24話 「魔人の影」
馬車は速度を落とすことなく草原を走り抜ける。その勢いは荷台に乗る僕たちに襲い掛かった。
「ちょっと! もう少し速度を落としなさいよ! お尻が痛いじゃない!」
デコボコとした道を堅い木輪が走れば、当然その衝撃は和らぐことなくモロに受ける事となる。僕たちが乗る馬車の荷台は上下にバウンドし、乗っている人間を浮き上がらせ下に叩き付けられる。すでに何度目か分からない大きな衝撃が来ると、僕の身体を浮かせ、堅い床へとお尻を叩き付けた。
先ほどから文句を言っているリリスの気持ちは痛いほどよく分かる。いい加減速度を落として走ってもらいたい。
「あのー! すいません! そろそろ速度を落としてもらえませんか!?」
ごーごーと耳元で鳴る風に負けないように運転手に話しかけると、中年である男は額に血管が浮き出るほど怒鳴り声で返答してきた。
「バッキャロー! 隣町が一大事にそんなこと出来るか! ダルバには俺の息子家族が住んでんだぞ! これでも遅いくらいだ! 我慢しやがれ!」
僕は話を聞いて黙り込んだ。
家族が心配だから急いでいるのを止める権利は僕たちにはない。運転手さんにも大切な物があってそれを失いたくないから必死で向かっているのだ。それは霞を心配して病院へ行った僕と同じ感情だ。だから何も言えなかった。
「主人よ。この際、揺れはどうでもいいが目的地へ着いたらどうするのだ?」
「とりあえず、目につく魔物を倒すつもりですけど、計画は必要ですか?」
「それでも構わぬが、もし魔族や魔人が居た時はどうする? 生き残った町民は?」
アーノルドさんの質問に僕は再び黙り込んだ。
確かにどうするか考えてなかった。魔族や魔人が出てくる可能性は十分にある。さらに生き残った町民を助け出す方法を考えておかないと、さらに被害も拡大することになるだろう。単純に魔物を倒すだけでもいいが、周りに町民が居れば邪魔になることも考えられるし、人質なんか取られれば戦う事すら出来なくなるかもしれない。
リリスを見ると、彼女は僕の顔を見てすぐに背ける。
「私は魔物とは戦わないわよ? 貴方が危険なら仕方なく守るけど、ヒューマンを根絶やしにすることには賛成だからね」
どうやらリリスに協力は頼めないようだ。彼女が居れば心強いだろうけど、魔族の敵に回るつもりは毛頭ないのだろう。それに僕も彼女に頼ることは良しとはしないのだから無理にとは思わない。
「いいよ。その代り、リリスはこの運転手さんを守ってほしいんだ」
「はぁ!? どうして他人を心配するのよ!? そこの運転手が死ねば自業自得でしょ!? 私が守る必要なんてないじゃない!」
「リリスには分からないかな……誰かを失うことの悲しみは……」
僕がリリスに背を向けると唇を噛みしめた。我慢しなければ涙が出そうだったからだ。泣き虫の僕は、霞を思いだして泣かないと誓ったのだ。強くなると誓った。
「あーっ! 分かったわよ! そこの運転手を守ればいいのでしょ!? 簡単よ!」
「ありがとうリリス」
「……ふん」
僕は振り返ってリリスに礼を言った。彼女は魔族だが、話の通じない相手ではないと言う事が分かっただけでも嬉しい出来事だった。
馬車はひたすら草原を走り、いつしか地平線に町のような物が見え始めた。木製の外壁で囲まれ、一部が破壊されている。さらに町の中からは悲鳴が聞こえ、白い煙が立ち上る。以前のリスアを想起させた。
「もうじき着くからよ! アンタらしっかり戦ってくれよ!」
運転手の掛け声に僕たちは武器を手元に寄せる。
馬車はそのままの勢いですでに破壊されている門を突破すると、一気に町の中へ突入した。どこも見覚えのない魔物がうろつき人々を追いかけている。
「運転手さん! 僕たちはここで降ります! 運転手さんはどこかに隠れていてください!」
「わかった! 頼んだぞ!」
言葉を交わすと僕とアーノルドさんは馬車から飛び降りた。すぐに武器を構え、近づいてきた魔物を切り殺す。
「アーノルドさん! この骨の敵は何ですか!?」
アーノルドさんは僕の後ろで、斧を人型の骨に頭頂部から振り下ろし真っ二つに切り裂く。
「こいつらはスケルトンだ! 魔物の中では下級だが、見た目と違ってその力は強力だぞ!」
スケルトンはかたかたと歯を鳴らせ、片手に持った剣を振り下ろす。だが、そんな遅い攻撃では僕には当てられない。
アストロゲイムを下から切り上げスケルトンを剣ごと切り捨てると、すかさずスケルトンの集団に技を放つ。
闘槍術 【ラウンドスライサー】
槍に込めた闘気を鋭く放出すると、環状にその威力を解き放つ。その威力はスケルトンを十体ほど横薙ぎに両断すると、近くに合った家すらも真横に切れて崩れる。
しかし、切り捨てられたスケルトンは足を失くしても、上半身だけで動き出し僕たちに這い寄ろうともがいていた。
「アーノルドさん、斬撃はあまり効かないみたいですね」
スケルトンの頭を踏みつぶした僕は、未だにスケルトンの山を築いているアーノルドさんに話しかける。
「主人よ、スケルトンには強力な破砕攻撃が有効だ。もしくは魔石を潰すか取り出す事だな」
「魔石? どこにあるんですか?」
「簡単だ。頭蓋骨の中にある」
試しに踏みつぶしたスケルトンの頭の中を覗いてみると、確かに紫の小さな石が蜘蛛の巣のように張り巡らされた血管の中心に鎮座していた。なるほど、魔石が脳の代わりをしているんだな。
僕はスケルトンの頭を切り開き魔石を次々に取り出すと、町の中に散らばっているスケルトンを倒すために走り出した。
「アーノルドさんは生き残りの人を探してください! 僕はスケルトンを倒してきます!」
「フハハハハ! さすが主人だな! よかろう、住民は俺に任せろ!」
斧を振るい続けるアーノルドさんは周りの家を気にせず、家ごとスケルトンを切り伏せていた。若干の不安もあるが、今は彼に任せるしかない。
町の中を走っていると、道には幾人もの死体が転がり中には親子や幼い子供まで無残に切り殺されていた。
家の陰から剣と盾を装備したスケルトンが現れ、そいつらは今までと違い兜まで装備している。さしずめスケルトンナイトか。
スケルトンナイトは僕を見つけると、すぐに見た目と似合わない速度で駆け出した。その動きは軽快だが、まぎれもなく重量は相応の重さを宿している。僕に振り下ろした剣圧は鋭くも重く、先ほどのスケルトンとは比較にならない。
「でも、まだまだ僕の敵じゃない!」
スケルトンナイトの剣を槍で防ぎ一気に跳ね除けると、槍の腹でスケルトンナイトの頭部を粉砕した。粉上になった骨と魔石が風に吹かれて飛んでゆき、僕はさらに残りのスケルトンナイトに慈悲もかけず槍をたたきつける。
目に入っていた二十体のスケルトンナイトを完全に沈黙させると、今度は町の人を追いかけているスケルトンを発見する。
「みなさん、こっちに来てください!」
六人ほどの男女が僕に気が付くと、すぐにこちらへと走ってくる。それを追いかけるスケルトンは三体ほどか。素人目からするとすぐに勝てそうに見えるだろうが、戦った僕から言うとスケルトンは鉄並みに固く、力に自信がある地球人くらいには強い存在だ。たぶんだけど、リンゴくらいなら片手で潰せるんじゃないかな?
逃げてきた男女は僕に駆け寄ると、助けを求めてきた。
「君は強いのか!? だったら助けてくれ! 俺たちは何とか逃げてきたが、このままだと奴らに殺されてしまう! 頼む!」
「落ち着いてください。ちゃんと助けますから、ひとまず後ろに下がってください」
僕の言う通り彼らは後ろに下がると、追いかけてきたスケルトンが僕を警戒してか立ち止まり姿勢を低くした。
骨だけに知能がないと思いがちだけど、意外に頭がいいようだ。僕の気配を感じるくらいには、目の前のスケルトンは力を持っているということだろう。それに、たしか無生物系は怨念が元になっているとシンバルさんが言っていたような気がするので、きっとスケルトンは人間だったころの経験があるのかもしれない。
槍を構えると、三体のスケルトンもそれぞれ剣を構える。
互いに攻撃範囲を読みあい、死角を探していた。その時間は短いがまるで数分もの時をそのまま過ごしたような錯覚を起こす。スケルトンの死角を読んだ僕は、半身で瞬足するとスケルトンの頭部を貫き、三体を連続突きで破壊した。
「魔石を破壊するのは、さすがにもったいないかなぁ」
そんなことをつぶやいた後に六人の男女は僕に駆け寄り喜び合う。
「君、すごいじゃないか! ありがとう! 助かったよ!」
「いえいえ、そのために来ましたから当然ですよ」
軽く会話を交わすと遠くから「おーい! 主人!」とアーノルドさんの声が聞こえ、その姿が見えてくる。
「アーノルドさん、こっちです! ここに六人居ます!」
僕に駆け寄ってきたアーノルドさんは、なぜか上半身裸でサムズアップをしてくる。なぜ裸なのだろう?
「アーノルドさん。つかぬ事を伺いますが、服はどうしました?」
「む、服は邪魔なので脱ぎ捨てた。やはり人々を助けるなら、素晴らしい筋肉を誇っている俺の肉体を見せた方が安心するはずだ。さぁ、お前たちも俺に助けられるがいい」
上半身裸のアーノルドさんが六人へ近づくと、彼らは同じように一歩ずつ後ろへ下がる。どう見ても怯えているように感じた。
「あの、アーノルドさんはこんな感じの人ですけど、頼りになりますし強いですから着いて行ってください。僕はまだ魔物を倒さないといけませんから」
僕の言葉を信用してくれたのか六人はおびえた表情で、アーノルドさんへ着いて行った。とりあえず心の中で謝っておこう。
再び走り出した僕は、だんだんと町の中心部へと近づいてゆく。
次第に現れるスケルトンは数を増やし、見かける人々も少なくなり始めた。きっと魔物を指揮する者がいる筈だと考えた僕は、中心部へ到達すると予想が的中していたことを悟った。
町の中心部に立っている石像は破壊され、その上に重く腰掛ける魔物がいたのだ。その気配はスケルトンやスケルトンナイトとは比ではなく、間違いなくそれらよりも格上の雰囲気を漂わせている。
その姿は全長三m。赤黒な太い骨に、四本もの腕が鋭い剣を握っている。さらに頭部の頭蓋骨には一本の角が生え、暗闇が収まる目には赤い光が宿っていた。まさしくスケルトンウォーリアだ。
シンバルさんに聞いたことがあったのだ。戦うにあたってスケルトン系統には気を付けなければならないモノが存在すると、それがスケルトンウォーリアだ。
奴らはその強靭な肉体と、四本もの腕から強力な攻撃を連続で繰り出してくる危険な存在だ。階級は中級の中位と全体で見ればそれほど強くはないだろうが、その実力はCランク冒険者を百人は軽く殺すほど。いうなればアーノルドさんが百人いても勝てない存在なのだ。
スケルトンウォーリアは僕を見据えると、その重い腰を上げ剣を構える。
「ククク、ヒューマンの殺しは飽きていたところだ。ちょうどいい獲物が来て期待ができそうだな」
その声に僕は驚愕を覚える。まさか今のは目の前のスケルトンウォーリアがしゃべったのか!?
「なんだ? 魔物がしゃべるのが珍しいか? 中級のスケルトンにでもなれば普通なのだが、お前程度では知らぬだろうな」
「魔物は魔族の魔力を受けて変異したと聞いた。だから驚くのは当然だよ」
「ククク、それもそうか。だが我の主は魔族ではない。親愛なる主【バルドロス】様だ。いずれヒューマンを根絶やしにし、魔族すらもひれ伏させるお方だ」
バルドロス? 魔族じゃないの? ということは魔人の可能性が高いけど、確か魔人は魔王に従い魔族とは敵対しない存在だと聞いているけど、もしかして違うのかな?
「無駄話はここまでだ。我は戦いたくてウズウズしていたのだ。早くお前を切り刻みたいぞ」
そう言うとスケルトンウォーリアは跳躍し、四本の剣を着地と同時に振り下ろした。その衝撃は石畳を粉砕し、破片をまき散らす。
僕は咄嗟に避けて背後に回り込んだが、すぐにスケルトンウォーリアは振り向きざまに切り払うと再び剣を構えた。
「ククク、これではすぐに勝負は終わってしまいそうだな」
「まだ始まったばかりじゃないか、スケルトンのくせにカルシウム不足だよ」
「減らず口を。お前の生き血を我が体に塗り込んでくれる」
そう言ってスケルトンウォーリアは足元から闇を解き放った。
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