33話 「ギルド本部」


 僕たちは賢者が住むと言う塔を目指して歩いていた。今日はとうとう、シンバルさんに頼まれていた手紙を、グリムさんに渡す日だ。

 渡してどうなるのかは不明だが、頼まれた以上は達成しないとシーモンに帰る事は出来ない。それに賢者シヴァ様からも手紙を預かっているので、ますます引き返すことはできない。


 多くの人が行き交う人ごみの中を、僕たちはひたすらに塔を目指して歩き続ける。遠くに見えているのに、目的地にはなかなか辿り着かないのは、やはり王都が広く複雑なせいだろう。


「主人よ、あの城を見よ! 

 あの城こそが、我が祖国の象徴【デストロイヤーキャッスル】だ!」


 アーノルドさんの言う通り、白を基調としつつ風格漂う美しい城だった。デストロイヤーと呼ばれるような危険なお城には到底見えない。


「どうしてそんな名前が、あのお城には付いているんですか?」


「フハハハハハ! いい着眼点だ主人よ! 

 初代国王のあだ名が”デストロイヤー”だったからだ! 最初は愛称だったそうだが、いつしか本当にそう呼ばれるようになったらしい!」


 なんて物騒なあだ名なんだ。初代国王のことは詳しくは知らなけど、きっと勇猛な人だったのだと思う。それに愛称なんて初代国王は国民に愛されていたんだな。


「ふーん、ヒューマンでもいい城を造るのね。悪くないわ」


 リリスはお城を見ながら呟く。


 魔族がどんな場所に住んでいるのか気になるけど、あのお城を冷静に見ているあたり、魔族の国でもちゃんとしたお城や建造物は存在するのだろう。でもリリスを知る限りでは、魔族は何かを作るには不向きな性格をしているように思う。言うなれば短気で傲慢だ。そんな魔族が建物を作る事が出来るのだろうか? 


 いや、リリスを基準にしてはいけないのかもしれない。魔族だって色んな性格の人だって居るはずだし、穏やかな人も居るはずだと思う。きっとそうだと信じたい。


「なに悩んでいるのよ? ほら、グリムとかいう賢者のところへ行くんでしょ?」


 リリスは僕の表情を読み取って、塔へ行くことを急かす。


 彼女はどうやらあの塔の事が気になっているようで、昨日は頂上から景色が見たいと独り言をつぶやいていた。王都を一望できるのはお城か塔しかないため、リリスの登ってみたいという気持ちは共感できる。


 再び歩き出した僕たちは、王都の中心近くにある噴水広場まで辿り着くと、奇妙なお爺さんを見つける。


「ぐふふふふ」


 下卑た笑みを見せながら噴水の縁に座り、通り過ぎる女性を舐めるようにじろじろと眺めている。真っ白な髭に緑のローブに尖がり帽子。手には年月を想起させる古びた杖。その姿から魔法使いだと分かるが、やっていることはどう見てもセクハラに近い。


 目の前を通り過ぎようとすると、そのお爺さんはおもむろに立ち上がり、リリスの後から追いかけるように着いてくるではないか。振り返ると口笛を吹きながら視線を彷徨わせ、ちらちらとリリスのお尻や胸を盗み見る。しばらくすれば居なくなるだろうと思って歩き続けたのだが、一向にお爺さんはリリスから離れる様子はなかった。


「ああ、もう! 迷惑です! 他の人を見に行ってください!」


 僕がしびれを切らしてそう言い放つと、お爺さんは首を傾げて不思議そうな表情をする。


「はて、何のことやら。わしは家に帰っておるだけだが?」


「嘘です! さっきからずっとリリスを視姦していたじゃないですか!」


「ふむふむ、視姦とは面白い言葉じゃ。覚えておこう。しかし、わしの家がこちらにあるのは事実じゃ。貴殿らがわしの行く先に行っておるだけではないのか?」


 お爺さんは悪びれもせず、黒く長い髭を触りながら杖でお尻を掻く。


「私の身体が気になるのかしら?」


 興味が沸いたのかリリスはスカートを少しだけめくると、お爺さんにその白い脚を見せつける。


「うひょおお! たまらん! 後を着けてきた甲斐があったわい!」


 反応したお爺さんは鼻の穴を大きくし、興奮し始める。


「ほら! やっぱりストーキングしていたんじゃないですか! いい加減諦めてどこかに行ってください!」


「しまった。思わず正直に言ってしもうた」


 僕たちはお爺さんを巻くために走り出すと、お爺さんもしつこく追いかけてくる。


「リリスちゃ~ん! もう一度見せて!」


 年齢に似合わず、軽快な足取りで人込みを掻い潜り、苦も無く僕たちの後ろへと追い着いてくるのだ。塔まで行けば追い払うこともできるだろうと考え、このまま塔を目指すことにした。


