第70話:竜災の爪痕と戦間期

戦場は悲惨だった。ユート達が竜殺しの偉業に挑戦している中、先に蹂躙された戦場は帝国軍、獣国魔国の獣魔連合軍の前線が入り混じっていた場所。故にそこではただ竜が動くだけで何十人という生命が潰れていくような状態だった。入り乱れていたからこそ互いに指示が通らず、闇雲に逃げては竜の足や尻尾、ブレスなどにあたり、更には敵の場所へと逃げ込んでは殺されたものも両陣営とも多かった程だ。

竜が巨大な魔力の反応につられて飛び去った頃には両陣営の前線はほぼ壊滅。弓兵隊や騎馬隊など離れていた者や機動力のある者は避けられたが、最前線の歩兵は実にその6割が何らかの理由により戦闘不能となった。死亡や重症、瘴気を取り込んだことによる精神異常など、原因は様々だが状況は悲惨であった。


故に、この結末は妥当なものと言える。


「一時的な休戦か、まあ妥当だわな」


多大な被害を受け、士気も低下している中で戦争を続けるバカはいなかったようで、帝国と獣魔連合は正式に休戦協定を結ぶことになったらしい。

内容はおそらくだが、何年かの休戦期間を設けるものだ。今は調停を行う国を探しているらしい。第三国を入れる理由としては罰則を意味あるものにするためのもの。第三国がいなかったりあまりにも実力差が開いていた場合などは破った側が得を指定しまうためだ。


ただ、その国探しに難航しているようだった。

それもそのはずで条約が破られた際、破られた側に立ってなんらかの制裁を加えなければならない。だが、帝国とも獣魔連合とも戦争をしあえる国なんてものはほとんどない。伊達に三国とも三大国や強国とは呼ばれていない。


が、まあ調停国探しが難航している間は戦争は起こらない。というか両者ともにあまりまじめに探していないのだろう。簡単な解決方法として互いに人質を送り合えばいい話だ。プライドや血筋を重視する人種が大半を占めるこの世界においては王族などを送り合えばまず戦争は起こらないだろう。まあ、前の二の舞の可能性が高いが。


「実質的戦争状態から獣魔連合対帝国の戦争になり、竜の襲来により始まって一月経たずに休戦、か......一体全体何のために勇者を呼んだのか」


勇者を呼んだ理由は戦争に勝つためだ。魔王と獣王が統べる魔国と獣国に対し勇者という特殊な存在を持って対抗しようとしたのが帝国。だが、その実戦争などの実戦で勇者が運用されることはなく休戦を迎え、ブクスト区は離反。40人呼んだ勇者の1人が城から出ていき、1人が死亡。兵はかなりの数を失ったため、貴族の勢いを削ぐことはできたかもしれないが余分に削がれた上に次の戦争に備えることが難しくなった。


「かなり絶望的だよな」


現時刻は夜。ひさびさに1人、ワインを嗜みながら考えていたが、思わず放っておいた酔いも覚めるくらいに悲しい現実だ。


「ふぅ......」


とはいえ油断はできない。兵が壊滅したために求心力を考えて勇者を使用した強引な攻勢をブクスト区に対して取るかもしれない。負けることはないだろうが、将来的に引き抜こうと思っている者が死ぬ可能性。再起不能になる可能性。更には失敗による国の崩壊なんてものもあり得る。そうなればマリーとてただでは済まないだろう。

加えてやはり危険なのがあいつ。元勇者。合成獣キメラの作成、消去デリートの能力、多彩で強力な魔法。どれをとっても厄介極まりない存在だ。既に会議にて能力の情報は皆に伝えてはあるが、対策が難しい。作用点をずらす方法も俺だからできるのであって、例えばハピア達には無理だ。


以上のことを踏まえた上での現状。次の戦争や戦闘を行うための準備期間という意味での平和だ。職人やアデル達のおかげで城壁の修復はかなり進んでいる。竜殺しの表彰や発表等も済んでいるため、民衆の士気も高い。準備段階としてはこれ以上ないほどに充実している。


「だからこそ、上に立つ者は気を張らなければならない、か」


常に最悪を想定する。悲観的に考え、楽観的に行動する。上の者が徹底するべきことだ。戦乱の世というわけではないが、こんな世の中だからこそ大切な考えである。





翌日、抜け出しました。


「すぅ〜......はぁ〜.......いいね。うん。たまにはこういうのも」


義手が出来てからも相変わらず世話役が付いていたので、全力の隠密と変装をして城から抜け出し、街へと出かけることにした。思いついたのが、ワインを飲み終わった後。つまりはかなり頭に酒精が回った状態での突発的な思いつきだ。

特に反省もしていないしなんなら少し楽しい。


今の俺は変装によって一住人となっている。いつものお気に入りの服から色とデザイン、性能も普通な服に着替え、帽子を被っている。なんなら声色すら少し変えているほどだ。十二将にバレるのは時間の問題ではあるが、これはこれで楽しくもある。それに街にも一回は降りてみたかった。


「おじさん、これ一本ちょうだい」


いつもならば確実に止められるであろう屋台にて肉串を1本。味付けのために塩をふんだんに使用しているため塩っ辛いレベルの味ではあるが、ジャンクフードが美味しいのと同じでこれはこれで美味い。銅貨3枚、日本円にして300円とまた安い。

他にも魚の揚げ物、パンに肉と野菜を挟んだもの、果物のジュースなどかなり屋台料理が豊富だ。これも繁栄している証拠と言える。

昔行った経済が破綻している国では屋台など無いどころか来る者から金や食料を分けて欲しいと言ってくる乞食が多い程だ。ブクスト区は研究者が多い都市という性質上そういった者達は少ない。


全体的に見て街は大変賑わっている。働いている者達は必死な顔で汗水を垂らしているが、その顔に悲愴さはない。使命感とも言おうか、皆仕事に誇りを持っている感じだった。


それでも、戦死者がいるというのが事実だ。


俺が目にしたのは戦死者と思われる者の墓の前で泣きながら祈る女性。夫か息子かはわからないが、その背中からは大切な人を失った悲しみや怒りが滲み出ていた。

ブクスト区にも戦死者は出ている。少数ではあるが、少数だからこそ戦死者の家族はより嘆くのだろう。


決して繁栄して、戦争には事実上勝って万々歳とは言えない、ということだ。


次、もしも仮に戦争があるとしたら確実に今回よりも戦死者の数は増える。帝国のブクスト区への対策や兵数の増加、戦線の拡大に伴って戦死者は10人100人の世界ではなくなって来るだろう。その犠牲を限りなく小さく、戦死者を戦傷者へと軽減していくのが指揮官たる役目なのだろうな。


「......失礼」


祈る女性に断ってから、俺もいっしょに祈らせて貰った。目に付いただけで誰とも知らない兵士だが、これくらいは許されよう。自己満足とはいえ、ブクスト区のために戦ってくれた者だ。





現状、重要なことはトゥールを中心にした文官達が行なっている。例えば(まだ終わったわけではないが)戦後処理や国庫の管理。兵数の管理等も行ってもらっている。特に国庫、つまり国の資金に関しては元からの蓄えに加えて俺からもかなりの額を収めているため、その金額は膨大だ。その中から今回の戦争に関する経費を引き、国内での公式行事を行う予算を組む。外交や内政、祭事などもそれなりのお金がかかるものだ。


ではそのようなことから離れて俺は何をしているか、と言えば前々から気になっていたことの調査だ。一応今は戦間期なのだから。

調査対象は将来的にブクスト区だけでなく、国の将来にも脅威となりそうな存在。大英雄ことエルラインについて。


俺がいなくなった後、颯爽と現れ大英雄までのし上がった存在。教会と帝国によって担ぎ上げられた民への求心力増加に使われたであろう人物だが、普通の人にそんなことはできないだろう。そうなると確実にそれなりの実力者となる。

お飾りならば関係はないのだが、勇者の集団に加えて大英雄も加わるとなると戦線がまた厄介なことになりかねないのだ。


具体的には勇者の集団、と言っても人数は38人。内戦闘向きは20人弱。すると必然的に人数は大英雄と合わせて20人ちょっとになるのだが、もし彼らが明確な破壊や殺戮の意思を持って単独や2、3人のチームでブクスト区へと侵攻したとなると対処が面倒になる。十二将で戦うにしても勇者数人相手だと練度次第にもよるがそれなりに時間はかかるだろう。まして非戦闘型の勇者も館山のような軍強化能力、宮口のような歌による広域強化など、厄介なものが多い。

そこに民からは大英雄とされるエルラインが加われば、士気も上がるだろう。


面倒極まりない......ぶっ飛ばそうリストに記載してあるので一回はその鼻っ柱を(物理的に)折ってやらねばならない。


少しそう考えたところで空間の歪みと共にエレメンタリアが姿を現した。


「お帰り。どうだった?」


「ただいま帰りました。エルラインについては子供達がよく知ってました」


エレメンタリアはその性質上精霊と普通に会話できる。そして精霊とは基本的にこの世のどこでにもいる存在だ。故に精霊種の情報網から逃れる術はほぼ無い。特殊な場所の生まれ、精霊を周囲から消し去るようなスキルなどを持たない限りは情報が精霊の中に蓄えられることになる。

故にエレメンタリアには情報収集を頼んだのだが、ほんの30分ほどで帰ってきた。


「では報告します。そうですね......端的に言えばエルラインは典型的な物語の主人公、って言った感じの人でした。容姿を再現します」


エレメンタリアの能力により魔力でエルラインの似姿を形作り空間に投影した。現れたのはいわゆるイケメンだ。ただでさえ美形が多いこの世界の中でも特にイケメンに当たる顔つき。

性別は男性。清潔感のある短い金髪に青い目。金髪碧眼だ。身長は170cm後半から180cm程。ゴリゴリのマッチョというわけではない引き締まった身体つき。


「はー、なんというかだなこれは」


「生まれは小さな田舎の村。突然変異のようですね。幼い頃からかなりの才能を発揮していたようで、それを偶然目撃した教会の関係者によって召し上げられ、そこで騎士団長相手に善戦。結果的には敗北していますが、以降は剣術を異様な速度で習得していったそうです。その間に村は滅んでいます。表向きは亜人の襲撃、真相は帝国と教会のよる工作です。それと固有スキル持ちで、名称は【万能器】どうやらあらゆることに関して才能を開花させる可能性を持つ、というもののようです。つまりはあらゆる分野において天才になり得るものになります」


それはまさにエレメンタリアの言った通り主人公だった。

裏の事情を知らずに説明すると、田舎の村の青年がその才能を国によって見出され、故郷が滅ぶという不幸を糧に努力しながら才能を開花させていき、国に忠誠を捧げた正に英雄と呼ぶべき存在、だろうか。

しかもその固有スキルも反則すれすれだ。俺のように3つが組み合わさってあらゆる技術や知識を見聞きしただけで習得できるものではないが、時間さえあればあらゆる才能を開花させるのは十分反則だ。正に徐々に強くなっていく主人公だろう。

おそらくだが、エルラインはこの世界の主人公なのだろう。勇者も魔王も彼を彩るものでしかないのかもしれない。


ただ裏の事情を知っているとこうなる。


「ひたすら教会と国によって利用され続けた外交や内政の道具だな。あーあかわいそうに」


その人生はきっと本人にとっては幸せなものになるかもしれない。いくら利用されているとは言え金や食、女にも困ることはないだろう。国や民からはひたすらおだて上げられ、小さなステージで期待に踊り狂う操り人形。その糸が切れたら自由ではなく、待っているのは死だ。人形は一人で動くことはないのだから。


なんというか、実に腹立たしい。操っている教会や帝国だけでなく、人形自身にもだ。

操られている事自体は構わない。だがそこに自分の意思はあるように見えて全くないのだが事実だろうにどうかする気はない、というのがムカつく。個人的な感情を抜きにしてもその固有スキルは厄介だ。いずれ建国する予定の国にとっても利益にならない。


「ちなみにエルラインは今帝都にいるようです。実力は剣術、槍術、弓術が達人クラスとされています。元の魔力量の影響か魔法は扱わず、付与が基本だそうです。武装は基本が片手剣。盾は無し。剣はユート様が作られた剣ですが、いわゆる真打ではないと思われます。防具は軽量化された鎧で色合いから遠くからでも目立つと思われます」


十二将おまえらと比べたらどうだ?」


「相手にする者にもよりますが、専用武具を使えば楽勝です。剣術は武器の相性的にヒスイならば片手剣ごと叩き斬れますし、槍術はティファにかかれば余裕でしょう。弓術もミーナにとっては児戯に等しいかと。鎧やペンダントなどに魔法的な防御が施されているものの、私やアリアなどの魔法ならば接敵する事なく消し去れるかと。他の者でも手段は異なりますが負けることは無いと思います」


専用武具を使えば、ということはやはりそれなりに実力があるということだ。言い換えれば普通の武器では厳しいらしい。

人形エルラインの持つ武器は俺が作ったもの。どういうわけか市場に流れてしまった失敗作......というわけではないものだ。それがどういったものなのかはわからないが、少なからず市販の武器はこえるだろう。だから武器的な面では同等以上のものが必要ということなのだろう。技術的な面で見れば十二将は大丈夫なようで安心ではある。


「仕方ないか。全員に専用武具の使用を許可するよ。ただし滅多なことでは本気を出さないこと、いいね?」


「はい。伝えておきます」


そういうなりエレメンタリアの両手に1本ずつ杖が収まった。短めのものと長めのもの。先端には宝石が埋め込んであるもので、名称は2本合わせてガンバンテイン。エレメンタリアの専用武具である。

北欧神話においてオーディンが持つ杖であり、あらゆる魔法を無効化するという。エレメンタリアが持つガンバンテインは短い方が魔法障壁を発生させる効果を持つ。所持者の魔力に応じて自動で発動するものになっている。長い方は魔法の強化。所持者の魔力によって強化具合が変わるものとなっている。


簡単に言えばこんなところだが、ほぼ無限の魔力を持つエレメンタリアが使うことによってその効果は凶悪なものになる。


「じゃあもう下がっていいよ。俺も少し仕事をしてから寝るから」


「できれば添い寝とかしたいのですが」


「いらない」


「というと思いましたのでおとなしく戻りますね。ではまた」


再び空間が歪み、今度はエレメンタリアが消えた。こうホイホイと転移を使えるあたり魔力量が規格外の証拠だ。


「さて、シスルスはどうする?最近気を張ってるようだからここいらで息抜きをしてもいいんだぞ?」


そう言って俺の傍に置かれた刀、シスルスに話しかける。俺が左腕を失ってから殆どこんな感じだ。どうやら責任を感じているらしい。


『いえ、私は刀ですので』


「アレは別に俺が少し調子乗りすぎただけなんだけどな......よし、本当はこんなことをすると十二将辺りが煩いが、今回ばかりは別にいいだろ。あ、先に言っておくと、俺は滅多にこういうことはしないから」


と、一応言い訳のようなものを言ってから、ハテナを浮かべているシスルスを持ち上げ、ベッドに入れる。


『ユート様!?』


「別にそのままでもいいが、刀のままだと俺が斬れかねないから人型になってくれるとありがたいかな」


俺の部屋に備え付けられたベッドは少し大きめのものだ。そこにとりあえずシスルスを突っ込んでおいて、俺も布団に入る。側から見れば刀を相手として添い寝する危ないやつだ。物理的にも危ない。


「さっきエレメンタリアが言ってただろ?添い寝だよ添い寝。お前は俺が作り出した。だから俺の子供も同じだ。親と子が一緒に寝ることなんて普通だろ?ほれさっさと寝るぞ」


『わ、私は子供ではないです!!」


後半、人になって文句を言ってきたが、全く怖くないのがシスルスだ。実際、聖剣に宿っていた何かがシスルスとなったため、俺の子供とは言えないが、俺にとっては同じようなものだ。あるいは二度目の旅の始まりに言った妹見たいのもの。


「この腕もお前が気にするほどのものじゃないよ。それにシスルスは俺の片腕だろ?だったら3本から1本減って丁度いいくらいだ」


「しかし、武器は相手を傷つけると同時に所持者を守るものです」


「お前は武器だが同時にシスルスだろ。種族とか結構謎な部分があるけど、それでもその見た目は武器じゃない。だからいいんだよ」


「ですが」


「俺がいいと言ったんだからいいんだよ。まあ、気にするようなら改めて俺の片腕でいてくれればいい......少し恥ずかしいこと言ったな。ほれさっさと寝ろ。早く寝ないとあいつらがきて邪魔されるぞ。俺は寝る。んじゃ、おやすみ」


魔法によって周囲を暗くする。目を瞑ってスイッチを睡眠に切り替えるとすぐに眠気が襲ってきて、その眠気に身を委ねると自然と意識は落ちていく。


寝る直前、小さな感謝の言葉が聞こえた。

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