40話 「グリム」
眼が覚めると、体を起こした。まだぼんやりする頭で、周りを確認する。
ベッドの傍にはアストロゲイムも立て掛けられている。部屋を見回すと窓からは青空と雲が見えて、今いる部屋が見覚えがない場所だと気が付いた。
「あら、起きたの?」
部屋に入ってきたリリスが、ポットとティーカップをテーブルに乗せると、椅子に座り一人でお茶を飲み始める。この香りは紅茶だろうか?
「ああ、そうそう。紅茶を飲むために勝手に荷物漁ったから」
「それは別にいいよ。ところでここは何処?」
ベッドから這い出した僕は、体を延ばし柔軟体操をする。魔族との戦いからどのくらい時間が経っているのか分からないが、やはり闘気の使い過ぎで体中が痛い。
「あれから一日経ったのよ。急に倒れるから、驚いたわ」
僕の質問に答えていないけど、とりあえず僕を此処まで運んでくれたのはリリスなのだろう。感謝しきれない気持ちだ。
「む、主人よ眼が覚めたのか。体調は良さそうだな。さぁ、飯を食うが良い」
今度はアーノルドさんが部屋に入ってきて、テーブルに料理を乗せる。どれも肉料理で脂濃い物ばかりだ、ここは一体どこなのだろう?
彼は椅子に座ると、肉の塊を手に取りむしゃむしゃと食べ始めた。
あれ? それって僕の為に持ってきた物じゃなかったの?
「大友、眼が覚めたのだな。随分と心配したんだぞ」
そう言って今度はフィルティーさんが、部屋に入ってきた。彼女は服を一新していて真新しい綺麗な物を身に付けている。僕は戦いの時を思いだして、顔を逸らした。
フィルティーさんて意外と胸が大きかったな……。
「君、何を想像しているのか分からないけど、今は休んだ方が良い。さぁ、ベッドに寝なさい」
グイグイと彼女はベッドに押しやり、僕を寝かせる。
「あ、いえ、そんなに重体じゃないのですが……」
「何を言うか。君はあれだけ激しく戦ったんだぞ。私は随分と感心した。まさか魔族を倒すとは、なかなかできる事ではない」
彼女は自分の出来事のように嬉しそうに話す。
そこでふと気が付いた。あれだけ負傷したのに今は何処にも傷が見当たらないのだ。
「僕の身体は誰が治してくれたんですか?」
「聖女様だ。君の事を心配して何度も見舞いに来ていたんだぞ。嫌がっているように見えたが、実は君の事を気にしているようだったしな」
意外だ。聖女はてっきり僕を嫌っているものとばかり思っていた。それとも彼女の中に居た、霞が再び助けてくれたのだろうか? よく分からないけど、霞と聖女は別人だと僕は認識している。
「ところで、此処ってどこですか?」
「ああ、君は知らなかったな。ここは力の塔だ」
「ええ!? 力の塔なんですか!? どうして!? なんで!?」
僕が叫んでいると、部屋の扉は再び開かれ一人の人物が入ってきた。
「それはお前さんが英雄候補になったからじゃな」
そこには緑のとんがり帽子にローブを身に纏う、小柄な老人が杖を突いて立っていた。
「あ、貴方はいつぞやのスケベジジイ!」
「誰がスケベジジィじゃ!」
頭を老人は杖で殴る。意外に痛かったので、僕は頭を擦った。
「儂こそがこの塔の主、賢者グリムであるぞ」
老人の言葉に僕は衝撃を受けた。
あの、あのセクハラまがいの事をしていた老人が賢者様!? 世の中は間違っている!
「なんじゃ、不服そうな表情じゃの」
「別に不服と言う訳ではないのですが、賢者様が視姦をするのはどうかと……」
「アレは英雄を探す為の儂の日課じゃ。青二才に文句を言われる筋合いなどないわ」
そう言いつつ、賢者様はフィルティーさんのお尻を見つめながら話す。全く説得力がない人だ。
「しかしまぁ、魔族を倒したことは褒めてやろう。とは言え奴は下級の中でも最下級じゃがな」
「あれだけ強くて最下級ですか?」
「いかにも。魔族を侮るな。奴らは強すぎるゆえに、今はまだヒューマンに興味を示していないだけじゃ。もし、本腰を入れた時が王国の最後になりかねん」
オリアスは強かった。あの実力で最下級だとするなら、魔族は想像以上に強い事になる。もう、人間に生き残る道は、残されていないじゃないかと考えがよぎる。
「諦めるではない。ムーア様と八人の大英雄は、今よりももっと過酷な状況で勝利を掴んだ。ならば、英雄候補となったお前が諦めては民衆は誰に
そうだ、僕のチートは誰かを守るためにあるんじゃないのか? この世界のどこかに居る霞と会うまでは、僕は死ぬことは出来ない。
「良い眼じゃ。悪くない。ところで、儂に会いたいと言っておったらしいが、理由を聞かせてもらおうか」
僕はグリム様の言葉にハッとする。そうだ、手紙だ。
「アーノルドさん! 僕の荷物は!?」
「む? 荷物ならそこにあるが?」
彼が指差した方向には、僕の荷物がまとめられていた。すぐにベッドから抜け出すと、中を漁る。
あった! シンバルさんとシヴァ様からの手紙だ!
