45話 「大迷宮へ」
その日はエルフの集落で泊まる事となった。
「遠慮なく食べろ!」
村長に促されて、ワイバーンの肉を夕食として差し出された。周りを見れば、広場のような場所で多くのエルフたちが、火を囲んで踊っている。まるで地球に居る未開の民族みたいだ。
焼かれた肉の塊が、大きな葉っぱに乗せられているのを見た後、僕たちは視線を交わす。歓迎のもてなしだろうけど、腐りかけの肉を出されたこちらとしては、非常に食べづらい。
「やっぱり食べないとだめかな?」
「向こうは歓迎しているのだろう? ならば食べなければ失礼に当たるぞ」
アーノルドさんは肉を掴むと、豪快に噛り付いた。
「む、悪くないな」
本当かな……不安に感じていると、今度はフィルティーさんが肉に噛り付いた。
「あ、美味しい」
「本当ですか?」
恐る恐る口に入れてみると、熟成された肉のうまみが口の中で広がった。確かに美味しい肉だ。
そこである事に気が付いた。
ストレージバッグは中が空気が非常に薄い。その為、細菌が繁殖しにくく肉を熟成させる適した環境が整っていると言えるのだ。熟成された肉はタンパク質が分解され、うまみ成分が大量に作り出される。本来なら気温の低い場所で保管する必要があるが、その役割をストレージバッグがやってしまったと推測できる。
「もしかすれば、バッグで寝かせた方が肉が美味しくなるのかも……」
そんな事を言っていると、リリスが肉を僕の方へ寄こした。
「私は腐りかけの肉なんて食べないわよ。達也が食べて頂戴」
プライドが高いリリスには、腐りかけの肉なんて許せないのだろう。見ればセリスも肉には手を付けていなかった。
「私も流石に腐りかけは怖いです……」
そう言って僕に肉を寄越す。確かに食べるには勇気が必要だろう。僕はリリスの分を食べる事にして、セリスの分をアーノルドさんへ渡した。
肉を食べている内に宴は最高潮に達し、エルフたち全員が踊り始めた。
彼らは全員が見目麗しく、男女ともにため息が出るほど整った顔立ちだ。肌も白くきめ細やかで、到底未開の部族には見えない。しかし、彼らの踊りはまさしく野性的なモノだ。本能を掻き立てるような激しい踊りを見せつけ、女性はsexアピールを男性に向けて見せつける。
「ななな、なんと破廉恥な……」
そう言いつつフィルティーさんは両手で眼を押さえる。けど、その間からはしっかり見ているような感じだった。
「うわぁ、うわぁ……」
セリスもローブを握り締め、恥ずかしそうにエルフたちを見つめている。反対にリリスは興味がないのか、夜の森を眺めていた。
「ねぇ、紅茶は呑めないのかしら?」
「ああ、準備するよ」
リリスの要望で、道具を取り出した僕はすぐに湯を沸かし始める。出来立ての紅茶を彼女に渡した。
「ありがとう」
受け取ったリリスは珍しく礼を言ってきた。普段は礼なんて言わないリリスがだ。
「明日は雨が降るかもね」
「それどう言う意味よ」
じろりとリリスが僕を睨み付ける。
僕は視線を逸らして、宴を見ることにした。
恥ずかしいが、踊りとしてみればなんらおかしなものではない。しかし、堂々と見ている僕を見たフィルティーさんとセリスがこそこそと話し始めた。
「見て下さい、大友が女性ばかり見ていますよ。きっとエルフとのヤラシイことを妄想しているに違いありません」
「なんと破廉恥な……」
聞こえてきた会話を耳にして、僕はエルフから顔を逸らした。
「見てください。やっぱり妄想していたんです。私たちにバレて慌てて隠そうとしています」
「なんと破廉恥な……」
「二人ともやめてください! 妄想していませんから!」
とりあえず反論したけど、少しだけ妄想したのは事実だ。僕だって男だから仕方ないじゃないか。
「ますます怪しいです」
「は、破廉恥な……」
鬼の首を獲ったような笑みを見せるセリスと、顔を赤くしたフィルティーさんが僕を見ていた。これ以上は言い訳出来ないと判断して、寝床へ逃げた。
「あ、逃げました! ほらほら! やっぱり妄想していたんです!」
「大友は破廉恥だ!」
後ろから聞こえる声を無視して、寝床である小屋へ逃げ込んだ。
◇
朝を迎えた僕たちは、村の広場でシェリスさんと言葉を交わす。
「ではパルケ鳥たちを頼みますね。決して食べないでください」
