46話 「一人ぼっち」
視界が真っ白に染まり、一瞬で景色が変わった。
坑道のような場所から、古びた石造りの広い場所へと飛ばされたようだ。何処かの通路だとすぐにわかるが、壁には文字や絵が複雑に刻まれている。
「びっくりした。やっぱりダンジョンって罠が……」
そう言いつつ振り返ると、誰も居ない。
リリスへ話しかけたつもりだったけど、そこには誰も居なかった。此処に居るのは僕だけだ。
「もしかして……はぐれた?」
辛うじて出した言葉は、理解するのに数秒の時間を要した。未踏破の大迷宮で仲間とはぐれたのだ。
頭には”ヤバい”という文字と、無数の警報が鳴っている。
「とりあえず落ち着こう。焦ってもいいことはない」
深呼吸をして冷静な頭へと切り替える。
薄暗い通路には、巨大な魔獣の骨らしき物がゴロゴロと転がっていた。きっと大型魔獣が生息する、危険な場所へ飛ばされてしまったのかもしれない。
サナルジア大迷宮は未踏故、何階層で構成されたダンジョンなのかすらはっきりしていない。過去に最も深く潜った冒険者すら二階層が限界だったのだ。証言によれば、大迷宮には地上では見ない凶暴な大型魔獣が生息しているらしい。そのことからも、此処がいかに魔窟なのか理解できるだろう。
僕は辺りを窺いながら、巨大な頭蓋骨の傍に身を隠した。
チートがあるおかげで視界には不自由しない。暗闇でも昼間のように良く見える。
現在、居る場所は恐らく巨大な通路だ。
高さ横幅共に何十mもあり、ルビードラゴンが歩いても余裕があるほど広く感じる。それだけで警戒心はさらに高まった。
「もしかして……バラバラになったのか?」
パーティーの事だ。転移魔法陣に飛ばされたことは分かっているが、僕だけがはぐれると言うことなどあるだろうか? 普通に考えれば、全員がバラバラに飛ばされたと思うべきだろう。
幸いな事に、全員が食糧と水を持ち込んでいたため、しばらくは生き延びる事が出来るはずだ。僕はストレージバッグから水を取り出すと、一口飲んで心を落ち着かせる。やはり仲間の事が気にかかる。
そろそろ歩きだそうと思った頃、床が揺れ始めた。
小さく振動していた床が、だんだんと大きな揺れに変わり、巨大な物が歩く足音のようなものが聞こえ始めた。
僕は頭蓋骨の陰に身を隠し、息を潜める。
「ぐるるるる……」
低い唸り声と、感じたことのない激烈な気配が空気を緊張させた。
足音は次第に近づき、ざわざわと恐怖心が掻き立てられる。
ナニかは歩くたびに床を大きく揺らす。
巨大なモノが足音を鳴らすたびに、そのナニかの大きさを物語っているようだ。
僕は好奇心から、そっと陰から覗いた。
そこには全長約三十mもの人型の生物が辺りを確認していた。
至る所から粘液にまみれた黒い触手を生やし、頭部には大きな一つ目がぎょろぎょろとしきりに動いている。口らしき場所には鋭い牙が生えそろい、強烈な腐臭を放っている。
一目で化け物だと理解できる姿だが、そのナニかは不思議なことに四つん這いで移動していた。漫画やアニメなら面白そうな敵が出てきたと思うだろうが、今の僕には到底そんな事言える訳がない。
「ぐるるるる……」
奴は僕が潜んでいる辺りで動きを止めると、臭いを嗅ぐような独特の音を鳴らした。
犬のような姿勢で、そこらに散らばる骨を嗅ぐと、片手で押しつぶす。間違いなく僕が居ることに気が付いている。
額から冷や汗が流れ、槍を握りしめる。最悪、戦う事になるだろうが、勝てる気は一切しない。強さがあまりにもかけ離れているのだ。
奴は僕を探し始めて、一向に此処から離れる動きを見せない。心の中でしつこいとぼやくが、直接言えば死が待っている。
そして、とうとう僕の潜んでいる頭蓋骨へ顔を近づけた。
「ぎゃあおおおん!」
突然、何処からか鳴き声が聞こえた。恐らく大迷宮に居る魔獣の物だろう。
「ぐるぁぁあああああ!」
奴は凄まじい鳴き声をあげると、走り始めた。人型にもかかわらず、その移動方法は犬のようだ。
地響きを轟かせ、急速にこの場から離れて行ったので、僕は我慢していた息を一気に吐きだした。
「死ぬかと思った……」
壁に背を預けて座り込む。
奴は下手をするとルビードラゴンより強いだろう。いや、間違いなく強い。それほどの気配を感じた。
とりあえず奴の事を”アビスタイタン”と名付けた。
出来るだけ奴には近づかない方が良い。だが、同時にメンバーの安否が心配になる。あんな化け物が居る中で、上手く逃げられているのだろうか?
