第12話:貴族

リューター大洞窟

そこは帝都やアルンの街からそれほど離れておらず、上層はあまり強い魔物が出てこないことからある意味この国では指折りの有名な迷宮となるだろう。

全70階層からなり、そのうちの20階までが上層、21階から35階までが中層、そこから先が下層と区分分けされており、初心者〜上級者まで幅広い人物層に挑まれる迷宮でもある。

一番の特徴としては一定階毎に階層の環境が大きく変化し、様々な環境下においての戦闘ができる点だろうか。

どのみち、育成や修行にはもってこいの場所であった。


このリューター大洞窟はアルンより馬車で二刻、2時間ほどで到着するリューターという迷宮前で栄えた街の突き当たりに存在している。

迷宮の入り口というのは意外なことに一切封鎖されておらず、代わりに衛兵が2人と受付のような者が1人と非常に少ない。

これは迷宮内からは魔物が出てこない、というのが理由だろうが、それ故の油断もあると思われる。


そんなある意味危険と隣り合わせのリューターの街へと着いたのは3時間も前のことだ。



あの後、ハピアとクラーリを2人で行動させるのは危険と判断したため、2人とついでにリグリットを連れての迷宮で入りようになる道具を買いに行った。

正直なところあらゆる道具は最高ランクのものを持っているのだが、こういうのは後のために経験を優先したほうがいい、ということになったのだ。

買ったのは各種ポーションと簡易調理セット程度、他のものは現地調達ということになった。


そして、朝となり馬車でリューターへと到着し、足りない分を買ったとこまでは順調でよかった。


よかったのだが。


「.....おかしいな。行列を引き寄せる加護なんて持ってないはずなんだが?」


ボソリとこぼす苦言は現在、目の前に広がる行列を指してこぼした言葉だ。

この世界に戻ってきて既に2回目の大行列による足止め....もはや加護か呪いなのだろうかと思うほどの連続さな気がしなくもない。

たった2回と思うかもしれないが、2回でもこの世界において行列というのは珍しいしそれが迷宮とかならばより珍しい。


さて、どういうことかを説明すると、現在俺らは迷宮の前に並ぶ長蛇の列に並ばされているのだ。


もしかしたらこれが常なのかもしれないが、たかがこの迷宮にそんなに並ぶ理由がない。

さっきあげたメリットだってそこらの森に入れば済むことだしよほどそっちのほうが狩効率は良い。


そんなことをぶつぶつと呟いていると不憫にでも思われたのだろうか、丁度前に並んでいたゴツい大剣を持つおっさんが苦笑を浮かべながら現状について説明してくれた。


「どうも前方でトラブルがあったらしいんだ。しかもトラブルの相手が貴族様らしく、私兵達に迷宮の入り口を閉鎖させているらしい」


「閉鎖?どういうことだ?」


「そのまんまの意味だ。伝聞で悪いが、どうやら貴族様ご一行が迷宮内でマナー違反をしたらしく、それを冒険者が咎めたら、閉鎖なんて暴挙にでたらしい」


最低な貴族だな、と声高に叫びたくなったが衛兵何て呼ばれたらめんどくさいので飲み込んでおく。

おっさんが言っていた迷宮のマナー、というのは迷宮内においてルールとも言える重要なものだ。

獲物の横取り、擦りつけなど、まあ守って当然のことであり、破るともしもの時に助けてもらえなくなったり、最悪迷宮にすら入れてもらえなくなる。


俺も昔別の迷宮で一時的にワンフロアの魔物を全滅させたら出禁になりかけたという苦い過去を持っています...はい。


「.....アリア、ちょっとこの場頼んだわ。貴族追っ払ってくる」


「は?お前バカか、貴族に逆らったらどうなる...って、お前らも仲間なら止めろよ!最悪あいつ死ぬぞ!」


貴族に逆らえば死刑

これはこの世界で生きていく上で覚えておくべき重要なルールの一つでもある....のだが、そんなもの俺には関係ないし今更貴族に目をつけられても貴族に嫌われるくらだ。

それに比べれば汗水を垂らし、大量に持っているとはいえ貴重な鉱物と労力を費やし作ったハピア達の武器が使えない、という方が俺的には問題であった。

そういうことをわかっているのだろう。

アリアもフィアもシスルスも俺を止めるのではなく、慌て始めるハピアやクラーリ、青ざめるリグリットを落ち着かせているだけだ。

程なくしておっさんの方も諦めたのか「ちっ、知らねえぞ」と呟き無関係を装うために前へと向き直った。


「さて、どんな貴族かな....お?」


そうやって列に沿って歩いていると、その貴族の私兵だろうか、大きな怒鳴り声が聞こえてきた。


「貴様!我らジョルト家を侮辱するのか!」


少し小走りになって確認してみるとやはり私兵の1人であろう、騎士甲冑を着込んだ男が冒険者姿の3人集団に対し手に持つ槍を向けていた。

あらかたその3人が不満でも漏らしたのだろう。

あぁなると最悪、この場全員を巻き込んだ血みどろの戦場になりかねない。


「貴族を馬鹿にした罪、万死に値する!死して償え!」


はぁ、と一息つき、私兵の男と槍を向けられている3人の間に一足飛びで割り込むようにして入る。

殺害直前だったのだろう。

俺の目の前には槍の穂先が至近距離まで迫っており、あと数瞬遅れていたら後ろの冒険者は突かれ絶命していただろう。

間一髪の部分で間に合ったわけだ。


「っと、殺そうとするのはちょっとやりすぎじゃないか?騎士さんよ」


「なっ....貴様何者だ!」


さしずめ突然現れたのと突き出した槍を素手で止められたことに驚いたのだろう。

私兵はすぐさまその槍を放棄し腰に差してあった剣を抜く。


(反応はいいな....それにジョルト家つったら....伯爵か)


「ごほん、これはこれはジョルト伯爵家私兵の皆さん。どうも初めましてユ....キ、ユキと申すものです」


あえて芝居がかった風に喋りつつ後ろの3人を下がらせる。

ジョルト伯爵家、直接的な関わりはないが、たしか貴族の中でも珍しい武闘派揃う家だ。

少なくとも3年前はいろいろと武勲を立てすぎたせいか目の敵にされていた思い出しかない。

罪のないものに剣を向けては面目が立たないが、こいつは怪しいと判断したのだろうか。

男は剣を収めつつも訝しげな表情を浮かべ、こちらへ探るような視線を向けてきた。


「ではユキとやら、どこのものかは存じ得ぬがそこを退いてもらいたい。どかないならば貴様まで罪となるぞ」


どうやらこの騎士さんは律儀にも忠告しれくれているらしい。

なんだ、意外といい人じゃん、とは思ったがそれでもここを退くわけにはいかないだろう。

だがどうも親切にされると殺すのもかわいそうだからこの騎士さんには。


眠ってもらうことにした。


「眠れ」


「何を...かっ....ぐぅ...」


騎士はその一言で瞼が重くなり、程なくしてばたりと音を立てながら地へと臥した。

今行ったのは闇魔法の初歩である『スリープウェーブ』と呼ばれる文字通り対象を眠らせる魔法である。

真正面からの行使や実力者などには効きにくいのだが、無詠唱無媒体且つ得体の知れない人物による発動で意識が固まっていたのだろう。かけるのが非常に楽だった。


だが、問題はここからだろう。


「貴様!何をした!」


ガチャガチャとうるさく鎧を鳴らしながら寝ている男と同じ甲冑を着込んだ騎士達がことらへと走ってくる。

そしてその中の1人、際立って豪奢な鎧を着込み顔を晒している男がその騎士達の先頭に立つ。


「貴様、今こいつに何をした!返答次第では反逆罪の適用となるぞ」


反逆罪とは大きく出たなこのおっさん。

だが、そのおかげで突破口が勝手に開通した。


「おいおい反逆罪って....お前らそれは自分たちが、ジョルト家が次期皇帝とでも言っているのか?今の一言でお前らの立場は一気に落ちたぞ」


反逆罪とは簡単に言えば国に対し謀反を企てたりする事を罰するためのものだ。

この国、というのはカリエント帝国の他に、皇帝及び皇太子も含まれるのだが....この者たちはあろうことか伯爵"程度"の貴族で次期皇帝もしくは皇太子を宣言したのも同然なのだ。

それは現皇帝と現皇太子、さらには皇族を下にみたのも同然で、俺よりこの騎士たちの方が反逆罪に問われかねない。


その事にようやく気付いたのだろう、騎士たちの顔から血の気が引いていく。


うん、こいつらバカだ。


「さて、それで提案なんだが。今すぐ閉鎖を解いてくれればこの事は黙っていよう。ただし解かなければ....ここにいる奴ら全員が証人だ、この事がわかるよな?」


提案とはかけ離れたただの脅迫。

だがこれはある意味勝手に墓穴を掘って勝手に埋まった相手の独り相撲であり、所謂ただのバカだ。

そのため付け込むのはなんかもう、これまでにないくらい楽だった。


「.....ヴィルアーリ様にすぐに報告しろ」


「理解が早くて助かるよ」


不満が残るのだろうか、騎士達はこちらをキッと一瞥してから眠っている騎士を抱え戻っていった。


(ま、これくらいで退くわけないだろうけど....)


これだけの暴挙に出たのだ、簡単に退いては情けないわけではないが貴族としての面目は立たないだろう。

今のは前座、ボス手前の中ボスといったところだ。

口撃は得意じゃないんだけどな.....


程なくして、ボスが出現した。


「貴様か、ユキとかいう奴は」


出てきたのは金髪の美青年、と言えば聞こえはいいが、所謂みなさんが想像するところの貴族様、といった感じの青年だ。

それも性根もその通りらしく、初対面にも関わらずその目にはこちらへの憎悪の炎が宿っている。


「ええ、まあそう名乗ってますね」


見下すように相手を挑発し、先に手を出させるように仕向けるのは貴族に対しては無意味に等しい。

それはやはり貴族特権によるものが大きく、すでに説明した貴族に逆らえば死刑、というのはこれに当たる。

正当な理由があれば殺人に問われない、というもので挑発なんてしたらそれだけで侮辱した、ということで抜剣されかねない。

いや、別にそれでも俺個人だったらいいのだけど、今は仲間持ちだ。


頑張って論破することにしよう。


「そうか。ならば今すぐ先ほどの脅迫に関する事を撤回し謝罪してもらおうか」


「何故ですか?それに私は先ほど貴方様の私兵の方々にしたのは"提案"であって脅迫ではございません。脅迫と勘違いされたのは....私兵の方々に何かやましい事があったのではありませんか?」


あくまで惚け提案と言い切る。

その際にわざと皆にも聞こえるように少し大きめな声で言ったおかげか、周囲の意識がこちらへと傾いた。


「ですが、私は名高きジョルト伯爵家の私兵の方々がそんなやましい事があるとは思えません」


「....確かに俺の兵に限ってそんな事はないな」


この時顔に出なかっただけ褒めて欲しい。

あまりにも俺の考えた通りに事が進む現状に思わず頬が緩むのを超えて盛大にため息を吐きそうになったのだ。

言葉からして当主か次期当主なのにも関わらず、こんなにも舌戦(と呼ぶにもおこがましい幼稚な遊び)が下手だと...なんかちょっとかわいそうにさえ思えてくる。


だが、まあ最後までやろうか....


「して...これはただの伝聞なのですが、ここの迷宮の入り口を伯爵様の私兵が塞いでいるらしいのですが....誇り高きジョルト伯爵家の私兵の方々がまさかそんな事をするはずありませんよね?」


「それは...」


「はいそれはきっと嘘、口から出任せでしょう。まさかそんな事をするはずがないですよね?」


そのあまりにも下からくる姿勢とまくしたてる口調で見事にこの伯爵は話に入れなくなっている。


あともう一押し。


「私に教えてくれた人物については....私の方で言い聞かせておくのでご勘弁を。あの名高きジョルト伯爵家がそんなことをするはずがない、と」


「な...う....わ、わかった。その者の言うことは全くの虚言ではあるが....貴様に免じて許してやろう。行くぞ!」


最後に一言おしてやると簡単に折れてくれた。

さしずめ貴族の誇りとか好きなのだろう。

だからあえてその誇りを強調し、機嫌を取りつつ自身がやったことがいかに貴族の誇りとやらを損なうかを説明するべく架空の友人を戒めるように言う。

その後は情に訴えるように友人を許してくれ、と懇願する。

ここでもしもその(架空の)友人を罰するなんて言い出したら貴族の誇りに傷がつきかねないからヴィルアーリとかいう奴は従わざるを得ない。


我ながらまだ自分に低姿勢の日本人らしさが残っていることに驚きだが、まあこの場は良しとしよう。

ハピア達が強くなったらこんなこと二度としないがな。


「はい終了」


最後に決め台詞、というわけではないが一言そう呟き、周囲が爆発する前に元の列へと高速で戻る。

案の定、近くで見ていた奴らはドッと歓声をあげ盛り上がっており、あのままあそこにいたら、と思うとさすがの俺でも寒気がしてくる。

幸いなことに後方の方では伝わっておらず、気配消したり認識誤魔化したりしていたら元の位置に無事戻ることができた。


「アリア、多分もうすぐ動くから準備しておいて」


「あいわかった。....ふふ、よくやるなお主も」


「るせ」


程なくして列は動き出し、続々と列が迷宮へと吸い込まれていった。

そして、まさかこのことが後に響いたなんて思いもよらなかった....というかマジでやらかしたと後になって後悔するのであった.....







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