「フハハハ! 実に愉快な人物ではないか!」


「笑い事じゃありませんよ。リリスだって迷惑しているじゃないですか」


「え? 私は別に気にしてないわよ? あんなの魔族じゃ普通だし」


 ますます魔族という種族が分からなくなる。あんなスケベ爺さんのような人が沢山いると思うと、魔族は随分と性にオープンな人が多いのだろうか? そう考えると、リリスの短いスカートは納得だ。


 次第に塔が近づき、とうとう目前まで迫って来ると、僕たちを追跡していたお爺さんは姿を消した。突然に姿を消したので、逆に僕たちが探してしまったほどだ。やはり奇妙なお爺さんだ。


「頂上から見る景色で、紅茶を飲んだら美味しそうね」


 リリスはすでに切り替えているのか、お爺さんではなく塔を見上げている。僕たちは入るための門に行くと、そこには予想通り兵士が二人ほど門番をしていた。以前の知恵の塔では許可が必要だとか言っていたけど、同じように求められるのなら入ることは容易ではなさそうだ。


 塔の門の横に掲げられた看板を見ると、そこには【力の塔】と書かれている。


 とりあえず僕は門番に近づくと、手紙を持っていて賢者様に届けたいと願い出た。


「残念だが、許可書のないものは入れることはできない。入りたければ冒険者か魔法使いのランクをB以上にすることだな。そうすればギルドから許可書を発行してくれるぞ」


「ありがとうございます」


 僕は門番から離れ、リリスとアーノルドさんの元へ戻る。


「やっぱり駄目みたいだね。ギルドランクをB以上にしないと、許可書を発行しないと言われたよ」


「おお、そういえば力の塔は冒険者や魔法使いが、さらなる力を得るために為に造られた場所だと噂で聞いたことがあったな。それに許可書の発行も審査があるとかないとか」


「そういうことは早く言ってください。ここまで来たのが無駄足に終わったじゃないですか」


 「すまん」とアーノルドさんは一言謝ると、名案が思い付いたのか高笑いを始める。


「フハハハハ! 主人よ、簡単ではないか! 主人は強い! ならば、すぐにランクもBになることだろう! さぁ、すぐにギルドへ行こうぞ!」


 何が名案だ。信じられないほど単純な話だったじゃないか。とはいえ、ランクを上げる以外方法は思いつかないし、アーノルドさんの話に乗るしかないようだ。ちなみに僕の現在のランクは『D』に上がっている。

 一年近く旅を続けてそれだけしか上がっていないと思いがちだが、そもそも資金にも困っていなかったし、旅を急いでいた訳だからクエストを受けた回数もそれほど多くはない。当然ランクは上がらないし、それで困るような事もなかった。


「出来るだけ強い奴と戦えるクエストにして頂戴ね」


 リリスは長い銀髪を左手で流すと、すたすたと歩きだす。


 彼女も一応だが、冒険者ギルドに登録している。ランクは『F』と下から数える方が早いのだが、もちろん実力は相応ではない。彼女は気分屋でそれでいて非常に強い。一年近く一緒にいても彼女の実力は未知数だ。


「フハハハ! さぁ、目指すはSランクだ!」


 アーノルドさんは高笑いをしながら歩き始めた。


 彼のランクは現在『C』だ。出会った時からすでにCだったのだが、上級冒険者になるために誰もが通る”昇級審査”に落ちてしまった事が原因で、ランクは現状維持だ。

 昇級審査と言うのは、Cランクを境に行われる実力を判断するための試験のようなもので、見事合格すれば晴れてBランクに上がれるらしい。でもこの審査には、実技だけではなく筆記も求められる。アーノルドさんは、筆記で落ちてしまったのだ。


 一番目的達成の可能性があるアーノルドさんには、昇級審査の為に猛勉強してもらうつもりだが今は黙っておこう。アーノルドさんは勉強嫌いなのだ。


 ギルドへ着いた僕たちは思わず口を開けて見上げてしまった。


 王都の冒険者ギルドは本部にあたり、すべての王国のギルドを取り仕切っている。頂点には”ギルドバーテックス”と呼ばれる者が居て、さらにその下には四人の管理者が居るそうだ。そのさらに下になってやっとギルドマスターが出てくると言う、僕が読んだ小説では出てこない仕組みとなっていた。そして、そのギルドバーテックスが御座するのが、王都のギルド本部だと言う事らしい。