一番不安なのはセリスだ。彼女は攻撃方法が皆無。防御魔法も何処まで通用するか分からない以上、一刻も早く合流するべきだ。
僕は手の平に魔力を集めて、イメージする。
「
十個ほどの赤い光の球が現れ、バラバラに飛び去ってゆく。
オートマッピングは自動で地図を創り出す魔法だ。僕の視界に3D映像の地図が表示され、光の球が通った場所は光の速度で僕に伝達される。
すぐに膨大な情報量が送られてきて、地図が構築されていく。ただ、その解析がいつまで経っても終わらない。光の球は音速に等しい速度で飛んでいる。五十階建てのビルでも、十秒もかからない内に地図にできる自信がある。
表示される地図はどんどん広がり、現在地を縮小しないと全体像が分からない程広がりを見せていた。
そして、三十分が経過するころにようやく地図が完成した。
「現在地から考えると、一つの階層で東京都くらいあるのかも……」
その全貌は想像以上だ。階層は十層から構成されており、複雑に入り組んでいる。さらに、崩壊している部分だろうか、階層を貫く穴があるようでそこを通らないと上に行けない場所があった。
そして、僕が居る場所は八階層。絶望的な状況だった。
「皆の場所はかなり上か……」
メンバーの居場所も判明していた。どうやら僕以外の全員が三階層に飛ばされたらしい。幸運だったのは、リリスとセリスが一緒の場所に飛ばされた事だろう。
リリスは過去に大迷宮に来たことがあるみたいだから、必ずセリスを護ってくれる。アーノルドさんとフィルティーさんは近い場所に飛ばされたようなので、早い段階で合流できるはずだ。
「……ということは、問題は僕だな。上を目指すか、最下層を目指すか考えないといけないな」
大迷宮へ来た理由は最下層へ行くことだ。しかし、あんな化け物を見た後で下へ行く気にもなれない。下手をすれば、アビスタイタンより強い魔獣が要る可能性だって否定できないのだ。思いだすとぶるっと体が震えた。
「とりあえずここから離れて安全な場所を確保しないと」
歩きだした僕は、地図を頼りに魔獣の居ない場所を目指す。オートマッピングは仲間の位置だけでなく、一定の大きさの生き物を捕捉する機能も備えてある。さらに地図には僕が青色、仲間が黄色、敵が赤色と分かりやすく表示している。
僕は魔獣だと思われる、赤い点の表示から遠ざかる形で歩みを進めていた。
ダンジョン内はどこもかしこも埃を被っていて、永い時、人の目に晒されなかったことが窺えた。それによく見ると、なんとなくだがアステカ文明に近い絵や文字が至る所で見受けられた。面白いのは、そんな絵柄の中には飛行機だろうと思われるものまで描かれている。
「うーん、ロマンを感じるなぁ」
異世界でSF要素を感じて、いつの間にか壁の絵を見ることに夢中になっていた。
「ぎぎぎぎ」
奇妙な声に気が付き振り返ると、背後には巨大なカマキリが僕を見つめていた。
「うわぁぁ!?」
咄嗟に走り出した瞬間に、カマキリの鎌が見えない速度で壁を切り裂く。
「ひぃいいいい!」
逃げ出した僕を、カマキリは羽を広げて頭上を飛び越えると、いとも簡単に回り込んだ。
全長約二十m。褐色の体に、六m近くもある大きな鎌が特徴的だ。
カマキリは昆虫らしい無感情な視線で僕を眺めると、ぎちぎちと不快な音を口から鳴らす。すでに餌として狙われているようだ。
槍を握るとすぐに構えた。地図上では、この辺りで敵らしいのは目の前のカマキリくらいだ。だとするなら、一対一はまだ勝機があると言える。もちろん敵がどれだけ居ようと死ぬつもりはさらさらない。
僕は闘気を全身に巡らせ、カマキリの動作に集中する。
一秒にも満たない時の中で、奴は鎌を繰り出した。
「見える!」
眼に込めた闘気が、カマキリの動作をコマ送りのように見せる。鎌を槍で弾くと、すかさず技を放つ。
「オーラスラッシュ!」
放たれた三日月の闘気が、カマキリの足を切り落とす。奴は足一本を犠牲にして、ギリギリで避けた。
「ぎぎぎぎぎ」
怯むことなく奴は鎌を振るうと、空気を切り裂く音がいくつも降りかかってくる。その攻撃は先ほどとは打って変わり、強化した眼でもギリギリ捉えるのがやっとの速度で、連撃を繰り返す。
