43話 「会社」
王都では一時間ごとに鐘の音が鳴り響く。ちょうど朝の七時になったころに、宿に一人の男性が尋ねてきた。
昨日の食事処で会った男性だ。紅茶会社を設立すると言っていたが、まさか本当に来るとは思っていなかった。
男性を部屋に招くと、互いにテーブルを挟んで椅子に座る。
「朝早くに失礼。私はビル・クラリネスと言う者だ。昨日は顔だけ見せて帰ってしまって大変失礼した」
「いえ、でも本当に紅茶会社を建てるつもりなんですか?」
男性は貴族とは違い、緩やかな服を着ていた。見た目はエジプトで居そうな格好だ。頭にもターバンによく似た布を巻いているので、ますますイスラム教徒に見えてくる。顔だって色黒なので、このあたりの人種が違うのだろう。エドレス王国は白人が多いのだ。
「もちろんだ。紅茶は間違いなく大きな商売になる。これを逃す手はないだろう」
「それはいいのですが……登録と言う物が、いまいちよく分からないのです……」
「なるほど。登録と言うのは特許の事だ。理解できるか?」
なるほど、こちらの世界にも特許があったのか。だったら話は早い。
「登録はどうすればできるのですか? 誰が創ったかをはっきりさせる制度なんですよね?」
「もちろんその通りだ。役所で登録をして、君が私に紅茶の製法を教えてくれれば、私は使用料を払おう。全ての権利は君にある」
どれだけ貰えるか分からないけど、そんなには期待していない。元々僕が発明した技術じゃないし、商売で身を立てたいと思っている訳でもない。少しでも多くの人が、紅茶を知ってもらえれば、それでいいような気がするのだ。
「分かりました。登録します」
僕は紅茶会社設立に賛成した。ビルさんと握手を交わすと、早速王都にある役所へ一緒に出向いた。
役所と呼ばれるが、その建物は神殿のような大きな物だった。中に入ると、役人らしき人々が忙しなく事務仕事をこなしている。
僕は適当な窓口で質問する。
「すいません。特許は何処に行けばできますか?」
女性の職員が笑顔を見せると、一枚の紙を取り出して僕に渡してくる。
「特許申請はこちらの用紙に記入すれば完了いたします。登録料として金貨五枚いただきますが、よろしいでしょうか?」
「分かりました」
紙に紅茶の事を書き込み、自分の名前をきっちり書いた。もちろん製法まで書かなくてはいけないが、特許とはそう言う物だし秘密は守られるようだ。書類と金貨を女性に渡す。
「……はい、確かにいただきました。これで紅茶は大友達也様の知的財産です。もし、他者が紅茶を真似し、権利を侵害した場合は役所まで申し出てください。すぐに対応させていただきます」
紅茶と言うよりは、茶葉の製法を取り締まってほしいが、役所の方に言っても仕方がない。とりあえず着いて来ていたビルさんに顔を向けた。
「これで紅茶の製法は登録されたはずです。ビルさんは紅茶会社を設立するんですよね?」
「そうだ。君から製法を借りると言う名目で、売り上げの三割が渡されることになるだろう」
「三割も? 多くないですか?」
「嫌なら借りなければいいだけの話だ。この国では、一番最初に創った者を手厚く保護する権利が整備されている。類似品も罰則に当たるので、良い国だと思うぞ?」
やはりと言うかビルさんは、エドレス王国の生まれではないみたいだ。雰囲気から察するに、色々と苦労をされてきたのだろうと思う。言葉の端端に、この国がいかに良いかを説明していた。
僕とビルさんは、適当な倉庫へ行き中を見物する。
「まだ空き家だが、ここを工場にしようと思っている。此処に来るまでに少し聞いたが、茶葉を発酵させるのだな?」
「ええ、採れたての茶葉をまずは萎れさせ、揉み解します。次に砕いて発酵させます。発酵が進むと茶色くなってゆきますので、頃合いになったら乾燥させて完成です」
「よくぞそんな方法を見つけたものだ。発酵とは気が付かなかった」
僕は苦笑いする。受け売りの知識なので、あまり褒めないでほしい。
「とりあえず茶葉を寝かせる場所が必要ですね。適度な湿度と温度を保てる場所を用意しないといけないと思います」
「むぅ、そのような物があっただろうか?」
