42話 「紅茶」
「申し訳ありませんが、もう一度言ってください」
僕はグリム様に訊ねた。言われた事が理解できなかったのだ。
「ではもう一度言ってやろう。SSランク冒険者になるまで戻って来るな」
「は? SSランクですか?」
「そうじゃ」
グリム様は頷く。
正直なところ、この人何を言っているんだ? って感覚だ。SSランクって冒険者の頂点だ。聞くだけなら簡単そうだが、実際には滅茶苦茶難易度が高い。地球で言えば、相撲取りが横綱になれと言われているような物だ。
それに聞く限りでは、エドレス王国のSSランクの冒険者は、たったの五人だ。
しかもその五人は漏れなく英雄という話なのだから、世の中は良くできている。SSランクになれば英雄と呼ばれるのか、英雄と呼ばれるからSSランクなのかもはや分からない。
そんなSSランク冒険者になれと目の前の老人は言っていた。その上で、なれるまで戻って来るなと言っている。とうとう修行を見るのが面倒になったのだろうか?
「どうせお前の事じゃ、変な勘違いをしておることじゃろう」
「勘違い?」
「いかにも。儂は実戦訓練をすると前もって言ったはずじゃ。すでにギルドの上層部には話を通しておる。思うよりも早くSSランクになれるはずじゃ」
「もしかしてバッカスさんですか?」
そう言うと杖で頭を叩かれる。
「それより上じゃ。儂を誰だと思って居る。賢者グリムだぞ?」
と言うことはギルドバーテックスだ。ギルドの頂点に話を通すなんてさすが賢者様だ。ただ、事あるごとに僕の頭を叩くのは止めて欲しい。
「でもギルドって本部に行けばいいんですか?」
「バッカスのところへ行けばいい。そこで詳しい話を聞かされるじゃろう」
そう言って、僕たちは力の塔から追い出された。
◇
「すいません、もう一度言ってください」
僕はギルド本部の部屋でバッカスさんに訊ねる。
「それじゃあもう一回言ってやる。サナルジア大森林の中にある、大迷宮の最下層まで行って来い」
僕は大迷宮と言うモノが理解できなくて、それとなくフィルティーさんに視線を向けた。
「嘘……お兄ちゃん本気で言っているの?」
「本気だ。大迷宮をクリアーすればSSランクにしてやる」
フィルティーさんは驚愕の表情だ。それどころか僕以外全員が驚きで固まっている。あのいつも高飛車なリリスですらだ。
「え……と……大迷宮ってそんなに危険なのですか?」
「君は知らないのか! サナルジア大迷宮と言えば、魔族ですら避けて通る超危険なダンジョンだ! いつどこで誰が造ったのか分からないが、その深さは地の底まで通じていると噂の未踏の場所だ!」
魔族すら避けて通る!? 道理でリリスもドン引きしている訳だ!
フィルティーさんの説明を聞いて急に恐ろしくなってきた。
けど、だらけたまま椅子に座るバッカスさんは、アフロである髪を指でクルクルと遊びながら話をする。
「お前らなら達成できると、あのエロジジイは踏んでいるんだろ。だったら管理職の俺が口を挟むことじゃねぇ。それにたった一回のクエストでSSにしてもらえるなんて破格なんだぞ? 死ぬ気で頑張って来い」
さすがにその言葉に誰も反論できない。地道に時間をかけてSSになるか、超危険だが一回で最上ランクになるかとするなら、決まっている。というか僕たちに選択肢なんてないのだ。
「……分かりました。日輪の翼は大迷宮へ行きます……」
「葬式に行くみたいな顔だな。まぁ、気持ちは分からねぇでもないけどな。とにかく死なねぇように頑張れ」
バッカスさんは、ひらひらと手を振って部屋から追い出す。
ギルドを出た僕たちは、適当な食事処へ入ると力なく椅子に座った。
「大迷宮……」
テーブルに顔を付けた僕は呟く。
「天に居る創造主様、今度こそ貴方の御許へ行くことになりそうです」
天井を見て祈りを捧げるフィルティーさん。
「ふむ、さすがに今回は死ぬかもしれぬな」
冷静に分析するアーノルドさん。
「行きたくない行きたくない。そうよ、貴方達だけで行ってきなさいよ」
現実逃避なのか布団を握り締め、顔を埋めたまま声を漏らすリリス。
「サナルジア大迷宮ですか、どんな冒険が待っているのか楽しみです」
メンバーの中で唯一、ヤル気を出していたのは聖女のセリス。
僕は元気を出して再起動した。パーティーのリーダーが、怯えていては話にならない筈だ。まずはどんな敵が出てくるのか、情報収集だ。
「アーノルドさんは大迷宮の事はご存知ですか?」
「もちろんだ。非常に有名な場所だ。エドレス王国の住民なら知っていて当然。なんせ、過去に英雄と呼ばれていた者が、中に入って三人も死んでいるのだからな」
うわぁぁぁ、聞くんじゃなかった!! 英雄が三人も死んでいる場所なんてどう考えてもおかしいよ!! きっと、ゲームならEXダンジョンだ! ヤバい!
