第48話:独立地区:ブクスト区


トゥールにより国主催の初イベントが開催される運びとなった。その名も『新誕祭』

その名の通り新しく生まれかわる事を祝って名付けられたものなのだが、どうやらトゥールは暗に帝国との決別も兼ねているようだった。

祭りの開催期間は準備期間を置いてから4日間なのだが.....どうやら皆娯楽に飢えていたらしく準備は当初予定していた1週間という期間を4日で終わらせた事によって急遽前倒しで開催する事になった。


まあ祭り自体は主にで何か大掛かりな事をやる、と言う訳ではなく、出店や特売、それと好きに踊って騒いでください、というものなので問題はない。

唯一大掛かりと言えなくないものはトゥール主催の異種格闘技戦みたいな試合くらいだ。これも会場は外で観客席だけしか作られていないので半日もあればいける。


ただまあ...


「ちなみにユートもエントリーしておいたからな。初代王者は未来の王様、面白いだろ?」


と、トゥールが満面としか形容できない笑みを浮かべてそんな事を言ってきたので、実はトゥールは俺との同盟(実質的な家臣契約)は不満なのでは?と思ってしまう。

いや、別に参加するくらいならどうって事ないのだが、内政への組み込みが決められた以上俺も忙しくはなりそうなのだ。

特に俺が任された全体改革臨時長官とか言うもはや雑用の二文字で片付けられそうな役職のせいでここ連日会議につぐ会議と息をつく暇もなかった。

表はそんな感じで裏ではリグリットの報告を聞き帝国とドマ、エスコバルの動向を確認、ともはや労基は存在しない。


一方の俺の部下扱いとなっているリグリットを除いて十二将+2名はそれぞれの得意分野と対応する仕事を割り振った。

まあその殆どは騎士及び兵士の育成に、つまり戦闘訓練教官となった。脳筋ばかりで申し訳ないと思っている。


さて、そんなドタバタも過ぎていき、新誕祭当日となった。

本日は晴天也。まさに祭り日和で領民達は開催を今か今かと待ち構えて開会式が行われる広場に詰めかけていた。


「これだけ人が集まったのは就任式典以来だな...」


トゥールが不安げにつぶやくがすぐに顔をキリッと領主モードに切り替えて設けられた台の上へとマルティナを連れて歩いて行った。


「こほん...うん。ややこしい説明や言い回しは要らないな。あぁ、だが1つだけ重要なことがあった」


言動はどうもしまっていないがその声は不思議と人を惹きつけるものがある。天性のものなのだろう。


「皆、よく集まってくれた!まだ若輩の領主だが、おそらく歴史上初めての宣言をここにしよう!」


そしてトゥール、言った。


「これよりブクスト区は独立する!つまりは帝国に反旗を翻すのだ!」


...訂正。言いやがった。


案の定領民だけでなく一部を除いた公務員も理解できていないようにポカンと惚けている。

だがトゥールは続けた。


「これより先のブクスト区に帝国の傘は必要ない!我々は我々のためにこの地を治める。何、どこかの国が言い寄ってきてもそれなりの地位をぶんどってきてやる。だから安心してくれ!」


チラッと俺の方を見やる。

なんと言うか、図太いのかアホなのかわからないけど...どういう魔法を使ったのか領民には受け入れられたらしい。

どうも反応を見るに微妙に鬱憤が溜まっていたらしい。公務員の高官達は慌てふためいているが外交担当の特に若い者達は驚きつつも喜色を浮かべていた。

実はトゥールは精神操作系のスキルを持っているのでは?と思うほど上手く進んでいるが、これも天性のものなのだろう。人誑しというかカリスマというかだな。


「さて報告は以上だ!では、これよりは好きなだけ食って飲んで踊ってくれ!もちろん金は払えよ?それと屋外会場での試合は面白い事になるだろうから是非見にきてくれ。では新誕祭、始まりだ!」


その声とともにあちこちから歓喜の声と叫び声が響き、一気にブクスト区は喧騒の街へと変わった。

この日に合わせて各店がセールをしているので始まって数分も立っていないのに出来上がっているものや、ここぞとばかりにナンパをする連中。綺麗に着飾った婦人や小さな花飾りを頭に乗せている女子。駆け回る男子。

