第12話 鳴動7 (41~50まで)

 喜多川への張り込みは、帰宅した後も24時間態勢で行われていたため、捜査員の内、数組は必ず北見に張り付くことになり、捜査本部に全員が集まることもなくなっていた。そういう理由もあり、相棒の北村始め北見からの応援組については、いちいち遠軽に戻らず、自宅から直行直帰という形をこの時点で採用することにした。本来であれば、捜査本部のある所轄までの距離がある場合、応援組みは署の近辺に宿を取る。一方で距離が近ければ通いというパターンなのだが、北見と遠軽の距離はそのどちらとも取れない微妙な地理的関係にあったので、これまでは全員が通いで遠軽まで来ていた。それが主捜査が北見に移ったため方針を変更したのだ。そういうこともあり、西田と北村が張り込む時には、西田が車で遠軽から北見に向かい、方面本部で北村と落ち合うという形になっていた。


「係長眠くないですか?」

今朝7時まで北見で張り込みをして、交代後そのまま署に戻ってきた西田に、黒須が声を掛けた。

「眠たくないと言えば嘘になるな」

そう言いながら、思わずあくびが出る。

「俺は今日は昼過ぎからですね」

小村が話に入ってきた。

「いつまで続くんだろうなあ、張り込み。今日で1週間越えですか……」

黒須の発言に改めてカレンダーを西田は見た。確かに本日は7月20日だった。張り込み開始から8日目だ。そろそろ曜日感覚がなくなって来る頃でもあった。

「世の中の餓鬼どもはそろそろ夏休みかあ。うらやましいこった。あっちは海でワイワイこっちは殺しのヤマ(事件)でガサ(捜査)ガサとは対照的過ぎますわ。そういや、来年から今日の20日は『海の日』とか言う新しい祝日になるんでしたっけ。夏休み直前に祝日とかアホらしい」

大場は新聞を読みながら、上手いことを吐き捨てるように言った。他のメンバーの内、吉村は本日非番。竹下の組と澤田の組はそれぞれ、西田の張り込み時間と入れ替わりで北見に居た。

「まあそう言うな。普段十分暇なんだから、その分今忙しいと思え」

「係長の言う通り。札幌なんかで勤務してたらこんなことで文句言ってる暇すらないぞ!」

この中では年長の小村が、西田の後を受けて大場を諌めた。

「小村がいいこと言った! おまえらも将来は札幌や旭川でやりたいんだろ? だったら今回はいい経験だ」

大場はそれを聞いて、

「すんません、睡眠不足でイライラしてました」

と半分ニヤニヤしながら立ち上がって大げさに頭を下げた。二人が本気で怒っていないことは良くわかっていたからだ。

「係長は結婚してますから、夏休みはお子さんとどっか行くとか予定あるんでしょ? さっさと解決したいですね。まあでも今からじゃ手遅れですか……」

黒須が話を変えた。

「もうここまで来たら、わかってると思うが、すぐに解決しようが夏休み時期は全部潰れるから諦めの境地だよ。『落ちた』ところで裏取りから書類作成までどれだけ掛かるやら……」

西田は天を仰ぐようにして喋った。、

「もう1ヶ月近くも札幌に帰ってないんでしたっけ。奥さんも心配してるんじゃないですか? 喜多川に何かやらかす気配は今のところ微塵も感じないから、しばらく掛かるでしょ。ただ、幸い証拠を隠滅しているような動きも今のところは感じないですね。それが唯一の救いってところですか」

「でもなあ小村よ、こっちが奴をマークする前に色々廃棄してたら、引っ張れる事案があっても既に手遅れだよなあ」

西田の懸念はすなわち捜査本部の懸念でもあった。ここで裏が取れないと、これまでの捜査が無駄になる確率が高くなる。

「それは考えないようにしましょう。考えると疲れますから」

小村は苦笑した。

「それにしても、最近ずっと気になってるんだが、喜多川の名前はどっかで聞いたことがあるような気がするんだけど、それがいつか思い出せないんだよなあ……おまえらも聞いたことないか?」

「俺はそんなことはないですね。係長、前に竹下主任から聞いたんじゃないですか?」

「いや大場、竹下からは一切聞いてない。先日の捜査会議で初めて聞いたのは間違いない」

「じゃあ、なんかの勘違いですよ。そもそも気にする必要もないでしょう。聞いたことがあるってこと自体には意味ないですから」

大場は素っ気無く言った。

「そりゃそうなんだけどさあ……」

西田は部下に軽く扱われたような気がして、少々さびしい感覚を覚えたが、同時に目の前にやるべきことが転がっている以上、正論だと思い直し、もう気にすることをやめようと思った。そしてふと腕時計を見ると既に9時を過ぎていた。

「もうこんな時間か。さっさと帰って寝るか」

「そうした方がいいですよ係長。体力勝負でしょ。課長除いて一番オッサンなんですから、倒れられたら困ります」

黒須が茶目っ気たっぷりに言った。

「いや、若者の仰る通りだな。老兵は死なず、ただ帰宅するのみだ」

西田は自虐も込めてそう返すと、

「それじゃあ若手の皆様、後はお任せいたします」

と仰々しく続け、捜査本部を後にした。

「言い過ぎたかな」

黒須がやっちまったという顔をすると、

「こんなことで本気になる人じゃないだろ。それより仕事だ仕事!」

と小村は後輩に発破をかけた。


※※※※※※※


 7月25日午前6時半、高木と吉村のコンビは、喜多川宅の裏通り路上に覆面パトカーを駐め、深夜からの張り込みを継続していた。夏休みに入って、ラジオ体操に向かうと思われる子供達の集団が、騒ぎながら車の横を通る。表通りには機捜隊がいつものように目を光らせているはずだ。張り込みを開始してからかれこれ2週間弱経っていたが、この間、喜多川が夜中に出かけるような素振りは一度も見せていなかった。そのため深夜のシフトに当たった捜査員は、かなりの時間を全く動かずに見ているだけだったので、「外れ」の任務という認識になっていた。


 喜多川が会社に向かう通常の時間は、基本的には自分の車で午前7時半前後と、重役の割には早い出勤だったので、その前の午前7時前後に張り込みを交代するのがいつの間にかルールになっていた。そろそろその時間が近づいていたので、高木と吉村は眠気と気だるさに集中力を欠きつつも、最後の力を振り絞って務めを全うしようとしていた。


 喜多川は前日は社を出てから、接待のために北見の繁華街のクラブで午後10時過ぎまで飲食をしており、帰宅したのは午後11時前後だったと引継ぎの際に報告を受けていた。残念ながら昨日は飲みの予定が最初からあったのか、出社、帰宅ともにタクシーを使っており、飲酒運転等で引っ張ることは出来なかった。これまでも、酒を飲む予定がある時には、出社時より必ずタクシーを使っており、当初飲む予定がない場合には、車を会社に置いたまま、タクシーを使うことなどこの点は徹底していた。敵も弱みは見せてくれないようだ。以前に飲酒運転で罰金を受けたことがそうさせているのかもしれない。


「どうすっかなあ。北見で飯食ってから帰るか、遠軽まですぐ戻るか……」

吉村は朝食のことが気になりだしていた。

「あれ、前の深夜シフトの時は北見で食べるとか言ってなかったか?」

高木が話しかけた。

「いや、開いてるところがなかなか見つからなくて」

「確かにあんまり早朝から店開けてるところは、北見じゃ知らんなあ。港町とかだと結構開いてるんだけど。以前函館勤務してた頃、夜勤の後は市場で食って帰ったりしたこともあったな」

「函館ですか……。あそこは朝市とかありますもんね」

「一応北見にも卸売りの市場はあったはずだな。食堂みたいのがあるかどうかは知らんなあ」

「そうなんですか。遠軽にもあって、そこは食堂もありますよ。まあ一応地元ですから、朝から開いてる飯屋は遠軽ならわかるんですけどね……」

「どうだ? どうせなら、大して美味いもんは作れんが、うちのカミさんが作ったもんでも食べていくか?」

高木は北見方面本部の刑事だけに、住まいも北見にある。後輩に気を使ってくれたようだ。

「いやあ、朝からお邪魔するわけにはいきませんよ。お子さんも夏休みでいるんでしょ? さすがに申し訳ないです」

「俺は一向に構わないぞ」

「高木さんが構わなくても、奥さんの問題ですから」

「うちのカミさんなら、結構もてなすのは好きだから、気にしないでいいぞ」

「うーん、そこまで言ってもらえるのならありがたいですが……」

吉村は、「お宅訪問」は内心気を使うので面倒だと思いつつ、誤魔化すためそう言いよどんだ時、無線から連絡が入った。

「こちら機捜103号 マル被の車が表通りより西に動いた。背広姿より、おそらく通勤かと思われるが、これより追跡開始。どうぞ」

まったりとした会話から一気に現実に引き寄せられた吉村が、慌ててレシーバーを取った。

「了解しました。こちらも動きます。どうぞ」

そう告げると、吉村は急いでエンジンを掛けた。

やっこさん、今朝は早いな。どっかに寄るのかな?」

「どうでしょう。背広着用ですから、最終的には伊坂組に行くとは思いますが」

路肩に乗せていた片輪がガクンと落ちた衝撃で、ホルダーにあったお茶が少しこぼれたが、気にせずアクセルを踏む吉村。

「こりゃ交代はしばらく先になりそうだな……」

高木はそう漏らすと、ティッシュでギアにかかったお茶を拭いた。


 追跡を開始した機捜と吉村達だったが、ルートは通常通りだった。歩道には、どこでもラジオ体操帰りと見られる子供達の姿が目に付いた。

「なんかこのまま会社に行くみたいですね。背広着てるって言ってましたし。早めに出て済ませておく仕事でもあるんだろうか?その程度なら家に居て欲しいですね。拍子抜けですよ」

吉村は運転しながら、一方的にまくし立てた。

「特に何かあるという感じはしないな。まあいいや。伊坂組の前で交代することになるかな。それなら大した時間のロスにもならないし」

高木がそう言い掛けた時、キーッというブレーキ音と共に、前方の機捜隊の覆面パトカーが、突然赤色灯を上に乗せてサイレンを鳴らした。

「あれ、なんだ? なんかあったか?」

吉村はそう言うと、ハンドルより上半身を前に乗り出し、様子を探った。高木も赤色灯をすぐに出せるように窓を開けた。しかしサイレンはすぐに止み、同時に車もすぐに路側帯に駐められ、中から刑事が飛び出すのが見えた。


 吉村達もすぐに車をその直後に駐め、外に出た。機捜隊の覆面パトカーの前には喜多川の高級車が駐まっていて、奴が外に出て座り込んでいる小学校低学年らしき男の子に話しかけている。その周りには友達と見られる同年代の子供が心配そうに囲んでいた。どうも子供をはねたらしい。とは言っても、はねられた子供の様子から見るに、膝や腕の擦り傷と見られる箇所から血こそ出ていたが、そう大きな事故ではないようにも見えた。尾行している側のスピードを考えても、喜多川の車もスピードは出していなかったはずだ。同時に横断歩道がある場所ではなかった。


「ぼく、大丈夫か?」

喜多川が声を掛けている中、機捜隊の志村というベテラン刑事が警察手帳を見せながら事情を聞き始めた。もう一人の太田という若手刑事は119番で救急車を要請している。

随分タイミングの良い登場となったが、喜多川がそれを気にしている様子はない。いや、気にしている場合ではないという方が正確だろうか。

「警察ですが、ちゃんと前方見てました?」

「いや、この子が急に飛び出してきてね……。ブレーキ踏んだんだが、ちょっと当たっちゃったみたいだ」

「そうですか。ぼく、ここで飛び出したの?」

子供は泣きながら頷いている。一般人ならば子供を叱る場面かもしれないが、法的建前上は車側に主に責任があるわけで、警察としてもそれを前提に対処する。まして相手は重要事件の容疑者だ。

「まあ運転手さんには気の毒だけど、ぶつけちゃったわけだから。人身事故ってことで、事情聞かないと」

と志村が告げている。喜多川はまいったなという表情を浮かべていたが、別件で警察がマークしていたからという認識からではないと、吉村には見受けられた。ただ単に交通事故を起こしたことを悔いているようだ。一方太田は、子供の氏名と住所を確認し、親にも連絡するように警察無線を通じて報告していた。

「あ、そうそう。話していてなんか酒臭い気がするんですよ。ちょっとついでだから、これで調べさせてもらおうかな」

志村は、そう言いながら、車内からアルコール検知器を取り出した。なるほど、前日の飲酒を考えれば、世間的には「酔いが醒めた」という認識でも、数値上は「酒気帯び」程度の状態の可能性は十分にある。おそらくだが、志村は本当に酒臭いとは思っていないだろうと口調から吉村は感じた。喜多川は驚いた表情を浮かべたが、志村が

「これ強制検査だから、してもらわないと」

と言うと、素直に応じた。本人も酒は抜けていると思っているようだ。言われた通りに呼気を検査機器に吐き出すと、志村はその数値を凝視しながら、心なしか口元が緩んだように見えた。

「0.27mg。これは酒気帯びだな。えーっ午前7時2分。業務上過失傷害(95年当時は自動車運転過失致傷罪は非存在)並びに酒気帯び運転にて現行犯逮捕!」

と、時計を確認しながら、呆然とする相手に向けて言い放った。それを見てハッとわれに返った吉村は自分の車に駆け込むと、捜査本部に、

「ただいまマル被、北見市内にてゲンタイ確保!」

と早口で捜査本部に報告した。


 それからは10分程度で、北見署の交通課の警官と救急車が到着。被害児童はそのまま救急車で病院に直行したため、交通課は逮捕された喜多川の供述や被害児童の友人達の目撃談等を元にブレーキ痕やはねた場所、車の当たったと思われる箇所などの写真を撮りながら実況見分していた。機捜隊の二人も逮捕時の状況などについて証言していた。


 そしてそれが終わると、二人は車内に戻って一服し始めた。一方捜査本部組の二人は、喜多川の車の中をそれとなく調べ始めていた。機捜隊の二人はそれを自分達の車の中から眺めているだけだった。これは仕事をしていないというより、「管轄外」の仕事にはタッチしないという「掟」を徹底しているだけのことである。彼らの今回の仕事は、基本的に捜査対象を逮捕した時点で既に遂行済みだったからだ。


 交通課の警官も喜多川が捜査本部にマークされていたことは事前に周知されていたので、喜多川に見分に付き合わせている間も高木と吉村の動きは無視していた。現行犯で逮捕できたこともあり、車は警察が令状無しに押収することが可能なので、細かい捜査はこの時点では必要はなかったが、取り敢えず目ぼしいブツがあるかどうかだけは確認しておこうと思ったわけだ。


