47話 「迷宮生活」


 眼が覚めると、地図を確認して隠れ家から外に出る。そして、敵と遭遇しないように移動し、一番近くの水源へと足を運ぶ。顔と歯を磨くためだ。


 数分で水源へ辿り着くと、この数日で見慣れた景色を確認する。


 天井は崩れ、山となった瓦礫の上からは綺麗な水が滝のように降り注いでいる。滝つぼの周りには苔や光るキノコが生え、幻想的な光景を創り出していた。何度見ても美しい。


 僕は滝つぼにおもむろに近づくと、冷たい水で顔を洗い、歯磨きをする。


 大迷宮に来てからすでに四日目だ。


 食糧はまだまだ余裕があるが、節約を心掛け出来るだけ魔獣を狩るようにしている。とは言っても一頭しか狩っていないのだが、サイズが大きい為一日や二日では食べ切れられない量なのだ。


 歯磨きを終えた僕は、池の周りに生えているキノコを採取する。今日は二本くらいでいいだろうか。


 地図を見ながら隠れ家に戻ると、部屋の中を確認する。


 三日の間に部屋は更に広くされ、六畳から八畳へと変わっている。他にも光る箱が二つと、ちゃぶ台が一つにハンモックが一つ。


 僕は箱から冷凍された肉を取り出すと、もう一つの箱から採取した野菜を取り出す。


 箱の一つは冷凍庫だ。僕の魔法に氷属性を付与させ、常時氷点下を創り出している。もちろん部屋の気温を下げない為に二重構造となっていて、この箱には主に肉を入れるようにしていた。


 もう一つの箱は冷蔵庫だ。仕組みは冷凍庫と同じだが、気温を下げ過ぎないように調整している。中には野菜などの食材を入れるようにして活用している。


 光るちゃぶ台で、肉と野菜に採ってきたキノコを槍で切ると、フライパンを取り出しそれらを塩、胡椒で炒める。同時に鍋でスープを作り、料理が完成するとそれぞれを器に盛りつける。


 箸で料理を食べると納得の味で深く頷く。流石に四日目になると、此処での生活も慣れてきた感じだ。


 最初は光るキノコや、レタスにも似た赤い蛍光色の野菜など、見た目からアウトのような物を食べるのは相当な勇気が必要だった。普通なら避けて通るはずだ。

しかし、僕はあえてそれらを口にすることにした。そもそも選択肢の少ない大迷宮で贅沢など言えないのだ。見た目がどれほど酷かろうが、毒がない限りは食べるべきなのだ。


 ――が、見た目とは裏腹にそれらの食材は美味いの一言だった。


 もしかすれば僕のチートが毒を無効化しているのかもしれないが、それすら気にならない程大迷宮の食材は美味しかった。


 特に僕を虜にしているのは確保した肉だ。元は巨大な三つの頭を持つトカゲだったのだが、正直に言うと食べるのは避けたかった。見た目がヤモリだし、肉の色だって紫の蛍光色だ。どう考えてもアウトだろう。


 ――が、野菜やキノコ同様に肉も美味だった。


 地球で言うのなら、A5ランクの高級牛肉と同等の美味さだと思ってくれればいい。口に入れたとたん、溶けるように消えてなくなるのだ。思わず醤油に付けて食べたが、ワサビがあればと悔やんでいる。


 そして、今食べているヤモリの肉がこれで最後なのだ。その為、今日は再び獲物を狩に行かなければならなかった。


「はぁ、食べ足りないくらいだよ」


 食事を終えた僕は、もっと食べたい欲求に駆られていた。まさか体長約二十mのトカゲの肉を、三日で食べきったのだから、自分の胃袋がどれほど強力なのか計り知れない物がある。


 おもむろに地図を確認すると、四つの黄色い点が共に移動している。三階層に居るメンバーはすでに合流を果たしていた。


 彼らの動きをしばらく観察したのだが、どうやら下層を目指しているようだ。つまり地上に戻るのではなく、大迷宮の探索を続行すると判断している訳だ。まぁ僕も行方不明になっている訳だし、捜索をしてくれているのだと思うけど、出来れば地上に戻って僕の帰りを待ってほしかった。


 ……嘘だ。本当はすごく嬉しい。でも、僕の命より自分たちの命を大切にしてほしいのだ。


「そろそろ狩りに行こうかな」


 槍を持って立ち上がると、外に警戒をしつつ隠し部屋から踏み出した。



 ◇



 現在地は、隠し部屋から十キロの地点だ。


 代わり映えしないダンジョンの通路だが、魔獣の骨が多い場所なので多くの生き物の狩場とされていると判断した。それに餌になると思われる光るキノコも多く生えているので、生態系を考えるなら待ち伏せには適した場所だと言える。


