第三章 大迷宮
41話 「修行」
魔族オリアスからの戦いから一ヶ月が経過した。
賢者グリムの言葉通り、修業が開始され、僕だけでなく日輪の翼の全員が修行をさせられることになった。
いや、一人だけ例外がいた。
「九千九百九十八……九千九百九十九……一万」
逆さで腕立て伏せをしていた僕は床に倒れた。とはいえ本当に腕立て伏せをしていたわけではない。闘気を出して腕立て伏せをしていたのだ。
傍から見るとまるで空中で逆さになったまま、上下運動をしているように見えただろう。
僕を見ていたフィルティーさんが褒めてくれる。
「さすがだな。たった一ヶ月で闘気を物質化させるとは凄まじいセンスだ」
汗だくの僕は返事もできず、苦笑いしかできない。
闘気を物質化し、力を発揮するには集中力が欠かせない。気を緩めるとすぐに柔らかくなり頭から落っこちてしまうのだ。例えて言うのならもう一つの筋肉だろうか。
生命力を攻撃に使う闘気は、扱うための明確な意思が重要だ。それは時には気体のように掴みどころがなく、時には水のように滴り落ちる。生命力と一言で言っているが、その正体は複雑で難しい。もしかすれば人間の理解できない力なのかもしれない。
闘気の物質化訓練は僕だけに課せられた修行だ。
フィルティーさんは、まだそこまでたどり着けていないそうで、闘気のコントロールを重点的に進めている。とはいえ、その精度は僕よりも何段階も上だ。それに戦闘時の機転も流石としか言いようがなく、訓練で行う決闘には負けてばかりだ。
「私には大友程の闘気の量は持ち合わせていない。羨ましいくらいだ」
「……はぁはぁ、そう言いますけど、フィルティーさん強いじゃないですか」
呼吸を整え、僕は上体を起こした。
視界に剣を構える彼女がいる。しかし、剣に込められた闘気は鋭く濃密だ。かすかに剣が赤く光っている。
「これがこの剣の限界だ。これ以上は闘気を保てない」
彼女がそういうのには理由がある。闘気は武器に込めすぎると破砕するのだ。闘気には武器を強化する力もあるそうなのだが、それが強すぎると、武器が耐えられなくなり壊れてしまう。
しかし、世の中には特殊な武器も存在する。その一例が僕のアストロゲイムだ。
アストロゲイムは僕の膨大な闘気に耐えられる、数少ない武器だそうだ。普通の槍なんかに同じように闘気を込めると、爆散することが分かっている。あれは驚いた。
とにかく僕の槍は特別なのだということだ。
「もう少しだ……もう少しで感じられるぞ……」
広い部屋の中で、ぶつぶつと呟いているのはアーノルドさんだ。
彼も闘気の修行をはじめ、最初の頃は走らされてばかりだった。最近では、徐々に体内に流れる闘気を感じられるようなったので、瞑想を行いひたすら生命力を引き出す修行を行っている。成長が遅いように感じられるが、一ヶ月で感じられるまでになるのは、相当高いセンスを持っているのだ。
僕たちがいる場所は、力の塔の上層階。
ここでは多くの冒険者や騎士などが、賢者に教えを乞うために修行に励んでいる。しかし、直接指導をするのは稀だといえる。賢者であるグリム様は、基本的に修行風景を眺めるだけだ。それすらも稀だといえるが、気になった者にはちゃんとアドバイスをするそうだ。
特に気に入った者は弟子にすることで、賢者の力と知恵を分けてもらえると言うことらしいが、それすらも今では定かではない。
何故こんなにも僕が賢者様を疑っているのかというと、視界に映る光景のせいだろうか。
「リリスちゃーん、パンツを見せて頂戴!」
「いやよ。どうして貴方に下着を見せないといけないわけ?」
広い修行場の一角で、椅子に座りテーブルで紅茶を飲むリリスが見える。その足元ではデレデレとリリスの脚を眺める賢者グリムが居た。
リリスは日輪の翼の中で唯一、修行をしなくても許された者だ。というかグリム様がリリスちゃんは居てくれるだけでいい。と言い張り修行を免除したからである。
リリスは強い。それは僕や他の人たちも理解している。しかし、修行を免除したのは、おそらくそこに理由があるわけではないだろう。見れば分かるが、グリム様が話をしたいだけなのだ。そして、はっきり言っていたが、パンツが見たいそうだ。
毎日しつこくパンツを見せろ、脚を見せてくれと言い寄るグリム様を、リリスは意外とちゃんと対応する。あしらっているのだが、怒るようなことはない。僕はそんなところに感心していた。僕なら十回を超えたあたりで殴っていただろう。