 トランクをまずチェックすると、中から「伊坂組」とマジックで柄の部分に書かれたスコップが視界に真っ先に入ってきた。その近くにはランタンが二つ、マグライトと呼ばれる強力懐中電灯があった。

「これなんか使ってる可能性高いですね」

吉村が手袋をはめながら高木にささやくと、

「ああ、シャベルについてる土の成分なんかも分析してみることになるだろうな」

と答えた。

「本当に使ってたとすれば、捨てられなくて助かりました」

「いやあ本当。これらは直接的に犯罪と関わってるわけじゃなさそうだから、余り気にしなかったんじゃないかあ。あとフロアマットなんかにも土がついてるだろうからそれもやらんとな。署に持って行く時は、交通課の連中には靴にビニールかまして運転してもらわないと……」

そんな会話をしながら、トランクを閉めると、車内の捜索に移った。ダッシュボードの中なども軽く見てみたが、残念ながら、二人から見て特に関係ありそうなものは入っていなかった。

「後はフロアマットに何か残っているか」

10分ほどで調べ終えると、吉村は手袋を手袋を外しながら残念そうに言った。

「まだ車の段階だからな。後は北川の家のガサ入れと伊坂組のガサ入れだ」

高木がそう言うと、様子をうかがっていた志村が、

「どうだなんかあったか?」

と車から出て、歩み寄り喋りかけてきた。

「まあ一つか二つぐらいですわ。後は家と会社のガサ入れ次第かなと」

その高木の返答に、

「そうか。そいつは残念だな」

と一言言い残し、自分の捜査車両の方に戻った。


 その様子を見ていた吉村だったが、志村が高木から離れるのを確認すると、先ほどの高木の発言に疑問を口にした。

「家で更に飲んだ疑いとかでの理由付けての家のガサ入れはともかく、酒気帯びで伊坂組の方もやれますかね?」

「帳場(捜査本部)は絶対やるよ。それぐらいやらんと」

ときっぱり言い切った。


 それから十分もすると、卒なく見分を終えた交通課警官により、喜多川がパトカーで北見署に連行された。そして高木と吉村は、後処理の為に残った警官と、車の押収の際の注意事項について業務連絡をした。志村達は人身事故の件でのその後の証言関係の打ち合わせをしていた。全ての仕事が終わると、4人は喜多川の車と共に、交通課の職員が現場を離れるのを、妙な達成感と共に黙って見送った。最後まで付き合った機捜隊の志村達は、

「それじゃ俺らは先に帰るわ」

と言うと車に乗り、方面本部に戻るために車を発進させた。するとまだ車外に居た吉村と高木の前で不意に静かに止まった。助手席に座した志村はウインドウを下ろすと、

「ひとまず俺らの与えられた仕事は無事こなせた。後はあんたらの番だな。大体、人身事故と飲酒での逮捕なんて『綺麗』なモンは、別件関係じゃそうそうお目にかかれるようなことじゃない。そういう意味では運もある。その運を活かせよ! それじゃまたいつか会う日まで! あばよ!」

と右手を軽く上げながら柳沢慎吾ばりの台詞を言い残し、警察車両とは思えない乱暴な急発進をした。朝陽に照らされた二人の前から颯爽と遠ざかった志村達をじっと見送っていた高木は、

「あの人達の言う通り、今度は俺達の出番だ。さあ、頑張らないとな!」

と、吉村の肩をポンポンと数回叩きながら気合を入れ直し、二人は自分の車に戻った。


※※※※※※※


 吉村からの連絡を受けた遠軽署の捜査本部は、午前8時前にはにわかに忙しくなって、てんてこ舞い状況に陥っていた。実質的な捜査責任者である倉野がまだ北見から来ておらず、おそらくそのまま北見に留まって捜査指揮を執ることになるため、この時点で、捜査本部が立ち上がる前と同様、沢井課長が取り仕切っていた。残っている遠軽署の少ないメンバーで北見方面本部と北見署交通課との連絡・調整をしなくてはならないので、皆が対応に追われていたのだ。刑事課のみならず、警務課の職員まで応援に借り出された。ファックスや電話が鳴り響く室内で、午後からのシフトだったものの、急遽呼び出された西田は、沢井課長とこれからの捜査の大まかな流れについて、話し合っていた。


 これから当然行われる予定のガサ入れは、表向きは人身事故と酒気帯び運転での逮捕のため、交通課が行うことになるが、当然捜査本部の捜査員も同行することになる。調整については比留間管理官がしてくれるだろうが、最終的に話を詰めるためには、倉野が直接交通課の課長とコンタクトしておく必要があると思われた。既に交通課は、喜多川の自宅についての捜索令状を釧路地裁北見支部に請求済みだった。


 また取調べも、まずは交通課が主導して人身事故についての聴取が行われるが、検察官に逮捕から48時間以内に送致後、24時間以内に担当検事より釧路地裁北見支部の裁判官に勾留請求がなされ、勾留質問後、裁判官に10日間の勾留が認められた段階で、徐々にこちらの捜査員によるモノに切り替わっていくことになるだろう。


 勿論ガサ入れで本来の対象事件に関係する証拠物件が押さえられれば、本件事案としてその時点で再逮捕請求することが出来るようになる。別件での勾留期間を活かして、出来るだけ長く取り調べをするために、本件逮捕を別件での勾留が切れる直前まで我慢するか、本件での逮捕に即切り替えるかは、その時々の条件によるが、本件事案での逮捕となれば、喜多川の身柄は遠軽の捜査本部に移すことになる。


「家はともかく、伊坂組の方もガサ入れするんか?」

沢井が思案顔で西田に問う。

「課長、倉野さんはどう言ってるんですか?」

「倉野さんも迷ってるみたいだな」

「まあそうでしょうね。そっちもガサ入れするとなると、多少大掛かりにもなりますし、あっちにも会社の顧問弁護士が居るでしょうから、会社重役の飲酒事故で、勤務先の会社にガサ入れとなると、結構面倒なことになるかもしれません」

「そうなんだよなあ。でも会社にも何かあるかもしれないし」

「後、例の失踪事件ってのもありますよね。それは確実に会社ごと関わっている可能性もありますから」

「そこまで踏み込めたら最高だけどな。ただ、その時にも国会議員と道議会議員が圧力かけて来たとなると、今回も頭が痛いところだろう」

「いざ動き出したら動き出したで、先が思いやられるってのも皮肉なもんです」

西田は首をすくめて言った。ただ、暗中模索の状態から光明が差してきたのは間違いない。彼の口調は至って明るいものだった。


※※※※※※※


 交通課に身柄を預けられた喜多川は、勤務先の伊坂組顧問弁護士である、松田弁護士に接見を要求していた。松田は北見では数少ない有力な弁護士として、北見方面本部管轄の警察内部では有名だった。人権派ではないが、刑事事件においてもなかなかやり手の弁護士として、警察関係者に煙たがられていたのだ。だが、さすがに酒気帯びによる人身事故となると、軽微な事故であっても逮捕は妥当と見たか、接見中は通常のアドバイスに留まり、警察に対しても表立って文句を言うこともなく署を後にしたようだ。事故後の被害者への対応などを重視したのかもしれない。


 捜査本部もこの動きから、松田も喜多川も実は別件逮捕であることには気付いていないだろうと踏んでいた。取り敢えず本件について、相手の目に見えるように捜査が動き出すのは勾留が確定してからだ。


 昼前には、逮捕直後より北見署が請求していた自宅の捜索令状が、地裁支部より発行されたので、捜査員は北見署の交通課捜査員と共に昼過ぎから喜多川の家にまずガサ入れをかけることになった。自宅に妻がいることは既に確認済みだった。さすがに夏休みで自宅に居るだろう息子に立会いをさせるのは酷である。


 一方、伊坂組へのガサ入れについては、午前10時過ぎになっても、令状の請求自体行われていなかった。沢井の言うとおり、捜査本部はまだ迷っていたからだ。倉野事件主任官は、北見署交通課長と捜査本部長の大友と慎重に検討した結果、まずは北見署の署長である遠野と協議。遠野は北見方面本部のアドバイスが必要としたことで、最終的に北見方面本部・本部長の寺島の決定を仰ぐことにし、寺島が午前11時前にゴーサインを出した。これにより、北見署交通課が、喜多川家への時と同様に地裁への捜索令状請求をすることになった。これが認められるかどうかわかる前に、おそらく自宅の捜索は終わっているだろう。


 会社への捜索理由については、「被疑者が車を通勤に使っているので、日常的に飲酒運転していた可能性と健康状態を調べるため、会社の私物に酒類がないか、勤務状況、健康保険の確認の必要性がある」というものが採用された。過去の飲酒運転での罰金処分もその補強材料となってくれるはずだった。また、実際問題として勤務状況については、今回の喜多川の事件関与においての重要な裏づけ捜査の一つであったことも影響した。私物の捜索については当然、吉見のカメラを中心に、事件に関係あるものがないかのチェックを兼ねている。


 午後1時きっかりに、飲酒運転による人身事故としては異例の12人体制で、喜多川家のガサ入れを開始した。一般の住宅街に、刑事とは言えワゴン車3台に怪しい男が12人も分乗して乗りつければ、周囲からは怪しい光景に見えたことだろう。メンバーは北見署交通課が2人、捜査本部からは、北見方面本部捜査一課強行犯係長の菅原を筆頭に、北見方面本部組が北村を含む6人、遠軽組は沢井課長を筆頭に西田、小村、黒須の4人の構成となっていた。


 インターホンから警察を名乗る人物の登場に、万人がするように驚きを示し、部屋から外を見てまた驚く妻らしき人物が、捜査員からもレースのカーテンの合間に確認できた。


「なんなんですかこれは!?」

玄関を開けるなり強張った表情で声を出す。菅原はそれに対し冷徹に、

「奥様の加奈子さんですね? ご主人が今朝、酒気帯び運転で人身事故を起こしたことはご存知ですね?」

と聞く。

「は、はい」

刑事の圧力にか細い声を出す。

「その捜査のために、ただ今よりご自宅を捜索させていただきます。これがその捜索令状で、裁判所より許可を得ています。強制執行力がありますので、残念ながら拒否はできません。阻止しようとした場合、公務執行妨害にて逮捕される恐れがあります」

