37話 「想い人」
僕は聞き逃さなかった。確かに目の前の女の子は僕を「たっちゃん」と呼んだ。
「霞! 霞なのか!?」
「え……あ……」
霞にそっくりな女の子は手で口を押え、後ずさりした。
我も忘れて女の子の肩を掴むと、激しく揺さぶる。
「霞なんだよな!? どうしてこんなところに居るんだ!?」
「私は……」
彼女は視線を彷徨わせどう答えようか考えている様子だ。だが、答えが見つからないのか、一向に返事がない。
「おい! てめぇセリスに何をするんだ!?」
僕はマルスに突き飛ばされ、地面に尻もちを着いた。
「セリス? 霞だよね!? だってその顔は霞しか居ない!」
「何が霞だ! セリスは聖女で俺の女だ! お前なんかが触れていい相手じゃないんだよ!」
「俺の……女?」
僕は愕然とした。
霞が……霞は……。
戸惑いを余所に、マルスはセリスの肩を抱いた。それも見せつけるかのように。
「残念だったな。もう少し早ければ仲間にできたかもしれないが、セリスは自分から俺の仲間になったんだ」
そう言いつつマルスはセリスの胸に手をやろうとした。
「いや!」
セリスはマルスを突き飛ばした。彼は地面に倒れるも勢いのまま一回転してしまう。顔には土が付着し、さわやかな容姿が汚れる。
「私は……私は……」
彼女は首を振ると両手で自身を抱きしめた後、その場から駆け出した。
「霞!」
追いかけようと立ち上がると、リリスから声がかかった。
「止めときなさい。あの女、自分の事が分からない様子よ?」
「だったらなおさらじゃないか!」
走り出した僕はセリスを追いかけて山林へ入って行く。
まだセリスの後ろ姿は見えている。僕は捕まえる為に全力疾走する。
だが、チートの僕が全力疾走しているにもかかわらず、セリスの背中は近づいてこない。まるで今までの僕のようだ。死んだ霞を追いかけて追いかけて追いかけるが追いつくことは永遠にない。
今なら追いつける。その一心で走り続けた。
そして、走っていたセリスが何かに躓き、地面に転んだ。
チャンスだと思い、彼女の元へ駆け寄る。
「霞! 大丈夫か!?」
倒れているセリスへ駆け寄ると、彼女は僕に向かって手の平を見せた。
「来ないで!!」
「どうして!? 霞なんだろ!? 僕だよ! 大友達也だ!」
必死で訴えかけるも、彼女は視線を合わせず言葉を吐きだす。
「そんな人知らないわ! 私に関わらないで!」
「君は霞なんだろ!? どうしてそんな事を言うんだ!? さっきだって”たっちゃん”て呼んだじゃないか!」
「し、知らないわ……私が聞きたいくらいよ……貴方をどうしてそう呼んだのかすら分からないの……」
彼女の困惑の色を感じ取って少し冷静になった。
もしかしてこれは……転生と言う奴ではないだろうか? そうとしか思えない。顔も声も霞とそっくりだし、果ては僕をたっちゃんと呼んだ。だとするなら霞の魂がこの異世界で転生した可能性が高いと言うことだ。
もしそうならセリスと言う彼女には、何が起きたのか分からない筈だ。突然に湧き起こる記憶に戸惑うはずだし、僕が誰なのかも当然分からない。
「貴方……何者なの?……」
「僕は大友達也。前世で君の恋人だった」
「前世? 恋人?」
ようやく彼女は僕の顔を見てくれたが、言葉の意味が理解できている感じではなかった。
「前世って何? 私の前にも私がいたの?」
そこで僕はハッとする。転生と言う概念はこの世界にはないのかもしれない。当然ながら前世などと言うわれても、分かるわけがないのだ。
「君の魂は何度も生まれて死を繰り返しているんだ……だから君は霞で同時にセリスなはずなんだ」
僕の説明を聞いた彼女は、立ち上がると鋭い眼差しで僕を見据える。
「よくわかりませんが、今後は私に近づかないでいただきたい。私の人生は私のモノです。貴方を前にすると私が壊れそうで怖い」
彼女はそう言いきると、この場から去って行った。
僕は愕然とする。霞に拒否されたのだ。
……いや、落ち着け。彼女はセリスだ。勘違いをしてはいけない。
彼女にも彼女の人生がある。僕が霞だと決めつけて、記憶を呼び起こす権利はないんだ。
だが、ショックは大きかった。
ようやく霞と出会えたと思ったのに、この手でもう一度抱きしめられると思ったのに……。
僕はいつしか地面に座り込んでいた。
「達也!」
リリスの声が聞こえるが、僕は振り向く気持ちも沸き起こらなかった。
「主よ、大丈夫か!?」
アーノルドさんが僕の顔を見て心配そうに覗きこむ。
「ふむ、これは良くないぞ。ひとまず主人は俺が背負う。荷物はリリスとフィルティーに頼もう」
「ふん、女の背中を追いかけた罰よ。いい気味ね」
リリスの辛辣な言葉が聞こえるが、僕はなすがままアーノルドさんの広い背中に背負われた。
何も考えられず、放心状態だった。景色が見えるのにそれが何なのかすら理解できない。
どうして霞は僕を拒否したんだろう?
”違うあれは霞じゃない”
霞は僕を嫌いになったのかな?
”本当の霞は死んだんだ”
霞は僕よりもマルスを選んだってこと?
”違う彼女はセリスだ。霞じゃない”
自問自答を繰り返し、考えがまとまらなくなってきた。
僕は……僕は……
その時、リリスの言葉が聞こえてきた。
「あぁ、でもあんな女がどこかで眠っているのを見た事があるわね。もしかしてあの顔の女って沢山居るのかしら?」
霞が沢山居る? どう言うことだ? それって他人の空似じゃないのか?
「そう言えば今代の聖女は女神テトリアに、よく似ていると言うわれているそうだ。デザイト教の聖女が、異教の女神に似ているとは皮肉だとは思うがな」
フィルティーさんの言葉に僕は何か不思議なものを感じた。霞とよく似た女神テトリア……霞とよく似た聖女セリス……霞とよく似た女性。
もしかすると、事態は僕が思うよりも複雑に絡み合っているかもしれない。だとするなら聖女だけではなく、他の霞に似た人物と会ってみようと心が再起動し始めた。
ここは異世界だ。ありえないことが起こる事を忘れてはいけない。
「アーノルドさん、もう大丈夫です。下してください」
「む、もう大丈夫なのか? 何があったのかは知らんが、心を強く持て」
「ええ、ありがとうございます」
ようやく自分の足で歩きだした僕は、だんだんと冷静な判断力が戻ってくる。
やはりセリスのことが気になるが、会いたくないと言った聖女の気持ちも汲むべきだ。ここは様子を見ることが一番だろう。
気持ちを切り替え、フィルティーさんに質問した。
「マルス達はどうなりました?」
「彼らは私たちのずっと後方から戻ってきているころだろう。聖女のことだが、マルスによればギルド近辺でスカウトしたそうだ。自分を英雄だと
「じゃあ彼はさらにペナルティが?」
「当然だ。強引なスカウトに重ね、ギルド使用停止期間中の無謀なドラゴン討伐。さらに聖女を危険にさらした。低く見積もってもギルドからの除名処分は免れないだろうな」
マルスにはかなり腹が立っていたので、少しだけ溜飲が下がった。
僕たちは山を下り、時間をかけてようやく麓まで下山。太陽も一番高い場所に昇っていたので昼食にすることにした。
「しかし、あのルビードラゴンには驚いた。さすがの私でも何もできなかったぞ」
「そうですね、今回はフィルティーさんの活躍が全く見られなくて残念です」
料理を食べながらフィルティーさんと会話をしていたのだが、僕の言葉に彼女はショックを受けていた。
「い、いや、私も本気を出せば、ルビードラゴンに手傷ぐらいはつけられるからな。けっして活躍できなかったのではない。あえて活躍しなかったのだ」
妙な言い訳を言いつつ、ハンバーガーに噛り付くフィルティーさんは顔をピンクに染めていた。
「主人よ、ドラゴンの鱗はどうするつもりだ? 売ればかなりの値打ちになるが、装備に使えば強力な物になるはずだぞ」
「そうですね、頑丈そうですし装備に使ったほうがいいかもしれませんね」
そこで考える。ドラゴンの鱗を使った装備がどんなものになるのかは分からないけど、この中で一番装備が必要なのはアーノルドさんだ。
彼は斧と軽装備だけで、防御を考えていない節がある。それにいくら屈強な体とはいえ、僕やリリスと比べるとやはり劣っているのが現状なのだ。だとするならやはり、アーノルドさんにドラゴンの鱗を優先的に使うほうがいいだろう。
「じゃあ鱗はアーノルドさんに使ってもらいましょう。できれば防具がいいですよね」
「む、いいのか? ルビードラゴンの鱗と言えば、市場価格で四千万ディルはするようなレア素材だぞ?」
四千万!? 日本円で四億!?
