48話 「限界」
「邪魔よ!」
リリスは魔法で体長約五mものネズミを切り刻んだ。
達也とはぐれてからメンバーは、三階層でひたすらに捜索を続けていた。あまりにも広大で複雑な大迷宮は、人間を拒むかのように次々と魔獣が襲い掛かって来る過酷な環境だった。
そして、捜索を開始してから一ヶ月が過ぎようとしていた。
「ちょっと休ませて……」
地面に座り込むリリスに、セリスは不安な表情だ。フィルティーがリリスの横に座ると声をかける。
「大丈夫か? 契約の影響が出ているのだろ?」
「そうね……達也と離れすぎると体力が消耗されるみたい。寝ても疲れがほとんど取れないわ」
契約に縛られているリリスは、達也とは離れられない。しかし、転移魔法によって飛ばされてしまった現状、一ヶ月もの間離れ続けていた。契約はリリスを蝕み徐々に体力を奪っている。並みの人間ならすでに死んでもおかしくない状況だった。
「そろそろ撤退を考えた方が良いのではないのか? 俺も主人を見つけたいが、今のままではそれすらも危うい」
「嫌よ! 私は達也を見つけるわ!」
アーノルドの提案をリリスは撥ねつける。
一ヶ月もの間、幾度となく撤退の言葉が出たがリリスは拒否していた。
「ですが、もしかすれば大友はすでに……」
セリスの言葉にリリスは怒りをあらわにした。
「そんなわけないわ! 私が生きているもの! 達也が死ねば私も死ぬわ! 必ず達也は生きている!」
「す、すいません……そうでしたね……」
「……もういいわ。とにかく達也は生きているのよ」
リリスはふらつきながら立ち上がると、壁に手を突いて身体を支える。
「さぁ行きましょ。達也が待っているわ」
メンバーはリリスのあまりのまっすぐな気持ちに、胸が締め付けられていた。だが、同時に大きな不安を感じていた。
食糧が尽きかけているのだ。
水は迷宮内で確保できるが、問題は食糧だった。
三階層の魔獣は比較的弱く、簡単に倒すことが容易であった。と言うことはそれらの肉を手に入れる事が出来る訳なのだが、その見た目により四人は食べる事を拒否した。
黄色い蛍光色の肉。青い蛍光色の肉。緑の蛍光色の肉。紫に光る肉など、数え切れない毒々しい色合いの肉ばかりなのだ。四人は経験上このような目立つ色は毒があると理解していた。その為、食べる事はせずすべて捨てていた。
よって食べられるものは持ち込んだ食糧のみとなる。その食糧が尽きようとしていたのだ。三人だけでなくリリスも内心では激しい不安に襲われていた。
「やはりここは一度撤退しましょう。このままだとこちらが全滅してしまいます」
「……」
セリスの言葉にリリスは返答しない。
「大友は私たちより多くの食糧を持っていました。あと三ヶ月程度なら持ちこたえられる筈です。私たちの食糧はもう帰りの分しかないのですよ?」
「……達也を見捨てるの? 達也が死んでもいいと言っているの?」
「違います。一度地上へ戻って食糧を集めてくるべきだと言っているのです。例え大友を見つけたとしても、戻る為の食糧がなければやはり全滅なのですよ?」
「……」
セリスの言葉にリリスは沈黙した。まさに正論だったからだ。このままでは探すどころか死ぬだけの運命が見えていた。幸いな事にフィルティーが歩いた道筋を紙に記載していたおかげで、上に行く為の道はいつでも使える状況だ。すでに帰る為の道は示されていたのだ。
「……一度だけよ。一度だけ戻って食糧を確保したらすぐに戻って来るわ」
「それで構いません。ここは一度地上へ上がりましょう」
セリスの説得により、リリスはとうとう了承した。
◇
二階層へ上がってからすぐに魔獣と遭遇した。
ぶんぶんと不快な羽音を鳴らし、四人を観察している。
その数は十匹だが、体長約三mで赤と黒の警戒色が際立っている。真黒な大きな目が感情さえも見せない機械的な視線を四人へ向けていた。
人はその魔獣を”ショックビー”と呼ぶ。姿はまさにスズメバチだ。
