38話 「怒り」
僕たちは東門へ辿り着くと、門が閉じられていることに気が付く。
城壁の上に居る兵士に声をかけた。
「すいません! 中に入れてください!」
見張りであろう兵士は、僕をじろりと見ると面倒なのか無視をする。
「大友、ここは私に任せてくれ」
フィルティーさんが前の進み出ると、声を張り上げて兵士に訴える。
「私は英雄候補のフィルティー・レイアンだ! すぐに中に入れるよう要求する!」
すると、二人の兵士がフィルティーさんをみて話し合い始めると、先ほどとは違い丁寧に返答された。
「しばし待たれよ! すぐに門を開ける!」
何だか理不尽な気がするが、これが一般人と英雄候補の差なのだろう。それにフィルティーさんはギルドイグニスの妹だ。僕とは違うのだろう。
きしんだ音を立てて、巨大な門が少し開けられるとすぐに僕たちは中に入る。
「大友、私は一度ギルドへ戻る。君たちはどうするつもり?」
「僕は誰かを守りたい。だから魔物と戦って来ます」
「うん、君は本当にいい眼をするな。惚れてしまいそうだよ」
そう言ってフィルティーさんは僕の肩をポンポンと叩くと、ギルドに向かって走り出した。
「アーノルドさん、リリス、戦いに行きますが着いて来てくれますか?」
「フハハハハ! あたりまえであろう! 俺は第一奴隷だぞ!」
「しょうがないわね。死なれると困るし、付き合ってあげるわ」
二人ともすでに戦闘態勢のようだった。ありがとうアーノルドさん、リリス。
道行く兵士に声をかけると、詳しい事情を聞いた。
「王都の西側に魔物が集まっているんだ。戦いに行くなら、西門へ行くといい」
「ありがとうございます!」
情報を提供してくれた兵士に、お礼を言うと僕たちは西門へ向けて走り出した。
あれほど賑やかだった街の中は静けさが支配し、人もほとんど見かけない。それどころか武装した兵士が何十人も走り、馬に乗った騎士が猛スピードで駆け抜けていた。
僕は魔族であるリリスに、質問する。
「魔族はやっぱり王都を落としたいの?」
「そりゃあそうよ。王都を落とせば、エドレス王国は力を失くすもの。でも、賢者や英雄とかが邪魔して簡単にはいかないみたいね」
「じゃあ今回も魔族が背後に居る可能性が高そうだね」
そこでアーノルドさんが、話しかける。
「む、主よ。そういえば良くない噂を耳にしたのだが、どうやら今の王都には英雄が出払っているそうだぞ?」
「え!? じゃあ王都には今、英雄がいないってこと!?」
「英雄と言えど、当然冒険者と変わらぬ仕事を抱えている。その都合で王都から出ているようなのだ」
不味い。英雄と呼ばれるほどの猛者なら、魔族を追い払えるだろうけど、僕が知る限りでは英雄候補のフィルティーさんくらいしか戦力として思いつかない。もし他の英雄候補が居るのならありがたいけど、詳しく知らない以上は何とも言えない。
「ねぇ、賢者が居るのならどうにかなるんじゃないのかしら?」
「それだ!」
王都にはグリムさんが居たんだ! 賢者様ならすごい魔法で魔族を追い払ってくれるかもしれない! 僕たちは魔物と戦うだけでいい筈だ。
西門へ辿り着くと、そこには大勢の兵士や冒険者が集まっていた。中には傭兵だろう集団が騎士に話しかけている。
「ダメだ、その金額では俺達も手伝えねぇ」
「下賤な者め。では白金貨五枚だ。これ以上は上げられん」
「しゃあねぇな。じゃあそれでいいさ」
体格のいい男は騎士と話し終えると、兵士達の隊列に並ぶ。
「アレは天狼傭兵団だ」
その声に振り向くと、フィルティーさんが居た。
「天狼傭兵団?」