そして、問題はグリム様が修行をちゃんとしてくれないことだ。
もちろんアドバイスや、指示はあった。それは最初のころだ。修業が始まって二日目で助言はなくなり、修行内容の変更すらない。僕は一ヶ月ずっと逆さ腕立て伏せだけをやらされているのだ。
「魔法は教えてもらえないのかなぁ」
愚痴のように呟くと、グリム様が僕に近づく。
「馬鹿者!」
杖で頭を殴る。たまに殴られるが、これが地味に痛いのだ。
「お前はこの一ヶ月何を見ておった!? 何故逆さで腕立て伏せなどさせていたのか分からんのか!? お前の目には何が見えた!?」
「え?……逆さの景色です」
再び頭を杖で殴られる。
「馬鹿者! もっとよく考えぬか! 知恵を絞れ!」
僕は頭を擦りながら、一応だが反論する。
「でも賢者様は、逆さになって腕立て伏せをしろ、としか言わないじゃないですか」
「そのおかげでお前の闘気の物質化は出来たはずじゃ。だが、それだけではない。儂が言いたいのは、視点を変えろということなのじゃ。魔法とてお前はある程度使える。魔法に大事なのはイメージじゃ。イメージを根本から変えることが、お前には一番必要なのじゃ」
「イメージですか?」
僕が持っている魔法のイメージは、アニメや漫画のような自由自在な力のことだ。それの何がいけないのかさっぱり分からない。今まで使っていた魔法だって、自分ではユニークなものだと自負している。
「分からぬのなら言ってやろう。お前の魔法は形がありすぎるのじゃ。何を参考にしているのか知らぬが、イメージが固まりすぎておる。それでは変幻自在な魔法の特性を殺しておるとなぜ気が付かん」
言われてはっとした。まさかイメージがありすぎることがダメだったとは、予想外だ。確かに思い返せば、僕の魔法は単発的で、なんでもアニメや漫画のイメージに頼っている。出せばそれで終わりなのだ。
しかし、グリム様は魔法は形などなく、変幻自在で臨機応変な力だと言いたいのだと思う。だからこそのイメージ改変だったのだ。
「ようやく思い当たったようじゃな。お前は類い稀なる才能の持ち主じゃ。他者と同じような魔法の使い方など必要ではない。お前だけの魔法を創り出せばいいのじゃ」
「ありがとうございます! もっと知恵を絞ります!」
僕はお礼を言った。けど、言った相手はすでにリリスへ視線を向けている。バッカスさんが、エロジジイと言っていた事に激しく同意する。
とりあえず今日の修業が終わると、部屋へ戻る。
そこでは一人の女性が、椅子に座って待ち構えていた。
「ようやく戻って来られたようですね。私を待たせて楽しいのですか?」
「君が勝手に待っているんじゃないか……」
そう言って対面になるように椅子に座る。
「さぁ、今日の怪我をしたところを見せてください」
僕は練習でフィルティーさんに切られた部分を見せる。目の前の彼女は少し不機嫌になり、怒り始めた。
「またこんなに怪我して! もっと加減をして練習したらどうなのですか!?」
「え、でも、加減をすれば練習にならないし……」
彼女は僕の頬をつねると力強く引っ張る。
「余計なことは言わなくていいのです!」
「痛い痛い!」
彼女は僕の傷を神聖魔法で癒してくれる。そう、目の前にいる女性は聖女様だ。
魔族襲撃から僕のことを心配してくれているのか、度々顔を出すようになった。僕としては霞にそっくりなので、何度も霞と声をかけそうになるのだが、聖女様はそう呼ばれることをとても嫌っている。なので、セリスと呼ぶようにしていた。
「セリスはどうしてこんなに心配してくれるの?」
「霞という人物とはどういう方なのか、ということは気になりました。でも、一番は貴方に助けられた恩を返すことでしょうか」
「僕は大したことをしていないよ」
「貴方にとってそうでしょう。ですが、私には大きな恩です。命を助けられました。それに、あの時の貴方は迷いもなく左手に槍を突き刺したのです。私には衝撃でした。聖女である私がですよ? 迷わず我が身を犠牲にするその精神に、学ぶべきものを感じたのです」
僕にはセリスの言っていることがよくわからない。恩を返すと言うことは理解できるけど、我が身を犠牲にするって、あまり良いことじゃない気がする。
「うーん、君は聖女だし自分の命は大切にした方がいいと思うよ?」
「貴方に言われたくありません!」
再び彼女は僕の頬をつねる。なんで!? 普通のことを言っただけなのに!?