「不味い、ショックビーの巣の近くに出てしまったか……」
アーノルドは冷や汗が流れた。
ショックビーは単体ではDランクの魔獣だ。しかし、複数になるとBランクになり、危険度が跳ね上がる。その理由はショックビーの使用する魔法が原因だ。
魔獣では非常に珍しい雷属性を使うことで有名であり、ひとたび電撃に晒されれば身動きが取れないまま蜂の餌になると言う。しかも、複数になるとその魔法攻撃は集団で放たれ、予測のできない方向へと電流が流れる事になる。避ける事が困難と言えた。
何より人々は雷属性に対して無知であったことが一番の原因だろう。現在の一般的な属性に雷属性が組み込まれていないのも、雷と言う現象を理解していないからであった。
「不味いですね。ショックビーは電撃を放つことで有名ですが、アレは当たると麻痺してしまうらしいので非常に危険です」
「そうだな。しかし、見つかってしまった以上は戦う他ないだろう」
セリスとフィルティーが会話を続けている間、リリスは魔法構築をしていた。
「くっ……魔法まで扱いが難しくなってる。契約さえなければ……忌々しい」
リリスは呟きつつも右手に風の球体を創り出していた。周囲には風が集まり強力な魔法が使われる予兆を知らせる。
「ぎぎぎ!」
ショックビーが一斉に動き出し、四人へ襲い掛かった。
「ふん! 一匹ずつなら俺の敵ではない! ふはははは!」
斧をショックビーへ振り下ろし、両断するアーノルドは高笑いをする。だが、一瞬の隙を突いて敵は電撃を飛ばした。
「あばばば!?」
青い電撃がアーノルドを直撃し、びりびりと痺れさせる。床に倒れた彼は身動きもとれないままピクピクと痙攣していた。
「馬鹿! 油断するな!」
剣を鋭く振り抜くフィルティーはアーノルドへ注意した。
「私が回復させます!」
セリスがアーノルドの傍に行くと、神聖魔法を行使する。
「神聖魔法ホワイトキュア!」
ピンクの光がアーノルドへ集まり、状態異常を回復させる。すぐに立ち上がったアーノルドはセリスに礼を言った。
「すまん! 油断していた!」
「礼はいいです! すぐに攻撃してください!」
「無論だ! うおおおおお!」
再び斧を振り回し始め、次々にショックビーを両断して行く。しかし、五匹を倒したところで新たな十匹が戦いに加わった。
「このままだと消耗戦になる! まだかリリス!」
「分かっているわよ! あと少しだけ時間を稼いで頂戴!」
思ったよりも魔法構築が上手く行かないリリスは焦りを感じていた。こんなことは初めてだ。いつだって魔法はリリスの思い通りに発動し、弱い敵をなぎ倒して来た。それが嘘のように自分の身体は頼りなく、力すら操り切れない。
「達也……死んだら許さないから……」
怒りを原動力に魔法構築を一気に進める。風は球体状でどんどんと圧縮されていた。気を抜けば爆発的に辺りを巻き込んでしまうほどの風が、ぎゅんぎゅんと唸りを上げている。
「出来たわ! 全員離れなさい!」
リリスの言葉に三人が逃げ出す。
そして、右手に集められた黒い風が解き放たれた。
迷宮の通路をまっすぐに風の波が直進する。そのすさまじさはショックビーをバラバラに粉砕するほどの威力だ。
止まる事を忘れた風は、その先にあった巨大なショックビーの巣すら破壊する。蜂たちはなすすべなく粉砕され、通路の突き当りである壁に叩き付けられた。
「はぁはぁ……」
リリスは魔法を放った姿勢のまま固まっていた。
そして、床へ倒れた。
「リリス!?」
三人はすぐに駆け付けると、フィルティーが抱き起す。リリスの表情は苦悶のままで全身には汗が噴き出していた。
「私が回復させてみます!」
セリスが回復魔法を使い、リリスの容態はひとまず回復した。しかし、すでに立ち上がれない程消耗しており、アーノルドが彼女を背負う事になる。
「私が……こんな醜態をさらすなんて……」
アーノルドに背負われたまま移動するリリスは、ブツブツと独り言を言っている。
「仕方がないではないか。主人とはぐれてしまった以上は四人で支え合うしかないのだ」
アーノルドの言葉にリリスは目を丸くした。
「支え合う? 今している事が支え合っているってことなの?」
「もちろんだ。仲間は助け合い、支え合うのが普通ではないか。俺達はリリスに助けられている。ならば、俺もリリスを助けるつもりだ」
「……これが助け合うってことなのね」
意味深に呟くリリスは、三人を眺めて少しばかり笑みを見せる。
しばらく歩くと、T字になった通路の真ん中に大量のショックビーの死体が転がっていた。巣は山となり成虫や幼虫が死んだ状態で折り重なっている。
「これは見過ごすわけにはいきませんね。貴重な魔石が手に入るでしょうし」
「そうだな。ここは魔素の濃度が濃いのか、内包している魔石が大きい。手に入れておいた方が良いだろう」
セリスとフィルティーが会話もそこそこに、早速解体に移る。
本来Dランク魔獣であれば、ビー玉程度の魔石が獲れるのだが、大迷宮は漂う魔素が多すぎるせいか魔石が非常に大きい事が分かっていた。
蜂を解体したフィルティーが、取り出した魔石を見て感嘆の声をあげる。
「おお! やはりすごい! ここはある意味で宝庫だな! 一財産築けそうだ!」
フィルティーの左手には、卓球玉程の黄色い魔石が握られていた。
「フィルティーさん落ち着いて下さい。その代り凶暴な魔獣を相手にするんですから、当然の報酬だと思いませんか?」
「それもそうだな。リリスが居なければ三階層をうろつくのも危険な場所だからな。二階層だと思って油断は禁物だな」
二人が解体を行っている頃、アーノルドはリリスを床に下ろして水を飲ませていた。
「不味い……紅茶が飲みたいわ……」
「贅沢を言うな。ここでは水源が豊富とは言え、貴重な水なのだぞ? 黙って飲め」
リリスは水筒から水を飲むと、一息入れる。先ほどの魔力を行使したせいで、体力が非常に消耗していた。
余談だが、リリスがこんなにも体力が消耗しているのは闘気が原因の一つだ。闘気は生命力を攻撃に使う方法だが、リリスは攻撃の際、無意識に放出する癖を持っていた。その為、契約によって力が奪われる上に、無駄に生命力を放出するため体力の消耗が倍増していたのだ。
「休むと落ち着いてきたわ。ありがとう」
リリスはアーノルドに礼を言った。
「ふん、魔族っ子に礼を言うわれる筋合いはない。今は仲間だから助けているだけだ」
そう言いつつ、アーノルドは甲斐甲斐しく世話を焼く。長くない付き合いだが、アーノルドが照れていると何となくだがリリスは分かっていた。
「ふぅ、思ったよりも、魔石が集まったな。素材も回収できたし、この辺りで食事にするか」
フィルティーはストレージバッグから、鍋や食器を出すと塩漬け肉やパンを取り出した。
「あ、あの、調理は私がやります。いえ、やらせてください!」
セリスの申し出にフィルティーは笑顔で断る。
「聖女様、心配はご無用だ。私はこれでも料理は好きだし、今までだって皆美味しいって食べていたじゃないか。今日も私が作ってあげよう」
その言葉に三人の表情が凍り付いた。
鼻歌を歌いながらフィルティーは調理を始める。
――が、三人はひそひそと会議を始めていた。
「セリス! なぜちゃんと止めない! また食べさせられるのだぞ!?」
「仕方ないじゃないですか! 調理器具はフィルティーさんのものだし、調理に関して妙な圧力があるんです! そう言うのならアーノルドさんが言えばいいじゃないですか!」
「どうでもいいけど、またあの料理を食べさせられるの? いい加減不味いってはっきり言えばいいじゃない」
二人はリリスを見ると、彼女はさりげなく視線を逸らす。自分では本人に言いたくないのだろう。
三人がそっとフィルティーを見ると、彼女は楽しそうに鍋にパンと塩漬け肉を放り込む。さらにアクセントのレモン汁を加えて、器へ盛りつけた。
「さぁ出来たぞ! 遠慮なく食べるといい!」
それぞれに渡された料理は、言うなればレモン風味塩スープだ。聞こえは良いが、その味は塩味のみ。あとからレモンの香りが追いかけてくるが、それだけだ。達也の料理で舌が肥えてしまった三人には、かなりの苦痛だった。
「うん、やはり自分で作った物は美味いな」
同じように舌が肥えていると思われがちなフィルティーだが、彼女は基本的に味オンチだ。よほど不味くなければ、大体の物が美味しく感じられる残念な舌を持つ女なのである。よって、彼女が作る料理は同じように残念であった。
「お、美味しいですね、あはははは」
セリスが渇いた笑い声を出すが、フィルティーは普通に喜ばれているのだと理解していた。
「そうか、ではもっと食べるといい。さぁ器を出せ」
「ひっ!? け、結構です! これだけで十分です!」
セリスは必死になって自分の器を護る。
「そうか、では他の二人は?」
「うっ……なんだか食欲が湧かないのだ。済まんがこれだけにさせてくれ」
「私も同じよ。もういいわ」
二人は内心で必死に拒否していた。スープは薄い塩味で、妙にレモンが主張してくる。はっきり言えば不味い。
気が付かないフィルティーは、今日も美味しい料理を作って満足させたと内心でほほ笑む。
「まぁいい。それよりも半月以内に地上へ出る道を見つけなければ、食糧が底を尽きてしまう。ここらで一度魔獣の肉を食べてみると言うのはどうだ?」
「私は反対です。ここの魔獣の肉は異常です。どれも色が変だし、どう見ても毒があるように思えます。もし即死級の毒だったら取り返しがつきませんよ?」
フィルティーの提案にセリスが真っ向から反論した。
アーノルドやリリスもセリスの意見に賛成する。
「俺も同感だ。恐らく此処は相当な魔力溜まりな上に、毒持ちの魔獣であふれていると思われる。迂闊に口にすれば、毒がなくとも変異する可能性が高い」
「そうね。筋肉バカの言う通りだわ。私は兎も角、ヒューマンが一気に魔力を取り入れたりしたら変異して魔人化する可能性が高いわ」
魔獣や魔人への変異は通常であれば長い時間をかける物だが、例外が存在する。それが魔力を含んだ物の摂取だ。
人間にはヒューマンやエルフなどそれぞれに耐えられる、魔力の”ブレーカー”と呼ばれる限界が存在する。その限界を突破すると変異を起こすのだ。
しかし、限界内であれば排泄物として体内から排出することが出来るため、時間をかければ魔獣の肉をいくら摂取しようと問題はなかった。
サナルジア大迷宮の魔獣は、その限界を軽く超えるほどの魔力を内包していた。よって、その肉を口にすればあっという間に限界を超え、変異を起こす可能性が高いのだ。
「やはり駄目か。まぁいい。ひとまず地上に出て食料を確保することが最優先だな」
三人は頷くと、一休みの為に交代で眠る。
◇
「ようやく地上だ!」
フィルティーの声に三人は笑顔になった。眩しいほどの日光が降り注ぎ、豊かな緑が風に揺られている。
四人は一週間をかけて、地上へと戻った。だが、全員がすでにヘトヘトで限界だった。しかも、リリスに至ってはすでに立って歩けないようなありさまだ。アーノルドに背負われて、明るい光に嬉しさがこみ上げる。
「一度エルフの集落へ戻ろう。リリスの容態が心配だ」
「私は……平気よ……だから、達也を……探しに行きましょ」
力が入らない腕で迷宮の入り口を指差す。
三人はリリスの様子に、一つの覚悟が出来ていた。
「駄目だ。迷宮へは入らない。今度こそリリスが死んでしまう。だからエルフの集落で大友を待つことにする」
「そんな……!?」
フィルティーの言葉にリリスは抗議しようとしたが、声すら思うように出なかった。予想以上に体力は残されていなかったのだ。
リリスは唇を噛みしめ、三人の提案を飲み込む。
弱り切ったリリスを連れて三人はエルフの集落へ向かった。
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