第264話 終章4 (20単独 熱狂無き新自由主義の進行)

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 野口内閣の後は、9月の民友党総裁選挙で、前回の退陣劇から「あり得ない」と見られていた田辺がまさかの再選出で復権していたこともあり、そのまま2012年末に田辺第2次内閣が成立した。


 田辺政権は、「大胆な金融緩和、機動的な財政出動、民間投資を喚起する成長戦略」を三本の矢としてタナベノミクスを提唱した。2%の物価上昇を目指して、バブル崩壊以降のデフレ脱却(作者注・後述1)を掲げた。つまり、昭和恐慌時のデフレ経済に対する高橋是清財政以来の、大規模な量的金融緩和を目指すことを表明し、表向きは「政府からの独立」を要求される日銀総裁を、量的金融緩和に慎重な白田から積極派の黒川へと、事実上、げ替えた。 


 市中に出回っている国債を中央銀行(つまり日銀)が買い取る(いわゆる「買いオペ」)ことで、市中に回る金を増やす量的金融緩和については、既に触れた様に、日本銀行でも2001年3月から2006年3月まで実施していた。しかし、それ程の効果は得られていなかった。


 だが今回は、満期まで相当の期間がある長期国債を積極的に日銀が購入すること(最終的に年ごとに80兆円相当)が功を奏し、為替は通貨価値減により円安、株価上昇という効果をもたらしていた。ただ不動産や高級品などの価格は局所的にかなり上昇したものの、全体的な物価上昇効果は余り見られず(作者注・後述2)、経済成長率の上昇も、実質・名目共に期待よりは下回る数値のままであった。


 何より、全体的な著しいデフレ状況は、需要と投資意欲減を招き危険であるが、需要増に伴う自然なインフレ(適度なデマンドプルインフレ)に対し、緊急避難的な緩和による通貨価値減少に伴うインフレや、ある種のコストプッシュインフレ(原材料価格上昇に伴う最終価格上昇)が理想的なインフレかどうかは別問題であり、相応の所得増を伴わないと、庶民の生活レベルはむしろ悪化する恐れもある点は、余り考慮されていない様に見られた。


 量的金融緩和の結果が、額面の所得増加(つまり名目上)だけではなく、物価の上昇以上の実質所得増と最終的に結びついてこそ意味があり(極端な例として物価が3倍になれば、給与が2倍になっても生活はより苦しくなるだけ)、それを正当化する根拠になったのは「トリクルダウン(作者注・後述3)」論だが、現実はそれに対応する具体的な政策や税制も無ければ、それを自ら実現化させようとする財界人や経済団体などの奇特な「上層」もほぼ皆無であった。


 雇用については、団塊世代のセカンドリタイア効果(いわゆる団塊世代の大量退職が問題化するとされた2007年問題から、再就職後の再退職、つまりセカンドリタイアという2012年問題への推移)も含め、建設業や介護及び飲食業などを中心とした特定業種の求人倍率が急上昇(人手不足も業種によって振れ幅が大きい上、事務職系は未だに低倍率)した一方で、給与及び賃金への波及効果や実質的経済成長はほとんど見られないまま、日銀が保有する長期国債残高が2016年2月段階で350兆円(長期国債全体の約35%程度に及ぶ)近辺(作者注・2018年の6月時点で450兆円程で、全体の45%にも及ぶ)まで到達するという異様な状況に陥っていた。


 一方で株式市場においては、田辺内閣成立前に日経平均1万円を切っていた株価が、量的金融緩和策への期待から1万円を回復し、円安効果含め、2016年の春には1万7千円まで到達(記述現在は2万円以上)していた。


 ただ、株式市場における年金運用の制限割合が従来の倍と変更されたり、実質的に直接株を購入するのと同じ効果のある、ETFと呼ばれる上場投資信託の日銀による買い入れ額が、田辺第2次内閣発足以降桁違いの金額(作者注・後述4)となったりと、いわゆる「公的資金」による株式市場への直接投入という積極的介入が同時に行われており、景気回復による上昇以上に、「官製相場」による上昇という性格を強く帯び始めていると言って良かった。


