第61話:開戦
「さあ、戦争を始めよう」
その言葉を持って、俺は最後の作戦会議をしめた。行動開始は30分後。それまでは作戦の確認をしようが祈ろうが瞑想しようが構わない。
少量ならば酒も許可している。
かくいう俺も若干飲んでるくらいだ。
ただし酔う酒ではなく、感覚を研ぎ澄ませるための酒。
「ふぅ....よし、俺も準備するか」
少量の酒を呷り、とりあえず着替える。
いつもの服ではなく、近代の軍服をイメージして作った士官用の制服だ。
黒を主とした軍服で威圧や威勢を張る目的の他、機能面でもそれなりのものだ。
俺はその中で肩に一応総大将であることを示す肩章をつけ、帽子をかぶる。
それとあまり威厳が出にくい見た目だと一応知っているため、威厳目的のスーツを袖を通さずに羽織る。まあよくあるやつだ。
これがまた着替えがめんどくさいのだが、カッコいい。ちょっとお気に入りである。一応これとは対照的にトゥールのは白を中心にしているのだが、そっちもカッコいい。
ちなみにこの色分けは主に率いる部隊によって異なるようにしてある。例えば航空魔法師部隊は俺の直属にため、黒を基調にしてあるが、主力である歩兵部隊は白。これはトゥール直属であることを示す。
無駄な対立を生みかねないことだが、こうした方が士気やら威圧感やらが出るのだ。
「さて、行くか」
帽子を再度かぶり直し、天幕から出る。
どうやら兵は既に集まっているらしい。そこに話し声などは無いが、圧倒的な軍隊の気配があった。
俺はその中心に立つ。
「さて、戦争だ。ようやく諸君らが直接戦う時が来た。しかし敵は7万。対するこちらは1万と少し。数では圧倒的に負けている。まあ、無理もないだろう。だが、数に差がなんだ?7倍?ならば1人につき7人を倒せばいいだけの話だ」
単純な計算。言うは易いが行うは難し。
しかしてこの軍ならばやれる。
「そうだな、あまり長いのもアレだ。大船に乗った気持ちで戦ってこい!悔いは残すな!以上だ。では、出陣!」
その声に「おぉー!」と声が上がり、すぐに収まる。
皆、決意を固めた顔をして指示に従う様子は大軍相手に戦う寡兵の顔だ。但しそこに死ぬ気は無く、絶対に勝つ。勝って帰ってみせるという想いがにじみ出ている。
決死の覚悟は必要ない。死んでは意味ないのだから。だから生きる気でやる。その教育を徹底させた。
まあ、何はともあれここからはいかに兵が頑張るかの話だ。せいぜい俺は指揮に努めるとしよう。
戦争の幕が切って落とされるのは、これより30分後の話である。
□
一方、帝国側は覚悟半分といった感じであった。
既に帝都から送り出されはしたが、行うことは反乱を鎮めること。通常の戦争ならば住民から盛大に送り出されるのだが、今回はただの反乱と認知されているためあまり盛大ではない。更にはいわゆる略奪が許されていない。
それ故に士気もかなり微妙であった。
だがそんな兵をまとめ上げ、行軍させているのはひとえに総指揮官たるカーディットの成せる技だろう。
「隊列を乱すな!これより向かうは皇帝陛下からの勅命である!心してかかれ!」
カーディットが士気を持続させるべく、何度目かの声をあげる。ただやはり士気は一定を超えないあたり、なめているのだろう。
かくいうカーディット自身も若干の慢心があった。
理由はいつか思いつき、実行に移した秘密裏にトゥールと接触することができたためだ。
今より数日前、密使を送り、トゥールはそれを無傷で返した。
しかも答えももらっている、ということは少なからずそういうことである。つまりカーディットは最初から7万を持って蹂躙するつもりはない。
カーディットが提案した手筈はこうだ。
①開戦前に降伏勧告を行う
②降伏勧告に従わないトゥールが近衛を持って戦場へ
③その際に目印として白服を身につける
④トゥールがそのまま戦場離脱し、合流
こういった手筈となっている。
合流後は首謀者を討伐するべく協力。その功績を持って皇帝陛下より恩赦をもらうという想定だ。
これによりカーディットはトゥールの命の恩人という繋がりと共に優秀な人材を守ったことになる。
特にトゥールにつくであろうルークは人類の希望ともいうべき存在である。
「報告します!敵方、既に布陣済み。迎撃態勢を取っています!」
この報せは唐突であった。
斥候は続ける。
「敵兵およそ12000!おそらくいつでも攻勢をかけられるかと思われます!」
「なに....ハンド!3万を率いて先行せよ!」
カーディットはすぐさまハンドと呼ばれる将に命じた。
これは完全にカーディットにとっては予想外のことであった。思わずあの密使のやり取りを忘れてしまうほどの衝撃がカーディットを襲った。
先に戦場にいる、ということはそれだけ前々から準備が進んでいたということになる。
そして戦場へ遅れてくるのは何よりも兵の士気に関わる。今でも斥候が大声でそう報告したが故に兵の士気が下がっている。
そのため軍を2つに分けたのだが、生憎とこれは悪手であった。
□
『敵兵、数およそ3万が来ます』
斥候により通信兵を通じて連絡が来た。どうやら軍を二手に分けたらしいが、それは悪手だ。
正直無いとはわかっていたが、正面から全兵力を持ってきたら少し危なかった。6、7割の犠牲を覚悟しなければならなかったが、これならば問題はない。
「全軍行動開始!魔法部隊は合図を待って攻撃を開始せよ。観測射撃を忘れるなよ」
次第に大軍が起こす地響きが聞こえてくるが、これに恐怖する者はいない。そんなやわな鍛え方してないから問題はない。
「観測射撃開始!」
魔法部隊は観測用に1発のみの魔法を放つ。ついでに目潰しも兼ねた照明魔法だ。
「魔法部隊、効力射開始!」
敵が射程に入った瞬間、火の弾丸がそれを襲う。
今回使わせた魔法は主に火属性のものを面制圧用に改良したもの。それがおよそ5秒に1回掛ける500。それを間断なく放ち続ける。
火の魔法は主に攻撃的だが、やはり物理的な衝撃を持って倒すのとは少し違う。火で焼くようにして殺すのが普通だ。
今回はその点を対軍用に改良し、着弾と同時に中々消えない炎を撒き散らす魔法にしてある。しかも手順を簡略化し、自然法則を利用しての魔法のため比較的魔力消費は少ない。
これにより敵兵はいつ終わるかもわからない灼熱地獄に襲われる。今頃は金属鎧が仇となって中に熱が伝わり、少なからず火傷を負っているだろう。
ゲームのように継続ダメージというわけではないが、これでかなり動きを制限できる。
そうなればこっちのものだ。
「歩兵部隊、攻勢開始!重装歩兵は騎乗せよ」
効力射が終わり次第、その間に接近していた歩兵部隊を前に出させる。歩兵部隊にも相当の武具を渡しているため、多勢に無勢ではあるが、おそらく持ってくれるだろう。
「航空魔法師部隊は出撃準備を整えておけ。地上爆撃用だ」
通信にてまだ途中の秘匿陣地にて待機中であった虎の子に準備をさせる。ちなみに航空魔法師部隊の装備はいくつかあり、夜間攻撃用、地上爆撃用、地上狙撃用、観測用などがある。
何はともあれこれで出撃命令が下り次第、5分も経たずに駆けつけることができるだろう。
前線が敵とぶつかる。
圧倒的な数の差に押され気味ではあるものの、こちら側に死人は出ていない。また、戦線も後退はしておらず、どうやら遅延戦闘を行なっているらしい。いい判断だ。
「歩兵部隊はこれよりトゥールに指揮権を移す!騎兵部隊、突撃!」
当初の予定通り指揮権をトゥールに譲渡。これで名実ともにトゥール直轄となった。俺は俺で今度は騎兵部隊の指揮に移る。
騎兵部隊は浸透戦術に従い、小隊長の考えのもと敵の厚い部分を避ける。ルークや腕に自身のあるものは敵の薄い部分に突撃をし、敵を打ち倒したり、あえて敵側面を掠らせることで混乱目的と共に何人かを打ち取っている部隊もいた。
そして時間差はあれど全ての騎兵部隊が敵後方へと抜けた時点で重装歩兵が降り、敵を囲むようにして布陣する。
騎兵はそのまま敵本軍へ。斥候からの情報によると敵本軍は行軍中のために陣形が整っておらず、行軍用の縦陣らしい。
それに先ほど連絡したため、鷹の目率いるゲリラ部隊ももう間も無く活動を開始すると思われる。
「よし。航空魔法師部隊、出撃!」
さすがに相手の半分に及ばない兵数で、しかも野戦において敵を壊滅できるとは思っていない。なので出し惜しみはなしだ。
航空魔法師部隊の地上爆撃用装備は主に2つ。
強い衝撃により爆発する投下爆弾(手榴弾のようなもの)と空対地射撃用の魔法を組み込んだヴァナルガンド。この2つで対空兵器がない現状、正直完封できる。
その後、生き残りがいるか増援でも寄越すものならば、夜間爆撃に切り替えて昼夜問わず攻め続ける。
そのうち休憩すらできず、爆発音金属音悲鳴の幻聴に会い、幻覚の敵と戦い、士気はダダ下がりになる。脱走者どころの騒ぎではないだろう。おそらく自殺者が出ると思われるが、やるならばとことんやってやろう。
なんなら皇帝を直接爆撃したっていいのだから。
「さて、これでしばらくは様子見だな。航空魔法師部隊は残魔力量に注意、斥候も常に気を張れ。補給部隊も到着し次第分配準備を開始しろ。騎兵部隊、定時連絡は忘れるな。重装歩兵部隊も味方の負傷に気をつけつつ遅延戦闘に専念せよ。後ろは気にするな、こちらで連絡する」
これでとりあえずは大丈夫だろう。鷹の目達とルーク達がどれだけやれるかが今後楽か否かの境目だ。
程なくして爆発音が戦場に響き出した。
敵が密集陣形を取っていたからこそ被害はエグいだろう。報告が楽しみである。
俺は一度指揮所から降り、本部天幕へと移動する。
そこでは慌ただしい動きで文官達が書類と戦っていたが、なんてことはない。ただの戦費のや戦争に経過を書類にしているだけだ。一大事、というわけではない。
「ティファ、やってるか?」
「ユート様、ええ。既に作業は報告を待ち次第にシフトしていますので問題はないです」
「そうか、ならいい」
ティファは十二将の中での文官とも言える立ち位置のため、今回はここの文官を統括してもらっている。
無論、強さは相当なものなので、もし万が一にでもここが敵に襲われようものならば戦う、いわば護衛文官と言ったところだ。
ちなみに十二将の文官はもう1人ユラがいるのだが、今はブクスト区の方で書類整理を行ってもらっている。厄介払いとか面倒な仕事だから、というわけではなく、書類が膨大故にユラの体力と知力がうってつけだったのだ。
いや、俺でもできるけど指揮があるからね?
「んじゃあしばらくは様子見だから俺は休む。何かあったらすぐに知らせてくれ。些細なことでも構わないから」
「かしこまりました」
一旦これで俺の仕事は休息である。
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