第29話:襲われている村④

どんな村にもある施設といえばやはり家や畑等を想像するかもしれないが、この世界において何故か示し合わせたようにどんな村にも存在するのが地下室だ。

大抵2、3部屋の地下室があり、一つが寒波や凶作用に食料等を蓄えておく食料保存用、一つが毎年幾らか貯めておき有事の際に使用する金品を収める金庫、そしてもう一つが犯罪者等を一時的に収容しておく地下牢となっていることが多い。


同時に、そこは拷問の場でもあった。


「おらっ!」


「っ!.....」


ガン!と鈍い音が響き空に血が舞う。

血を飛ばしたのは無論鎖に後ろ手で縛られている俺だ。

棍棒で頭部を殴ったのは俺を連行した若者の一人、どうやらこの中では一番下っ端らしく、こういう所謂汚れ仕事を命じられていた。まあ、この拷問自体が既に汚れ仕事というか違法行為なのだがな。村長が黒では意味がない。

ここに来てもう10分以上殴られ続けている。


「な、なあ、そろそろいいんじゃないか?このままだと死んじまうぞこいつ」


「まだだ。こいつが吐くまで叩き続けろ!」


「わ、わかったから....怒鳴らないでくれ」


おどおどしながら再び棍棒を振りかざす。

......スキルで痛覚を弱めてるからあまり痛くはないのだが、これは一般人なら即死だぞ。

ガンガン頭叩かれるわ猿轡されているせいで魔法の詠唱もできないわ手足縛られているせいで動けないわ、ともはやこいつらのやりたい放題である。

まあ来る前には目に映っているのでスキルなり無詠唱での魔法なりを使用しているため余程のことが無ければ死にはしないが.....ちょっと血が足りなくなってきたぞ。


「.....あー...」


思い切って猿轡越しに口を開いてみる。

すると叩いている人物はようやくか、みたいな安堵した顔で動きを止め、指示を飛ばしていたリーダー格の男が眉をひそめる。

その光景を見るに....最初から殺す気だったわけだこいつら...正確にはリーダー格の男は。


「....なんだ?」


うわー不機嫌さ丸出しだな.....

頭蓋骨とか硬くしたり衝撃を殺せるように魔力による流動のせいで中々死ななかった為に不機嫌なんだろう。

これは....あくまでも推測だが、おそらく棍棒の男はあまり乗り気ではないか、或いは巻き込まれた男だ。

故に一番下っ端で一番疲れる汚れ仕事をやらされいる、と言ったところだろう。

表面上だけでも拷問に抑えているのはこの男がいるからであり、多分いなかったら即殺して口を割ったから死刑にした、とでも言うつもりだったのだろう。

素晴らしい風習、死人に口無しだもんな。


くそくらえだ。


「.....やめた」


歯に魔力をまとわせ、猿轡を噛み切る。


「「....は?」」


「だからやめたって。はぁ....こう飽き性だから皆に呆れられるんだろうか?」


「おま....何言って...」


「まあ、どうせうまくやってくれているだろうけど」


とりあえずテンプレな反応の為に無視。意識を広く拡張させて外の様子を探る。すると村の端とガキの家付近、村長の家にそれぞれ3人、2人、1人の反応があり、移動しているところを見るとどうやら上手い具合にいっているらしい。ならばこっちも仕事をしなければならんな。


「さて、若人諸君。今ここで俺を解放し全ての罪を認めるなら許してやろう。どうす..痛っ...話は最後まで聞けよ」


「るせぇ!何ごちゃごちゃ言ってんのか知らねえが、さっさとくたばれっ!」


果たして年下に若人扱いされたのが気に入らなかったのか全く自分の意図に沿ってないことに苛立ったのか、ついには拷問役を差し置いてリーダー格が棍棒を握った。

一瞬安堵したような拷問役の顔だったが、すぐにその顔は焦りの色を帯び始める。


「ま、まずいって。このままじゃ死んじゃうよ!」


「あぁ?なんだお前も殴られてえのか?おい!こいつ押さえとけ」


遂には見張り役であった1人まで使い出し裏切り者認定されてしまった拷問役を抑える。どうやら拷問役は荒事が苦手らしく、割と簡単に組み伏せられていた。

その間もリーダー格はひたすら俺の頭目掛けて棍棒を振り下ろし続ける。そろそろ本格的に痛くなってきたぞ。

別に大丈夫だけど。


「はぁ...はぁ...いいかげん....死ねよ!」


ガンッ!と一際大きな音を立てて頭を叩かれる。

下手をしたら今ので頭蓋骨骨折、頚椎もやっていたかもしれないというのに....まっとうな人間なら即死だ。


まあ、"まっとう"であったらの話だが。


「おいおい....腰が入ってねえぞ腰が。それに振り下ろす角度も狙う場所も適当すぎる」


「おまえ....何者だ!」


「そうだな....村では商人ミヤと"騙って"いたからきちんと紹介させてもらおうか。コホン......初めまして、俺は神谷 悠人。この世界を一度救い滅ぼしかけた存在ものだ」


三大大国であるカリエント帝国、エスコバル獣国、ドマ魔国の3つの国と当時乱立していた小国を多数巻き込んで勃発した世界大戦。それを終結させた。

そして、二度目の世界大戦、『魔王の大虐殺』とまで言われた戦争を発生させ、およそ10万を13人で壊滅させた集団のリーダーが俺なのだ。

今の世界、こんな事を話しても子供の創作と思われるだろうが、記憶は全ての十二将と共有しているし、色んな理由で生き残った兵も拭うことのできない恐怖として心に残っている.....紛れも無い真実である。


そんな事を知ってか知らずか、リーダー格の男は驚いた顔で棍棒を落とした。


「じゃあここからは魔王として接してやろう。ふむ....手始めに.....【跪け】」


「「「!?」」」


俺が一言、そう命令するや否や、その言葉の通りリーダー格の男も押さえつけていた男も押さえつけられていた男もその場に跪いた。

今のは所謂、言霊というものだ。

言葉に強い意味を乗せて伝え、それを意思とは関係なしに行わせる強力な暗示、特殊技能の1つ。

本来は効力が弱くほとんど意味を成す事は無いが、相手によってはこのように一言で強制させることができる。

それとこの技術は男達の反応から分かるだろうがほとんど知られていない。と言うより一部地域にのみ伝わる秘技の類のためまず知っている人物を探す方が大変なものだ。


「さて、と....えい!」


短く気の抜けるような声とは裏腹に俺を縛っている鎖を力任せに引きちぎってやる。無論そういう仕様だ。

バキン!と薄暗い地下室に俺にとっては開放の、男達にとっては絶望の音が響いた。

男達の目が見下す目から化け物を見る目に変わる。


「さて......随分やってくれたな」


「お、俺は頼まれたから仕方なくなんだ!見逃してくれ!」


「いやいやいや、見張り役ならともかく拷問役がそれ言っちゃう?いやまあ別にいいけど.....お前は確実に死ぬから安心しろよ」


どうせ見逃しても俺を拷問したことがシスルスあたりから判明してあいつらが確実に殺ってしまうだろうからな。特にアリア、フィア、ティファあたりが暴走するだろうな。うん。

とりあえずそれを告げたところ拷問役は項垂れ、半ば精神が崩壊し始めたため、


「ふむ....悪いなシスルス、こんなことばかりに使って」


『いえ、私の本分は殺しですしユート様に使っていただけるのなら本望ですよ。どうぞご存分に』


「そう言ってくれるとありがたい」


小さくしておいたシスルスを取り出し元の大きさに戻し、そして男の首めがけて振り下ろす。

凄まじい切れ味を誇るシスルスの刃によって男の首は何の抵抗もなくぽとりと地へと転がった。

あまりにも呆気ない命の幕切れに拷問役の男の顔はぽかんとしたまま、体だけが正直に血を吹き上げている。


「さて....次はどうする?」


ニタァとその昔、心臓に悪いとすら言われた笑みを浮かべ、残った2人にそう問う。


「ば、化け物....」


「そうだな....俺は化け物だ。じゃあそんな化け物から1つ提案をしよう。今ここで俺に痛みもなく殺されるか、皆の前で真実を話し裁かれるか、どっちがいい?もしかしたら助かるかもな」


もはや半分確定的な、八百長気味な二者択一に男達はもちろん真実を話す方を選んだ。

目の前で巻き込んだとはいえ仲間を無惨に殺されたこと、まあこんなことに手を染める時点で生きることに必死なのだから当たり前だろう。


「喜べ。俺はお前らを殺さないとここで契約書を書いてやる。契約内容はお前らは真実を話すこと、俺はお前らを殺さないことの2つだ。質問はあるか?」


虚空から取り出した魔法道具である契約書に内容と自分の名前を記載し血を垂らして男達に見せる。

契約内容に納得いったような感じのため暫くして言霊を解いてやり名前を記させ誓わせる。


「破れば死、俺の裁量によっては末代まで短命と種絶の呪いがかかる。その事を十分理解しておけ」


それにこくこくと頷く男達。

もう上も下も大洪水だがとりあえずどうにかなった。というより全てが予想通りだ。

ならばあとはこんな場所に用はないため、手早く死体を地中深くに埋めて片付ける。一応、巻き込まれた者として簡易な墓は用意してやった。

するとその時、


『ふふふ』


そんな笑い声が頭に直接響いた。

鈴のような笑い声、楽しいというよりも何かいいものを見つけた、と言った感じの笑い声だ。


「ん?.....珍しいなこんなところに」


キョロキョロと辺りを見渡すと、部屋の隅、明らかに周囲と感じが違う場所にある小さな石と小さな花が咲いている辺りに小さな紫色の光がいた。

フワフワと漂うソレは、ゆっくりとこちらへと近づき、そして俺の髪の毛へと潜り込んできた。


「あっ、こらくすぐったいから」


『ふふふ』


髪の中を縦横無尽に紫色の光が踊る。

響く声はどことなく楽しそうだ。


『ユート様?どうかされましたか?』


「ん?あぁ、精霊だよ精霊。声質的には比較的上位の精霊かな。まさかこんなところにいるとは思わなかった」


精霊とは、人とは生物としての格が違う高等生物だ。

言葉を解し、時に生物へと力を貸し時に人に牙をむくある意味自然の化身とでも言える生物である。

定まった形を持っておらず、その身体は精神体のようなものであり、魔力で生きているため本来は魔力の源泉付近などにいることが多いのだが、どういうわけかこんな拷問部屋の隅に住んでいた。

ちなみに精霊は普通の人には見えず、精霊自体が許可したものやそういうスキルを持つものにのみ認識が可能だ。無論、中には馬鹿みたいに強大な力故に身を隠せ無い姫もいるのだがな。

故に現在精霊が見えてるのは俺だけである。


なんで見えてるかって?俺も知らん。


暫く精霊の遊びに付き合っていたところ、何故かシスルスの不機嫌な声が響いた。


『.....精霊はいまどこに?』


「髪の中で遊んでいっ!?....こら、背中に入るな!」


『ふふふ』


『がぁぁぁぁ!木っ端精霊風情が!エレメンタリアさんに言いつけますよ!?ユート様から離れなさい!』


先ほどまでの俺の威厳とか魔王としての貫禄とかどこへ行ったのか.....側から見たら突然俺が叫び出し、手にしている剣が叫び出したようだろう。男達は呆気にとられている6割引いている4割の表情だ。

シスルスはシスルスで俺の身体を這い回るように漂う目に見え無い精霊を追い立て、それを遊んでもらっていると勘違いしている精霊は更に踊る。

悪循環もいいところだ.....せっかく冷徹で最低で恐怖の対象として振舞っていたというのに......台無しだよ!

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