「それに中では凶暴な魔獣が出るそうだ。現在ではSSランクを最高位としている魔獣の格付けも、通用しないと考えた方が良い。大迷宮内では最下級でもAランク程度はあるかもしれない」
「天に居る創造主様、すぐに貴方の御許へ――」
「フィルティーさん、諦めてはいけません! 現実に戻ってきてください!」
ますます現実逃避を始めたフィルティーさんを、僕は激しく揺さぶる。彼女はカクカクと首を揺らすだけで、目線は定まらない。仕方がない、こういう時は無視が一番だ。
僕は呆然としているフィルティーさんを放置して話を進める。
「とにかく賢者様に修行として命令されたのなら、逃げる訳にはいきません。準備を進めて大迷宮へ潜りましょう」
「私あそこ嫌いなのよ。行きたくないわ」
リリスが珍しく涙目で抗議する。どうやら過去に行ったことがあるようだ。
「でも行ったことがあるんだよね? どんな場所なの?」
「あそこは虫がうじゃうじゃ居るのよ。ドラゴンだって居るし、とにかく何が居ても不思議じゃない気持ちの悪い場所よ」
リリスはぶるっと体を震わせ、自身の身体を両手で抱きしめた。
虫がうじゃうじゃ……どうしよう、すごく行きたくない。
そこに店員がやってきて、注文を催促する。僕たちは適当に注文すると、出された水を口にして一息入れた。
「一ヶ月ぶりに外に出れたと思えば、酷いスタートを用意されていたんだね」
「フハハハ! まさにそうだな! しかし、一回で攻略せよとは言っていなかったぞ! やはり此処は時間をかけて地道に最深部へ行く方が良いだろう! むぅ筋肉が滾るな!」
確かにそうだ。危なければ退けばいい。賢者様もそこまでは言っていなかったから、よく考えれば出来ない話でもないのかもしれない。少しヤル気が出てきた。
「そうだな。私も英雄候補として頑張らないといけない」
ようやく復活したフィルティーさんが発言した。この人は死を覚悟し過ぎるのだ。ピンチの時一番役に立たない人だと思う。
「私の神聖魔法があれば、どんな怪我でも治して見せますからね」
そこでふと気になった。
「セリスって攻撃は出来るの?」
「出来るわけないじゃないですか。私は回復専門です。防御魔法くらいは魔法陣を刻んでいますから、守りは大丈夫ですよ」
そう言って彼女は右手を見せる。確かに小さな魔法陣が刻まれている。
「あれ? 神聖魔法の魔法陣は刻んでいないの?」
「は? 何を言っているのですか? 神聖魔法は神の御力を借りているだけなので、正確には魔法じゃないのです。知らないんですか?」
神の力? じゃあ神聖魔法には魔法陣は不必要だと言う事?
意外な事実に僕は驚いた。同時に神聖魔法をどうやって体得するのか疑問に感じる。
「神聖魔法ってどうやって身に付けるの?」
セリスは首を横に振る。
「教えられません。神聖魔法は特殊な魔法であり、デザイト教の修道士でなければ教えられない秘匿となっているのです」
それもそうか。簡単に教えていたら、教会の必要性が無くなってしまう。回復と言えば教会とまでに根強く認知されているのは、ひとえに神聖魔法を独占しているからだ。
「そっか、まぁいいや。とにかく今日は準備をして、明日の朝に大森林へ向かおう」
そう言いきると、丁度料理が運ばれてきた。沢山の色とりどりの料理がテーブルいっぱいに並ぶ。
早速、ピザのような物を口にすると、何とも言えない気分になる。不味くはない。だけど、足りないモノが多い気がする。
周りを見ると皆美味しそうに食べているのだ。他の物を口にするが、やはり色々と足りない感じがする。もしかして僕は料理を作りすぎて、感覚が変わってきているのかもしれない。
だんだんと我慢できなくなり、荷物からチーズや野菜を取り出すと店の厨房へ向かう。
「すいません厨房を貸してもらえませんか?」
「はぁ? あんただれだ?」
料理人である男性が眉を顰め不機嫌そうな表情を見せる。しかし、僕は我慢できなかった。
「お金を払いますから、貸してください」
「それならいいが……」
男性は脇に立つと、僕の様子を眺める。
手際よく調理を進め、五品ほど完成した。
男性は興味が沸いたのか、少しだけ味見をさせて欲しいとお願いをしてくる。
「この料理は俺の考えたのと似ているな。上にチーズが乗っているのか……」
彼はピザを口にした瞬間、黙り込んだ。少しと言っていたのに、二口三口と食べる。彼は僕の手を握り、大声を上げた。
「素晴らしい! こんなに美味い物を食べたのは初めてだ! 是非作り方を教えてくれ!」
