第62話:大平原戦
さて、戦場において指揮官というものは思った以上に忙しい。
前線で戦う兵士に叶うものではないが、その代わり精神的な負担が大きい。後方だからと言って指揮官は真っ先に狙われるため、後方だからと言って余裕ぶっこいてはいられない。
常に敵味方の動きを把握し、戦場の流れを読み、その時その時に最適解を出せねばならない。寡兵の将ならば尚更だ。
さらには斥候や(今回は加えて)通信兵などからの情報を取捨、抽出、統合を行い命令としての言語化を行い作戦や陣形に生かさねばならず、正直言って一瞬足りとも油断はできない。
いや、こう言ったならばまるでトゥールが油断をしたい、つまり休みたいと思っているのではないか、と思われるかもしれないので訂正しておく。
トゥールは正直言って楽しんでいる。
これも些か誤解を招きかねないが、トゥールは戦自体を楽しんでいるのではなく、それに伴う命のやり取りに対して興奮している、よ言ったところだ。
それでいて精神は冷静に、状況を見極めている。
「伝達、中央より右翼に兵を回せ。あと重装歩兵には圧力を高めるように。左翼!突出しすぎるな!各個撃破、敵の消耗が目的だ!負傷者は下がらせろ無理はさせるな。それは敵前逃亡じゃない!」
観測魔法を使用して戦場全体を把握し、その時々で最適となる答えを出していく。
それでもトゥールは結構ヒヤヒヤしていた。相手がそれなりに統制のある軍だからこそ現状が続いているのであって、もし仮に死ぬ気の正面突破か適当な乱戦になっていたならば危ない、とわかっていたからだ。
ただあまりの忙しさにトゥールの口調も変わっているのには、おそらく本人は気づいていなかった。
「報告します!航空魔法師部隊が到着、作戦を開始するとのことです!」
「来たか!全部隊に通達、攻撃に巻き込まれないように!上の者たちにも当てぬように伝えてくれ!」
これで勝った、と言わんばかりの指示だが、前後に加えてこの世界では新次元となる上空も合わせて三方向からの包囲。
兵の練度、武器の質、土地勘、意識など例え指揮官が同等だとしてもその全てに優っているのがブクスト区側だ。
ヒューと情けない気の抜けるような音が戦場にいくつも響く。
味方は知っているが、敵は何だこの音は、と違和感を持った瞬間、爆音とともに超高速で飛び散る鉄片と炎によって身体を貫かれ、焼かれて生き絶えた。
これはユートが考案し、ブクスト区の職人が作り上げたいわば擲弾に近い空対地爆弾である。
帝国にとっては未知の兵器。たった一度の投下で帝国軍の指揮は壊滅状態となった。
「全軍包囲を保ちつつ総攻撃!ここで仕留めるぞ!」
この機を逃すまいとトゥールは号令をかけ、総崩れの3万の兵に対して殲滅を指示した。
□
side:Trooper unit
本軍を離れた騎兵部隊。精鋭1500名。
ルークを筆頭にして敵の本隊である4万に対しての奇襲である。
「これより各自の判断で動け!仕留められる敵は仕留めよ!ただし突出だけはするな!」
「「「「おぉ!!」」」」
ルークの声に皆が雄叫びをあげる。
見えてきたのは先頭集団。ただしゲリラ部隊の奇襲により、注意は後方に向いていた。
今が好機と騎兵部隊が駆ける。
風の加護により、通常の馬よりも遥かに早く、且つ矢を寄せ付けないがためにその機動力が削がれることはない。
ユートが鍛えた槍は触れるだけで切り裂くような切れ味を誇り、例え金属鎧だろうが難なく貫くことが可能だ。
逆に彼らが着る鎧は軽く、薄いのに反し堅牢。並みの武器ならば打ち付けるだけで武器の方に亀裂が走るだろう。
加護、武具、そして戦術などこれらは全て圧倒的な力を持つ
ルークを筆頭にバラバラに行動をし、敵へと襲いかかる。
「一番槍!もらったぁ!」
若い声がひときわ響き、槍で兵を突く。
唐突な襲撃により大軍は防御行動すらできず、行軍の疲れと罠やゲリラによる精神的な疲れによって為すすべがなかった。
軍を生物に例えることがある。
つまり命令系統として総司令部が脳、各隊長が神経の節目、兵が体、と行った具合だ。そしてそれに習って大軍が長い列を作ることを長蛇の列。つまり蛇という。
蛇は全身が筋肉ではあるが、後方には目が届かない。長すぎる蛇は踏まれて始めて後方にいる敵の存在に気づくものだ。
一方のルーク側、寡兵は少ない数で鋭い武器を持つ。これも上記のように例えるならば蜂。
群を成しつつも個で動く蜂は攻撃に際し己の針が引き抜かれることによって死ぬ。今回は大軍に寡兵が攻撃する、という意味である意味必死の攻撃となる。
では軍における蛇と蜂。どちらが強いかといえば、持久力は蛇に軍配があがるだろう。大軍相手に寡兵が挑んでも徐々に減らされるだけである。
では短期決戦ではどうか、またその際に散々邪魔をされていたならばどうなるか、と言えばそれは蜂に軍配があがる。
機動力があり、自由に動いて兵力を削っていく。全滅させる必要はない。ただ敵戦力を削っていけばいい。
そういう考えのもと、死ぬ気ではなく生きる気で攻撃している蜂は強力な兵士達となる。
「攻撃離脱再攻撃を心がけろ!無理はするな!」
ルークではない別の隊長格が叫び、皆それに従うように敵兵の側面を掠めるように突撃し、自慢の槍で数人を屠ってから反撃が来る前に外へと離脱、そして馬の機動力をいかして別の箇所へと突撃、を繰り返す。
一度に討ち取る敵兵の数はどうしても少なく、何度もの攻撃を余儀なくされるが、その攻撃は確かに効いていた。
「狼狽えるな!相手はたかだか数千程度だ!防御体制を取れ!」
かと言って帝国側が黙って襲撃に甘んじているわけではない。
前方の指揮官級の将兵が遅ればせながら指示を飛ばす。
上官の声、というのはそれほど身が引き締まるのか狼狽えていた兵が慌てつつも中心に集まるように移動し、外側に向けて槍を突き出す。
これは騎馬の突撃を防ぐ陣。槍衾、別名ファランクスともいうが、それほど密集度はない。
それでも騎馬にとっては厄介この上ないだろう。
まあ、かといって攻撃の手を休めることはないし、この程度のことをユートもトゥールも、ましてルークやその他将兵でさえも予想ができないはずがなかった。
「突撃やめ!玉用意、投擲!」
ブクスト区側の各隊長は突撃をやめさせ、かわりに腰の巾着から丸い球状のものを取り出し、槍衾に対して投げる。
大きさはピンポン球程度で敵に当たったところで特にこれといったダメージはないだろう。事実敵兵も悪あがきと見て侮っているが、それがただの投擲武器ですむはずがない。
バン!と激しい音と共に眩いばかりの閃光が槍衾内で弾ける。
殺傷能力は皆無と言って良いが、閃光による目潰し、音による威嚇効果は甚大であった。
「再突撃!」
光と音に槍持ちが槍を落としたところに騎馬は突っ込み敵を討ち取っていく。なんてことはない、敵に対して槍を振るうだけ、ただそれだけで敵が倒れる。もはや未来予知とも思えるような作戦立案能力幾重にも張った予防線のよって大抵の事には対処可能にした司令部(7割ユート)。
無論、損害が0とは言わないが、それでも被害は通常の戦争とは比べ物にならないほどに減らしている。具体的な数字として現在ユート及びトゥールが把握している被害者は負傷者12人(内重傷者2人、2名はゲリラ部隊)、死者1人(ゲリラ部隊)の合計で13名だ。
それに対し帝国側は先兵3万だけでもすでに5、6000の被害、本軍4万もゲリラ部隊と罠、騎兵部隊により3000近い被害がすでに出ていた。
単純計算でも13:約9000、700倍近い差がついている。
正直に言ってしまえば、やはり武具の性能の差が大きいのだが、帝国にとっては悪夢に他ならなかった。
程なくして戦場に甲高い笛の音が響いた。悲鳴ではなく笛音である。
「全員転身!撤退せよ!」
普通ならばこの言葉は押されている側、つまり帝国側が発するものだが、今回は何故か押している側、つまりブクスト区側が撤退命令を発した。
そうと決まればよく訓練されたブクスト区軍の動きは素早く、帝国軍が立て直しをする前には既に撤退していた。
これには帝国もさすがに唖然とした。置き土産とばかりに爆発物や罠の類によって被害を受けようとも、まるでそれが些細な問題であるかのようにただただ呆然としていた。
が、まあどちらにしろ猛攻が止んだのである。ようやくか、とホッとした帝国軍であった。
□
一方で野戦側は熾烈を極めていた。
前後、更には上空までもが相手の勢力下にある3万の軍勢は前を守れば上と後ろから、後ろを守れば上と前から、というどこを守っても他方2箇所から攻撃される始末。数にものを言わせてなんとか凌いでいるものの、既に士気は下がるところまで下がっているために統率さえ取れていなかった。
「なんとか本隊に伝令を飛ばせ!誰か!誰かいないのか!」
命からがら、といった感じで後方から中央まで上がってきた指揮官が叫ぶが、それに答える暇はない。
帝国側からしたら謎の爆発攻撃こそ止んだものの、超高速の矢ともつかないものを上空から放たれ、かなりの死傷者を出しているのだ。ただでさえ強行軍であったため、軍医とかがいないのに加えて撤退路すら封じられた今、怪我をしたらそれで死亡、という状態であった。
そのうち脱走兵が出る。錯乱する者も現れた。
だが
(ふざけるなよ....練度が、武具の質が違いすぎる....本隊はまだか!)
3万の兵を率いているハンドと呼ばれる指揮官。
彼は『カーディットの懐刀』とすら呼ばれていた秀才である。
常に戦況を見極め、攻守をバランスよく転換するなど国内からはカーディットについで評価され、国外からは危険と判断されるため、相当なものだろう。
だが、彼の得意なのは万全の準備を整えた上での戦闘である。このように相手側に完全に先手を取られ続ける戦は経験したことがなかった。
更には指揮が通らないことは細かい指示で兵を動かす彼にとってまさに絶望であった。
これはもしもの話であるが、もし彼に指揮官としての誇りを捨てるような作戦が思いつき、かつ戦況をしっかりと見極めていたのならば勝ち目があったかもしれない。
カーディットから指揮を託された時にきちんと理由を説明し、拒否していればカーディットも聞き入れていたであろう。
または先行した際に急がなければもう少し持ったかもしれない。
初手から総攻撃を立案していればおそらく買っていただろう。
所詮は無い物ねだりではあるが。
「報告します!後方に土煙を確認!」
だからこの報告に希望を見てしまった。
「援軍か!助かった!なんとか通達せよ!援軍到着と同時に後方の軍に攻撃、挟み撃ちをかける!」
僅かにだが士気が戻った。これはあくまで可能性がある、という話に過ぎないが、ハンドの中では、いや今ここにいる兵の中では援軍に違いないと思い込んでいた。もはや援軍でなければおかしいとすら思っている始末だ。
トゥールはそれを、若干活気を取り戻した様子を見逃すはずがない。
「重装歩兵部隊に通達、後方より敵が来たと偽装せよ」
すぐさま偽装工作を指示。重装歩兵部隊は通信兵を介し伝えられ、その命令に従い行動に移した。
行動、と言っても後ろを警戒しているように見せてまるでいつでも逃げられるようにしている、といった具合だが効果はてきめんであった。
ザァッとモーゼの海割のように重装歩兵部隊の中央が開く。
帝国側にはどう映っただろうか、やはり援軍だろうか。
ただ半ばまで来たところでさすがに気づいたようであった。
「敵襲!!!」
どこからか発せられたその声により、帝国軍は壊滅した。
【仮名:ブクスト区=カリエント戦役】
第二回戦闘:大平原戦
ブクスト区
死者:21人
負傷者:36人
物的被害:なし
カリエント帝国
死者:1万5千人以上
負傷者:3万人以上
物的被害:なし
指揮官:ハンド以下数名の死亡を確認
結果:ブクスト区側の実質的完勝
カリエント帝国本隊の戦場到着時には既にブクスト区軍の撤退を確認したため、名目上、ブクスト区の撤退によるカリエント帝国の勝利とされる。
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