「分かっている。我らエルフは仲間を見捨てることなどしない。客人として招かれた、お前たちの仲間を食べるなど以ての外だ」
「本当に本当に食べないでくださいね」
「分かっている! 何度も言うな! 私が責任もって管理する!」
僕はシェリスさんにもう一度念を押したかったが、流石にしつこいと思ったので止める事にした。
何故こんな話をしているかと言うと、パルケ鳥であるパル達を大迷宮に連れて行くわけにはいかないからだ。そのことをシェリスさんに相談すると、この村で預かってくれると言うことだったので、しばらく管理してもらう事にしたのだが、不安で仕方なかった。
シェリスさんは最初にパルケ鳥を食糧として見ていた。
だから、シェリスさんは兎も角、他のエルフたちがパル達を食糧として見ない保証はないのだ。だからこそ何度も念を押していた。
「他の方が食べないように注意してくださいよ」
「それは十分に周知する。あの鳥は美味しそうだからな、間違って狙う奴が居るかもしれない」
不安だ……。
「くえー」
不安そうなパル達に見送られながら、僕たちは出発する。檻に入れられたパル達を何度も振り返りながら大迷宮に向かって歩き始めた。
「野蛮人とは言え、約束は守る筈だ。エルフとは義理堅い事で有名だからな」
アーノルドさんの言葉は少しだけ不安を解消してくれる。
スロープを下り、大樹の根元まで降りてきた僕たちは、シェリスさんに教えられた方向に従って森の中を進みだす。
大迷宮はサナルジア大森林の真ん中にあるそうだ。
何故エルフが大迷宮の近くに居を構えているかと言うと、元々エルフは森に住む種族ではなかったそうだ。その原因はヒューマンにある。
古来より奴隷を持つことはステータスであり、大きな労働力として世界各地に奴隷を作る習慣があったそうだ。そこで目を付けられたのが見目麗しいエルフだった。
エルフの奴隷を持つことは最上のステータスになり、貴族や王族がこぞって奴隷狩りを推奨したそうだ。狂ったように奴隷狩りを始めたヒューマンからなんとか逃げ延びたエルフは、サナルジア大森林へ逃げ込んだ。
大森林には大迷宮があり、昔からヒューマンや魔族が近づかない禁断の場所として有名だった。その為、身を隠すには最適な場所だったそうだ。
エルフたちは長い年月をかけて大森林に適応し、大迷宮を拠り所とするようになった。だからこそ森に踏み入る者を一番に警戒しているのだ。……という話をフィルティーさんから聞いて僕は悲しい気分になる。エルフが敵意をむき出しにするのは当然のことだったのだ。
「エルフはヒューマンを憎んではいないが、好意を抱いている訳でもない。彼らは悪しき習慣である奴隷制度を憎んでいるのだ」
「でもエドレス王国も奴隷制度を使ってますよね?」
「残念ながらその通りだな。奴隷は非常に安価な労働力だ。犯罪者になった者は奴隷になる。それに加え、性奴隷など国民のガス抜きの側面も持ち合わせている。悪しき制度と分かっていても、それに代わる方法がないのだ」
確かに言われてみれば、人権などを除外すればメリットは多い。それに、人権をさんざん無視してきた歴史があるのに、今更になって改変するなど難しいだろう。
「ふん、奴隷になれば筋肉を見せられるいい機会ではないか。他の奴隷は軟弱だ」
「アーノルドさんと一緒にしないでください。そもそも筋肉を見に来ている訳ではないと思いますよ」
一応ツッコむが、アーノルドさんは奴隷と言う物を勘違いしている節がある。きっと購入をするために、奴隷商へ尋ねた人たちへ筋肉を見せつけたのだろう。
森の中を五時間ほど歩くと、古びた神殿のような場所へたどり着いた。
高さ十m程の太い柱がいくつもそびえ立ち、朽ちかけた神殿に向かって導くように並んでいる。さらに周りには庭園だったのか、多くの花々が咲き乱れている。しかし、管理を離れてから長い年月か経っているせいか、花たちは野生化しているようだ。
「見覚えがある建物だ……」
僕がそう言うと、リリスが舌打ちした。
「私と達也が戦った場所と似ているんでしょ? 見れば分かるわよ」
「……あ、確かに似ているかも」
そう言われて思いだすと、確かに似ている建築物だ。大昔の文明の跡だと思うけど、似ているのは偶然だろうか?