「ああ、各国を渡り歩き戦場へ出没する荒くれ者の傭兵団らしい。エドレス王国へ来ているとは聞いていたが、まさか王都に居たとはな」
傭兵と言う言葉に少しだけ興味を感じる。僕も男だ。名が知れた傭兵団にカッコイイと思うのは普通だと思う。
「大友、それよりも敵の大群を見ているか?」
フィルティーさんの指摘に僕は気が付く。
西門から見える草原の向こうには、目算一万だろう魔物の群れが停滞していた。どの魔物も見覚えがなく、うかつに戦えば危険だろう事はすぐに予測できた。
「あの水が浮いているようなのは、なんですか?」
「あれはウォーターゴーストだ」
「じゃああの半魚人みたいなのは?」
「あれはサハギンだ。ちょっと君、もうすこし魔物の勉強をしておきなさい」
質問ばかりしていると、フィルティーさんに怒られる。そりゃそうか。知っていて当たり前なのが冒険者だよね。こんどギルドの資料室で勉強をして来よう。
しかし、全体を見るとどこか水属性が多いように思う。とするなら支配者である魔族は水属性なのだろうか? それともリリスのように闇の水属性だったりするのだろうか?
ふと、リリスを見ると何故か嫌そうな顔をしている。
「どうしたのリリス?」
「……ちょっと嫌な奴を思いだしたのよ」
珍しくリリスが嫌がっている事に少しだけ笑う。リリスにも苦手な物があるんだな。
「人数は集まったな! 進軍を開始する! 全員私に続け!」
先頭に立つ騎士の一人が号令をかけ、全体が動き始める。訓練を受けていない冒険者や傭兵も居るため、足並みはそろっていないが、その足音は草原に響き渡った。
総勢二万の大群は、停滞する魔物の群れへと進行する。
互いに姿が確認できるところまで近づくと、騎士は再び号令を出した。
「全軍突撃!」
それと同時に魔物の群れも動き始める。
この時僕は違和感を感じた。魔物からすると、人間を待つ必要などないのだ。だが奴らは目前に来るまで待っていた。まるでゲームをする相手が来るのを待つかのように。
そんな考えをすぐに片隅に追いやり、僕は槍を振るった。
水の塊であるウォーターゴーストを切り捨て、半魚人のようなサハギンを両断する。蛇のような魔物が近づいてくると、すかさず魔法を使う。
「
蛇の頭部に光の剣がささり、地面に縫いとめると槍で首を切り落とした。
「フハハハハ! 血肉がわき踊るぞ!」
猛然と斧を振るうアーノルドさんは、身長一mほどのサハギンを二匹まとめて切り伏せる。空中には切断された上半身が舞い、風が巻き起こった。彼が斧を振るだけで、そこには小さな風の渦が起きるのだ。
「あーもう! 面倒!」
リリスは手刀で視界に入る魔物を瞬殺している。彼女の近くにいるだけで魔物たちは首が跳ね飛ばされ、心臓を抜き取られる。だが、リリス自身は面倒なのか、その歩みはゆっくりとしたものだった。
「えいっ、やぁっ!」
フィルティーさんは、近づく魔物を細切れにすると、突進してきたカバのような魔物へ下から蹴り上げた。上体を仰け反らせた魔物は、彼女によって首を一閃される。その動きは美しいと言えるほど鋭く舞い踊る。
「大友、よそ見をしていないで戦え!」
「あ、すいません!」
つい、見とれてしまっていた僕は槍を再び構えた。
すると一匹の大きな魔物が僕に噛みついてくる。全身は薄黄色で鱗が覆っていた。蛇のように胴体は長く、手足は短いが宙を浮いて体をくねらせる。全長は約十m程だろうか、頭部にはヒレのような物が生えている。
「龍!?」
龍のような生き物の噛みつきを槍の柄で防ぐと、至近距離から魔物の息遣いが伝わってきた。
「大友、そいつはシーサーペントだ! 気を付けろ! 中級の魔物だぞ!」
フィルティーさんの声に、感謝した。中級なら勝てるだろう。これが上級なら相当手こずる相手だったかもしれない。
龍のような姿のシーサーペントを弾き飛ばすと、槍を振るう。
が、奴は空中をうねる様に動くと、いともたやすく槍を避ける。僕に抵抗されたのが気に入らなかったのか、シーサーペントは牙を剥きだしにして唸り声を上げた。
「この一年僕も遊んでいた訳じゃない」
そう言いつつ、魔法を使う。
「
地面から光の蔦が五本ほど伸び、空中に居るシーサーペントを縛り上げた。奴は悲鳴を上げもがくが、強固な蔦は緩むことはなかった。
チャンスだと思い槍を振るおうとすると、奴は口から水のブレスを吐き出す。咄嗟に避けたが、その威力は強力で地面を大きく抉った。巻き込まれた兵士と魔物は上半身が消え去り、水浸しになった死体だけが残る。
「やっぱり中級ってことか……」
巻き込まれた兵士に心の中で詫びると、槍に闘気を集中させた。
闘槍術 【オーラスラッシュ】
切り上げた槍の先端から鋭い闘気を放ち、三日月の刃がシーサーペントの首を通過した。闘気の刃はすぐに霧散し掻き消えると、奴の首は地面に落ち切り口からは鮮血が噴出する。首を失くした胴体は音を立てて地面に落ちると、未だにピクピクと動いていた。
「まだ終わっていないんだ、すぐに戦いに戻らないと!」
この場から離脱すると、未だ戦っている兵士の元へ駆けつける。
「くそぉ! まだ死にたくねぇよ!」
剣をがむしゃらに振る兵士は、三匹のサハギンに追い詰められていた。同僚である兵士も見捨てたのか、誰も助けようとはしない。
僕は足に闘気を込めると、その足を加速させ兵士の前に躍り出た。
「オーラスラッシュ!」
薙ぐと一瞬でサハギン達は下半身と上半身が分かれ、地面に転がる。腰が抜けた兵士は僕を見上げ、口元を振るわせる。
「大丈夫ですか?」
「あ……ああ……あんた……」
「すぐに立ち上がって下さい、まだ戦闘は終わってませんよ?」
「そ、そうだな……ありがとう」
兵士は駆け出すと、次の瞬間には上半身を失くして地面に倒れた。
僕は数秒だけ頭が真っ白になる。
何が起きた? どうして兵士は死んだ?
頭が再び回転を始めると、そこには口を血みどろにして動かすもう一匹のシーサーペントが居た。
「おまえか……」
頭に熱が帯びるのを感じると、かつてない闘気が槍に込められる。
生命の根源から強引に力を引き出し、槍は震えだした。
僕はシーサーペントに向かって力任せに闘気を放つ。
闘槍術 【ライン・オブ・スラッシュ】
振り下ろした槍から直線に地面には切込みが入り、その長さは約百mにも及んだ。
目標のシーサーペントの身体は四十㎝もの厚みが失われ、その先に居た魔物たちも同様に体の一部を失い倒れて行く。
戦場には数秒間ほど沈黙が訪れた。
魔物も人間もあまりの強烈な気配に体が動かなかったのだ。
達也の周りは陽炎のように揺らめき、手に持つ槍は呼応するかのように甲高い音を立てて振動していた。
「お、大友?」
異変を察したフィルティーは声をかけるが、反応はなかった。それどころか達也は誰にも見せた事がない憤怒の表情をしていた。
「誰も死なせない……もう、誰も死なせたくないんだ!」
地面が爆発するような土煙を上げ、その場から達也は消えた。
戦場は魔物の首だけが宙に舞い、兵士達の間を縫いながら達也はひたすらに槍を振るう。その姿はまさに鬼神が乗り移ったようだった。
兵士達は何が起きているのかすら分からぬまま、目の前の魔物が死ぬのをただただ茫然と見ている。