「貴方こそ無理は出来ないはずです。今では英雄候補であり、街では貴方のことでもちきりです。すでに英雄と変わらない扱いなのですよ?」
「そうなの? 塔から出ないからよく分からないよ」
「貴方は自分がしたことの重大さを理解していません。魔族を倒したのですよ? 現在数多くいる英雄でも魔族を倒した者は皆無です。姿すら分からなかった魔族を白昼のもとに引きずり出し、殺したのは二千年ぶりとさえ言われているのです」
あー、そういえば魔族の姿を皆見たことがないって言っていたな。すっかり忘れていた。と言うことはオリアスを見た人たちは、さぞかし驚いたに違いない。僕としてはリリスを見慣れているから、オリアスが魔族だと言っていたとき、なんとなくしっくり来た。
「そうなんだ……でも、僕は英雄候補だよね?」
「知らないみたいなので、言っておきますが、貴方は本当は英雄と呼ばれるはずでした。ですが、賢者様が止めたのです。まだ英雄には相応しくないと。だからこそ、実質英雄ですが、貴方は英雄候補止まりなのです」
「ふーん。本当は英雄と呼ばれてる予定だったんだ……なんだか実感が沸かないなぁ」
すると、また彼女が僕の頬をつねる。しかもかなり力が籠っていた。
「エドレス王国の英雄が、どれほどの栄誉なことなのか分からせてやる! この箱入り英雄候補め!」
「痛い痛い! やめて!」
この一ヶ月で分かったが、聖女様は意外と攻撃的だ。見るからにお淑やかそうだが、本当はお転婆で冒険が好きなところは霞そっくりだ。あえて言わないけどね。
「まぁいいです。ところで、そろそろ修業が一段落するそうですが、これからどうされるのですか?」
「え?」
初耳だ。グリム様はそんなこと一言も言ってなかったぞ。
「聞いていないのですね……まぁ、私が女性だから口を滑らせたのでしょうけど、近々修業は第二段階へ移行するそうです」
「第二段階?」
「はい。実戦訓練だそうです。要するに外で死ぬほど戦って来い、と言うことでしょうね」
うわぁ、聞かなければよかった。フィルティーさんに聞いていたけど、実戦訓練はほとんどが無茶な内容らしい。中には死ぬかもしれない事も平気で命令されるらしいから、僕としては一番不安に感じているのだ。
「心配無用ですわ。怪我をしても私が治して差し上げますからね」
「え? どうしてセリスも来るの?」
僕は首を傾げる。確かに傷を癒せる聖女様が居るのならありがたいが、着いてくる理由がよく分からない。
「こんなに可憐で、美しく、聖女と呼ばれる女性を貴方はパーティーに誘わないのですか? さぁ、今なら仕方がありませんけど誘いに乗ってあげますよ」
「お断りします」
僕はきっぱりと断った。傷は癒せるけど、精神を攻撃してくる聖女なんて御免だ。
「なんですってー!!」
僕の頬を強烈につねった。
「私が自らパーティーに入ってあげると言ってあげているのです! さぁ、良いと言なさい!」
もはや強制だ。酷い。
仕方なく僕はセリスを日輪の翼に入れる事にした。確かに回復役は必要だ。聖女と呼ばれる人物ならこれ以上の適任はいないだろう。しかし、僕としては複雑だ。
セリスが帰った部屋で、逆立ちをしたまま考え事をしていた。
賢者様に言われた事を考えているのだ。
視点を変えろか……。
僕は夜遅くまで自分の魔法について考えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます