫ってくる。とっさに旋回して上に逃げようとすると、タイミングを見計らって奴は尻尾をしならせ強烈な振り下ろしを叩き付けた。
海面に叩き付けられた僕は、バウンドするとそのまま体勢を立て直しつつ海面すれすれを移動する。体の芯から痺れるようなダメージを受けたが、鎧が本来のダメージを軽減していた。すぐに追随してきた奴は、大口を開けて僕を飲み込もうと近接してくる。
「
僕自身が幾重にも分裂し、姿がぶれてゆく。何人もの僕が四方へと逃げ出し、リヴァイアサンは困惑していた。
「くっ、小手先の技を使い我を謀るか! ならば全て葬ってくれる!」
奴は再びブレスの態勢になると、口から水流を猛スピードで吐き出す。一筋のレーザーのように海面や僕の分身たちを薙ぎ払い、巨大な水柱が立ち昇る。
そんな光景をリヴァイアサンの真上から見下ろしながら戦々恐々としていた。
幻惑光は文字通り任意の幻覚を見せて本体は姿を消す魔法だ。透明化した僕は安全な場所を求めて真上へと非難したのだが、それほど長い時間は隠れる事は出来ない。
槍を握りしめるとそのまま急降下し、奴の眉間に槍を突きさす。
「ぐぎゃああああああ!?」
痛みにのたうつリヴァイアサンは、空中で身体をくねらせる。槍を突きさした僕も振り落とされないように必死で縋り付いていた。
しかし、奴は何を思ったのか海へと潜り始め、僕も必死で水圧に耐えながら槍を握る腕に力を込めて行く。このまま逃がせば勝機は失われるかもしれない。
どんどん深海へと引きずり込もうとする奴は、嫌らしく口元に笑みを浮かべていた。
「このまま奥底まで引きずり込み食らってやるわ」
ますます潜るスピードが上がり海水の冷たさと水圧が僕の骨をきしませる。ここは一度水上へ逃げなければならないかもしれない。海の中は奴の独壇場なのだ。
光の電撃をイメージすると、リヴァイアサンへ向けて発動させる。
「ぼがぼがぼごご!(
ばしばしと光と音が水中に伝わる。リヴァイアサンは再び体をくねらせ痛みに悶えていた。見る限りでは効果てきめんだ。
僕は槍を眉間から引き抜くと急浮上する。そのまま海面から飛び出し、高い位置まで飛び上がった。奴はまだ海から上がって来ない。
数秒程経過して、ようやく奴が静かに海から出てくる。その表情は憤怒の色を見せていた。
「我は油断していたようだ。たかがヒューマンだと侮っていたが、海を支配する我と対等に戦えるとは驚きだぞ」
「今更だけど、どうしても戦わないとだめなの? 僕は君とは戦いたくないんだ」
「笑止。一度牙を交えた者はどちらかが死ぬまで戦うのは当然。戯言はこの場には必要ない」
奴は上空に居る僕に向かって大口を開けて上昇する。その勢いはまるで鯉から龍に変じた瞬間のように美しくも強烈な光景だ。
対する僕も槍の矛先を下に向け、闘気を込める。アストロゲイムがびりびりと共鳴するように振動し、うっすらと朱いオーラが槍全体を包み込んでいた。
相手は怪物だ。僕の今までの力を振り絞っても勝てるか分からない相手。ここで技を出し尽くしてこそ本当の意味での勝機が訪れるはずだ。
腕をねじり体も極限まで捻ると、背中にも二本の魔法で創り出した槍を握る。ここからは僕も試したことのない領域だ。奴に勝てるとすれば構想だけに留まっていた技を試すほかない。
矛先を奴へと狙いを定めると一気に力の奔流を解き放つ。
闘槍術 【トリプルトルネードチャージ】
三つの槍が空気に回転を加え、三つの暴風が下へと向かってゆく。三つの竜巻はリヴァイアサンを完全に挟み込むと、奴の動きを完全に封じてしまった。
「このような攻撃すぐに脱して見せるぞ! 我が力を見せてやる!」
だが、僕の攻撃はまだ終わっていない。
左手の手の平を上に向けると、そこに青い球体が現れる。これは僕が最終手段として考え出した魔法の一つだ。小さな魔法陣を何枚も重ね球体とした、多重魔法陣なのだ。
その威力は想像できない。幸いな事に雷属性を付与しているので、リヴァイアサンには劇的な効果を与えるはずだ。
球体を発動させると、雷鳴を轟かせ約十五m程もある巨大な光槍が顕現した。稲妻がパリパリと周囲に走り雷属性が付与されている事がすぐに分かる。
「
光槍をリヴァイアサンめがけて投下する。
