23話 「闘気」
「えっと闘槍術というのはですね、闘気を使った戦い方を槍に合わせてアレンジしたものなんです」
「ふむ、闘気か……聞いたことがないな」
「でしょうね。闘気を使える人は少ないと聞いています。僕の師匠の師匠である方が得意としていた戦い方らしくて、師匠も闘気を使って戦います。ですが二人とも剣を使うので僕が自分でアレンジしたというわけですね」
続けて闘気について説明する。
「闘気というのは誰にでもある力のことです。わかりやすく言うと、生命力や氣など生きるためのエネルギーを攻撃に使うことを闘気というわけです。ですが誰にでもあるとされながらも、扱うためのセンスや一定の保有量がないと攻撃として転化させることは難しいそうです。偶然にも僕には両方とも備わっていたので、習得することができましたが、まだまだ闘槍術は完ぺきな技とは言い難いものです」
「俺が見る限りでは十分だと思うが、何が問題なのだ?」
「僕の使う闘槍術は無駄が多すぎるんですよ。師匠が言うには百分の一しか攻撃として使われていないと言っていました。残りの九十九は体から垂れ流しているらしいです」
僕の言葉にアーノルドさんは「確かに無駄だな」とつぶやいた。
もちろん闘気を扱うにはデメリットも存在する。生命力を攻撃に使うわけだから体力の消耗が激しい。それに使いすぎて闘気が枯渇することにでもなれば、当然死が待っているのだ。強力だけど諸刃の剣と言える。
「主人の闘気は多いのか?」
「ええ、かなり多いと師匠には言われました。もし、無駄をなくせば人間で僕に勝てる相手はいないだろうと言っていましたけど、どこまで本当かわかりません。よく冗談を言う師匠ですし、だいだい酔ってますしね」
アーノルドさんは黙り込むと、おもむろに斧をつかむ。
「うぉぉぉぉぉおおおお! 俺の闘気よ出てくるのだ!!」
何やら叫びだすと斧を部屋の中で振り回し始めた。僕は慌てて離れると、彼は鼻息荒く気迫だけが増してゆく。というか何をしているのだろう?
「くっ、やはり主人のように修業をしないと使えないか……闘気は実に素晴らしい! 俺も使いたい!」
ああ、なるほど闘気を使いたかったのか。僕はアーノルドさんに近づくと、修行方法を伝える。
「闘気は走ることによって活性化します。そのあとは心を静め、体内に流れる生命力の元である氣を感じることが必要となります。氣を感じることが出来たのなら、今度はその氣を操作して放出する訓練が必要になってきます。アーノルドさんは初心者だから、まずは走ることからですね」
「ではその氣とやらを活性化させるために走ればいいのだな! うぉぉぉおおおお!」
再びアーノルドさんは叫びながら部屋から出ると、宿を出て行った。
もしかして走りに行ったのかな?
言い忘れたけど、回数を重ねないと走っても簡単には氣を感じることができない。なんせ生まれてから当たり前にある力を感じるには、それだけで多くの時間を費やすことになる。感覚を掴めたとしても氣を操るにはセンスが必要となるのだ。僕が三年で習得したのは異常なセンスのおかげだと師匠に言われた。
そう、三年と言うのは異常なほど早いのだ。
だから僕はセンスもチートだったと思っている。本来なら十年はかかる修行をそれだけの短期間で終わらせたのは、まさしく僕すらも気が付いていなかったチートが備わっていたということなのだ。おかげで魔族や魔物と対等に戦えるのは、嬉しいことであり師匠であるシンバルさんには感謝しきれない。
「ねぇ、変な叫び声が聞こえてきたけど、何かあったのかしら?」
ドアを開けてリリスが僕に尋ねてくる。
「アーノルドさんが修行をしたいって言いだしたから色々と教えたんだよ」
「ふーん。どうでもいいけど、五月蠅いから静かにしてね。よく眠れないじゃない」
そう言ってリリスはドアを閉める。
宿は木造なので声は筒抜けだったのだろう。隣にいるリリスとしては五月蠅くて眠れなかったみたいだ。悪いことをしたと思い、僕もベッドで静かに横になる。
見上げる天井は見覚えがなく、蜘蛛の巣やシミがいくつも見える。三年が過ぎ去った今でも時々、前の世界の夢を見ることがある。何気ない街の風景や、高校からの帰り道。霞の振り返る姿。いつものように互いに手を振って別れ家に入る。そんな当たり前の世界が、今や夢のようだ。
「僕……強くなれたかな?」
そうつぶやくと次第に瞼が閉じていった。
◇
この町に来て二日経過した。
朝になり起床すると、すでにアーノルドさんが筋肉に話しかけていた。
「そうか背筋は調子がいいのか。大腿筋はどうだ? 昨日はかなり走ったからな、疲れているかもしれん。ん? なに? ふむふむ、これからが本調子だと? さすが俺の筋肉だ」
そんな理解のできない言葉をBGMに身支度を整えて外に出る。
宿の裏には井戸があり僕は水を汲むと、ポケットから”タラケバの茎”を取り出した。これは歯ブラシ代わりにされている植物の茎で、細くしなやかな繊維が歯ブラシのように歯垢を掻き出してくれる。しかも滲み出る樹液が歯磨き粉の役割をしてくれるため、この世界では誰もが使っている物だ。
歯磨きが終わると顔を洗い、すっきりすると槍を構える。
アストロゲイムで素振りを行い、そのあとは突きの練習だ。これを毎日時間があるときは行うようにしている。シンバルさんが口うるさく毎日訓練をしろと言うものだから、いつの間にか習慣になった。
最初は面倒だが回数をこなすと、段々と集中力が増し攻撃のことだけ考えるようになる。実はこの時間が僕は好きだったりする。無駄なことは考えず、ただひたすらに槍を振るのは無力な自分を忘れられるからだ。
「バカみたい。そんなの振って楽しいわけ?」
どこからかリリスの声が聞こえたため辺りを見回すと、宿の屋根に腰かけて僕を見下ろしていた。
「起きてたんだリリス」
「まぁね。よく眠れたから早めに目が覚めたのよ。でも貴方そんな事して楽しいの?」
リリスの言葉は僕には理解できなかった。
だって楽しいという以前に、必要だからやっているのだ。楽しくなければ止めるという選択肢は僕にはない。むしろ、リリスの質問は楽しくないことはやらないと受け取れる。
「僕は少しでも強くなりたい。だからこうやって槍を振って練習をしているんだ」
僕の返答にリリスは三日月のように口角を上げ笑みを見せる。
「強くなりたいの? だったら私と戦いましょ。きっとそっちのほうが強くなれるわよ?」
「でもリリスには契約が……そうか僕が許可を出せばいいのか」
僕がそう言うと、リリスは屋根から飛び降りて目の前に立つ。そして、自身の腹部ある魔方陣を指さした。
「コレがあるから貴方を殺せば私も死ぬわ。だから手加減はさせてもらうけど、簡単には負けるつもりはないわよ?」
なるほど。契約の魔法は契約した主人が死ぬと、
何故そうなるかは所説あるが、有力なのは契約魔法により互いの魂が接続するため、主からもたらされる死の影響が
「わかった。”リリスよ、主人への攻撃を許可する”」
僕の言葉とほぼ同時に、リリスの蹴りが顔をかすめた。
勢いのまま後ろに跳躍すると、槍を構えてリリスをけん制する。
「卑怯じゃないか。いきなり攻撃なんて」
髪を左手で軽く流すリリスは、鼻で笑うように僕にしゃべりかける。
「私を卑怯な手で奴隷にした事を、忘れているんじゃないでしょね。すぐにでも殺してやりたいけど、契約があるから口惜しいわ」
そういってリリスは鋭い蹴りを放つ。
見えない速度ではないので避けながら槍を振るうが、リリスの速度は攻撃の瞬間に急加速し一瞬で後ろへと回り込まれる。
「はい、一回死んだわね」
リリスは僕の首に後ろから人差し指で、横に艶めかしく這わせた。その瞬間に妙な感覚が首から電流のように流れ、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
すぐにその場から離脱すると、槍を構えてリリスを警戒する。
「……飽きたわ。本気で戦えないなんて、私の心がときめかない」
リリスは踵を返すと宿へと帰って行った。
僕は槍を下し警戒を解いたが、今でもリリスの甘い香りが背中から漂ってくるようだ。まさか、あんなにも簡単に背後を取られるとは思いもしなかった。決して侮っていたわけではないのだが、リリスは前回の戦った時よりも格段に速い動きで僕の背後をとったのだ。これが事実なら、リリスは前回の戦いで本気を出していなかったという事になる。
もしかして僕は、とんでもない魔族を奴隷にしたのかもしれない。
訓練を終え、宿の部屋に戻るとすでにアーノルドさんやリリスがベッドの端に座って僕を待っていた。二人は昨日とは少し違い、険悪なムードという感じではない。どちらかといえば仲の悪い仲間に近い感じだ。
「先ほども言ったが、奴隷になった以上は主人を守ることが使命だ。魔族だろうが勝手は許さんぞ」
「分かったわよ。私も命がかかっているんだから、言われなくても守るつもりよ。てか、勝手を許さないって、あんたも奴隷のくせに勝手してるじゃない」
「ふん、俺はいいのだ。誉れ高き主人の第一奴隷だからな。それに主人は俺がどうのよりも、俺の筋肉を重要視されている。日々鍛錬し筋肉の質を落とすなと命題にされているのだ。俺はそのために日夜筋肉を磨き続けているのだ。怠け者のお前と一緒にするな」
アーノルドさんの言葉を聞いて、リリスが僕の顔を見た。なんだか助けてほしいといった表情だが、正直僕もアーノルドさんは手に余っている。口を開けば筋肉筋肉と、もう何を言っているのか理解できない。というか僕は筋肉の質を落とすななんて一言も言った覚えがないんだけどさ。
「二人ともそこまでにして、布団を受け取りに行こう。今日は約束の日だから出来ているはずだよ」
「そうだわ! 布団よ! 楽しみだわ!」
布団と聞いてリリスは嬉しそうにベッドから立ち上がった。そんなにも布団が楽しみなのは何か理由があるのだろうか? 少し気になる。
宿を出た僕たちはすぐに布団屋に顔を出す。
「はい、いらっしゃいませ! ……あ! 布団の受け取りですね!」
女性の店員は僕たちの顔を見ると、すぐに気が付いたように奥へと走っていった。しばらくすると店員がピンクの布団を二枚抱えて戻ってくる。布団はふわふわと空気を含んでいて、見た目からもフカフカで柔らかそうな印象を与える。
「はい、お客様の依頼通り羊毛100%の高級布団です!」
すぐにリリスは布団を手に取ると、顔を埋めてその感触を確かめ始めた。
「フフフ、いいわ。これよこれ。このフカフカが求めていた布団よ」
布団に夢中なリリスはまるで子供の様にうれしそうだ。どうやら満足してもらえそうだ。安心した。
「お客様。羊毛が余ったのですか、残りはどうされますか?」
「いらないわ。布団があるのなら羊毛は邪魔よ」
そういうとリリスは布団を抱えて外に出る。高級羊毛を店にあげるなんてもったいない気もするが、僕には使い道も思いつかないしこれでいいのだろう。そう思い、店員に残りのお金を払うと店を出る。
外では布団に頬を擦るリリスが印象的だった。魔族とはもしかして眠りに煩い種族なんかもしれない。
「リリス。魔族って睡眠にこだわりがあるの?」
「はぁ? そんなわけないでしょ。 私はともかく、ほかの魔族はほとんど寝ないわよ」
なるほど。リリスは最初に自分のことを異端だと言っていたけど、そう言う意味だったのか。
「リリス、そのままじゃ布団を運べないよね? 専用のリュックを買ってあるからこれに詰め込んで」
そういって大きなリュックを手渡すと、リリスは布団を折りたたんでリュックに詰め込むとすぐに背負う。見た目が美人で荘厳な装備をしている彼女には、リュックはどこか歪なものに見える。
「うん、これはいいわね。悪くないわ。達也を褒めて遣わす」
僕に見下ろすように、礼を言ったリリスはご機嫌で歩き出した。褒めて遣わすってお殿様みたいだな。ほかの魔族もこんな感じで偉そうなのだろうか?
歩き出した僕たちは王都に向けて旅立つために門へ向かっていると、地平線の向こうから土煙を登らせる馬車が見えていた。その馬車はどこもボロボロで、傷だらけの馬が辛うじて引いているために動いているといった悲惨な状況だ。
馬車は町の中へ入ってくると、勢いのまま建築物へと激突する。馬は地面に横たわり、馬車は家の壁を破壊しながらも同じく破砕し、地面に散らばった。運転手らしき人物がボロボロで地面に倒れているところを見つけると、僕はすぐに駆け寄る。
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
男性はかすかに目を開けると、僕の顔を確認して力なくつぶやく。
「はぁ……助けてくれ……俺の町が魔物に……」
「どこの町ですか!? 教えてください!」
「……ダルバだ。……頼む、助けてくれ……」
男性はそう言って息絶えた。
いつのまにか町の住人が僕の周りに集まり、ザワザワと話し合っている。死んだ男の言葉に恐怖したようだった。
魔物がこの近くに来ている。それは攻撃手段を持たない人間には恐怖でしかないのだ。僕は立ち上がると、町の住人に声をかける。
「みなさん、魔物は僕らが退治します。その代わり、この男性を丁重に葬っていただきたいのです。お願いします」
僕は頭を下げると、一人の老人が近づき大きくうなづく。
「ワシはこの町の町長じゃ。先ほどの言葉信じてもよいか?」
「絶対とは言えませんが、僕らは腕には少しだけ自信があります。低級な魔物なら簡単に倒せるはずですし、あなた達としても時間稼ぎができて悪い話じゃないと思います」
「……いいだろう。その男は我々が丁重に葬ることにしよう。だが、タダで討伐しろとは言わん。討伐が成功した暁には報酬を払うつもりだ。それに馬車もこの町から一台貸してやるから、必ず討伐してきてくれ」
町長の言葉に僕は深く頷く。
僕らは貸し出された運転手付きの馬車に乗り込み、すぐに出発した。
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