 異次元と言われる積極的緩和策に加え、旺盛な外需や輸出実績の好調さにも拘わらず、経済の低成長が続いている理由としては、景気回復に伴う賃金の上昇がほとんど無かったことで、消費マインド自体が冷えていたと見る向きもあり、2014年4月の消費税増税以降の消費減も加え、要因は複合的だったというのが大枠の見解の模様だった。重要なことは、消費増税に限らず、年金保険料や健康保険料などの社会保険料のアップなど、単に賃金が増えないだけではなく、出費や負担も増える構図にあったことだ。


 日本経済の低成長は未だに続いている。つまりやったことに対して得た果実の比較で言うと、いずれは量的緩和が出口を考え無くてはならない前提であれば、成功とはいい難い側面も相当見え隠れしているとも取れた。


 更に、日銀はついには禁断の、政策金利においてのマイナス金利まで導入し、何が何でも物価をあげることに躍起になっている姿を露呈していた。2014年2月より導入されたマイナス金利は、副作用として体力のない地方銀行の収益構造を悪化させたとも取れ、効果よりもマイナス面の方が大きいという意見もある。


 しかし、旧・民政党を中心とした野党に対する有権者の不信感もあり、2014年末に、景気対策として消費税10%増税延期を理由に解散(ほぼ全ての政党が増税延期だったので、もはや大義すらなかった)した衆議院総選挙で民友党が大勝したため、田辺内閣への批判勢力はほとんど居なくなり、政権の主張や推し進める政策が、冷笑的な世論と相まってあらゆる場面で通りやすくなっていた。国民の意識は、高松政権下での「熱狂」から「諦観」或いは「白紙委任」へと変貌したと言えばそれまでだが、「熟慮」無き世論という意味では、本質的に変わっていなかったのかもしれない。


 戦後外交を転換する、実質集団的自衛権行使の安全保障法案を、前年の2015年に成立させた他、いわゆる共謀罪法案や、成果主義を徹底し残業手当などを出す必要がないホワイトカラー・エグゼンプションなどの導入なども、田辺政権は更に目指している模様だった。


※※※※※※※作者注・後述1


 下記【別掲】ソース1の「消費者物価指数」のグラフを見るとわかるように、バブル後は確かにインフレしていない(理想は緩やかなインフレですが)ものの、危機的なデフレというほど、つまり昭和恐慌の様なデフレ(ソース2の「東京小売物価」のグラフ参照)はしていないことがわかります。昭和恐慌時には、年毎に加速度的にデフレ(注意すべきは、物価指数の減少率は前年比であるので、グラフが右肩上がりであっても、マイナスの数値時点で前年より下がっている)していますので、これは大問題となって当然でしょう。


 消費者物価指数(価格変動の激しい生鮮食品を抜いた、コアCPIと呼ばれる品目が通常比較対象に用いられます)は不動産関連(家賃及び持ち家の家賃相当額)なども含まれていますから、バブル崩壊後の不動産価格暴落も計算上部分的に考慮されています。そうなると、確かに全体としてインフレはしていないものの、不動産関連以外の多くは、少なくともさほどデフレはしていなかったか、僅かにインフレしていた可能性もある(個別品目ごとに見ないとわからない部分がありますが)かと思います。


 それを考えると、「全世帯」あたりの所得の推移(ソース3のグラフ)で見れば、上昇傾向が出た2017年時点でも、明確にバブル期より名目上、つまり実額で100万減っているのと比較して、購買力(可処分所得)から見れば、実質的にデフレどころかインフレしていたとも取れるかもしれません。


 更に、このグラフでもわかる様に、世帯所得のピークは、実はバブル崩壊から数年後の1994~1996年辺りで、この点から見ても、バブル崩壊の悪影響が5年以上株価や不動産価格のピークから遅れた、遅効性だった理由にもなっています。


 加えて世帯内に複数の労働所得源があることを意味する、共働き世帯数を示すソース5のグラフと比較しても、共働き世帯が増加しても世帯収入面は上昇すらしなかった、逆に言えば、バブル崩壊の悪影響が出始めてから、共働きで所得が減少した分を何とか「補って」いる現実が見えてきます。特に2010年以降激増しています。


 また、団塊など年金所得世代の増加による、全体の世帯所得平均の低下ついては、団塊世代が退職しはじめた2007年(いわゆる2007年問題)以降については、ある程度該当するものとは思いますが、それ以前から世帯所得の減少が始まっており、あまり本質的な「傾向」についての理由ではないでしょう。そもそも団塊世代の大半は再就職した人が多く、

(新卒の就職率の向上含め、実は2012年問題だった 

http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/naga/pdf/n_1004c.pdf 3ページ目

http://www.murc.jp/thinktank/economy/analysis/research/er_120614.pdf )

バブル崩壊の悪影響が出て以降、そう多くの割合で、全体の世帯所得の減少には寄与していません。


 とにかくバブル崩壊後のデフレで問題とすべきだったのは、あくまで不動産などの高価固定資産、或いは冷蔵庫などの家電や自動車の様な耐久消費財における、はっきりとしたデフレ基調であって、それは直近の投資・購入意欲を削ぎ、経済の低成長を招きますから大問題です。


 一方で、消費期間の短い食料品を筆頭とした、安価な日用生活必需品のデフレ基調は、一々価格が下がるまで購入を控える様なことは有り得ず、大きく問題視する必要は無いものです。実際「卵は物価の優等生」という言葉は、価格が長期間変わらないことを褒めた言葉です。そして何より、上でも述べましたが、生活必需品は、バブル崩壊以降もほぼデフレしていなかったというのが現実かと思います。100円ショップがやり玉に挙げられる程、消費のほとんどを100円ショップに依存していることなど到底あり得ません。

 

 所得の減少や伸びの無さを考慮しないままで、これらを全てまとめて「デフレは問題」として無理やり物価を上げる方へと舵を切ったので、むしろ消費支出が長期的に減る(ソース7)という方向に行った可能性が高いのではないかと思います。


 世帯所得がピークから名目上100万減っても、不動産関連含めた全体的な物価は殆ど変わらないということが何を意味しているか、そして現在の貯蓄率の低下や貧困家庭の増加、エンゲル係数の上昇が今どうして起きているか、原因は明白でしょう。「何が問題かわからない」などと言うこと自体が、到底あり得ないことになります。


 因みに年収(入)とは手取り(可処分所得)ではなく、「あらゆる税金や社会保険料が控除される前の額」であることを考えれば、減った額面の年収から、更に増えていく税金(ソース4のサイト内のタグをクリックすると、所得税や最高税率の税率推移もわかります)等で控除され、一般庶民の懐はより寒い方向へと推移しているということも考慮すべきです。


【別掲ソース】

1)http://www.garbagenews.net/archives/2064125.html (消費者物価指数)


2)https://ameblo.jp/akiran1969/entry-11987700802.html (高橋財政と物価及び実質賃金)


3)http://www.garbagenews.net/archives/1954675.html (世帯平均所得)


4)https://www.nippon-num.com/finance/tax-rate.html (各種税率推移)


5)http://www.garbagenews.net/archives/1954558.html (共働き世帯数)


6)http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/monthly/pdf/1802_5.pdf (雇用者報酬と可処分所得の関係 但しいずれも「名目」であることに注意)


7)http://jp.gdfreak.com/public/detail/jp010050001070100001/4 (消費支出推移)


