44話 「サナルジア大森林」
数キロ程度走ったところで、僕たちは立ちどまった。ここからは一気に距離を稼ぐのだ。
「あのぉ、どうして止まるのですか?」
セリスは首を傾げて疑問を感じている様子だ。
「まぁ見てて」
そう言うと、魔法を行使する。イメージは空飛ぶ絨毯だ。
光が集まり、十m四方の光る絨毯が現れた。とは言え本当に絨毯ではなくどちらかと言えば板に近い。
これこそが僕が、発想を逆転させて編み出した魔法の使い方だ。形が在りすぎるなら、もっとそれに特化させようという試みなのだ。これを見せた時は、流石にグリム様は呆れて笑いだした。どうやら悪くない考えだったらしい。
とまぁ魔力が保つ限り、空を移動する手段を手に入れたわけだ。
しかし、僕の魔力がどの程度あるのかすら把握していない。修行にて魔力量を計る訓練をしたのだけど、結局の所それでも計り切れず、沢山あるとしか結論が出なかった。そんなわけでどの程度距離を稼げるのかは、まだ不明なのである。
「まさか……これで空を飛ぶ気ですか?」
あきらかに恐怖を感じているセリスは、空飛ぶ絨毯を指差して震えている。
「そう、これで空を飛んで大森林へ向かう」
「や、止めましょうよ。落ちたら死にますよ?」
「大丈夫だよ。修行でも乗れるように訓練しているから、それにセリス以外は皆乗ったことがあるんだ」
震えるセリスを僕はグイグイと押して、空飛ぶ絨毯へ乗せようとする。すでに皆パルケ鳥と一緒に乗っているので、残るはセリスだけなのだ。
「いやです! まだ死にたくありません! 助けてー! ここに人殺しが居ますー!」
面倒になったので、メンバーと一緒にセリスを拘束すると絨毯へ乗せた。ついでに口も縛ったので喚いても聞こえない。
「もががもががが!??」
「君が悪いんだよ。大人しくしてくれていれば、こんなことをしなくて済んだのに」
まるで悪人のセリフだが、僕の正直な気持ちだ。暴れられると本当に危ないので、大人しくして居て欲しい。
「皆乗ったね。それじゃあ出発!」
光る絨毯は、ふわりと上昇を始めると、地平線を一望できる高さで停止した。そして、進行方向へ向かって徐々に加速を始める。
ごうごうと風の音が耳元で聞こえ、雲が近くに見える。視界は森や川や草原などが見渡せまさしく絶景だった。
「やはり空を飛ぶのは素晴らしいのだな」
フィルティーさんは満足そうに景色を眺めている。アーノルドさんは日光浴をしていて静かだ。リリスも布団を取り出してすでに昼寝モードに入っていた。
楽しいのは最初だけだ。サナルジア大森林まで相当な距離があるため、かなりの時間を要すると思われる。王都まで僕と一緒に旅をしてきた二人は、今さら見てきた景色を眺める気にはなれないのだろう。
「もががががが!」
拘束したセリスが、ぐねぐねともがいている。傍から見るとイモムシみたいだ。何かを訴えているようなので、口の紐をほどいてあげた。
「いやー! 死ぬー! 人殺しー!」
僕は再び口に紐を縛る。
しばらくはこのままでいいや。そうしよう。
結局この日は、一年近くをかけて進んだ距離が、わずか一日で三分の一も戻ってしまった。
自分の魔法だけど、さすがだと言いたい。夕方になったので、適当な野原で着陸し、夕食の支度を始める。
「私は空を飛ぶなんて認めません。明日は地道に地面を走るべきです」
拘束を解いたセリスが、未だに五月蠅いのだ。しかも料理を作っている僕の隣でひたすらに訴えかけるので、よほど嫌なのだろう。
「五月蠅いわね。空を飛ぶくらいどうだっていいじゃない、まさか聖女のくせに怖くて仕方ないの?」
リリスがセリスをからかう。実はこの二人仲が悪い。魔族と聖女だからか、リリスとセリスだからなのか、理由は定かではないけど、度々口喧嘩を繰り返しているのだ。
今日も案の定、焚きつけられたセリスが怒り始めた。
「そんなわけないですわ! 私は聖女です! 空に上がった程度で怖がる訳がないでしょ!」
「ふーん。じゃあ明日は空を飛んでも大丈夫なわけね」
「もちろんです! 見てなさい! 聖女がどれほど慈悲深く、ど根性があるか証明して見せますわ!」
聖女にど根性なんて必要なのだろうか? 少し疑問を感じながら夕食を完成させた。
「はい、今日は和風ハンバーグだよ」
「和風?」
近くで焚火の火加減を見ていた、フィルティーさんが首を傾げる。
「食べてみれば分かるよ」
そう言って皆にハンバーグを渡してゆく。早速僕も一口食べた。
「うん、醤油が効いていて美味しいや」
「ふむ、やはり美味いな。しかし、これは醤油と言う味なのか」
アーノルドさんが感心したように言葉を漏らす。
王都で紅茶会社を建てる際に、とある会社を見つけたのだ。そこは味噌を専門として作っていた。そう、この世界に味噌があるのだ。歓喜して、大量に味噌を購入したのだが、そこの社長さんが僕を気に入ってくれたようで、新商品を見せてくれた。
その新商品こそ醤油だったのだ。飛び跳ねた僕は、すぐに交渉し醤油を大量に購入した。社長さんは驚いていたようだけど、故郷には似た物があると言って何とか誤魔化した。あの時の僕は他人が見ると、狂喜乱舞に相応しい喜びようだったに違いない。
地球に未練はないが、食にはやはり忘れられない物があるのだ。何気なく食べていた物が、海外に行って恋しくなる時はないだろうか? 僕はそうだ。やはり味噌と醤油は日本人の魂と言える調味料なのだと実感した。
「私はこの味好きだわ。達也、さすがね」
リリスからもお褒めの言葉をいただいた。彼女が好きだと言うのは珍しい。みそ汁も作ったのだが、美味しそうに食べていた。
「これ……懐かしい……」
セリスを見ると、彼女は涙を流していた。
「あ、あ、あれ? どうして涙が出るの? なんで懐かしいの?」
本人も理解が出来ないのか、服の裾で涙をぬぐう。多分だけど、セリスの中の霞が反応したのだろう。そうでなければ、懐かしいなどと言えない筈だ。
彼女は首を横に振ると、一心不乱にハンバーグをがつがつと食べだした。自分の中に知らない自分がいるなど、あまりいい気分ではないだろう。あえて声をかけないことにする。
食後の紅茶を出すころには、みんな落ち着いて会話をしていた。
「大友、大森林へ着いたらどうするつもりだ?」
「え? どうするって大迷宮を目指すんですよね?」
「サナルジア大森林は、森の民が支配していてうかつには入れないのだが、知らないのか?」
フィルティーさんそう言いつつ、木の枝を持つと地面に人の顔を描く。顎が細く、耳がとがっているが、何の絵だろうか?
「これはエルフと呼ばれる森の民の特徴だ。彼らは排他的で、森の外の人間を好まない。例外なく皆が整った美しい容姿をしている。それに耳が長くとがっているのが特徴だ。大迷宮へ入るなら彼らの許可を得ないと近づくことも出来ないぞ」
「エルフですか……でも、今まで許可を出してくれたことはあるんですよね?」
「もちろんあるが、相応の取引をしなければ敵対されるぞ」
「取引?」
今度はアーノルドさんが、話し始めた。
「主人よ、奴らは野蛮人どもだ。肉を渡せば納得するはずだ」
「肉ですか……それはいいですけど、手持ちで渡せるような物がありませんよ?」
「フハハハハ! 何を言うか! ワイバーンの肉が余っているではないか! あれを渡せばいいのだ!」
確かにアーノルドさんの言う通り、ワイバーンの肉がまだ余っている。ステーキなんかにして僕たちで食べていたんだけど、量が多すぎて食べきれないのだ。すでに半分程度だけど、これで喜んでくれるのかな?
「うん、それでいいんじゃないか。彼らは肉を好んでいる。ワイバーンの肉がたとえ腐りかけでも、喜ぶだろう」
そう、気にしているのは、肉が腐りかけということだ。いくら空気が薄いストレージバッグに入れているとはいえ、時間的に食べられる限界がある。一応塩漬け肉も作ったけど、それでもすべては使い切れていない。
エルフが腐りかけの肉でも喜ぶなんて本当だろうか? 僕が知っているエルフは肉を食べず、森の恵みで生きている崇高な精神の種族なのだが、やはり現実は少し違うようだ。
「それじゃあ一応、ワイバーンの肉で交渉してみましょうか……あまり気は進みませんが」
「フハハハ! それが良いだろう! 奴らは野蛮人だからな!」
野蛮人か。一体エルフってどんな感じなんだろう?
◇
空を飛んで、視界にサナルジア大森林が見え始めた。
「もががが!」
後ろを振り向くと、セリスが拘束されもがいている。
結局、彼女は空を飛び始めると暴れはじめた。「死ぬー! 人殺しー!」と叫ぶので、拘束せざる得ない状況になったのだ。それと、少しわかったのだが、セリスは高所恐怖症だ。だから空を飛んでの移動は、彼女には耐えがたい恐怖なのだと思う。
すでに遠くにはクリモンド高地が見えていた。王都まで一年近くをかけて行ったのに、此処まで戻って来るのはたった三日ほどだ。分かっていても少し悲しくなる。
空飛ぶ絨毯は、サナルジア大森林のすぐ横にある、フリジア草原地帯に降りた。
絨毯を消すと、それぞれが大森林に入るための準備をする。
「もががが! もがが!」
「ゴメン忘れてた」
セリスの拘束を解き、僕たちは鳥に乗ったまま大森林へ進みだした。
巨木が生え茂り、森の中は鬱蒼としている。地面も苔が生え、古代の森を連想させる雰囲気だった。何となく昔見たアニメの森を思いだす。白い狼に乗った少女の話だ。
「何か出そうな雰囲気ですね」
「そうだね。なんというか神聖な感じがするかな」
「創造主様が居るとされる天界は、きっとこのような自然豊かな場所なのだと思います」
セリスがそう言うと、彼女は両手を合わせて祈りを始める。性格は難アリだけど、やっぱり聖女なんだと納得する。祈る姿が美しく見えるのだ。
「大友」
「分かっています」
僕とフィルティーさんは武器を抜いた。
「私に気が付くとは、なかなかやるな」
声が聞こえた方を見ると、樹の上の太い枝に一人の女性が立っている。顔は人形のように整い、肌は蝋のように白い。長い金髪を胸まで伸ばし、耳は長くとがっていた。まさしくエルフだ。
彼女は樹の上から、手に持った大きな弓を構えると矢を放つ。
「ふっ!」
僕に向けられた矢を槍で切り落とすと、切っ先をエルフに向ける。
「どう言うつもりですか? こちらは攻撃をしていませんよ?」
「この森へ踏み入った時点で、お前たちは敵だ。どのようなつもりでここへ来たのか聞かせてもらうぞ」
「大迷宮に用があるんです。僕たちは攻撃の意思はない」
僕の言葉にエルフは少し考えると、ニヤリと笑う。
「交渉用の肉ぐらいは持ってきているんだろうな?」
「ええ、ワイバーンの肉があります」
「……いいだろう。村へ連れて行ってやる」
彼女は樹の上から飛び降りると、危なげなく着地した。さすが森の民なのか、慣れた動きだ。
僕たちへ近づくと、弓を背中に仕舞う。彼女の姿は刺激的だ。胸は下着のような薄い布で巻かれ、下も短いスカートのように腰に巻いているだけ。漂ってくる匂いも森の香りと言うべきか甘い感じだ。
「何を見ている?」
鋭い視線で僕を睨み付ける。ちょっと見過ぎたかもしれない。
「僕は大友達也と言います」
「私はシェリス。ただのシェリスだ。ではついて来い」
スタスタと歩き出したシェリスに、僕たちはパルケ鳥に乗ったまま進みだす。
彼女は身のこなしが華麗で、足場がないような場所でもどんどん進んで行く。とは言え、こちらもパルケ鳥に乗っているので、軽快な足取りだ。
「その鳥は美味そうだな。死んだら食うのか?」
シェリスの一言で五羽のパルケ鳥が震える。
「違います。彼らはれっきとした仲間です。もし死んでも埋葬します」
「そうか。仲間だったのか。悪い事を聞いたな」
シェリスは素直に謝った。こんな環境で育っているので、生き物は食糧という考えと、直結しているのかもしれない。まさに弱肉強食だ。
迷路のような森を何時間も進むと、開けた場所へたどり着いた。何本もの巨木が生えているのだが、比較的日光が入り明るい。
巨木の枝には木造の小屋がいくつも作られ、巨木自体が一つの村に見える。
「ここが我が村だ。村長に会わせてやる」
シェリスさんはそう言うとスタスタと先へ進む。巨木の上にある村へ行くためには、下から上に設置されているスロープを登っていかなければならない。
木造のスロープはぎしぎしと音を鳴らしながら、底が抜けないか不安を感じさせる。
「おい、そこは気を付けろ。脆くなっているから、下へ落ちるぞ」
「ひぃい!?」
高所恐怖症のセリスはブルブルと震えながら涙目だ。
すれ違うエルフたちは、僕たちを冷たい目で見ている。よそ者が入り込んだことへ不快感を示しているようだ。
かなり上に登った辺りで、一つの小屋へ案内された。周りと比べると大きく、村長が住んでいるだろうと思わせる雰囲気を感じさせる。
「入れ」
シェリスさんの言葉に従い、小屋の中へ入った。パル達は小屋の外へ残している。
中には一人の老人が、胡坐を掻いている。しかし、その放つ雰囲気は鋭く冷たい。それどころか、強烈な気配を部屋の中へ解き放つ。
「ヒューマンの者達よ、何をしにこの村へ来た?」
「大迷宮へ入るためにやってきました。肉を持ってきていますので、どうか許可をいただきたいのです」
「いいぞ。早く肉を出せ」
老人は急に気配を緩めると、肉を要求する。これって許可を貰ったってことなのだろうか? よく分からないまま、バッグから肉を取り出した。
「む、食べごろじゃないか! こりゃあいい! 大迷宮なんぞいくらでも行って来い! 許可を出してやる!」
老人は肉を掴むと小屋から飛び出した。外からは歓声が聞こえて来る。
「今夜は宴だ! タダ飯万歳!」
こうして大迷宮への侵入許可を貰ったのだが、僕が持っていたエルフのイメージは、はかなくも崩れ去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます