第15話 試験開始①


 試験日前日――――対魔術執行委員訓練校、学園長室。



「皆に今日集まってもらったのは明日の試験のメンバーについて話がある」



 広い室内に学園長用の長テーブルを挟み、三人の教官達が顔を揃えていた。


「ここ数年の試験において行方不明者が数人出ている事は皆知っているだろうか」



 執行委員最終試験。

 対魔術執行委員として最低限の力があるかを試す魔物討伐試験だ。


 学園長は当初の設立メンバーの意図を汲み、試験には危険がないよう比較的街の初心者ギルド員でも相手の出来るような魔物を討伐させるようにしてきた。

 だがここ数年では何人かの行方不明者が出る事態が起こっている。

 しかも不思議な事に、と言うより残念な事にその9割が治癒属魔術の使い手であったのだ。

 希少でもある治癒属、そうでなくても危険があってはならないと言うのにこれでは学園設立の意味がない、本末転倒だと業を煮やした学園長はついにこの件に関して本腰を上げて対策を立てることにしたのだ。



「これ以上の事故を増やすわけには行かない。だからと言ってあまりに容易い場所での魔物討伐も士気に関わる……と言う事でだ、今年より二人一組では無く、五人一組で行う物とする。如何だろうか?」



 これに突如異議を唱えたのはロロキストのクラスを担当するレイクエッド教官だった。


「そ、それは……如何な物かと」


「レイクエッド教官、その意図は?」



 他の二人の教官は学園長の突然の試験内容変更に若干驚いた様子だったが、それよりもレイクエッドの反論に顔を向ける。


「い、いや……その、うちのクラスは全16名在籍しています。一人余ってしまうのでなんと言うか……そのロロキスト=フェイマスを入れているので」

「それは既に考えている。レイクエッド教官のクラスに関しては一人余剰の班、六人一組でいいだろう、その方が危険も少なくなるしな。他のクラスは特に異論はないな?」


「はい」

「えぇ、大丈夫かと」



 ロロキスト以外のクラスを担当するベイグル教官とリース教官は問題ないと学園長に合意した。


「し、しかし……それだとあまりにも試験が甘すぎるのでは……」


「…………レイクエッド教官、君はまだ執行委員訓練校の教官として浅いがこの学園の校訓は知っているね?国の安全、市民の安全……そして生徒の未来をだ。それとも何か都合が悪いことが他にもあるのかな?」



 レイクエッド教官はそれ以上何も言えなくなってしまった。






――――



 面倒な事になった。

 あの学園長……安全、安全と。安全にやるなら対魔術執行委員などギルド員の連中にやらせればいいのだ。

 国に余計な負担をかけ、こんな能力のない子供達を育てて何になる?

 全く設立メンバーが魔大戦の英雄だか何だか知らんが、今じゃそいつは結局執行委員会の役員長として呑気に鎮座してるじゃないか。

 そんなに生徒が心配ならあんな学園長に任していないで自ら教壇に立ったらどうなんだ……全く、これだから無能な奴等は。




 いや、今はそんな愚痴など唱えている場合ではないか。

 この事をフローズンにも伝えておかねばならないだろう。

 幸いな事に班編成表は全クラス分貰っている、これに関しては何とも都合のいい……。



 治癒属使いは私のクラスのラベッカ=ラングレー一人とリース教官のクラスにいるレイマール=ベレッタの計二人。



 問題は班が五人と言うことか。

 治癒属使いを消すために他の五人も消すとなれば計10人、いやラベッカの班はよりにもよって六人編成だから11人の人間を消さなければならい。



 それは余りにも無謀だ。

 さすがに問題が大きくなりすぎる、でなくとも何やら怪しまれている節もある気がする。



 ……どうするべきか。

 治癒属使いだけをうまく消す方法。

 フローズン一人では荷が重すぎるか……仕方ない。

 余り事を荒立てたくはないが……






 歩き慣れたジンクスの街のスラムへと足を運ぶ。

 飯場が建ち並ぶその裏手、フローズンはいつも通り建物の裏階段にその身を据えていた。


「……フローズン、状況が変わった」


「んぁ?何だよ状況って……明日は待ちに待った試験だぜ教官。終わったら約束通り闇属魔術、教えてもらうからな」



 闇属魔術……か。

 こいつはそこまでして強くなりたいのか、何とも哀れだな。


「いいから降りてこい。明日の班編成は五人一組になった」


「……何だって!?五人……まぁ別にあんな雑魚共俺にかかりゃぁ――」

「いいから聞け!」



 調子にのって喋り出すのを威嚇して黙らせる。

 魔術の才能があると言ってもそれは所詮水属のみ。主要五属全てを網羅する俺の前ではただのスラムのガキでしかない。


「お前が強いのは知っている。だが、たかだかパルプウッドの討伐で五人も十人も死んでみろ……問題が大きくなる。そこでだ、お前にはその辺のゴロツキを集めて盗賊を作って欲しい、そいつらに殺らせろ。終わったらそれをお前が消して退治したとでも言えばいい……出来るな?」



「……はっ!そりゃいいな……あんたもそこまでして何で治癒属を殺りたいんだか……まあいい。金はあるんだろうな?そこそこにあいつらを殺れて、俺が更に殺れそうな馬鹿……巨万といるぜそんな奴」




 馬鹿な奴だな。

 ここには本当に馬鹿が多くて助かる。


 俺はフローズンに班編成表と馬鹿共を雇える金を渡し、その場を後にした。



 さて、今年も治癒狩り試験の開始だ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

治癒+魔族=毒 Sinbu @kanbe

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