 尚、2のサイトの作者の方やその賛同対象である上念司氏は、「アベノミクス及び高橋是清財政、つまり大規模量的金融緩和の全面賛成派」なので、自分と見解は異なりますが、その結論を得るまでの過程の情報(データグラフ)についてはかなり参考になるので、ソースとして貼らせていただきました。


 それに対し、私が(全面的には)大規模量的緩和に賛成出来ない理由は、「高橋財政は経過として成功していた様に見えるが、結局出口を出ることがないままだった(是清が暗殺されたせいでもありましたが)上、偏った企業や財閥、高所得者には利益をもたらした一方、庶民の暮らしは最悪よりましだが、実質賃金(2のソースには、「実収」賃金なる別の指標もあるので区別してください)が下がり続けていた以上、真の意味でそれが改善したとは言えない」からです。

(実質賃金=実際に労働者が受け取る名目賃金から物価の変動の影響を取り除いたもの)


 緊急事態(昭和恐慌)からの脱出方法としては、優れていたかもしれませんが、大規模な量的金融緩和は、出口を無事に出てからはじめて「成功したか否か」、そして最終的に庶民が豊かになったかで決まるというのが私の考えです。


 また、実質賃金問題を俎上に載せると、https://hirohitorigoto.info/archives/351 の様な、「実質賃金の平均より総収入(雇用者報酬)増加が意味がある」という様な反論があります。しかし、世帯収入自体がほとんど伸びていない上、2000年代初頭から、長期的傾向として消費支出が減少している(ソース7のグラフ)ことからも「消費に回す余裕がない」と言え、無意味とは言いませんが、少なくとも生活を豊かにするようなものでは到底無いことは間違いないでしょう。むしろ何故この様な相反が起きているのかについては、単身世帯の問題などもあるかと思いますが、私もよくわかっておらず、深入は止めておきます。可能性としては格差の拡大で、「トータルの伸びが偏った層に移ったから」ではないかと考えていますが……。


 更にこの手の統計データは、「サンプル」を取り出して全体を推計するもの(そういう意味では、私の主張に対する裏付けデータ含め、どのデータでも「本当にその数値が正しい」か怪しくなる側面があります。特に現在のような都合の良いデータばかり使う政府では尚更でしょう)ですが、雇用者報酬のデータそのものに怪しい部分があるとされ(https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/economist/business/economist-20180525164926593 )、消費支出の現状やら貯蓄率やら貧困などと併せて考えると、本当に雇用者報酬が伸びているのか? と言った疑問符を付けたくなってきます。


 似たような政府のやり口は、最近では現金給与総額の調査でも行われました。

(https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/448833/ )


 話を戻しますが、アベノミクスでの異次元量的緩和においては、「日本の円の強さを見れば、量的緩和の出口などそもそも必要ない」という意見もあります。実際大規模な財政赤字がありながら、経済規模や日本政府・企業が持っている対外資産を考慮すれば、緩和は半永久的に続けても大丈夫という説も、これだけ緩和しても円が大きくは為替上毀損(但し、後述2の「実質実効為替レート」を考えると、かなり毀損しているとも取れる)していないことから、説得力が全く無いとまでは思いません。


 しかし、実際には現状禁止されている財政ファイナンス(中央銀行が直接的に国が発行する国債を買うこと。是清の量的金融緩和はまさにこれでした)に近い状態であることが、永遠に続くのはまず無理でしょう。そもそもそれが可能であれば、日本は全ての公的支出分を国債や地方債で賄い、無税国家にすることすら可能かと思いますが、「あり得ない」ことはおわかりかと思います。いつかは「限界が来る」のであり、その限界を探るチキンレースに入り込みかねないのが、まさに今の状況と考えます。


 そして、上記2のサイトの作者が「ただの」量的金融緩和に賛成している理由は、そのサイト上「これがデフレから脱却し経済が立ち直ってゆくプロセスであり、多くの失業者が職を得る過程では、平均値である実質賃金が下がるのは当たり前なのである。コレキヨの政策を絶賛しておきながら、一方では『実質賃金がー』とアベノミクス批判を繰り返す某評論家はこれをどう見るのだろうか」と記述しています。


 しかしながら、是清財政を全面的肯定出来るとすれば、プロセスつまり「過程」に対する評価だけではなく、あるべき「結果」(実質賃金も最終的に上昇すること)まで含める必要があるはずです。


 ところが、是清財政ではその結果が出ないまま出口を目指し(企業の業績が回復したので、実質賃金は低下してから回復まで行かない状況で、緊縮財政へとシフトするはずだった)、2のサイト上最初に記述されている、「経済政策の失敗が招く国民生活の困窮が危険な思想が支持を集め、究極のポピュリスト総理、近衛文麿が誕生してしまう土壌を作った」という結末になったのであり、最終的にはまさに貧困からのナショナリズムが醸成されてしまう訳です。つまり、その「全面肯定」という結論になる理由がわかりません。量的金融緩和のプロセスの先に「国民の生活が豊かになる」という結論を出せる結果が存在しないのです。


 是清財政が、その後もたらされなくてはならない、実質所得増への移行で貧困解消まで実際にこぎつけた場合にのみ、その結論を出せるはずですが、是清が解消したのは「デフレ」とデフレがもたらした「大不況」だけ(「だけ」でも凄いと言えばその通り)であり、失業率は取り敢えず改善(勿論それ自体は褒められてしかるべきですが)出来ても、最終的に解消すべきだった、殆どを占める一般庶民の貧困構造そのものは解消出来ないどころか、恐慌以前までは実質所得は回復出来ないまま、出口へと移行しようとしたと言うのがただの事実です。

https://diamond.jp/articles/-/31512

http://news.kodansha.co.jp/20160925_b01


 高橋是清が軍事費以外でも、恐慌や凶作に津波で疲弊した農村部にそれなり(但し、「3年間」で計8億強の支出で、軍事費と比較すればかなり少ないもの。当時の軍事費は年間で4~5億程あった上、1932年には是清財政による景気刺激としての軍事費増強と量的金融緩和によるインフレで7億円、1934年には9億円超に跳ね上がった

https://www.teikokushoin.co.jp/statistics/history_civics/index05.html )

には財政支援していたこと、つまり「時局匡救事業じきょくきょうきゅうじぎょう(1932~1934年)」に、大島海路の独白の後で展開した「昭和恐慌」時の解説で触れないままでしたので、その点はフェアではなく、以前の記述に修正版で加筆しておりますが、農村への「自力更生の要求」と言い、やはり言葉は悪いものの「片手落ち」の政策だったというのが実情ではないかと考えます。(農村への自力更生論や是清財政についての批判は、京都大学の研究にもありましたので、ソース先で https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/134314/1/eca1442_200.pdf )。


 そして、是清財政と彼の農村自力更生論は、今の偏った金融政策と「見かけ上の実力主義を掲げる」新自由主義の先駆けだったのではないかと取れるかもしれません。


 つまり、実力主義を強いられる対象は、弱い立場の(労働者)個人である一方、本来余裕があって強者であるはずの(大)企業や高所得層は、政策的な優遇策を一方的或いは過大に得ているという構図です。優遇されて出した利益に対しての課税率も減少させれば、まさに言葉は悪いものの「盗人に追い銭」的な政策と言えるでしょう。


 結局、以前書いた様に、やはり高橋是清の財政政策は、「両手を挙げて賛成出来る程のものではない」というのが私なりの結論です。勿論、是清自身はかなり清貧というか、権力の場にありながら、自己抑制の出来る立派な人物ではありましたが、それ故、他者にも厳しい部分があったかもしれません。


 とにかく、量的金融緩和のその先、つまり「利益の社会的再分配」が政策として明確でなければ、量的緩和策の未来として意味が余り無いのと、最終的に緩和の「出口」を安全に出てから、初めて是清の政策、言い換えれば大規模量的金融緩和は「善」であったと評価すべきでしょう。現実には共に結果は出ないまま暗殺され、日中・太平洋戦争から破滅的敗戦後のハイパーインフレへと進みます。


 勿論、是清が道半ばで暗殺されたこともあり、量的金融緩和の出口に際し、その後どういうビジョンを持っていたかまではわかりません(是清が出口を出ようとしていたことだけは間違いない)が、現在の、「金融緩和で失業率の低下や就職率の向上にも拘わらず、何故か庶民の暮らしは良くならないし、格差が上下両方向で拡大する」構図と瓜二つと言えます。


http://www.esri.go.jp/jp/workshop/forum/180621/data/180621_siryo05.pdf


 一方、既にアベノミクスは大規模量的緩和以外に禁じ手(政策手段の是非だけではなく、政策としての倫理面でも)に手を出し過ぎて、成功(コスパ的にも社会的には成功とまで言い切れるか微妙ですが)したままの脱出口を見失いつつあるというのが、後に語る日銀ETF(後述4)などの大幅投入からの感想です


 その個人的見解は置いておくにせよ、経済というのは大変微妙なバランスで成り立っており、第1次大戦を契機とした高度成長と急激なインフレ。そしてインフレに追い付かない労働者の収入からの困窮。更に外需減や関東大震災以降経済が本格的デフレに入ると、労働者の雇用そのものが失われ、実質賃金は下がっても甘受せざるを得ないことなど、つくづく難しいと感じさせられます。


 そういう意味では、戦後日本がバブル崩壊まで如何に幸運(冷戦に加え、戦争特需という他者の不幸の上でもありましたが)に恵まれていたかということでもあり、今目の前で起きていることは、戦前の歴史が繰り返されているという面もあるかと思います。


 当然、戦後その幸運を上手く利用した「政策」と、日本の高度経済成長期における、一部とは言え、当時の企業経営者・政治家・官僚の理念と人情があったからこそ、日本経済がその後トップレベルにまで上りつめたことは言うまでもありません。


※※※※※※※作者注・後述2


 しかし実際には、アベノミクスによる為替安により、食料品の値段こそ大して変わらないとは言え、同価格での内容量の減少が多数発生しており(作者注・いわゆるシュリンクフレーション)、実際には加工食品中心に10%以上のインフレが起き、そこに消費税増税が絡んだため、消費税8%増税後に景気が再び長期的に下降・停滞したという考えも採り得るかと思います。自分で食料品などの買い物をしている方なら、実質インフレの実感としてよく理解出来るはずです。


 ここで注意しなくてはならないのは、名目上、つまり数値上は同じドル円為替レートの120円でも、1990年代の120円と小泉・安倍政権時代の120円は価値が違うということです。


 この為替のレートをドルだけではなく、他の通貨との比較(この観点だけだと「実効為替レート」)や世界的な物価を考慮に入れて、額面から算定し直したものを「実質実効為替レート」と呼びます。


 その観点からすると、実は最近の為替水準は1980年代前半の、1ドル200円超えの時代とさして変わらない(つまり通貨価値がそれだけ名目上より低くなっている)とされ、それが食料品の原料の輸入などに為替コストとして掛かってきていると見て良いでしょう。実は為替は今の日本経済にとっては必要以上に円安過ぎるのです。海外から観光客がたくさんやって来るのは、政策的なアピールや日本ブーム?もあるにせよ、海外の物価(こちらは順調に適度にインフレし続けている為)と比較すれば、日本の物価が名目上のレートより過度の円安で、割安感がバリバリ出ているからとも言えるでしょう。


 日本は当然のことながら、輸出に頼る一方、輸入量も多く、過度の円安は他の面でもマイナスも相当出ることは言うまでもありません。字面の名目も大切ではないとまでは言いませんが、実質も考慮しないと、大いに見誤ります。


https://zuuonline.com/archives/105338

https://moneyzine.jp/article/detail/214985



※※※※※※※作者注・後述3


トリクルダウン論

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%80%E3%82%A6%E3%83%B3%E7%90%86%E8%AB%96


 日本の高度経済成長以降、内政の問題として長期に渡り上手く行ったのは、所得上位層からの高い所得税と法人税による下位層への強制的分配による分厚い中流階級の誕生であり、トリクルダウン論への反論として、これほど明確な実証例はないとも言えます。税率の高所得者・社(企業)優遇の流れについては、上の後述1におけるソース4のサイトでご確認ください。

 

 いずれにせよ、自然な形でのトリクルダウンが「あり得ない」ことが、ただの事実として判明した以上は、企業側に「口だけ」で「要請」するのではなく、税制や法制度で「強制」すべきなのは当然のことです。


※※※※※※※作者注・後述4


年金運用割合の変更

https://www.nikkei.com/article/DGXLASFL31HDQ_R31C14A0000000/


 尚、公的年金の運用を株式などに投資する割合としては、他国の公的年金運用団体と比較すると、高い訳ではありません。


 ただ、いきなり保有資産額が桁違いの年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の運用割合が倍となると、外資を招き入れる相場上昇圧力としては、かなり高かったということもまた事実でしょう。


 また、日銀ETF購入額の変遷についても記述しておきます。


https://www.simplexasset.com/etf/column/021.html


日銀ETF買い入れ額(2010年) 総額284億

http://traderstreet.net/bojetf/2010.html

同(2011年) 総額8003億

http://traderstreet.net/bojetf/2011.html


同(2012年) 総額6397億

http://traderstreet.net/bojetf/2012.html


同(2013年) 総額1兆953億

http://traderstreet.net/bojetf/2013.html


同(2014年) 総額1兆2845億

http://traderstreet.net/bojetf/2014.html


同(2015年) 総額3兆694億

http://traderstreet.net/bojetf/2015.html


同(2016年) 総額4兆3820億

http://traderstreet.net/bojetf/2016.html


同(2017年) 総額5兆6069億

http://traderstreet.net/bojetf/2017.html


 以上のデータから、2015年から歯止めが効かなくなっているのがよくわかります。中央銀行が直接的且つ積極的に株式市場に投資するのは、日本の日銀とスイスのスイス国立銀行ぐらい(欧州中央銀行も購入はしているようですが)だそうです。しかもスイス銀行は「運用して利益」を得ることを目的としている様ですが、日本銀行は、今やただの「株価上昇目的」だけでやっていると言っても過言ではないので、背景や目的もかなり異なると見て良いでしょう。


https://jp.reuters.com/article/column-central-banks-idJPKBN1JS062


https://style.nikkei.com/article/DGXMZO23504840V11C17A1000000?channel=DF130120166349


 この様な状況や大企業の外需からの収益状況が良好であること、更に海外での株式市場上昇局面もあり、幸い年金の運用実績は絶好調ですが、逆ブーストが掛かると、公金をどんどん突っ込んでいるので当然逆回転することは言うまでもありません。ただ、仮に損失が大きくなったとしても、年金保有額全体としては、運用額は実はそれ程大きくはないので、年金がいきなり「無くなる」という心配はしなくて良いです。


https://www.gpif.go.jp/gpif/faq/faq_05.html

(平成19年度がサブプライム破綻 20年度がリーマン・ショック 22年が東日本大震災)



 しかし一番の問題は、このようなやり方が、結果的に特定の富裕層(例えば、創業者が日経225対象上場株式を多数保有している大手衣料品販売会社や通信会社など)への直接的な利益提供にしかなっていないということは強調しておきます。そしてそれは政策倫理面も含めての話となります。



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