「古代文明フェブロの遺跡ですね」
セリスの言葉に僕は首を傾げた。
「フェブロ?」
「はい。遥か古代には今よりも栄えていた時代があるそうです。その時代に最も力を持っていた文明を”フェブロ”と言うのです。フェブロが滅んだ理由は未だに解明できていないそうです。一説では魔族と戦って滅んだとか」
古代文明フェブロ……何だかワクワクしてくる。はっきり言うが僕はSF好きだ。今ではファンタジーも好きだが、元々はSFが好きで漫画やアニメを見ていたのだ。そんな僕が古代文明で興味を感じない訳がない。もしかすれば、古代には宇宙に出る技術もあったとか考えると、夢想は果てしない。
「達也、行くわよ」
いつの間にか僕以外のメンバーは神殿の扉を開けていた。リリスが声をかけてくれたので、急いで追いかける。
神殿の中は薄暗くて埃っぽい。入り口を通り抜けると、すぐ目の前には階段が見えていた。どうやらこの下が大迷宮のようだ。
「皆準備はいいね?」
メンバーの顔を見ると、それぞれが覚悟をしている眼だ。
僕たちは大迷宮へと足を踏み出した。
◇
「リリス! 魔法を使って!」
僕の指示で、風の魔法を使って敵を吹き飛ばす。
大迷宮に潜ってから数分で大量の虫が湧き出てきた。迷宮はどこも穴だらけの壁に、坑道のように削り取られた壁がむき出しだ。しかし、その幅や高さは何メートルもあり非常に広く感じた。
話を戻そう。何百匹もの虫が出てきたのだが、その外見はイモムシにしか見えなかった。全身が緑の蛍光色で、生理的に受け付ける事が出来ない。そんな一m程の虫がゾロゾロと壁の穴から這い出てくる。
アーノルドさんが言うには、奴らはポイズンワーム。名の通り猛毒を持ったれっきとした魔獣だ。しかも、口から毒を飛ばすくせに、ランクはEとそれほど高くない。
「主人よ、奴らは土属性だ! 火属性でないと殺しきれないぞ!」
「分かっています!」
僕はすぐに魔法構築に入った。
イメージは光の炎。
左手に魔法陣を想像し、魔法が放たれる。
「
迷宮の通路を光り輝く炎が通過して行き、ポイズンワームを次々に炭に変えた。
炎が消えるころには、地面には多くの魔石が転がり敵の姿は何処にも見えない。どうやら残らず退治できたようだ。
「だから嫌だったのよ! 私、虫系統が嫌いなのに!」
リリスが愚痴を言いだしたけど、今は無視だ。僕はせっせと地面に転がる魔石を集め始めた。
本来なら洞窟や坑道にて炎を使う行為は禁じ手だ。しかし、僕の使う魔法は特殊と言える。元来の炎ではなく、光の炎というあり得ない現象を引き起こしているために、一酸化炭素中毒や可燃性ガスへの誘爆などが防がれている。詳しい事は魔法を使っている僕すらよく分かっていないので、そんな魔法が使えるとだけ覚えている。
「最下級のポイズンワームであの量と考えますと、先に出てくる魔獣は相当な強さになりますね」
「そうだな。ここは良い訓練場所となりそうだ」
セリスとフィルティーさんが話をしているけど、二人は虫に関しては苦手とかはないらしい。
そこでリリスが思いだしたように口を開いた。
「そうそう、ここは床に転移の魔法陣が描かれていて、不用意に歩くと変なところに飛ばされるわよ」
「へ? 魔法陣?」
その瞬間、返事をした僕の足元で、床の一部が少しだけ沈み込んだ。まるで罠に引っかかった感じだ。
「達也! 言った傍から!」
リリスの叫び声が木霊する中、紫の光を放つ巨大な魔法陣が僕たちの足元に現れる。
複雑な文字と記号が絡み合った魔法陣は、逃げ出す間もなく発動する。
僕たちは大迷宮の何処かへと飛ばされることとなった。
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