「グリム様、これを読んで下さい! 僕は貴方にこれを渡す為にはるばる旅をしてきました!」
手紙を受け取ったグリム様は、一目見ると表情を一変させた。
「どちらも大物じゃな」
そう呟くと、手紙を開いて中を確認する。
「くく、シヴァは相変わらずじゃな。それにシンバルも大人になったものじゃ、出会った頃は荒くれ者じゃったのにな」
手紙を懐に仕舞うと、グリム様は僕を見据える。
「しかと受け取った。では、明日から早速修行に移るぞ」
「修行??」
僕の疑問の声に、グリム様はニヤリと笑う。なんだか悪知恵を思いついたような表情だ。
「お前は儂の弟子になるのじゃ。これからビシバシと魔法や闘気の使い方を教え込んでやるからな」
「えー!? でも、僕はすでに闘気の使い方も知っているし……」
「馬鹿者。あの程度の闘気で使った気になるでない。暴走したのが良い証拠じゃ」
何処かで見ていたような言葉に疑問を感じつつ、グリムさんは続ける。
「一つ言っておこう。シンバルの師匠であるブライアンは儂の弟子じゃ。なら、さらにその上の師匠が弟子よりも弱いと思うのか?」
賢者様ってブライアンさんの師匠なの!? 初耳だ! 道理でブライアンさんに旅の事を話した時、妙な表情だった訳だ!
「私もグリム様に師事しているから、これからは兄弟弟子だな。よろしく頼む」
フィルティーさんも笑顔で挨拶をしてくる。
仕方ない、シンバルさんはこんなことになると分かって送りだしたんだろうし、弟子の僕が背くわけにはいかない。それにもっと強くなれることは、興味がないわけではない。
「おお、そういえばお主の事で街ではもちきりじゃぞ。外に出る時は気を付けるのじゃな」
「え? 僕がですか?」
「なんせ名も知らぬ冒険者が魔族を倒したのじゃ。王都中で噂されておるわ」
僕は赤面する。無我夢中で戦っただけなのに、噂なんて恥ずかしい。
グリムさんは部屋を出ようとして立ちどまると、僕に視線を向けて口を開く。
「一つ言っておくが、貴族には気を付けることじゃな。奴らは有名になったお主らをとり込もうと動き出すじゃろう。甘い言葉には毒があると知っておけ」
そう言って部屋を出て行った。
貴族か。確かに有名になれば親密になりたいと思うだろう。地球に居た頃だって芸能人や有名アスリートと友人だと自慢する人は沢山居た筈。そして、それは企業も同じ。企業を貴族と同様に考えるなら、やはり有名人との交流はメリットがある。だとするなら現在僕が置かれている状況は、非常に不安定な物だと理解できた。
「フィルティーさんはすでに英雄候補なんですよね? 英雄候補って何をするものなんですか?」
「ふむ、称号? というべきかな。特にこれと言った責任はないが、やはり英雄に近い実力者と見られるわけだからな。名指しでの仕事が増えるな。それにギルドへの登録はほぼ強制だ」
と言う事はすでにギルドへ登録している僕に強制力や義務は生じない訳だ。ギルドへの登録は多分だけど、国外へ逃がさない為の処置なんだと思う。国としても有力な実力者は管理したいはずだからね。
そこで、僕はある事を思いだした。
「あ! ワイ―バーン! フィルティーさん!」
「ふふ、心配するな。すでに私が兄へ渡してある」
「ありがとうございます! これで僕もストレージバッグを所有できる訳ですね!」
「そうだな。それと余った金はバッグに入れてあるから、受け取るといいさ」
僕はその言葉に首を傾げる。
「私が渡したワイバーンは雄だったんだ。ワイバーンの雄は珍しくてな、非常に高値で売れる事が知られている。一頭七百万ディルで、君には二百万ディルのお釣りが返って来るわけだ」
そうだ、僕がバッグに収めたのは雌で、フィルティーさんが持っていたのは雄だった。幸運にもお金が増えたようだ。
「ところで、いい加減パーティー名を考えたのか? 私がすでに全員分の申請は済ませているんだぞ?」
「え? パーティー申請を済ませてくれたんですか? ありがとうございます」
「うん、それでパーティー名は?」
フィルティーさんの問い詰める言葉に、僕は冷や汗を流す。よく見れば、リリスやアーノルドさんもこちらを見て、どんな名前なのか気にしている様子だ。
「あ、え、じゃあ【日輪の翼】と言うのはどうでしょうか? 太陽のように皆を照らせるようにと考えました」
「日輪の翼か……私は賛成だ」
「うむ、俺もいいと思う」
「いいんじゃないかしら、名前なんて私にはどうでもいいけど」
この日、パーティー”日輪の翼”が誕生した。
第二章 <完>
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