49話 「アビスタイタン」



 僕は山盛りのご飯と、醤油で味付けした肉を頬張りながらがつがつと食事を続けていた。もはや最高と言えるくらい美味で幸せだ。


「ぶはぁ! 食べた食べた!」


 満腹で寝っ転がると、生ぬるい風が頬を撫でて行く。

 ここは八階層にある、古代文明の農場だ。


 大迷宮に迷い込んでから早くも二ヶ月が経とうとしていた。


 居心地がいいので、すっかり住み着いてしまった。僕と同じようにここで生活しているロボットたちは、僕になれたのか時々話しかけてくる。


 三体の名前は「エー」「ビー」「シー」とそれぞれ名付けている。体にナンバーらしき数字が記載されているので、一応見分けはついているのだ。

 それに、最近ではそう呼ばれることに慣れたのか、ロボットをそう呼ぶと振り返るくらいには定着している。


 もちろんロボットも、僕の名前を覚えたので名字だけは呼んでくれるようになった。


 そうしている内に、ロボットの一体でである「エー」が近づいてきた。


「オオトモ、ΘΛ*」


 相変わらず何を言っているのか分からないが、動作で何となく言いたいことが理解できる。食べた後はすぐに寝るなってことだろう。何だか母親みたいな甲斐甲斐しさだ。


 僕は体を起こし、景色を眺める。


 黄金の稲が風になびき、綺麗な水が水路に沿って流れている。畑では鮮やかな緑の葉っぱを豊かに生やせ、野菜が少しばかり土から頭を出していた。


 天井からはさんさんと眩しい光が降り注ぎ、ここが迷宮ではないかのような錯覚さえ起こさせる。


 ここはある意味では楽園だ。


 外敵も居ないし、食糧だって豊富だ。それに世話を焼いてくれる人(?)だって居るから、寂しいなんて事もほとんどない。もちろん仲間の事は忘れていないけど、ここが居心地がいいのは事実だ。


 僕は少しばかり休憩すると、槍を持って隠し部屋から出る。


 確保していた肉が底を尽きたのだ。


 こうやって時々獲物を探しに外へ出るのだが、すでにほとんどの敵は一対一で倒せるまでには強くなった。


 ここまで来るにはかなり危ない橋を渡った自負がある。食われそうになった時もあるし、殺されそうだった瞬間もある。けど、ギリギリで僕は生き延びてきた。


 そして、僕は新しい戦い方を編み出した。


 名を【武装闘術スピリットオブコンバット


 闘気と魔法を重ね合わせた僕のオリジナル闘術だ。


 これにより飛躍的に攻撃力が上昇した。さらに防御面も上昇し、この階層ではほぼ敵なしだ。ただ一種類を残しては。


 未だ避け続けて居るアビスタイタンに、僕の攻撃が通用するのかは未知数だからだ。


 一つ分かった事がある。アビスタイタンは、この階層では一匹だけだと言う事だ。


 奴は突然変異なのか、それとも下の階層に沢山居るのか分からないが、この階層では一番恐れられているボス的存在だ。あのカマキリですら、一撃で終わってしまうほど、全てにおいて山のような隔たりが存在する。


 僕は今日こそ奴に挑戦しようと思っていた。


「奴を倒して、下の階層へ行くんだ」


 すでにメンバーが地上へ撤退したことは把握している。残された僕は、賢者様の条件をクリアーしなければならない。僕が最下層に一番近いからだ。このチャンスを逃せば、次に此処まで来るのにどれほどかかるのか予想もできない。


 修行は終わった。今日はその成果を出す時だ。


 隠し部屋から出た僕は、槍を握ったまま歩きだす。すでに地図上では多くの魔獣が表示されていた。


「まずは一匹目」


 現れたのは此処に来た当初、手こずったカマキリだった。奴は土属性で、鎌の攻撃範囲に入ると問答無用で攻撃してくる特徴を持っている。さらに、土魔法を駆使して地面を振動させる厄介な相手だ。


 すぐに全身に闘気を巡らせると、今度は脳に闘気を込めた。


 実はこの方法は賢者様に止められていた方法なのだが、やってみると思ったよりも平気な事が分かったのだ。下手をすると脳が吹き飛ぶと脅されていた分、体得した時は拍子抜けだったことを思いだす。


「さぁこい」


 サナルジアマンティスは、素早い動きで僕を攻撃範囲にとらえると鎌を繰り出す。


 だが、脳を強化した僕には、その動きは止まって見えるほどスローだ。


 鎌をゆっくりと僕に振り下ろそうとしたところを、槍でそっと切り落とす。空中に緑の体液と切り落とされた鎌が舞う中、走りだした僕は近接して石突でカマキリを突き飛ばす。


 状況が理解できないカマキリは、天井へ視線が向いたまま後方へと飛ばされてゆく。姿勢を崩された敵をそのまま追随した僕は、さらに槍を振るう。


「ぎぎぎぎぃぃぃっ!?」


 胴体を両断した瞬間、奴は断末魔をあげた。

 床で痛みに悶えるカマキリを見ながら、僕はとどめをさす。


「虫は食べられないからゴメンね」


 頭部を突き刺したあと、カマキリはその動きを止める。


「素材はもうあるし、他の魔獣の餌になって貰うしないな。そうだ、魔石は貰っておかないと」


 解体を始めると、腹部からはサッカーボールほどもある魔石が出てくる。これを売ればどれほどになるのか分からないが、かなりの値段になることは予想できた。お金にはあまり興味がなかったけど、いざ手に入るとなると少しばかり欲が出るのは仕方がないと思う。魔石をバッグに入れて、にんまりと笑みがこぼれた。


 地図を見るとまだまだ敵は沢山居るが、一体だけ必要以上に避けられている奴を見つけた。きっとアビスタイタンだ。


 そいつに黄色い目印を付けると、追いかけるために走り出した。


 通路には多くの魔獣が現れるが、脚に闘気を込めて駆け抜けて行く。奴らは体が大きい分小回りが利かない。小柄な僕が横を駆け抜けると、すぐに方向転換は出来ないのだ。


 視界には猪や山羊が現れるが、それらを無視して駆け抜けて行く。


 そして、とうとう奴をこの目で捉えた。


 アビスタイタンは、僕に気が付かないまま殺した獲物を四つん這いでグチャグチャと咀嚼している。


 相変わらず激烈な気配を垂れ流しているが、今の僕なら耐えられない程じゃない。


「今のうちに準備しておこう」


 僕は闘気を体中に巡らせ背中から一対の腕を具現化した。さらに、体の周りには物質化した魔力を鎧化し、光る日本式の鎧がその姿を現す。


 兜には二本の角が上へと延び、口元には武人の口を模したようなマスクが装備されている。


 これこそ武装闘術スピリットオブコンバット


 僕の気配に奴は気が付いたようだ。ぎろりと一つ目を僕に振り向きざまに向けると、腐臭が漂う口を開けて牙をむきだす。


 どうやら怒りを買ったようだ。


「ぐるぁぁぁぁぁ!」


 猛然と走り出した奴を、僕は魔法でけん制する。


大集光砲レーザーカノン!」


 極太のレーザーが奴へと当たるが、何故か光の柱は拡散して後方へと流された。


「ぐるぁぁぁあ!」


 巨大な拳が振り下ろされ、床へと叩き付けられる。ギリギリで避けたが、その威力は迷宮全体を揺らしているような振動が走る。


 避けられたことが分かると、今度は全身の触手を僕に向けて伸ばしてくる。


 ドロドロとした粘液が纏わりついた黒い触手は、僕が避けてもそのあとを追いかけるように伸ばされて、ぐねぐねと何処までも後を追ってくる。


「くそっ、あの触手は思ったより厄介だ」


 壁を走りながら後ろを確認するが、本体は動かないまま触手だけが追いかけてきていた。どうやらこの攻撃が奴の十八番らしい。


 魔法を使って攻撃するが、光属性で構成されたものはすぐに拡散するようだ。恐らく僕の知らない属性を身に纏っているのだろう。


「このままじゃ埒が明かないな」


 逃げ続ける僕の後方からは、黒い触手が一つにまとまり、ワームのように体をくねらせながら通路を進んできている。すでに百m以上は走っているにもかかわらず、触手だけが伸び本体は全く動いていない。動く気配すら感じられなかった。


 本体が動いていない事が僕にとってチャンスだ。だったら、このまま本体の所まで行ってやろうじゃないか。

走りだした僕は、地図を確認しながら本体の後ろへと回り込むように駆け抜ける。幸いアビスタイタンの後ろはがら空きだ。狙うならそこしかない。


 すれ違う魔獣を無視しながら走ると、触手も同様に魔獣を完全に無視していた。どうやら僕の臭いを覚えて何処までも追ってくるつもりらしい。普段ならしつこいと怒っていただろうけど、今日はありがたい状況だ。


 四百m近く走ったところで、とうとう本体の後ろへと回り込むことに成功した。今も後ろからは触手が追ってきている。


 槍を構えた僕は、闘気を込めながらどんどん近づいて行く。このまま頭部を貫けば勝負は僕の勝ちだ。


 そう思っていたが、本体まであと二十mと言うところで本体が動き出し、体に生えていた触手を全て引きちぎった。

 全身の触手はすぐに再生し、元の状態へと戻って行く。しかも、後ろから追ってきている触手は未だに動いているのだから卑怯だと言いたくなる。


「うそぉぉぉ!」


 僕は予想外の展開に、思わず急反転して逃げ始めた。

 本体はやはりと言うか、動き出し唸り声を上げ僕を追いかけ始める。


 僕は目の前の触手を、壁を走ることでギリギリ避けると今度は本体と触手に追われることになった。


「ぐるぁぁぁぁぁ!」


 猛然と迫ってくる本体と触手は、迷宮全体を揺らしながら重い足音を響かせて殺気を放つ。もう、ごめんなさいでは許してくれそうにもない雰囲気だ。いや、元から許してくれることはないだろう。