鳴り止まない風切り音と、ひたすらその攻撃を防ぎ続ける僕は、不味い状況に陥ったことに気が付いた。
地図上でこちらへ接近している敵が居るのだ。早く目の前のカマキリを倒すか、逃げるかしないと、今度は二体を相手に戦わなければならない。
しかし、目の前のカマキリは僕を逃がす気はなさそうだ。それどころかどことなく余裕を感じる。相手が昆虫なので、見た目で判断できないが、奥の手を隠し持っている予感がするのだ。
反対に僕はかなり厳しい。至近距離で連続攻撃を受けていて、離れる事も近づくこともままならない。逃げ出したとしても、それはカマキリの狙い通りにしかならない。奴は僕が逃げ出して、背中を見せる事を待っていた。
暗闇の中で鎌と槍が交差し、花火のように火花が点いては消えてゆく。
奴の攻撃は強力だ。アストロゲイムでなければ、武器ごと両断されていただろう。
攻撃を防ぎ続ける中で、必死に打開策を考え続けていた。僕に使えるカードは闘気と魔法だけ。この二つでこの場を乗り切らなければならない。
闘気はすでに使っている。だったら魔法だ。
魔法……魔法……。
駄目だ、思いつかない。
「これでも喰らえ!」
苦し紛れに魔法で閃光を放った。暗闇が眩いほどの光に包まれ、辺りが真っ白く染まる。
カマキリは突然の変化に混乱し、僕を見失った。
チャンスだ!
一目散に敵の居ない方向へ全力疾走。攻撃をしても良かったが、地図ではすでに新たな敵が近づいていた。
上手く逃げおおせた僕は、敵の居ない場所で一息入れた。
「今までの攻撃方法では駄目なのかも……」
カマキリとの戦いで自信を少しばかり喪失していた。
僕はチートのおかげで戦ってこられていた。それは自分が強いと確信していたからだ。しかし、あのカマキリはその自信を見事に打ち砕いた。僕が此処では弱いと証明していたのだ。
それが許せなかった。
僕は心も体も強くなった。霞を失くしたあの頃よりも何倍にも強くなったんだ。
許せない。
許せない。
槍を握りしめて唇をかみしめた。いつの間にか僕は強さにプライドを持っていたようだ。
あのカマキリは”サナルジアマンティス”と名付けよう。
そんな事を考えていると、空腹を感じた。時間が分からないので今が昼間なのか夜なのかすら確認できない。
とりあえずストレージバッグから鍋や食材を取り出すと、調理を始める。こんな時は美味しい物を食べるに限る。
地図を確認しながら、サンドイッチとスープを作り、ようやく落ち着いた食事が出来た。
一応だが食糧は節約するつもりだ。いつ出られるのかすら分からないのに、食べ過ぎるのは良くない。だが、もし食糧がなくなった場合は魔獣を食べるつもりだ。
飲み水に関しては、地図を確認して地下水が沸き出ている場所を発見している。どうやらサナルジア大迷宮は水源が豊富なようで、至る所から水が沸き出ている場所がある。上にある大森林が蓄えた水だと思うが、非常にありがたい。
食事を終えた僕は、今度は安全な場所を探すことにした。このままでは眠ることすら危うい。
いや、待てよ。
探すよりも作る方がいいかも知れない。地図を見ても隠れるような場所も確認できないし、ここはちゃんとした拠点らしき場所を作った方が効率が良い。
槍を床に突き刺すと、バターを切るように切れ目が入る。
壁も同様にやはり簡単に切込みが入った。
「よし、隠れ家を作ろう」
せっせと壁を切り崩し、穴を掘り始めた。時々地図を見るが、この辺りは魔獣はやって来ないようだ。隠れ家を作るには最適な場所だと言える。
体感で一時間ほど作業をこなし、とうとう隠れ家が完成した。
外から見ると只の壁に見えるが、魔法陣が刻まれている壁を触ると、扉が下がり入り口が姿を現す仕組みだ。
中に入ると、六畳ほどの空間が眼に入る。空気を入れ替える穴も設置しているので酸欠にはならない。もはや完璧。自分を褒めたたえたくなる出来だ。
魔法で光のハンモックを創ると、すぐに横になる。ハンモック自体が光るので明かりも必要としない。やはり完璧だ。
自画自賛をしていると、だんだんと眠気が這い上がって来る。
ひとまず休むべく、僕は瞼を下ろした。
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