変わりゆく未来への思いを謳う詩人に昼からの試合の準備をするゴツい男達。

そんな光景を感慨深そうな目でトゥールは見つめていた。


ふと喧騒の街を見ていると後ろから気配を感じて。

熟練した武人の歩き方で鎧が擦れ合う音がするが、敵意はない。振り向くとそこには鎧姿の男性が立っていた。

俺よりも2、30cmは高い長身に鎧の上からでもわかる筋肉のついた身体。顔に一本の傷と歴戦の武人、と言った感じの容貌だ。


「お初にお目にかかりますカミヤ殿。私は騎兵統合本部 最高指揮官ルーク・フリードです」


「こちらこそ。不要かと思いますが一応...私はユート・カミヤ。貴方の噂はかねがね。ルーク殿と呼ばせていただきます。それと、できればユートの方でお願いします」


野性味のある外見からは想像もできないが、貴族のような丁寧な所作で挨拶をしてきたのは実質的なブクスト区の軍事関連のトップ。

この騎兵統合本部とは騎士と兵士を纏めて管理、指揮している軍事機関だ。


そしてこのルーク・フリードたる人物。

この人物は知将と言われると同時に猛将とも言われ、おそらくタイマンならばルークに勝てる者はほんの僅かしか存在しないであろう人物だ。

おそらくハピア達よりも上だろう。十二将まではいかないものの、単純な剣による戦闘ならばヒスイといい勝負をする。

人間の中に生まれた怪物。あるいは天恵を授けられた者、として各国は恐れられている存在だ。

目の前に立っているだけでビリビリとしたものを首筋に感じるが気配は薄い。意図的に隠しているのだろうが、それだけで相当な猛者である事を高らかに語っていた。


「これは失礼致した。今回はこれからは貴方と共に肩を並べられる、というにを我慢できずに挨拶に参った次第です。まさかかの英雄にして魔王である貴方と共に剣を取ることができるとは思いませんでした」


「私もですよ。残念な事に私はあまり戦場に直接赴くことは少ないと思いますがその時が来たならばそのお力お借りしましょう。頼りにしています」


「そうだ、剣を取る、と言えばユート殿は試合に出場なさるとか」


「ええまあ。出場しますが...まさかルーク殿もですか?」


その問いには二カッとした清々しい笑みが答えになっていた。その時思いっきりため息をつきそうになったが、すんでのところで飲み込む。

別に負けるとか考えてない。おそらく目を瞑っても何とか勝てる程度には実力差はあると思うが、単純に面倒臭いのだ。

主に領民や兵士の間で噂されることは間違いなし。

....仮面でも被るか。


その後はよろしくと握手を交わし別れた。

彼は彼でやるべきことがあるのだ。

かく言う俺もやるべきことがあり、今は仕事を終えるべく与えられた部屋の1つである会議室に移動したところだ。

ちなみに俺に与えられた部屋は私室、執務室、会議室の3つでどれもそれなりの大きさのものを貰った。

その中で会議室はここ最近毎日のように出入りしては色々と話し合っている場所だ。


「さて、と...皆報告頼む」


話し合っている、と言っても今回はいくつかの報告を聞いて問題があれば対応策を提示したりする、いわば報告会である。


「じゃあ私から。一般的な武器が120本、魔力回路武器が30本できました!防具も同じくらいです!皆んな地人種の皆んなみたいに上手くて捗ってます!」


元気一杯に報告してくれたのは武器や防具等の製作方面を任せているアデルだ。

アデルは地人種の中でも少し特別なスキルが発現した稀有な存在だ。それは地人種が持つ金属を操る【鋼鉄の加護】を持たずして生まれ、落ちこぼれていたアデルが努力の末に獲得した金属を"自在"に操る【金神の神技】を持つため、今回のように十二将の(作ると言う意味で)武器庫を担っていた。

そんなアデルにかかれば武具の100や200軽いのだが、職人育成のためにきちんとした手順でやって貰っている。


「そうか。じゃあ祭り期間中は休んで貰っていいよ。工場にもそう伝えておいて。じゃあ次」


「水路に関してはまだまだじゃな。中央に太い一本を引いたのち、祭りの準備だかで作れんようになっとる。その代わり貯水池の設置と街まで引く準備はできておるからあとは魔石をはめるだけじゃよ」


ステラはその海王種としての特性を活かして水関連の仕事を与えている。水関連、と言ってもステラが水源を見つけて俺の渡した設計図から最適なものを選んで作る、と言った作業のためあまり手間はかからない。

ただ街中に引く水路は場所の関係で大変のようだ。


「ふむ、じゃあ少し早いけど水質調査の方を実施して統計を取っておいて。それが終われば祭り期間は休みでいいよ。次」


「結界の設置は完璧だ。使用した宝石は全部で10個。用意したのは物理障壁、対空感知の2つだけだが絞ったぶん普通の人間にしては上出来なところだろう。持続期間は約2ヶ月間。切れても一時的な緊急防御が発動するからそれが切れる前に魔力を再充填すればさしたる問題はない。宝石の方はせいぜい10年が限度だな」


「城壁の加護も万全です。精霊あの子達も気に入ってくれた様子でそれなりの数の祝福を得ることができました。壁を汚したり破壊しなければ問題ありません」


アリアは結界の設置を、エレメンタリアは加護の付与と魔法的な仕事をそれぞれ頼んでいる。

どちらも魔法のエキスパートのため、魔法師育成の仕事も与えるつもりだが、今は防備を固めるのが先だ。


「よし。じゃあ休んでよし。アリアの方は交代で見張りをつけておいてくれ。ほい次」


「農業については実験的な田を開墾。ユート様の指示通りにアデルさん協力のもと地質の良い場所を選んで数種類の栽培方法を試しました。畜産の方も同様に」


農業、畜産の方はユラに任せておいた。

理由は単純で少し面倒なことでもサボらず正確にこなしてくれるからである。種族的なものは特に関係ない。

農業は我慢だからな。強制的に成長させることもできるけどそれをやると土地を殺しかねない。一応成長促進効果のある肥料を与えておいたので幾分かは成長が早いだろう。


「よし。しばらく様子見だな。豪雨か嵐かきたら頼むぞ。んじゃ最後、軍事関連か」


軍事についてはいくつかの政策を実験的に行なっている。

ブクスト区(と言うよりこの世界の人種)は兵士と騎士を明確に区分している。誰がどちらになることもできるのだが、騎士の方は騎士爵とも言われ選ばれた者のみが入団を許されるものでその大半が兵士だ(ただ騎士の方は実力以外にも献金でなることができるため主に貴族が多く、皮肉を込めて騎士爵と呼ばれている節もある)。

故に騎士は兵士を見下し、兵士は騎士を愚か者と蔑むという風潮がある。幸いにここはトゥールやルークの影響かその風潮は少なかったが、少しはあるのでまずはそれの是正からだった。


「混成部隊はまあ表面上は上手くやってるよ。内心まではわからんがな。戦力も互いに長所を活かしあってる分よくはなってるはずだ」


この実験的な混成部隊の訓練等を任せたのはヒスイ、ティファ、ミーナの3人だ。それぞれヒスイとティファが一般兵科、ミーナが弓兵科の育成を受け持っている。

魔法兵はさっきも言った通り後々アリア達に任せるつもりなので組み込んではいるは通常の鍛錬をさせている。


「外面だけでもとりあえず揃ってれば大丈夫だろう。でもまあ訓練は少し厳しめにしておいてくれ。そうすれば自然と仲はよくなると思うから。訓練内容は後で命令といった形で出しておこう」


例え犬猿の仲だとしても苦しい環境を共に乗り越えた際には強固な信頼関係が築かれる。

それは死地だろうが鬼教官の下だろうが同じで、簡単に言ってしまえば共通の敵に対して協力する、敵の敵は味方的な感じでテンションがおかしくなるアレだ。

そこまで厳しくはしないが、それでも何人か脱落するのを想定して訓練は企画するとしよう。


「ミーナの方はどうだ?弓つっても意識低くないか?」


「大丈夫。逆に皆やる気」


「それは重畳だ」


この世界において、特に人種の間では弓はあまり好まれていない。理由はわからないが、使われるのは狩りか防衛戦くらいのもので、その時も専門的な者を抜いて牽制に放つ程度。ミーナのように弓を主武器として使っている方が珍しい。

戦争において弓兵は重要な兵科なため、俺は割と重点的に育てるつもりだ。


「んじゃ引き続き頼む」


これで仕事は終了となる。

少ないように見えるが、これは祭前に一通り終わらせていた故だ。どのみち少し休憩したら試合の予選大会が開かれるのでそちらに出場しなければならない。

めんどくさいことこの上ないのだが、ある意味な士気向上にも繋がるのでめんどくさいという理由ではやめられない。

まあ...賞金が出るなら仕事みたいなものと思えばいいか。


それから昼まで少し時間があったので祭りの状況確認も兼ねて街へと繰り出した。

街は最初来た時よりも活気に溢れており、皆この時を心から楽しんでいる様子だった。

いくつか酔った客がやらかした、的な事件は聞いたがそれ以外に大きな事件は起きておらず平和も平和。

なので俺は何もやることがない。とりあえず小腹を満たすべく露天に売られていたパンに肉を挟んだケバブのようなもので試合前の腹ごしらえを済ませた。

その後は昼まで装備品の整備と作成にあて、気付いた時には昼前を示す鐘が鳴り響いていた。


「っと、行くか」


丁度作業が終わったタイミングだったため、それらを全て虚空へと放り込み、代わりに試合用の服を出す。

今回選んだのは少し違うが俺の好みを推す顔を隠す、更には機能性の面からいつもと大分様変わりしているが、問題はない。

手早く着替えて仮面を被り、試合が行われている会場へと急いだ。

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