18話 「薬草クエスト」
護衛クエストが始まり一週間が経過した。
思っていたよりも長くかかったと思うだろうが、この世界ではこれくらいが普通だそうだ。移動手段が徒歩か馬しかないので、どうやっても時間がかかってしまう。そして思っていたよりも魔獣が出なかったのも意外な事だった。
シーモンに居た時は外に出ればゾロゾロと魔獣が出てきたのに、山を下るにつれて魔獣の数は次第に減って行きそれほど見かけなくなる。とはいえ全くいなくなった訳ではなく、ただ姿を隠しているだけだとダルさんは話していた。
この一週間でダルさんからは色々なことを聞くことが出来た。
王都までにはいくつかの難所があるらしく、最近では魔物や魔族が住み着いている場所もあるとか。それに王都には聖女が居るらしく、エドレス王国ではアイドル的存在だと民衆に人気だそうだ。詳しく聞くと聖職者とは神聖魔法と呼ばれる回復を行うことが出来る魔法を行使することができ、聖女はその神聖魔法の力が強力らしいのだ。
そこで僕はダルさんに質問する。神聖魔法を受けるためにはどうすればいいのかと。
返ってきた答えは教会へ行ってお金を払う事だった。あくまでも慈善活動はしていないということか。でも場合によっては後払いや分割でもいいらしいので、あくどい商売をしている訳じゃないと分かって安心した。
そんな話を交わして旅は順調に進み、とうとう目的地の町へと到着する。
「いやぁ、良い旅だった。最近の若い者と比べると礼儀正しくて実力まであって、護衛に来てもらったのがあんたらで良かった。しかも荷卸しまで手伝ってもらって感謝しているぜ」
「いえいえ、僕は運送会社で働いていますから、こういうのは見ていられないんです」
町の中心部にある大通りの脇で僕たちは話をしていた。依頼者であるダルさんの仕事を少しだけだが手伝ってあげたのだ。ダルさんは見た目からしていい老年で、腰が悪いのか旅の途中ではよく擦っていた姿を目撃している。だから少しだが手伝ってあげたのだ。
「正直言うと依頼料を上乗せしたいところなんだが、俺にはそんな金がねぇ。だからクエストの評価で恩を返しておきたい」
「クエストの評価?」
「おう、実はクエストには知る人ぞ知る暗黙の了解と言うものがあってな、依頼者が満足した場合はクエスト依頼書に特別なサインを入れる。そのサインを見たギルド職員は、冒険者のランクを一段階引き上げると言う話だ。もちろんこれはCランクまでしか通用しねぇって噂だ」
そんな裏技があったのか……でもよく考えれば実力のある冒険者が低ランクに居ることは、ギルドとしては良く思っていないのかもしれない。だからこそ生まれた裏技なのかも。その話を聞いたアーノルドさんが感心したように頷く。
「ふむ、俺も昔に聞いたことがあるが話は本当だったのだな。実力高しと判断された者にだけ裏の特別ルールが適用され、階段を登るようにランクが上がって行くとな」
そう言われると恥ずかしさを感じる、僕がそんな評価を受けたと言う事に。でも実際は卑怯な事だと思う。地道に努力している人たちが居て僕はそんな人たちを、たった一回のクエストで追い抜いてしまうのは恥ずべきことのように思うのだ。
そんな僕の心情を読み取ったのか、ダルさんは優しい言葉をかけてくれる。
「あんたらは十分に実力がある、恥じることはねぇ。慢心がいけねぇのよ。そもそもどうしてランクがあんなにあるか知っているか? ありゃあ傲慢な冒険者のプライドをへし折るためのもんだ、地道に努力させて分からせてやるのさ冒険者が何なのかを。だがあんたらはそれが備わっている、俺が見たんだから間違いねぇ。だから胸張ってランクを上げりゃあいいのさ」
「ありがとうございます! これからも精進して行きます!」
そうお礼を言うと、ダルさんは依頼報酬と依頼書を手渡してくれる。依頼書には名前と血判が押されていた。命にかけてこの者を評価すると言う意味だろう。不思議と一枚の紙なのに鉄よりも重たく感じる。
「俺は眼が良い。あんたらはナニか持っていると思っている、応援しているからな」
「はい!」
返事をすると僕たちはダルさんに別れを告げてその場から去った。
町の中を歩き回り幾人もの人たちをすれ違いながら、ようやくギルドを見つける。クエストの達成の報告と、新たなクエストを受けるためだ。この町のギルドは出入りが激しいようで、多くの冒険者が木造のギルドの周りにたむろしていた。
「フハハハ! しかし俺の主人は優秀なようだ! 奴隷として誇らしいぞ!」
「奴隷らしくないアーノルドさんに言われても実感が沸きませんよ」
会話を交わしながらギルドのドアを開けると、中にも大勢の人が忙しなく動き回っている。僕は適当な受付カウンターに行くと依頼書を提出する。
「はい、依頼の完了ですね。少々お待ちください」
そう言って受付嬢さんが依頼書を持ってこの場から離れると、しばらくして駆け足で戻ってきた。
「申し訳ありませんがカードをお借りしたいのです!」
「あ、はい。どうぞ」
焦りのような物をにじませた受付嬢は、カードを受け取るとすぐに走り去って行く。もしかしてダルさんのサインが効果を発揮したのだろうか?
カードを持って来た受付嬢は、まず最初にダルさんの事を質問をしてくる。
「大友様はダル様のことを御存じですか?」
「いえ、護衛クエストをしたくらいでそこまでは……」
「ダル様はこの辺りのギルドを管轄していた元ギルドマスターでございます。すでに引退された身ですがその影響力は大変大きく、そのような方が血判を押すなど異例の事なのです」
はわわわ、ダルさんお偉いさんだったのか! そうとは知らず馴れ馴れしい態度を取ってしまったけど、失礼にならなかっただろうか?
「なのでこの血判は特別な意味を持ちます。こういった場合はランクを一つ飛ばして上げることが通例ですので、大友様のランクは『E』ランクとさせていただきました」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
そう言って僕はカードを受け取ると、大きく『E』の文字が輝いていた。
まさか一つ飛ばしなんて聞いてないよダルさん……。さも何も知らない感じで話していたのに、こうなると分からなかったのかな? いや、きっと知ってて黙ってたんだ。自分が元ギルドマスターなんてことも話さなかったし、そんな態度も見せなかった。きっとダルさんはそんな肩書よりも、今の自分を見てどう対応するのかを見ていたのかもしれない。
横でアーノルドさんが受付嬢さんからカードを受け取っているのを見ると、カードの内容に興味が沸く。そういえばアーノルドさんのランクを知らないから聞いてみよう。
「アーノルドさんもランクが上がったんですか?」
「いや、俺は上がっていない。元々Cランクだったからな、今回は普通にクエスト達成だ」
Cランク!? 知らなかった……今まで苦戦したところを見なかったし相応のランクなのかな? でもそこまでランクがあるのにどうして無銭飲食なんてしたんだろう?
「Cランクならお金ももっと手に入りますよね? どうしてお金が無くなったんですか?」
そう言うと、アーノルドさんは珍しく苦笑するような表情を見せる。
「信じていた友人に金を貸したのだ。だが、そいつは俺がもしもの為にと隠してた金すらも持ち出して、何処かへと消えた。おかげで俺はこのありさまだ」
「……それは酷いですね」
「俺は気にしない事にしたのだ。俺の金はそいつにすべてやったと思う事にしている。それに今の生活は気に入っている、良い主人がいるからな」
アーノルドさんはニカッと笑うと、クエスト掲示板の方へと歩いて行った。
信じていた人に裏切られるなんて悲しい出来事だ。僕も幼いころは死んでしまった両親を恨んだこともあったけど、そうじゃなかった。恨んでも何も解決はしないし一番は自分が救われない。だから前を向くしかないんだ、例え大切な誰かを失っていても。
「む、主人よ良いクエストがあるぞ」
アーノルドさんの声に反応して掲示板へ行くと、多くのクエストを記載した紙が所狭しと貼られ一つのクエストを指差していた。
「これって薬草採取ですか?」
「フハハハ! その通りだ! 主人はまだ冒険者の基礎が出来ていない、ならばここはあえてGランクの依頼を受けるべきだ!」
「でも、どうして薬草採取なんですか? 基礎なら他にも色々と為になりそうな依頼がありますけど」
「まず一つに薬草を見分けることを覚えなければならない! 怪我をした時はその知識が役に立つ! 二つ目は毒草を覚えておくことだ! 食べられるかそうでないか、毒として使えるかそうでないかを判断できるようになれば冒険は格段に楽になるだろう!」
な、なるほど。高度な医療技術がないこの世界では、怪我も自分で治療しなければならない。それに食べ物だっていつ無くなるか分からないから、食用だと判断できれば緊急時には重宝する知識だ。毒は……使うのかな?
「分かりました、そのクエストを受けましょう」
僕は掲示板から薬草採取依頼を剥がすと、受付へと持って行き依頼を受ける事にした。
◇
町から少し離れた草原で、僕たちは薬草を探していた。
依頼の内容はペペ草を十本取ってきて欲しいなんて内容だったけど、その肝心のペペ草が見つからないのだ。
「アーノルドさんはペペ草を本当に知っているんですか?」
草をのぞき込むアーノルドさんに話しかけると、彼は一度空を見上げて少しばかりの沈黙の後に答える。
「知っている」
絶対うそだ! じゃあなんでそんなに悩んでいるのさ! さっきから「む、形が思い出せないな」なんてつぶやいているけど、どう考えたって完全に忘れているとしか思えない!
「おいおい、見てみろよ。ランクが二つも上がった新人が、薬草探しなんてしているぞ」
その声に振り返ると、そこには三人の男性冒険者がニヤニヤと僕たちを見て笑っていた。
「えっと……なんでランクが上がったことを知っているんですか?」
薄汚れた軽装備に腰には片手剣が装備され、三人とも金髪で僕とそれほど歳が変わらない人達だ。僕はリーダー格らしき人物に尋ねると、彼は吐き捨てるように口を開く。
「あれだけギルドの職員が騒いでりゃあ、誰でも聞き耳立てるだろ? ランクを二つも上げた冒険者がどの程度か見てやろうって話になったが、大したことねぇな」
彼の言葉に同調するように他の二人も笑い出す。
「僕は薬草採取がありますので、話はこれくらいでいいですか?」
採取に戻ろうとすると、リーダー格の男がすぐに肩を掴んで引き留める。
「まぁ待てよ。お前Eランクと言うからには強いんだよな? だったらFランクの俺達に指導してくれよ」
「何を指導するんですか?」
「三対一で決闘しようぜ。二つもランクが上がった奴ならこれくらい出来るよな?」
僕はその提案にたじろぐ。魔獣と戦ったことはあるが、人と決闘なんて初めての事だ。そんな僕の反応に彼らはますます勢いを強め、とうとう返答を得る前に剣を抜き始めた。
「ちょ、待って! 僕は決闘をするなんて言っていない!」
「何言ってんだ、俺達が剣を抜いた時から決闘は始まってんだよ。もし弱かったらギルドにお前の降格の話をしてやるからな」
ダメだ、全然話が通じない。僕もこの世界の決闘のやり方くらいは知っているけど、これはひどすぎる。いきなり現れて三対一で決闘しろなんていくら何でも横暴だ。
とりあえず槍を構えると、アーノルドさんに視線を投げかける。
何故かアーノルドさんは大きくうなずくとサムズアップをした。
ダメだ。たぶんだけど三対一とは男らしいな、なんて考えているに違いない。決闘を止めてもらおうと思ったけど、頼りにならないみたいだ。
「さぁ誰から行くか? たぶんだけどこいつスゲェ弱いぜ」
そんな声が聞こえて、一人が切りかかってきた。難なく避けると再び槍を構える。
「ルール変更だ、この決闘は負ければ有り金を全部渡さないといけないからな」
リーダー格の男の突然のルール変更に、さらに戸惑う。
僕が弱いと踏んだから、金を巻き上げることにしたんだな。だんだんと腹が立って来たが、なかなか人を攻撃する気にはなれない。シンバルさんは魔獣との戦い方は教えてくれたけど、人間との戦い方は教えてくれなかった。
未だ戸惑いながらも三人の剣を避け続けた。このままずっと避ければ三人が諦めて去ってくれることを願う。
「こいつ当たらねぇぞ! もう魔法を使っちまえ!」
その言葉に二人は腕にある魔法陣を触る。
一m級の風と水の球体が二人の目の前に現れ、僕に向かって撃ちだされた。
槍を横なぎに振ると、二つの魔法は引き裂かれ消滅した。人でなければ攻撃は出せる、その程度の魔法で僕を傷つけることは出来ない。
「主人よ、何故攻撃しない! 戦わなければやられるのは自分だぞ!? それでは誰も救えない! 目を覚ませ主人よ!」
アーノルドさんの声にハッとする。
僕は何の為に今まで槍の腕を磨いてきた? シンバルさんが片腕を失くしたことを後悔したんじゃなかったのか? 僕が強ければシンバルさんを助けられたと思ったんじゃなかったのか。誰かを失う悲しみを味わいたくないから力を強く願ったのじゃないのか。
きっとこれは僕が強くなるための試練なんだ。
「こいつ魔法を切りやがった!? 化け物か!?」
三人は魔法が消滅したことに動揺して固まっていた。それを見逃さず、槍で一人を足払いするとすかさず石突でもう一人の腹部に打ち付けた。
「フィルト!? バン!?」
リーダー格の男を残して二人は地面に転がり、再び槍を構える。
「てめぇわざと弱いフリをしていたな! ふざけるな! この卑怯者!」
「君にそんな事を言われたくないよ」
槍を振るうと彼の剣は根元から切断され宙に舞い、刀身が地面に落ちる前に彼に槍の矛先を突きつけた。
「ま、参りました……」
ガクッと膝を崩したリーダー格の男は、傍に突き刺さった刀身を見ながら愕然と負けを認めた。
「フハハハハ! 見ろ! 俺の主人は強いのだ! 貴様ら有り金を全て寄こせ!」
調子よく割って入ってきたアーノルドさんは、三人から金を巻き上げていた。
僕は槍を空に掲げ、また一つ強くなった実感を感じる。きっといつか人を殺さなければならない日が来るだろうが、僕は受け入れなくてはならないだろう。この世界はそれが当たり前だと言う事だ。
でも忘れてはいけない、僕は異世界人だと言う事を。
「さぁ薬草探しをしようではないか! おお、そうだ! この者達にペペ草を探してもらおう! 我ながらいいアイデアだ!」
一人で話を進めるアーノルドさんに苦笑すると、そのアイデアに乗る事にした。大口を叩いていたアーノルドさんがペペ草を見つけられないのでは、クエストが失敗してしまう。
結局三人にペペ草の事を聞いたのだが、なんと周りに生えている雑草は全てペペ草だと言う事が分かった。このクエストは薬草を見つける事よりも魔獣との戦闘を予想して依頼された物だと分かり、僕は肩を落としてしまう。
しかもギルドには薬草図鑑など参考書もあったと言う事なので、とんだ回り道をしていたのだ。今後はよく考えて行動しようと思う……。
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