第64話:転
防城戦の開始から一晩がたった。夜襲によって寝込みを襲われ続けた帝国軍の勢いは落ち、士気もダダ下がりではあったが、そこは相手の指揮官が優秀であり、最低限の士気を保ちつつ攻勢を繰り返してきた。
「A番地から矢の補給要請です!」
「すぐに届けろ。それとばら撒くのもいいが狙って撃てとも言っておいてくれ。消費が激しい」
相手がそれなりに上等な装備をしており、ただの矢では決定打を与えづらい。しかし城壁上からの攻撃手段は矢を中心に投石などになるため、やはり矢の消費が激しすぎる。
材料は十分に揃ってはいるが、職人を交代制で24時間働かせ続けてようやくなんとかなるレベルだ。
魔法薬とか魔法とかで体力を底上げしてもらっているため、体力的な問題は無さそうだが、やはり同じ作業ばかりだと気が滅入って質が下がってしまう。
「航空魔法士部隊、出陣しました!」
補給と休息を終えた航空魔法士部隊が出陣した。これでしばらくは蹂躙できるだろうが、どこからそんな士気が出てくるのか何度でも突撃を繰り返してくる。
大軍のできることではあるが、やはり厄介ことこの上なかった。
ちなみに航空魔法士部隊は二つに分けた班がそれぞれおよそ5分間の攻撃後、30分の休息を経て再出撃する。これを1日に5回ほど繰り返し、攻撃を終了する。
魔力量は高負荷によって徐々に上昇してきてはいるが、現状では士気を保ちつつ確実に攻撃、回避するのにはまだ5回が限度だ。
「まあこれで少しは時間ができるだろう。すぐに届けてくれ。それと全番地の矢の消耗を確認後すぐに連絡してくれ」
少しと言っても5分。相手の立て直しの時間も含めるならば15分くらいだろうか。だがそれだけあれば矢の消耗具合から相手が重点的に攻めている場所がわかる。
ついでに兵の数も増やしておこう。
それからはこちらもあいちらも目立った動きがなく、決定的な勝敗がつかない小競り合いのような戦闘が何度か続いた。
消耗率は圧倒的に帝国側の方が多いが、こちらにも幾分かの被害が出ている。割合は圧倒的に健常者の方が多いが、これまでアホなレベルで完勝を続けているので僅かな死者でも士気に関わりかねないのが問題だ。
かといって何かできるか、といえば精神干渉でどうにかするくらいしか有効な手がないので、何もしない。
後から発狂されても困るので兵の精神力に賭けてみる。
とりあえず城壁攻めはなんとかなっている。
目下、一番の課題は接近する勇者である。
つい先ほどリグリットから連絡が入り、もうそろそろここから最も遠い警戒線を突破するとのこと。とちなみにここからの距離は2、3日かかる程度である。
なのでこちらもそろそろ出撃の時間だ。幸いにしてあの連絡からヒスイが暴れ出したり、とかはなく、予定通り4人が準備をしているのですぐに出陣はできる。
が、次の瞬間にはそんな思考が一時的に吹っ飛ぶ衝撃を受けた。
「っ!?何事だ!」
まるで幾重にも束ねた雷が落ちたかのような爆音と衝撃。
そして結界を破られたフィードバックによるダメージを感じた。破壊された結界は城壁のもの。原因は不明。
それよりもどこから?念のために仕込んでおいた反撃術式、探知術式が起動していない。込めた魔力的には全域とは言わないが少なくとも帝国首都からの狙撃ならば反撃できるレベルだ。
そしてそれ以上に距離からの狙撃となると少なからず魔力を持って遠視を行わねばならない。そうなると監視網に引っかかる。
「報告します!C番地からE番地の城壁が謎の爆発により崩壊。少なくとも100人以上の死者が出ています!」
「今すぐ地上部隊による防御。攻撃はいいから防御に専念だ。城壁上の者は警戒しつつ地上部隊の援護。航空魔法士部隊も回復し次第援護に向かわせろ。その間に職人たちを総動員して補修作業。指揮はトゥールが執れ。俺は原因を究明する。急げ!」
敵はこれを好機と攻めてくるだろう。今ここっている兵数でさえこちらを上回る。兵の質はよほどこっちの方が上ではあるが、兵の質は数で押しつぶすことができる。
勝手なイメージではあるが、一品モノを作り強さを誇ったドイツがひたすら人を使ったソ連に負けたのだってその例にある。
究明する、とは言ったが、その原因が不明だ。
魔力の残滓のサンプルはとった。
使用された魔法はかなりの威力を誇る爆発系統の魔法。だが魔力の経路を辿ってみると放たれたのはまさに目と鼻の先、絶対に見落とすはずがない近くの森の中だ。
いくらか魔力が満ちており探知しづらいとはいえ、その程度誤差にしかなり得ない。
ではどう放ったのか。あぁ、一つ思いついたことがある。
「隠れているなら同じ場所に隠れれば見つけられるな」
あの村にてリグリットに一時的に伝授した隠密方法。あれは自身の気配を遮断する術なのだが、あれはある意味では第1段階である。
次の段階に至るとそれは世界と同化する。つまり自身の存在をいないとするのではなく風や地面などのような普遍の存在にする。そうすることで違和感を持たない限り移動は風、匂いは自然のものになる。
が、これの副次効果として有用なものがある。
自然の機微に敏くなる、というのもあるがその自然の中から異物を見つけられるようになることだ。簡単に言うならば探知能力。
「ふぅ....」
息を吐き呼吸を整えてから気配を消し始める。慎重にゆっくり、気配を自然と同化させていく。
次第に自然の流れのようなものに自身が混ざっていく。風のように流れ、土のように動かず、木々のざわめきに意味を見出す。
見つけた。
今もかなり高度な気配遮断を行っており、どういうわけか俺の網をくぐり抜けているが、見つけたのならこっちのものだ。
あとはその履歴から辿っ....いや、嫌な予感がする。このまま目を離すのは下策だ。
「これより俺は追撃にあたる。十二将には既に待機を命じているが、出撃を命じてくれ。俺は行く」
伝令に任せ、指揮も勇者も任せて俺はこの異変の原因を追う。
俺が密かに強化した結界を破壊する魔法攻撃力、俺の警戒網をくぐり抜ける隠密性、加えてこのタイミングで攻撃してきたことの意味など原因を野放しにしておくにはあまりにもリスクが大きすぎる。
「シスルス、行くぞ」
久しく本気で抜いていないが、今回、場合によっては魔王とも勇者とも言われた剣を抜く。
それくらいに嫌な予感がする。
自分を世界に同化させ、相手を捕捉したまま風と共にブクスト区を飛び出す。家の上を駆け、城壁を駆け抜き、敵兵が溢れる野を風と同時に行く。敵兵も感じるのはわずかな風が吹いたな、程度だろう。
相手もかなりの速度で移動しているようでなかなか距離が縮まらない。これ以上速くすると木々のざわめきで流石にバレかねないのでもどかしい。
俺は一度ここら一帯の地図を脳内で表示する。
どうやら俺は誘い込まれているらしい。明らかに逃亡者はとある場所、魔力溜まりがある場所を目指している。
しかもこれはバレないようにするのではなく、あえて乗ってくると確信した状態で来ている。
少なからず俺を知っている者。最悪の可能性が頭をよぎった。
「....勇者、か」
今回の勇者ではない、前回の勇者。俺と共に呼ばれたという2人の勇者のうちのどちらか。あるいは両方。
実はこの2人の記憶は断片的なものしかない。男女だった程度にしか記憶がない。
俺が意図的に覚えていないのか、鍵を用意せずに鍵を記憶の中に埋もれたのかはわからないが、思い出すことができない。
何はともあれ、今は目の前の敵だ。
□
盛りのだいぶ奥まで来た。向かってると思われる魔力溜まりまではあと数秒で着くだろう。
「っと、そろそろか」
マーキングが止まった。予想通り魔力溜まりど真ん中。
何をするつもりなのかはわからないが、ここいらで下手に魔力を暴走でもさせれば魔力溜まりが反応してここら一帯が吹き飛ぶだろう。故に周囲には人も動物もいない。
ある意味で、密談のようなことに最適な外である。
「さて、何者だお前」
背丈は俺より若干大きい。ボロボロなローブと魔力と思われる黒いモヤを纏い、顔を隠している。背格好や骨格からして男だろう。だがどこか違和感がある。
武器は小さな短剣が1つ胸にしまっている。それ以外にはない。
周囲に魔力的反応も生命反応もない。罠も感じられない。
俺は最大限の警戒をしつつ、シスルスを抜く。
「もう一度問う。何者だ?」
「俺が、だれかわからない?ハハ、僕はだれだろうね!?」
「一人称も口調もバラバラだ揃えろ」
「アヒヒヒヒ!君に怒られた?お前に?あんたに?死ね!」
突如、モヤが膨張し、中から悪魔に手を模したものが飛び出して来た。急な態度の変化に若干驚きつつも、まあそれくらいの奇襲ならば何のことはない。
ただ触れたものに何の効果があるかわからない以上、シスルスでは防がず、【変幻自在の剣製】でつくった剣で斬りはらう。
「何で防ぐんだよぉ!?」
再度、今度は先ほどよりも大きな手だ。だが効かなかった同じ手が通じるわけがないだろうに。難なく斬りはらう。
この程度であの城壁を突破したのか?監視網もくぐり抜けて?
戦闘特化ではない。隠密性か魔力に特化した者。あるいは支援系等か。どちらにせよ戦闘特化でもない限り負けない。
縮地を利用した高速での斬撃。まだシスルスは使わない。
「
瞬間、目の前の空間から空気が消えた。真空状態。
「っ!?」
真空になった箇所に向かって風が吹き、身体が引き寄せられる。ギリギリのところで避けることはできたが、今何が起こった。
「
記憶にモヤがかかる。だが今のでわかった。
こいつはおそらく一定範囲内のものを消せる固有スキル持ちだ。何が魔力特化だ。支援系ですらない。特異な能力。
やっかいだ。ならば遠距離から魔法で攻めるか。
「あれぇ?逃げるの?アヒ、フフフ...嫌だな...神谷 悠人!」
「俺の名前まで把握済みかよ!」
炎の弾丸をいくつも飛ばしてやる。単純な魔法故に魔力を込めればいくらでも強くなる。凝縮した高温の炎は鋼鉄でもおそらく溶かすだろう温度だが。
「ハハァ!」
すぐさま同じ魔法にて相殺された。
「それは違うやつの能力だな。明らかに魔力が違う。いや、お前の中に2人分あるな。魔力が。呪いか?」
「....死ね」
雰囲気が変わった。どうやらやつの琴線に触れたらしい。
人が変わったように魔法を乱射してくる先ほどのような精密性のあるものではなく、ひたすら威力重視のものだ。これなら。
手元の剣を全力で投げつける。なんてことはないそれだけだが、魔力によるブーストにより、その速度は音速に迫る。
パン!と破裂音とともに一瞬のうちに奴の左腕を引きちぎる。
同時にそのローブが血飛沫と共に散った。
「日本人...?」
その顔は、異世界のものではない。顔に火傷を負っているがその顔は正真正銘、日本人の顔だった。
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