 僕は罠を張ると物陰へ潜んだ。


 この三日間は魔法や戦い方に対して考察を重ねた。今までのやり方では決して生き抜くことは出来ないと思ったからだ。


 そこですぐに思い当ったのは、無理に正面から戦う必要はないと言う事だ。


 最下層を目指すにしても、上層を目指すにしても大迷宮で生き残れなければ意味がない。さらに実力を上げるつもりなら、その為の生活圏を確保しないとどうしようもない。


 そこで僕は長期的プランを考え、しばらく大迷宮で生活することを選んだ。


 しかし、人間というものは急には強くなれない。見かける魔獣はどれも強すぎて手に負えないものばかりだし、派手に戦い過ぎると別の敵を呼び寄せることにもなってしまう。


 そこで登場するのが罠と言う訳だ。前もって罠で弱らせ、最後に直接トドメをさす。もし、別の敵が出たとしても、隠れている内なら逃げ出す事も可能だ。


 さて、”光”と言うものをどのように考えるだろうか? 僕は真っ先に可視光と呼ばれる七色の光を思い描くが、実際には光とはそれだけではない。むしろ眼に見える光は全体で言えば小さな範囲だ。


 光には”波長”と呼ばれる波があり、その大きさによって及ぼす影響を変化させる。誰でも一度は聞いたことがある、電波や赤外線や紫外線と呼ばれるモノは、すべて”電磁波”と呼ばれる大きな括りによって区別され、可視光と呼ばれるモノもそこに属している。


 何が言いたいかと言うと、可視光があると言うことは不可視光があると言う事だ。


 僕は紫外線で糸を創ると、そこに”粘着”の属性を付与した。


 見えない糸を通路いっぱいに張り巡らせ、獲物を待つ蜘蛛の巣のように進路を塞いで完成だ。


 最近分かってきた事だけど、僕の魔法は一般的な属性に縛られない。光属性は変わらないのだけど、そこに付与する属性はイメージ次第でどのようなものでも創造出来るのだ。まさしくチート。卑怯だと言われても言い返せる自信がない。


 とまぁ反則級の魔法が使えるおかげで、大迷宮での生活にも可能性を見出している。


 そんな事を考えていると、さっそく一体の敵が近づいて来ているようだ。


 壁を大きな生き物が這うようにして接近してくる。


 体色は緑色で湿り気を帯びた表面は独特の質感を想起させる。さらに三つの頭が生え、闇の中で黄色い眼が辺りを窺いながら恐る恐る光るキノコへ近づいていた。


 僕は内心でガッツポーズをする。


 あの魔獣は、三日前に狩った”サナルジアゲッコ”と名付けた巨大ヤモリだ。


 ヤモリは光るキノコ――サナルジアマッシュルームの群生に近づき、長い舌で食べようとした。


「ゲコッ!?」


 長い舌はその手前で止まり、見えない何かに接着しているようだ。僕は思わずニヤリとする。罠にはまったのだ。


 ジタバタとその場から離れようとするが、舌は引き延ばされるばかりで離れる気配はない。それどころか体にも見えない糸が絡みつき、紫外線がじわじわとヤモリを弱らせてゆく。


 紫外線は生物にとって強力な毒だ。強い魔獣と言っても生物に変わりはないのだから、この毒を防ぐことは容易ではない。


 ほどなくして動きが弱まったところを槍で切り殺した。すぐに解体を始め、不要な部分はそこら辺に捨てる。すぐに肉をストレージバッグへと入れると、物陰に隠れて電波のバリアを張る。


 ヤモリの肉の臭いにつられて、そいつはやってきた。


「ぐるるるる……」


 アビスタイタンだ。


 相変わらず激烈な気配を放ち、ぬめぬめとした黒い触手が全身を覆っている。吐きだす息は、鼻も塞ぎたくなるような腐臭を辺りにまき散らし、視線はヤモリの内臓や皮へと注がれている。


 奴の姿を見るだけで恐怖心が這い上がって来る。ヤモリなどとは比較にならない圧倒的怪物。念のためバリアで臭いを遮断しておいて良かったと安堵した。


 ヤモリの内臓を食べ始めた奴は、あらかた食べきると引き返してゆく。


「ふぅ……生きた心地がしなかった」


 肺に溜まっていた二酸化炭素を一気に吐き出すと、壁に背中を預けて天井を仰ぎ見た。いずれ奴と戦う事になるかもしれないが、当分は避けなければ生きて行けない。戦いだってないのならそれに越したことはないが、最下層を目指すなら奴を倒せる実力は必要だと自ずと理解できる。


 僕はこの場から離れるべく歩きだした。数歩して、すぐにあることを思いつく。


「そうだ、この辺りは手つかずのエリアだから、もしかして何かあるかもしれない」


 隠し部屋に戻る前にこの辺りを探索する事に決め、地図を見ながらうろうろと歩みを進めた。


 基本的に、隠し部屋に籠っている時間以外は、探索に費やすようにしている。なんせ古代遺跡なのだから貴重な物もあるかもしれない。それに知的好奇心が抑えられないのも理由の一つか。


「この辺りが怪しいな……」


 そう言って眺める場所は、不自然にスペースが隠された壁だった。地図上では明らかにデッドスペースが存在している事に気が付いたのだ。


 索敵をしつつ僕は怪しい壁を触りながら、何処からか入れないかを探ってみる。


 一時間ほど調べてみたが、それらしい仕掛けは見つからなかった。


「ちょっと卑怯だけど、強引に入ってみるか」


 壁に槍を突き立て穴を掘る。固い石材を、まるで豆腐のように切り出して外に放り投げた。気分は穴掘り業者だ。


 五mほど掘り進んで、とうとう貫通したのだがそこに広がる光景は予想とは違ったものだった。


 水路に綺麗な水が流れ、天井からはさんさんと日光のような光が降り注いでいる。時々緩やかな風が吹かれ、黄金色の植物がざわざわと音を立てて揺れていた。


 遠くを見ると、畑らしき場所に多くの植物が生え茂っていた。


「ここは……一体……」


 思わず言葉を口にしたが、次に目に入った物を見て僕は唖然となる。


「ΛΦ*」


 三体のロボットらしき無機質な人型が、畑を耕しているのだ。しかも、よく分からない言葉を発している。


 その見た目はアンドロイドというよりはロボットと言う方が近い姿だ。上半身は鉄色の機械的な外装で、下半身は八つ脚の蜘蛛のような形をしている。頭部はボールのように丸く、眼の部分に赤い一つ目が光っていた。


 彼らは僕に気が付くと一礼して作業を続ける。


「敵意はないのか……」


 ロボットに近づいてみると、彼らは僕に対して非常に友好的だった。というか無関心が正解だろうか? 機械的に作業を続け、管理しているであろう植物を入念に確認している。


 話かけてみると理解のできない言葉で返答され、一体が僕に着いて来いと手招きすると歩き始めた。


 広大な部屋の中には二つの扉が設置されており、ロボットが一つの扉を開けて僕を中へ招く。


 そこには山積みされている見たこともない野菜が沢山保管されていた。小さな町を軽く一年は養えるような膨大な量だ。


「§*Θ」


 ロボットは大根のような野菜を手に取ると、僕に近づいて握らせた。そして、野菜を指差し、僕を指差す。もしかして全部僕にくれると言っているのだろうか?


「僕が貰っていいの?」


「*ΛΦ」


 ロボットは頷くと、さらに隣の部屋へ案内する。


「こ、これは……」


 そこで目にしたものは白い粒だった。

 日本人ならよく知っている物だ。それが山積みされ異彩を放っていた。

 

 そうだ、米だ。この場所には米が大量に保管されていたのだ。


 ロボットは先ほどと同じように米を僕に握らせると、再び同じように指差して頷く。説明が終わったのか、ロボットは僕を置いて部屋から出て行くと再び作業に戻った。


 駄目だ。理解が追い付かない。


 隠し部屋だと思っていた場所は、実は農場でロボットが管理をしている。だが、ここは大迷宮と呼ばれる古代遺跡の下層だ。


 頭を抱えると少しばかり考察をしてみる。


 そもそも大迷宮とは何なのだろうか? 古代人は何かしらの目的があって造ったと考えるのが大筋だろう。

 じゃあ、この施設は何なのか。それは簡単だ。恐らく食糧生産保存施設だったのだろう。何らかの目的の為には古代人の生活スペースが必要なのは考えれば分かる事だ。そして、偶然にも僕はその内の一つを見つけたと言う訳だ。


 ロボットが古代人だったのか、はたまた古代人の創り出したものかは分からないが、この施設を管理している事と僕に敵意がないと言う事は現時点では明確だ。


「ここはいいかもしれない……」


 施設内を観察したが、生活するには十分な物が溢れている。一番に嬉しいのは日光のような光だろう。優しい光に気分も上向きになるは当然だ。


 決めた。僕はここに住むことにする。


 早速、隠し部屋に戻ると、荷物をまとめて引っ越しを開始する。


 ロボットたちは僕が施設内に住むことには特に興味がないようで、引っ越し作業を見ることもなく黙々と作業を続けている。


 こうして僕は偶然にも見つけた場所に、ひとまず身を置くことにしたのだった。





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