ウォーターゴーストは飛散し、サハギンは両断される。中には爆散するものまであり、その戦いぶりは常軌を逸していた。
魔物の大群はその数を激減し、残り千を切るころになって達也は地面に倒れた。全身は激しく痙攣し、口からは涎がとめどなく溢れる。
「僕は……僕は……」
「達也!」
駆け付けたリリスは、すぐに抱き上げると声をかける。しかし、視線が定まらない達也はリリスを認識できない様子だった。
「たっちゃん!」
そこに聖女が現れた。
だが、リリスは聖女を睨み付けると怒りをぶつける。
「貴方、今頃来て何様のつもり!」
「私は神聖魔法が使えます! 回復させてください!」
リリスは聖女に激しい怒りを感じたが、大人しく達也を渡した。リリスには回復させることは出来ないからだ。下唇を噛み悔しさを我慢する。
「私の意識がまだある内に……」
聖女はそう言いつつ、達也に向かって手を広げると桃色の光が集まり始めた。
「神聖魔法フェアリーヒーリング!」
眩しいほどの光が達也を覆い、体を回復させてゆく。
光が収まると、重い瞼を開けて達也はリリスと聖女を視界にとらえた。
眼を開けると、そこには聖女とリリスが僕を見ていた。
不思議なほど聖女は霞によく似ていて、微笑みすら本人とそっくりだ。
何故、僕が横になっているのか記憶を辿り、閃光のように兵士が死ぬ映像が脳裏に流れた。
そうか……僕は怒りで我を忘れたんだな。
シンバルさんの言いつけを破って、全身に闘気を流し込んだんだ。おそらくその反動が来たんだろう。
僕は立ち上がると、聖女に視線を向ける。
「どうして此処に? 君は二度と僕と会わないと……」
「たっちゃん。私だよ。霞だよ」
「え?」
僕は彼女の言っている意味が理解できなかった。
「なんとか力を集めて彼女へ意識を持ってきたけど、もう限界みたい。たっちゃん。私を探して。私はこの世界に居るわ……」
そう言って聖女は倒れた。
「霞!」
聖女はすぐに目を覚ますが、僕を見ると体を強張らせ逃げ出す。
「また貴方ですか! いい加減してください! 私は霞と言う人物ではありません!」
彼女はそう言い放つと、戦場から走り去って行った。残された僕とリリスは何が起きたのか分からず、ポカーンとした表情で固まる。
「ねぇ、あの女頭がオカシイじゃないのかしら?」
「……いや、確かに彼女は霞だった。だけど、何か事情がある感じにも見えた。この世界には霞が居る。僕は霞を探さないといけない……」
未だ力が入らない身体を奮い立たせ、僕はリリスに礼を言う。
「ありがとうリリス」
「ふん、貴方が死ぬと私も死ぬのだから、心配するのは当然でしょ!」
そう言いつつリリスは顔を赤くしている。
僕を仲間だと認めてくれているのかな? そう思うと嬉しく感じた。
だが、地面を揺るがす衝撃と共に戦場では空気が一変する。
「ははははは! ヒューマンなかなかやるではないか! 俺様が直々に相手してやるぞ!」
兵士達を黒い水の膜で吹き飛ばし、一人の男が戦場に現れた。百人近くの兵士がその衝撃に吹き飛ばされ、なすすべもなく地面を転がる。
その男は、黒いローブをたなびかせ、白いズボンに青い小手と脛当てを装備しているだけだ。裸である上半身は青い肌に見事な筋肉が隆起していた。
額からは二本の角が生え、金色の長髪が風に乗りなびいている。その容姿は深い青の眼と、人形のように整った顔が異質な物に見せた。
「俺様はオリアス。魔族だ」
奴は大胆不敵に嗤った。
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