 それだけに王都のギルドは石造りで、まるで神殿のように大きな柱が入り口には立ち並んでいた。もちろんそれだけではない。十階にもなるビルのような建築物が広い敷地の中にそびえ立っているのだ。壁面には見事な彫刻が掘られ、ドラゴンや魔物を切り伏せる冒険者の姿が見て取れた。


「すごいですね……」


「主人も気が付いたか、あのギルド本部の建物は遥か二千年前に建てられた物だ。かつて王国を築き上げた初代国王は、大魔法使いムーアと共にギルドを創設した。そして一番最初に造ったギルドが本部なのだ。あの建物はその名残だな」


「へぇ、じゃあ歴史ある建物なんですね」


 広い敷地へ入ると、至る所で冒険者が作戦会議を開いていた。中には看板を持って仲間を募集している集団も見かける。そんな光景に僕の心は高鳴る。

 ギルドへ入ろうとした時、突然僕たちは見覚えのない人たちに呼び止められた。


「そこの君! よければ俺のパーティーに入らないか!?」


 茶短髪にさわやかな容姿、それでいて長身で体つきも程よく鍛え込まれている若い男の子と、四人の女の子で構成されたパーティーがリリスに声をかけたのだ。リリスは目を細めて五人を眺めると、顔を寄せて僕に質問してきた。


「ねぇ、あいつらは私に何に入れって言っているのかしら?」


「パーティーだよ。簡単にいうと、仲間になってほしいって言っているの」


「ふーん」


 興味のなさそうなリリスは、彼らに再び顔を向けると口を開く。


「じゃあ此処に居る達也がいいって言えば、仲間になってあげるわ」


「本当か!? そこのお前、すぐにいいと言え!」


 男の子は僕を指差すと、周りの女の子たちも当然だと言うわんばかりに頷く。


「お断りします」


 僕の返事に男の子や女の子達は怒り始める。


「ざけんな! どうせお前弱いだろ!? こんな美しく可愛い女の子が仲間に居ていいはずがない! この子は俺が護る!」


 突然のいちゃもんに僕は目が丸くなる。この人はどうしてこんなにリリスに仲間になって欲しいのか理解できないからだ。


「えっと、僕たちは用がありますので話はこれにて……」


「待て! 逃がさねぇぞ! この子を俺に譲るまで話は終わらねぇ!」


 僕の肩を掴んだ彼は強引に引き留める。どうすればこの人達が諦めるのかすぐには思いつかない。とりあえずは、話を聞いてあげてきちんとお断りしよう。


「僕は仲間を譲るつもりはありません。仲間が居る貴方ならこの気持ちは分かるでしょう?」


「もちろんだ! だったら尚のこと俺に譲らないといけないだろ!? お前はこんなにも美しく可愛い仲間が死んでもいいのか!?」


 彼との会話は平行線を辿っていた。いくら僕が断っても、彼は美しく可愛いリリスは俺の仲間になるべきだと結論付ける。内心で困ったことになったと頭を抱えた。


 いつの間にか僕たちの周りにはやじ馬が集まり、どう言う訳か彼の味方をする者が大勢いた。声を聞く限りでは多くは女性のようだが、男性冒険者は反対に僕の味方をしてくれているようだった。


「周りの声を聞け! 多くの者が俺の仲間になるべきだと言っているだろ!?」


「それはこちらも同じです。貴方こそ周りの声を聞くべきじゃないですか? と言うよりも自分の発言をよく考えてください」


 だんだんと女性対男性の構図が出来上がりつつあり、僕たちだけでなく他の場所でも口論が始まったしまった。すると突然彼が僕を突き飛ばした。


「田舎者の無能者が! 俺の善意が分からないのか!? だったら実力で証明してやる!」


 彼は腰にあった剣に手をかけた。


「そこまでです、双方大人しくしなさい」


 一瞬で空気が張りつめ、場は沈黙した。底知れない冷たい気配が全身を取り巻き、誰もが口を開けば死が待っていると感じたほどだ。それは僕も例に漏れない。


 その声の主は、ギルドの中から現れ僕たちを一瞥した。


「原因の二人は着いてきなさい」


 若葉色のポニーテールを揺らし、踵を返すと彼女はギルドの中へ入って行く。


 僕と男の子は無言のまま声の主に従って着いて行った。





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