「そのような攻撃など我には効かぬ!」
奴は身動きが取れない状態で、ブレスを真上に放つ。光槍とブレスがぶつかり合い爆発が起きたが、白い煙が晴れると勢いは拮抗していた。
光槍は勢いが衰えずブレスを押し返し始め、吐き出される水流も次第に力を失ってゆく。
「ぐぬぬぬぬ……」
危機感を抱いた奴はその場で必死にもがくが、最後の望みだったブレスが完全に消失すると光槍がまっすぐに落ちて行く。
奴と接触した瞬間、ぱぱぱっと光が瞬いた。
そのあとに轟音と空気の波が半球状に雲を押しのけて行く。僕の予想を超えて大爆発が起きた。空に居た僕も吹き飛ばされ、あまりの威力に驚愕する。
「これは封印だね……」
しばし爆発の光を見ながら僕は反省する。
爆発が収まると、爆心地には所々焼け焦げたリヴァイアサンが海に浮かんでいた。恐る恐る近づいてみたが、どうやら死んでいるようだで気配を全く感じられないのだ。
身体の一部を触りながらストレージリングに念を送ると、巨体は消えてなくなり視界に映るウィンドウにはリヴァイアサンと表示されていた。
「勝った……死ぬかと思った……」
戦いの緊張感から解放され、嬉しさを感じると同時に深呼吸する。
あんな化け物相手に勝てたのは奇跡に近いかも知れない。なんせヴァジュラを受けても原型をとどめていたと言うことは、信じられない程の防御力を保有していたという証明なのだ。そう考えると僕が死んでいたとしてもなんら不思議ではなかった。
けど、それでも僕が勝った。これは揺るぎない事実だ。グリム様の目的を達成したことで一安心したが、すぐに忘れていた事実に気が付いた。
「リリスって契約の魔法で縛られてたよね!?」
いまさら思いだして慌てだす。すでに四ヶ月近く経過している。どうして気が付かなかったんだと自分を責め立て罵倒する。すぐに移動を開始すると陸地で避難しているだろうロキと合流する事にした。
◇
海岸では地面に降りたロキが、ぱたぱたと走り回り僕の無事を喜んでいる。頭を撫でてやり、リヴァイアサンに勝ったと報告すると嬉しそうに顔を舐めてくれた。
ロキを頭に乗せ、戦闘形態を解くと魔法の絨毯を創りだして飛び乗る。目指すはエルフの集落だ。仲間とは何かあればエルフの集落で落ち合う約束をしていたので、問題はないハズだが、リリスの安否が不安を掻き立てていた。
現在地はエドレス王国の南方なので、そのままサナルジア大森林を目指して北上して行く。
一時間ほどして、ようやくサナルジア大森林が見え始め森の中心部に近づいた。上からではエルフの集落は確認できず、何度も何度も旋回を繰り返し森の中をくまなく捜索する。
「アーノルドさーん! フィルテーさーん! 居たら返事してください!」
大声を出して飛び続けると、遠くから声が聞こえた。
「主人! ここだ!」
森の中で一際高い樹の頂上でアーノルドさんが両手で手を振っていた。
アーノルドさんと合流すると、魔法の絨毯でエルフの集落へとそのまま降下して行く。エルフ達は空から降りてきた僕に驚いていたが、そんな事はどうでもよかった。
「大友! 帰ってきたのか!」
フィルティーさんが駆けてきて僕を抱きしめた。
「主よよくぞ戻った!」
アーノルドさんも力強く僕を抱きしめてくれる。
二人は涙を流し心から帰還を喜んでいた。ただ、この場に居ないセリスとリリスの様子が気になる。
「リリスの様子は?」
僕の問いかけにフィルティーさんは首を横に振る。その様子からどう言う意味なのか分からない。
「リリスに会わせてください!」
「落ち着け大友。リリスはちゃんと生きている。だが、かなり弱っているのだ。良く間にあったと言いたいところだが、今のリリスの姿は以前とはあまりにもかけ離れている。覚悟をしておいた方が良い」
僕は頷くと二人に連れられてとある部屋へと訪れた。
そこでは一人の老人がベッドに横になり、セリスが神聖魔法を使い続けていた。
「リリスはどこですか?」
僕は事実が受け止められなかった。
アーノルドさんはそんな僕の肩を掴み、ベッドに寝ている老人を指差す。
「あそこに居るのがリリスだ」
僕は足元から崩れ落ちた。
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