25話 「スケルトンジェネラル」


 闇を解き放ったスケルトンウォーリアは、靄のような漆黒に包まれて行く。

 

「ククク、これでますます勝機はなくなったなヒューマンよ」


 全身を闇に覆われたスケルトンウォーリアは、次第にその容貌を変え全身鎧を装備した姿へと変じた。漆黒の鎧が光りさえも吸収するように反射光は見られない。その姿はまさに鬼神のような印象を受ける。


「その魔法は闇属性ですか?」


「いかにも。バルドロス様から頂いた闇属性の力は、我に想像以上の格を与えてくださった。お前が目の前にしているのは、スケルトンウォーリアを超越した【スケルトンジェネラル】とでも言っておこう」


 スケルトンジェネラル……スケルトンの将軍か。ネーミングはともかくそれほどのプレッシャーを感じるのは事実だ。


「では行くぞヒューマン。せいぜい楽しませてくれ」


 見た目とは裏腹に身軽な動きで僕に接近すると、四本の剣を時間差で振り下ろす。


 すぐに槍の柄ではじき返しながら一歩ずつ前に出ると、スケルトンジェネラルは予想と違った為なのか、うろたえたように後ろに下がり僕から間合いをとった。


「お前、本当にヒューマンか? 我の攻撃をいなすとは信じられん……」


「僕はちょっと特別なんですよ、その程度だったらリリスの方が断然強かったですね」

 

 僕の言葉にスケルトンジェネラルは怒り狂う。


「バルドロス様から頂いた力で強化された我を虚仮にするとは笑止千万! 血祭りに上げても足らぬわ!」


 ジェネラルは僕に接近すると、連続攻撃を繰り出す。その猛攻は剣を霞ませながら残像が見えてくるほどだ。幾度となく火花が散り、槍を巧みに動かしながら全ての攻撃を防ぎ続ける。


「認めぬぞ! 認めぬ! たかがヒューマンの分際で我の斬撃を防ぐなど認めぬ!」


 さらに激しさを増した斬撃は、次第に僕の足を地面に沈め蜘蛛の巣のように石畳に亀裂を入れて行った。一歩も動かないまま攻撃を防ぐ僕に、ジェネラルは恐怖を抱き始めたのか先ほどとは様子が一変する。


「ば、化け物め! このようなヒューマンが居ることを早くバルドロス様にご報告しなければ――」


「逃がさないよ」



 闘槍術 【バーストブレイク】



 小さな挙動で放ったバーストブレイクは、奴の剣を大きく弾く程度に終わったが、大きな隙が出来た事で連続攻撃は速度を落とす。僕は攻撃と同時に光魔法で幻影を創ると、奴の背後へと移動した。


「そう、やすやすと我を倒せると思ったか! やはり貴様を殺してバルドロス様にご報告せねば!」


 ジェネラルは僕の幻影を必死で追いかけているようで、ひたすら剣を振りまわしている。本物である僕は光を屈折させ、姿を隠したまま奴の背後で跳躍した。


「ぐあぁぁぁぁぁあ!??」


 振り下ろした槍は奴の腕を二本とも切り落とし、鉄のような重みのある腕は地面に落ちると石畳を砕く音が辺りに響いた。腕とともに切られた闇の鎧は切り口から内部の骨を覗き見ることができる。


「そこかぁぁぁああああ!!」


 振り向きざまに残っている腕で剣を振るが、その動きは先ほどとは打って変わり体重も速度も乗っていない剣速だった。槍で簡単にはじき返すと、奴の片足を切り落とし残りの二本の腕も難なく切り落とす。


 体重を支え切れなくなった奴は地面に音を立てて横たわると、僕にその赤く光る目を向けて睨み付けた。


 はっきり言ってスケルトンジェネラルは見掛け倒しだ。僕の攻撃も防ぐことができず、攻撃も当てることも出来ないのなら勝負の行方はすでに決まっている。


「我の闇の鎧をこうも容易く切り捨てるとは、その槍はなんなのだ! 本来ならば、刃を通すこともできぬ筈なのだぞ!?」


「残念だけど、この槍の事は僕も知らないんだ。どうやら闇属性に効果があるみたいだね」


「ふざけた奴め……だが、せめて道連れにしてくれる!」


 地面に転がるスケルトンジェネラルは腕を失い、片足も失うもアンデットらしい不死性で這いながら僕に近づく。このとき僕は完全に油断していた。腕も武器もない状態で何もできないだろうと思っていたのだ。それにジェネラルの魔石を欲していた事も大きな原因だ。



 奴は残された足だけで、至近距離まで接近すると体に纏わりつく闇を一点に収縮させ一気に解き放った。



 球状に広がり闇が辺りを吹き飛ばす。



 その威力は町の中心部の直径三十mの何もかもを爆発的に吹き飛ばし、直撃した僕も瓦礫と共に闇に飲み込まれ得体のしれない衝撃に巻き込まれた。

 周りは闇に包まれ、皮膚にはびりびりと電気のような刺激が走る。爆発に巻き込まれながら、これが闇属性かと思い知る。


 闇の球が霧散すると、塵や土が空から舞い落ち静けさだけが漂う。


 瓦礫から何とか這い出した僕は、咳き込むと視界を遮る塵を片手で払った。そして、何が起きたのかと戦っていた場所を確認すると、その威力と惨状を目の当たりにして息をのむ。


 直径三十mに深さ五mもあろうクレーターが、未だ白い煙を立ち昇らせながらその威力を物語っていた。


「まさか自爆されるなんて思ってなかったけど、なんて威力だ……」


 しばし呆然とする僕に、遠くからリリスが走ってきて怒気を飛ばした。


「達也! 貴方油断していたわね! 闇属性の爆発が見えたわよ!」


 僕に駆け寄るリリスはなぜか僕に怒っていた。後ろからは運転手さんがクレーターを見ながら驚いた様子で歩いてきている。


「ごめん。まさか自爆されるとは思わなかった」


「貴方が死んだら私も死ぬんだからね、もっと気をつけなさいよ!」


 リリスの言葉に僕は反省する。確かに油断していた。


 すでにスケルトンジェネラルは攻撃のできない状態になっていたから、僕は勝利を確信していた。でも、奴は最後にその身を犠牲にして攻撃を放ってきたのだ。もし、これが周りに人間がいる状態だったらと思うと、被害は甚大だっただろう。


「僕は運がよかったのかな……」


「私は運が悪いわよ! それよりも魔物は去っていったから、もう護衛はいいでしょ!?」


「うん、魔物が去ったのならもういいよ。ところでアーノルドさんの居場所は分かる?」


 僕の言葉にリリスはクレーターとは反対の方角を指さした。


「向こうにあの変態が居るわ。助けたヒューマンに筋肉を見せびらかしているから近づきたくないのよね」


「ははは……アーノルドさんらしいね」


 槍を杖にしつつ立ち上がると、体についた埃を片手で払う。先ほどの攻撃で防具に大きな損傷が出来ているけど、まだ使えないわけではなさそうだ。

 しかし、あんな自爆攻撃がジェネラルではなく魔族や魔人が放ったとするなら、その威力は今回の比ではないだろう。もしかすれば町ごと吹き飛ぶかもしれない。今後は用心したほうが良さそうだ。


「ねぇ、リリス。自爆ってよくあることなの?」


「魔族はあまり使わないわね。よくあるのは力を分け与えた魔物くらいだから、気を付けることね……ふん!」


 珍しくリリスが助言をくれた。まぁ自分の命もかかっているから当然といえばそうなんだけど少し嬉しい。


「何よニコニコして。気持ち悪いわ……」


 リリスは足早に立ち去ると、僕も追いかけてアーノルドさんと合流することにした。


「フハハハハ! どうやら勝ったみたいだな主人よ!」


 背筋を見せるポーズのまま固まっているアーノルドさんは、眩しいほどの笑顔で迎えてくれる。周りには距離をとる住民が迷惑そうに顔を逸らしていた。住民の気持ちは痛いほどわかる。誰が危機的状況で黒光りする筋肉を見たいだろうか。


「アーノルドさん、そのくらいにして依頼された町へ戻りましょう」


 僕の言葉に町の人々は狼狽え始める。


「待ってくれ! 今あんた達に帰られちゃあ困るんだ! もう少しだけ居てくれないか!?」


 大勢の人たちに囲まれ、町に留まるように懇願される。見る人たちは皆ボロボロで中には怪我をしている人もいる。此処で僕たちが去ったとして魔物が再び攻めてくれば今度こそ壊滅することだろう。ここで去るのはさすがに忍びないかな。


「分かりました。ですが、僕たちも先を急いでいますので長居は出来ませんよ?」


 僕の言葉に人々は安堵した様子だった。



 ◇



 ダルバに来て二日が経過した。


 町の人は壊れた家や魔物の死体を懸命に運び、修理して行く。僕とアーノルドさんも微力ながら復興を手伝い、いつの間にか町の人たちと打ち解けていた。汗を流し労働するのはとても気持ちがいいものだ。もちろん亡くなった方々のことも思えばなおさら復興に熱が入る。


「よいしょっと。これで最後かな? アーノルドさんの方は片付きましたか?」


「うむ、破砕した家はほとんどが撤去できた。主人も重いものを難なく運ぶとはさすがだな」


 木材を一か所に集めたアーノルドさんはタオルを首から下げ、まるで工事現場の人みたいだ。しかも背中には斧ではなくツルハシを装備していることからますますそう見えてくる。僕は抱えていた二m程の石像を地面に置くと一息ついた。


「大友! 報酬が出たぞ!」


 そう言って駆け寄ってきたのはダルバまで乗せてくれた運転手さんだ。後から聞いた話だが、どうやら彼の息子家族は無事だったようで僕たちに大変感謝をしてくれた。そのため今日は運転手さんが元の町へと帰り、魔物を倒した報酬を貰ってきてくれると言う話になっていたのだ。


 運転手さんは僕の手に金貨十枚を渡してくる。


「ウチの町ではこれくらいが限界だ。すまんな。もっと出したかったんだが、貧乏な町だからよ」


「いいですよ。むしろ多いくらいです」


 僕には金貨を懐に収めた。


 正直なところ金貨一枚くらいだと思っていたから、かなり多くて驚いたくらいだ。それに報酬とは別に、スケルトンの魔石や骨などの素材を町で買い取ってくれることになっているので、貰い過ぎのような気がしている。


「そうだ、あんたら先を急いでいたんだっけな。だったらもう大丈夫だぞ。ここから少し離れている大きな町から兵士を寄越してくれるそうだから、守りのことは心配ない」


 二日目にしてようやく旅立てることになった僕は少し安心した。王都への旅は急いでいる訳ではないが、やはり一年もかかると考えると先を急ぎたくなる。


「では、申し訳ありませんが今日あたり旅立たせてもらいます」


「ああ、本当にありがとう。ダルバもウチの町にもいつでも来てくれ、歓迎するぞ」


 運転手さんと握手を交わすと、昼頃には町の人々に見送られながら僕たちはダルバを後にした。


 気持ちいいほどの青空が映え、地平線まで続く草原を僕たちはのんびりと歩いていた。右側を見るとサナルジア大森林が鬱蒼と茂りやはり地平線まで延びている。きっと奥地には森の住民であるエルフが住んでいるのだろうか? そんな妄想を思い描きながら、蝶々が舞う草原をひたすらに歩く。


「アーノルドさん、王都まであとどれくらいですか?」


「フハハハハ! 主人は気が短いな! 王都まではまだまだだぞ!」


「王都ってヒューマンが沢山住んでいる場所でしょ? 面白いものはあるのかしら?」


 リリスの言葉に僕は反応する。王都と呼ばれるくらいだから多くの人がいて、様々な店や出し物があるんだろうと思う。都会育ちの僕だけど、異世界の都会は気になった。


「そうだな……まずは王城だな。あの城は一度見たほうがいい。なんせ我が王国の象徴でありその美しさはため息が出るほどだ。見ずにはエドレス王国を語れまい」


「私は城なんてどうでもいいわ。それよりも演劇というものに興味があるの」


「ふん、魔族っ子でも王都の演劇の素晴らしさは耳にしていたか。しょうがない、俺が少しだけ有名演劇を教えてやろう。まずはあらすじからだが――」


 アーノルドさんがしゃべろうとした瞬間に地面が激しく揺れだした。


 横に激しく揺さぶられる地面に、僕たちは立っていられなくなる。震度でいえば5程度じゃないだろうか。


「アーノルドさん、地震で――モガモガッ!?」


 アーノルドさんとリリスによって口を塞がれた僕は、何が起きたのか分からないまま揺れが収まるのを待つ。二人とも緊張した面持ちだが、この地震に恐怖している様子だ。


「静かにしなさい。”グラグラン”よ」


 

 グラグランって何だろう?





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