ちょっともったいない気がしてきた……。
「あのドラゴンがそんなに怖いの? あんなの魔族の国ではもっと沢山いるわよ?」
リリスの言葉にふと思った。もし、魔族の国へ行くことがあれば、鱗なんか多く落ちているかもしれない。だったら億万長者だ。
ダメだダメだ。落ち着け。
仲間の命はお金に変えられない。だからここはやっぱりアーノルドさんに使ってもらおう。決まりだ。
「鱗はアーノルドさんに使うことで決まりです」
「それではありがたく受けよう。第一奴隷として足を引っ張っていては悲しいからな」
もうアーノルドさんは奴隷じゃないんだけど……まぁ本人がそういうのなら仕方がない。
「達也、早く紅茶をいれてちょうだい」
リリスの要望で、僕は紅茶を入れ始める。すっかりリリスは紅茶の虜のようだ。
「わ、私も早くお願いしたい……悔しいが紅茶は……く、癖になりそうだ」
フィルティーさんも紅茶を要望してきた。僕は飲みなれているけど、そんなにも美味しく感じるのだろうか? 少し不思議に感じた。
「ところで大友。これから紅茶を手に入れるにはどうすればいいのだ?」
「貴方ね、私が言ったでしょ。紅茶は達也しか作り方を知らないのよ」
「なに!? これがもう飲めないのか!? くっ、卑怯だぞ!」
フィルティーさんとリリスが会話を広げているが、何故か僕が卑怯者扱いになっている。
「作り方を教えましょうか?」
「しかし、これほどの美味な茶の製法をタダで教わるわけには……」
フィルティーさんはそう言いつつ沈黙すると、何かを思いつきしゃべり始める。
「では私をパーティーに入れて欲しい! それだ! それしかない!」
「え?」
「英雄候補であり、いくつものパーティーから誘われている私なら、それだけの価値もある筈だ! それにパーティーメンバーになれば、紅茶も気兼ねなく飲める!」
僕は内心で飽きれる。この人は見かけによらず単純だ。まさか紅茶が飲みたいだけで、パーティーに入りたいなんて言いだすとは思ってもみなかった。
「では早くギルドに戻ってパーティー申請をしようじゃないか!」
「パーティー申請?」
初めて聞く言葉に首を傾げる。
「ん? ちょっと待て。もしかして君たちはパーティー申請をしていないのか?」
「ええ、初めて聞きました」
「パーティー申請は、言葉通りギルドにパーティーであることを報告することだ。正式なパーティーなら一人がクエストを受けたとしても、全員に評価が与えられる。それに人数制限があるクエストにも参加が可能になるのだぞ」
なるほど、それは知らなかった。今までクエストは一人で受けて一人で評価を貰う感じだったけど、パーティーなら一人で受けても、全員が評価を貰えてランクが上がりやすくなるんだな。さすがギルド職員だ。
「それに君たちはパーティー名すらないだろう? これから有名になるつもりならパーティー名は必ず必要になる。名前が売れれば仕事だって舞い込んでくることになるよ」
「パーティー名ですか……全く考えていませんでしたね」
「まぁいいさ。名前は焦ることはない。まずはパーティー申請が先決だ」
パーティー名か。どんなのが良いのだろう。やっぱり強そうな方が良いのかな?
僕たちは休憩を終えると、再び歩きだした。
そして、視界に王都が見えるころ奇妙なことに気が付く。
「フィルティーさん、あの赤い煙は何ですか?」
王都の中心部からモクモクと赤い煙が立ち昇っているのだ。何かの合図かと気になりフィルティーさんに聞いたのだが、彼女は突然殺気を放ち始めた。
「魔族め! 王都を取りにきたか!」
「フィルティーさん事情を説明してください!」
「あの赤い煙は魔族・魔物が攻めてきた時に上げる合図だ。煙の濃さからすると、先ほど王都に襲来したようだ」
走り出したフィルティーさんを追いかけて、僕たちも走り出す。どうやら王都が魔族に襲われているのだと分かると、だんだんと焦りを感じる。
僕たちが王都へ戻ると、街は騒然としていた。
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