と令状を見せながら畳み掛ける菅原。

「それはわかりましたけど……。どうして飲酒運転でうちを調べるんですか?」

声は若干震えている。西田から見て、加奈子は小奇麗なタイプの女性だ。

「ご主人は今朝家から出て、その直後に事故を起こし、その時点で呼気に基準値以上のアルコールを検出したわけです。当然、家でお酒を飲んでその分が残っていた可能性がありますから、その関係での家宅捜索になります」

菅原は立て板に水を流すように、最初から用意していた理由を告げた。勿論、喜多川が前日に接待で酒を飲んでおり、おそらくその分が微妙に残っていたのだろうことも推測していたが、そんなことは知らない振りだ。

「主人は昨日は外で飲んで、家ではお酒は飲んでいませんが」

妻は精一杯の抗議をした。

「いやそれはこれから調べますから。奥様には捜索の間立ち会っていただきますので、よろしくお願いいたします」

菅原は多少イラつきが見えるしゃべり方になってきた。息子の弘之らしき人物も2階から降りてきて心配そうに様子を窺っている。

「とにかく、法的に強制力がありますから、お願いしますよ!」

菅原は、困ったように黙っている妻に最後通牒を突きつけた。

「わ、わかりました……」

その声を聞くと同時に、

「それではお邪魔いたします」

と菅原は頭を軽く下げ、後ろにいる捜査員に、

「よし入るぞ!」

と号令をかけた。それを合図に立ち尽くしている妻と息子を横目に軽く挨拶しながら、捜査員はドカドカと室内に獲物を求めて入りこんだ。


 当然表向きは「飲酒運転」の証拠集めである以上、居間や台所など酒のありそうな場所を探すが、目当ては、吉見の死亡の際に無くなったカメラや遺体の周囲に付いていた下足痕と一致するだろう靴の発見である。死体を掘る際に使ったと思われるスコップやランタンなどは既に押収されていたので、そちらが目当てのブツになっていた。言うまでもなく、今回の捜索で直接押収できるものは飲酒運転の証拠物件であるが、その際にNシステムの件と併せて、たまたま別の犯罪の証拠の一部が見つかったという流れで、もう一度本件事案での令状請求というのが、捜査本部が想定しているシナリオである。仮に今回の令状でそれらを押収すると、捜索令状で認められた範囲を超越するものと認定される可能性があるからだ。


 おろおろと落ち着き無く、ガサ入れの様子を見ているだけの加奈子を横目に、交通課の捜査員と小村、黒須、北見方面本部の数人が日本酒やウイスキーの瓶や缶ビールの空き缶などを回収している。それに妻や息子が注意を払っている中、他の刑事達はカメラのありそうな場所や下駄箱などをチェックしていた。家の中は捜索を許可されているものの、飲酒運転に関係する証拠の押収を前提にしている以上、かなりグレーゾーンの捜査である。素人相手とは言え、余り目立って「荒らす」と後からやっかいなことになる可能性もある。喜多川にはやり手弁護士もついているからだ。


 西田は北村と玄関の下駄箱で喜多川が生田原の現場で履いていたであろう靴を探していた。が、持ってきた下足痕と一致する靴はそこには見当たらなかった。

「西田係長、どうしましょうか……。ないですねここには。車の中には無かったんですよね?」

「吉村の報告ではそういうことだったな。まいったなあ。ここにないということは……」

玄関の周囲を見回すが、これといって靴を収納しそうな場所はない。かと言って焦っても時間を無駄にするだけだ。何か手立てはないかと二人は玄関の上がりに腰を掛けて策を練ろうとした。一方の沢井達は、寝酒の可能性があると称し、北川夫妻の寝室兼書斎に入り、カメラを探していた。

「ありそうか?」

菅原が小声で沢井に聞いた。

「見当たりませんね。家の中全部ひっくり返せば出てくるかもしれないですけど、さすがにそれは後からやっかいなことになるかもしれません」

「こっちから上手く誘導するしかないか……」

菅原はそう言うと、組んでいる両腕の肘の上辺りを、それぞれの人差し指でせわしなく叩いた。


 先に動いたのは西田だった。居間にいる妻の加奈子の元へ行くとこう切り出した。

「奥さん、ちょっとすいません。旦那さんは警察の調べですと、5月の下旬辺りから夜な夜な出歩いていたようなんですが?」

「は、はい」

おどおどした様子で返す。

「それでですね。その時にどこ行っていたかわかりますか? もしかしたら、その際に飲み屋とかで酒を飲んで、飲酒運転していた可能性を考えないといけないんですよ、こっちとしては……」

「そんなことは絶対にないです!」

妻は急に語気を荒げた。

「どうしてそんなことが言えるんですかね?」

「どうしてって……。うちの主人は、その時は『留辺蘂の資材置き場に夜中泥棒が入ったので、見回りに行かないと行けない』と言って、2週間ぐらいの間、3日に2回ぐらいのペースで出かけてました。帰ってきた時もお酒の匂いはしてませんでした!」

この時点で、西田は自分の都合の良いように話が進んでいることに、内心しめしめと思っていた。また、喜多川が妻にはそういう言い訳をして、生田原の現場に出かけていたのだということも確認できた。その上で更に畳み掛ける。

「なるほど。しかし現場に出かけていたという証拠がありますか?」

「証拠と言われましても、あたしは家にいましたから……」

「例えばです。山の中の現場に行っていたということは、その時に履いていた靴なんかがあれば、その靴についている土なんかを分析することで、旦那さんがきちんと仕事をしていたという証明に役立つんですよ。山の中の現場に行ったとすれば、ビジネスシューズとかはちょっと考えにくいんですが」


 手の込んだ誘導である。これで出てこなかったら、おそらくここにはないか、処分された後だろうということだ。専業主婦というものは、家中の情報を把握していることが多いというのが、西田のこれまでの捜査経験から得た常識である。

「あ、はい。確かに普段の靴ではなく、山菜取りなんかに履いていく靴でした。それなら裏の物置小屋に主人が仕舞っているのをちょっと前に見ました」

西田は加奈子の証言にガッツポーズをしたい心境だったが、拳を強く握り締めることでその代わりとした。

「じゃあ奥さん、それ出してもらえますかね?」

敢えて冷静を装って言う。

「わかりました。こちらです」


 加奈子の後をついていきながら、後ろの北村にOKサインを送る西田。任意に提出してもらえれば、この証拠物件については、押収のための令状は必要ないということだ。もし今回の令状による捜索で強制的に押収という形で手に入れた場合、最悪の結果、違法捜査による証拠物件として、証拠能力を否定される恐れすらある。松田というやり手の弁護士ならば、突いてきても不思議ないところだ。勿論それを避けるために、その後に令状の再請求を考えていたのだが、任意ならその手間も省ける。


 目当ての靴は、物置の扉のすぐそばに無造作に置いてあった。見た感じ、喜多川は隠そうとして物置に置いたというより、単に使わないからそこに置いたように西田には思えた。他にも事件に関係ありそうなモノがないか、チラチラと加奈子の後ろから物置の中を見ていたが、特には目に付かなかった。もしかしたら、後から本件事案を理由にここにも捜索が入るかもしれないが、現時点では緊急を要するブツはないと西田は踏んだ。加奈子から渡された靴の裏をその場でチェックすると、やはり吉見の死体に周りにあった下足痕とサイズ含め一致するのはすぐ確認できた。靴は任意で押収したと書類にサインしてもらうと、西田と北村は小躍りしたくなる気持ちを抑えながら、靴を持って菅原と沢井の元へ行き、冷静を装いながら一言、

「一致しました。しかも任意(提出)です」

と告げた。菅原は、

「任意か?そりゃまたうまいことやったな」

と、口元を緩めた。

「ところでカメラは?」

西田は靴の話もそこそこに、菅原にすぐにカメラの話を振った。

「残念ながら出てこない。家全部ひっくり返すしかないかなとも思ったが、沢井と西田はどう思う? カメラは奴が盗ったってことでいいんだよな?」

菅原は今回の捜査では、捜査本部に張り付いているわけではなく、スポットの応援参戦なので、完全に捜査状況を把握しているわけではない。そういう意味で沢井と西田に確認しながらの捜査になっている。

「最初からそう見ていますし、会社での(喜多川の)言動も入ってきてますから、それは大丈夫でしょう」

沢井が答えた。

「靴も隠してあったというより、ただ仕舞ってあっただけのような気がします。カメラは吉見から奪ったとすれば犯罪性がありますから、そこはわかりませんが、面倒な隠し方はしていないんじゃないかと」

西田もそれに続けて言った。

「会社での言動ってのは、奴が会社でカメラを部下に押し付けようとしたとか、やろうとしたとか、そんな話のことだな、沢井?」

「ええ、そうです」

「そうなると、会社の方の可能性もあるわけだよな。まだカメラが処分されてなければだが」

「そういうことになるんじゃないでしょうか」

と西田は室内を更に調べている捜査員達を見ながら言った。

「わかった。じゃあ息子と娘の部屋は軽く見せてもらうだけにしとくか……」


 正直、菅原の判断は責任のある立場の刑事としては甘いと感じたが、部屋中をひっくり返すだけひっくり返すのも悪いとは西田も感じていた。家族に何かを隠蔽しようという意図は感じていないからだ。また、靴の保管状況を見ても、喜多川は竹下と向坂の聞き込みの際、それほど自分へ捜査が及ぶ恐れを感じていなかったのかもしれない。向坂も北川と対峙した時に、役員自身が出てきたことへの違和感は感じたが、本人の挙動言動には不審な点は見当たらなかったと言っていた。確かに、聞き込みの用件だった屯田タイムスの購読だけで、自分へ波及するとは想像しにくい。Nシステムの仮運用からの情報がなければ、タイヤ痕の一致だけで、喜多川の勤務状況まで調べたかどうかは微妙なところだ。勿論捜査は行き詰っていたのだから、最終的にはそこまでしらみつぶしに調べた可能性は否定はできないが。そう考えていくと、カメラをわざわざ自分の子供達の部屋にまで隠そうとする可能性は低いだろう。


「ちょっと奥さんに、またカマかけてみますわ」

西田はそう言うと、居間に戻り加奈子に再び聞いてみた。

「奥さん、たびたびすいません。旦那さん最近カメラ買いませんでしたか?」

「カメラ? カメラは家にありますけど、子供が産まれた当時に買ったものをそのまま使っていますが? 何か今回の件と関係があるんでしょうか?」

「あ、そうですか。いやご主人はカメラが趣味じゃないかと思いまして。星だの朝陽だの鉄道だのを撮影とかする人が、撮影を待っている間に口さびしいので飲酒とかするんですよ。私の経験だとよく検問で捕まるんです」


 今回喜多川が捕まったのは検問でもなく、出勤途中の話だ。大体カメラが趣味の人が飲酒運転する傾向にあるなどという話は、あるわけがない。西田は自分でも支離滅裂になりかけているのはわかったが、強気に押し通してみた。

「主人はカメラなんか趣味じゃないですし、何かを撮影しに出かけたことなんてないです!」

 この質問にはさすがの加奈子も釈然としないのか、やや苛立った口調になった。西田としては、家にカメラが持ち込まれた形跡があるのかどうか聞きだしたかったのと同時に、カメラがどうして吉見の手元から持ち出されたかを知りたかったという意図があった。それを同時に満たそうとしたため、よくわからない質問になってしまったのだ。先程の靴の時とは違い、冷や汗モノの聞き出しだった。しかし、この回答を聞く限り、カメラ自体に喜多川が興味があった可能性はほぼないと確信できた。やはり何か、もっと具体的に言えば、おそらく自分が死体探ししている状況をカメラで撮られたと思い、隠蔽しようとしたのだろう。


 菅原と沢井の元に戻る途中で、

「やっぱりカメラで何か撮られた、或いは撮られたと思ったようだな」

と北村に囁く。

「あの質問はそういう意味でしたか」

と北村は納得したような表情を浮かべたが、

「しかしだったら、尚更フィルムだけでも良かったんじゃないかと」

と疑問を口にした。

「いやそれは違うんじゃないか? もしフィルムだけ持ち去ったら、カメラごと持ち去る以上に、『何か撮影されたから消去しようとした』と一発でバレル」

「あー、なるほど。かえってバレちゃいますか……。吉見としては夜中に光が向こうでちらちらしてるわけで。なんだ幽霊かと思ってシャッター押したら、フラッシュで存在が喜多川にばれた。そこからはどうなったかわからないが吉見は転んで死亡。写されたと思った喜多川がそれを隠蔽しようとした。結局こういうシナリオで良さそうですね」

北村は1人頷いた。

「おそらく、幽霊を見たと勘違いして慌てていたか、幽霊の正体である喜多川が、吉見の方に向かってくるのが明かりか何かで確認出来て、驚いた吉見が夜中で足元が見えず、自分で木の根っこに足を引っ掛けて転び、石に頭を打ち付けて死んだ。それが今のところもっともありえそうな話だな、吉見の死については。奴が危害を加えるために吉見を追いかけるなどの行為があれば、そっちの立件も可能なんだが、それはそう簡単には立証できんだろ。それが出来れば言うことはないんだが」

西田としても、そこまでの立証はかなり厳しいと踏んでいた。


 そんな話をしながら寝室に戻り、

「多分ですが、女房の話を聞く分には、喜多川は家にカメラは持ち込んでいないように思います。2階は簡単に済ましても大丈夫じゃないでしょうか」

と菅原に報告した。

「わかった。じゃあそうするか。こっちとしては戦利品が1つ見つかっただけでも良しとしようか……」

そう菅原は言うと、息子の弘之の元へ行き、質問をいくつかして、軽く部屋を見せてもらった。息子の表情を見る限り、嘘をついているようにも見えず、カメラも見つからなかったので、最終的に捜査員を集めると撤収を指示した。当然、捜索の「大義名分」である、飲酒運転に関係していると「見せかける」ための酒類も、一応一緒に押収はしていたが、実際のところ飲酒運転送検にすら使われることはないだろう。


 他の捜査員が家を出た後、菅原と沢井課長と西田は、加奈子と弘之にも通り一辺倒の挨拶をした。当然のことだが、招かれざる客である刑事を見送る二人の視線は冷たかった。自分の家を「荒らされる」のは、どんな人間であれ気分が悪いものである。それは捜査している側も、相手が海千山千の場合以外には感じることであり、今回のように全く事件に関係なさそうな家族に影響が及ぶ場合は特にそういう気持ちが強い。せめてもの救いは、靴を押収できたという成果があったことだろう。

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