 数キロほど走ったが、アビスタイタンは諦めることなくずっと僕を追いかけ続けた。完全に臭いを覚えられたようだ。


 数時間経過するころには、僕も覚悟を決めていた。相打ち覚悟で攻撃しないと、奴を仕留める事なんて無理だったのだ。


 ある程度距離を稼いだところで立ちどまると、反転して槍に闘気を込める。


「僕は生きて仲間の元へ帰るんだ……」


 そう呟いたところで、視界に本体と触手が見えてくる。奴らはすでに別の個体として活動しているのか、どう見ても自立して動いているように見える。もっと時間があれば、アビスタイタンを考察出来たかもしれないがそれすらも今は惜しい。


 槍に込められた闘気は、うなりを上げてびりびりと振動する。


 念の為、背中に具現化している腕にも、魔法で創り出した光の槍を握らせて計三本の槍を構えた。光の槍にも闘気を込めると、不思議な事に黄色く発光していた槍は紫に輝きだす。


「ぐるぁぁぁぁ!」


 アビスタイタンが猛然と目の前にやって来る頃に、僕は走りだした。


「うおぉぉぉぉ!」


 狙うは奴の頭部だ。


 身体はどんどん加速し、空気の壁が重くのしかかる。まだ僕の力では音速を超える事は出来ないようだ。それでも刹那の時に研ぎ澄まされた思考を一点へと集中させる。


 僕が勝つ!


 その文字だけが頭に浮き出し、自然と足は床を蹴っていた。


 そして、吸い込まれるようにアビスタイタンの一つ目へ切っ先が沈み込んだ。そこからは一瞬だ。一気に景色が変わり、元の通路が見える。空中で振り返れば、丸く抉られたタイタンの頭部が向こう側を映し出していた。


「ぐぎぁあああああああああああああああああ!」


 凄まじい断末魔が、奴の口から吐き出され。空気を振動させる。


 僕は内心で勝ったと確信した。


 だが、床に足を付ける前に触手に下半身を飲み込まれた。


 勢いのまま壁に叩き付けられ、触手は僕を飲み込もうと体をくねらせる。


「くっ、油断した……」


 勝利で気が緩んだところに、絶妙なタイミングで攻撃されたのだ。


 僕は必死でアストロゲイムを突き立てるが、何百もの黒い触手が一つにまとまった巨体には何の効果も得られない。


 背中にあった光の槍を苦し紛れに突き立てると、黒い触手は声にもならない悲鳴を上げて一部が消滅した。


「……もしかして、この槍に弱い?」


 よく分からないまま、弱点を見つけた僕はニヤリと笑みを見せる。


 そこからはほとんど作業だ。光の槍を触手に突き立て、ひたすら消滅させてゆく。全てが終わるころには一時間は経過していた。


「ふぅ……やっと終わった」


 一息入れて、近くを見ると本体であるアビスタイタンは絶命している。その巨体はすでに他の魔獣が餌にしていたので、僕はあえて放置する事にした。

 タイタンを食べる事に夢中で、僕に気が付いていない今なら面倒な戦いは遠慮することが出来る。それに、わざわざ多くの魔獣と戦う必要はない。


 その場から離れた僕は、とりあえず隠し部屋に戻った。



 ◇



 隠し部屋に戻った僕は荷物をまとめていた。アビスタイタンを倒した今、もうここに用はないからだ。


「オオトモ、ΘΛ*」


 エー、ビー、シーが僕に何かを渡してくれる。餞別だろうか?


 渡された物は、古びたリュックサックだった。


 見た目は緑色で、所々ほつれている。中を見ると、真っ暗でひんやりとした冷気が流れた来た。まさか、ストレージバッグ?


「くれるの?」


「オオトモ、*ξΨ」


 ロボットたちは頷くと、またいつでも来いと言う雰囲気を醸し出した。そして、ビーが食糧庫を指差す。


 なるほど、このリュックに食糧を詰めて行けと言うことなのだろう。ありがたく好意を受け取る事にした。


 ――が、驚きなのはこのリュックだ。


 米や野菜を詰め込むのだが、いくらでも入るのだ。すでに一t以上は入れているのだが、未だにいっぱいにならない。もしかして古代文明の頃のストレージバッグなのかもしれない。


 適当な所で詰め込みを止めると、リュックを背中に背負い隠し部屋を後にした。


 通路側に出ると、出入り口だった場所を元のように岩で塞ぐ。僕は少しの間、感慨深く出入り口があった場所を眺める。


 短い間だったが、三体のロボットにはお世話になった。また会いに来るつもりだが、その時は何かお土産でも持って来たい。


 一礼すると僕は、最下層を目指して歩きだした。






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