それくらいならと、彼にピザを教えると僕は料理を持って席へ戻る。
「五品程度だけど、作ってきたよ。多分だけど、こっちの方が美味しいと思うんだ」
メンバーはそれぞれ料理を口にしてゆく。
「そうよ、この味よ。私は達也の料理が気に入っているの」
「フハハハハ! 少し物足りないと感じていたが、やはり主人の料理を食べていたせいだったか!」
「む、やはり美味いな。こうなると他では食べられなくなる」
「美味しい! なんでこんなに美味しいの!?」
三人は食べ慣れているせいか、あまり驚かないが、セリスは料理を食べて怒り始める。
「男のくせに、料理が上手なんて理不尽だわ! 悔しい!」
僕は少しだけ気分がスッとした。セリスには何度も頬をつねられていたので、やり返した気分だ。
「こうなると紅茶が欲しくなるわね」
リリスがそう言ったので、厨房を借りて紅茶も用意する。
しかし、またしても料理人の男性が食いついてきた。
「何だこのいい香りの茶は!? あんた何者だ!?」
「えーっとこれは紅茶と言って、僕が作ったお茶です」
「これを手に入れるにはどうすればいい!?」
紅茶を少し飲ませたせいか、料理人は僕に茶葉の入手方法をしつこく聞いて来る。
「これは僕が作っているから、他では手に入りませんよ」
「なに!? 手に入らない!?」
男性は叫ぶと僕の肩を掴む。
「どうにか出来ないのか! 頼む! ウチにはこの茶が必要だ!」
「え? え? でも、どうにも……」
そんな事を言っていると、彼は名案を思い付いたのか話し始めた。
「そうだ! 紅茶の製法を登録すればいい! それなら知り合いの会社が茶葉を作ってくれるハズだ!」
急に話が大きくなり戸惑う。
それに登録とは何だろうか?
「知り合いに経営が上手い奴が居るんだ! そいつを紹介するから、登録してくれ! 頼む!」
「は、はぁ。分かりました……」
ここで僕の押しの弱さが出てしまった。思わず了承してしまったのだ。
にかっと笑った男性は、突然厨房から出て行く。
僕は首を捻り呆然としていると、料理人が男性を引き連れて戻ってきた。
「間違いなく成功する! とにかく見てくれ! この茶を作ればウチの店は大繁盛だ!」
「本当か? ……ん? 確かに良い匂いがするな」
鼻の下に髭を蓄えた品の良さそうな男性は、僕の入れた紅茶に眼を付けた。鼻を鳴らし香りを確かめる。
「これはなんて言う茶だ?」
「紅茶と言います。紅くなることから付けました」
そう言うと、彼は紅茶に口を付ける。僕の分だから別にいいのだが、そろそろリリスに紅茶を渡しに行きたい。
「ふぁ……なんという薫り高い味わい。これはまさに茶を越えた茶だ。いいだろう。紅茶会社を設立しよう」
勝手に話が進み。彼は紅茶会社を設立すると言いだした。
「いや、でも、僕は冒険者で……」
「明日にでも紅茶会社を設立して、工場を造るべきだ。実にいい商談だった。ではまた明日」
男性は僕の名前を聞いてから、さっさと去っていった。料理人の男性も満足そうだ。僕は紅茶を持って席に戻る。
「随分と遅かったじゃない」
リリスがご立腹だ。入れ直した紅茶を渡すと、彼女は途端に機嫌が良くなる。メンバーにも紅茶を渡し、厨房で起きた事を話した。
「なるほど! 素晴らしいではないか! 主人は名声だけではなく財を築くべきなのだ!」
「いや、でも、明日には大森林に行くつもりだったし……」
「主人よ、少しくらいゆっくりしても良いではないか。大森林と大迷宮は逃げはしないのだ」
結局アーノルドさんの助言を受けて、しばらく王都で過ごす事となった。
食事を終え、宿へ行く。泊まる場所はすでに決まっていた。もちろんクリストファーさんの宿だ。
ドアを潜ると、支配人でありオーナーのクリストファーさんが出迎えてくれる。
「おおお大友様! お元気でしたか! 良かった! うわさは聞いておりますよ! 何でも魔族を倒したとか! なんと素晴らしい! 大友様が泊まっていたと有名になったおかげで、ウチはさらに繁盛しております!」
すごい勢いで握手をされ、抱きしめられた。こんなところに僕たちの影響が出ていると思うと、少し照れくさい。
「今日は宿泊をしたいのですが、部屋は空いていますか?」
「ちょうど空いています! 実にタイミングがいい! 最近は満室が続いておりましたので、危なかったですね! ささ、すぐにチェックインを!」
と言う訳で、日輪の翼は顔見知りの宿へ無事宿泊する事となった。
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