「魔道具で水気を含んだ空気を作る物を、造ればいいと思いますよ。後は温度も調節できる物を用意すれば、発酵は問題ないと思います」
ビルさんは僕を抱きしめる。
「それだ! 君はやはり天才だな! それで行こう! 面白くなってきたぞ!」
ビルさんは熱意が溢れていた。こういう人が経営で、成功するんだろうと何となく思う。例え逆境でも、正面から立ち向かって行ける強さを感じるのだ。僕も見習わないといけない。
この日は、魔道具の制作依頼や会社の創立など、色々と行い夜になって宿へ戻ってきた。普段は関わらない社会と言う物を触れたせいか、非常に楽しく感じた。
「随分と楽しそうじゃない」
夕食を食べていると、隣に居るリリスが僕の様子をジロジロと観察している。
「うん。今日は楽しかった。紅茶を沢山造れるようになると思うと、ビルさんと色々するのがワクワクしてきたんだ」
「そう、私は紅茶が飲めて、柔らかい布団で寝られれば文句はないけど、人気が出過ぎて紅茶が飲めない事になるのはお断りよ」
彼女はそう言って食後の紅茶を口にする。
きっとそんな事にはならないと思う。そもそもパーティーの紅茶は今まで通り、僕が作るつもりなのだ。それにビルさんの申し出は、実の所ありがたかったのだ。リリスの紅茶消費量が増えているので、生産が追い付かなくなっていた。さらにフィルティーさんも紅茶にハマり。セリスも紅茶を飲ませろと言うようになった。工場でも欲しいと思っていたところに、今回の話が舞い込んできた形となった。
ビルさんが言うには、一週間で形になるらしい。元々王都では、茶葉の生産は行われていたそうで、かなりの数を確保できるそうだ。それに依頼した魔道具もそれほど難しい物ではないと、魔道具職人も話をしていた。
僕は紅茶工場が出来るのを楽しみにしていた。
◇
「完成だ!」
「やりましたね! これで紅茶工場はすぐにでも稼働できますよ!」
僕とビルさんは抱き合って喜んだ。
会社を作るという話から一週間が経過した。
空き家だった倉庫は、多くの魔道具や設備が整い、工場の姿へと変わっていた。すでに従業員も雇っている。もちろんテストとして少量の紅茶を作ったが、まさしく僕が作る物と変わりない物だ。
そう、いつでも稼働できる状態までこぎつけたのだ。
僕とビルさんは固い握手を交わし、今日という日を祝った。
「大友君。君のおかげで会社は設立できた。もしよかったら、会社の名前を考えてくれないか?」
「会社の名前ですか?」
僕は恐れ多いと思ったが、ふと名案が浮かんだ。
「B&T紅茶会社と言うのはどうでしょうか?」
「B&T?」
「ビルさんのBと達也のTでB&Tです」
「素晴らしい!」
彼は僕の手を握り締めると、急に何処かへと走り出した。
そして、板と金づちとノミを持ってくると、板に何かを彫り始める。
「出来た!」
板にはB&Tと綺麗に彫られていた。彼は板を工場の外に飾る。
「どうだ、早速工場名を飾ってみた」
そこには誇らしげに、手彫りの工場の看板が飾られている。なんだか感慨深い物を感じる。
「実は大友君を、我が社の幹部として引き入れたいのだがいいか?」
「幹部!? いえいえ、流石にそれは!」
ビルさんは首を横に振る。
「もちろんただの好意と言うものじゃない。紅茶会社はこれから多くの問題を抱えるだろう。その時に相談役として、君が幹部として居てくれると私としては非常に心強い。なんせ紅茶に関しては素人だからな。時々でいい、紅茶の品質を確認してアドバイスしてほしいのだ」
確かにビルさんの言う通りだ。製法を教えたからと言って、全てが予想通りに行くはずがない。分からない事も数多く噴出するだろう。その時に、発案者である僕が居れば、ビルさんとしては非常にありがたい話だ。
僕としても、紅茶の使用権料だけに限らず、給料も貰えると言う特典が付いてくる。もしかすれば、優先的に紅茶を手に入れる事も出来るだろう。
「承知しました。引き受けます。ですが、僕は冒険者ですので、いつでも会えるわけではない事を理解してください」
「もちろんだ! 君が会社に在籍していると言うだけで、私には心強い!」
こうして紅茶会社は正式にオープンした。
◇
僕たちは旅の準備を整え、宿を出る。とうとうサナルジア大森林へ行くことにしたのだ。見送りにはクリストファーさんが出てくれた。
「まだ一週間程度なのに、もう旅立たれてしまうのですね……」
「申し訳ありません。でも、戻ってきた時はまた宿泊させてください」
「もちろんです! 日輪の翼様のご活躍願っております!」
白いハンカチを振るクリストファーさんに見送られながら、僕たちは王都の南門へと向かう。
「ピピルは元気にしているかしら」
リリスが呟く。
パルなどの三羽のパルケ鳥は、王都にある預かり専門の牧場に渡している。王都に着いて、しばらくして預けたのだが、最初は離れたがらずに鳴いていた。パルケ鳥は主人と一緒に居ることを喜びに感じる習性があるらしく、預けるのに随分と苦労したのだ。
結局は、三羽も諦めて牧場でお世話になることにしたみたいだが、今回は三羽を迎えに行くことにした。
実はとある方法で、素早い移動が可能になったのだが、長距離になると問題が発生してしまうのだ。そこでパルケ鳥を活用しようと言う事になった。というか、持ち腐れは可哀想だし、リリスやアーノルドさんが会いたいと駄々をこねていたせいだ。
そんな事を考えている内に、南門近くの牧場へたどり着いた。
そこでは多くのパルケ鳥が、芝生の上を自由に走り回っている。
「くえー!」
鳴き声が聞こえ、三羽のパルケ鳥が駆け寄ってきた。すぐに頭を擦り付け、喜んでいる様子だ。
「ピピル、貴方ちょっと太ったんじゃない?」
「くえー?」
リリスがピピルを見ながら、体を少しづつ摘まむ。確かに以前と比べると、掴める肉の量が増えている気がする。
「シュワルズ! 怠慢はいかんぞ! 外に出て筋肉を鍛えるのだ!」
「くけー」
アーノルドさんの方は、主人がああだとペットも似るのか、どちらもポージングしている。鳥なのにポージングって……。
「私のパルケ鳥も来たようだな」
フィルティーさんを目指して一羽が駆け寄って来る。しかし、その体毛はピンク一色だ。
「エリーゼ、元気にしていたか?」
「くけぇ」
雌なのかエリーゼと呼ばれるパルケ鳥は、優雅に鳴き声を出す。
それを見てリリスが言葉を吐いた。
「うえぇ、まっピンクじゃない。貴方良くそんな鳥に乗れるわね」
「何を言うか! 可愛いじゃないか! こんなにも愛らしいのに!」
エリーゼを抱きしめながら、フィルティーさんは反論する。僕としてはリリスに賛同したいところだけど、人の趣味に口をだすつもりはないので黙っておく。
セリスを見ると、彼女はパルケ鳥を羨ましそうに見ている。
「あれ? セリスは聖教国出身だよね? どうやって此処まで来たの? パルケ鳥は?」
「私は国の騎士に此処まで送っていただいたのです。なので自分の鳥は持っていません」
騎士に送ってもらった? まるでお姫様みたいだ。
「じゃあここでパルケ鳥を購入しよう。預かってくれるだけじゃなくて、購入もできるそうだから、自分だけの鳥を手に入れればいいじゃないか」
「いいのですか!? 欲しいです! 私も自分の鳥が欲しい!」
セリスはそう言うと、牧場の中へ柵を越えて入って行く。なんというか聖女のくせにアグレッシブだ。
「この羽が白いのもいいですね……こちらの赤いのも好みです」
逃げ回るパルケ鳥を追いかけ、セリスは牧場内を走り回る。前から思っていたが、彼女はすごく足が速い。むしろパルケ鳥が居なくても、彼女だけ走らせても十分に距離が稼げる気がするのだ。
「これにします! この黄色が混じった美しい鳥が私に相応しい気がします!」
鳥の首をがっしり掴みホールドしていた。まずは鳥の扱い方から教えないといけなくなりそうだ。
料金を支払い、メンバーはパルケ鳥へ腰を下ろす。相変わらずお尻にフィットする座り心地は快感にも似ているだろう。
「皆乗ったね? それじゃあ出発」
南門から駆け出した僕たちは、道なりにぐんぐんと進む。軽快な鳥の走りは、あっという間に王都から遠ざかってしまう。
後ろを振り返れば、王都が地平線に広がりその大きさを誇示していた。
次にこの景色が見られるのは、いつになるだろうか? 僕は目に焼き付けると、目的地である大迷宮を目指してスピードを上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます